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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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第184話 暗黒湖と交差する思惑


 神歴1504年8月20日正午頃。

 黒い扉を銀の縁で飾り、二枚開きの扉にはそれぞれ別の花が描かれている。

 天井まで伸びる大きな扉の前に、黒いズボンと白いシャツを着たレティシアは静かに立っていた。

 彼女の側には上下を黒にまとめたルカと、ニクシオンの姿があり、少し離れた所にレイとオクターの姿があった。

 時折、わずかにピチャッと雫が床を叩く音が響き、微かに水の香りが漂っている。

 それでも、全員の視線が扉に向けられており、どこか緊張感がこの場を包み込んでいるようだ。


「レティシアさん、本当に良いのですか?」


 ニクシオンの声は広がるように響き、暫くすると彼の声が遠くから返ってくる。


「ええ、もうこれ以上は、体を慣らしても意味がないわ。どんな理屈なのか分からないけど、2日という壁が超えられない……それなら、前に進むだけよ」


 レティシアは真っ直ぐ扉を見つめ、深く息を吸い込んだ。

 祖父母の情報もニクシオンから事細かく聞き出し、2人と自分を結び付ける起点も見つけた。

 目指す場所も、目的もはっきりしている。

 大丈夫と自分に言い聞かせ、早くなる鼓動を落ち着かせる。


「そうですか……(わたくし)に相談すれば良かったのでは?」


「ニクス、時間を無駄にしたくないの。開けてちょうだい」


 ニクシオンは一瞬口を開きかけたが、レティシアの横顔を見て短く息を吐き出した。

 彼女の瞳には迷いがなく、固く結ばれた口は覚悟が見えた。

 彼は静かに目を伏せ、彼女の決意が変わらないことを悟った。


「かしこまりました……どうか、レティシア様に雪の姫の加護があらんことを……」


 ゴゴゴ……と地鳴りのような音が鳴り始めると、大きな扉は口を開けるように徐々に開き始める。

 扉の隙間からは、ぶわっと中の空気が一気に溢れ出し、その場にいた者たちの髪を大きく揺らす。

 それでも、レティシアの顔色は変わらず、視線の先が変わっているように見えない。

 ひんやりとした冷気が足元に広がるように、扉の隙間から薄紫の霧が広がっている。

 しかし、まるで気にしてもいない様子で、レティシアの足は歩みを始めた。

 そして、彼女の続くようにルカも歩き出し、2人は扉の中に入って行く。

 完全に2人が扉の境をまたいだ瞬間、ズズズ……と引きづるような音が響き、勢いよく大きな扉はドンッ! と音を立てて閉ざされた。

 その後、低く響く振動が空間を満たし、その場の空気は沈み込むように重く張り詰めた。


「なぁ! 扉が閉まったよ?! これじゃ、2人が出てこれないだろ?! どうすんだよ!」


「……これで、良いのです。……最悪の場合、闇の精霊様が扉の開き方を知っています」


 ニクシオンは冷静に告げると、青白い顔をしているレイの方を一瞥した。

 そして、歩き出すとレイとオクターの横を通り過ぎ、階段を上り始めた。

 相談すれば良かったのに……と彼女に言ったものの、魔族にとっても暗黒湖(テネクス)は未知な部分が多く、具体的な解決策は分からない。

 自分でも、ただ時間を引き延ばす口実だと分かっている。

 そのことに、彼女が気付いていた気がして、先程は何も言えなかった。

 なら……彼女が帰ってくるまでの間、できる限りのことをしなければ……と彼は拳を握った。



 一方、レティシアとルカは、黙々と暗黒湖(テネクス)に繋がる石造りの階段を降りていた。

 壁と壁を繋ぐような階段に手すりはなく、階段の所々にはマナを含んだ紫の結晶石ができている。

 階段の幅は並んで降りられるだけ余裕があるはずだが、2人が並んで歩く様子は見られない。

 壁の至る所にもマナを含んだ紫の結晶石があり、淡い紫色の光が視界を照らしている。

 2人の足音は聞こえず、時折キィンッと甲高い澄んだ音が響く。


(何か潜んでいる可能性もあったから警戒していたけど、今のところ生き物の気配は感じられないわね……魔力探知もめちゃくちゃ……背後を歩くルカはどころか、入ってきた扉の向こう側すら全く探知できないわ……それに、魔力は無駄にできないわ)


 レティシアは周囲を気にしながら思うと、少しだけ肩の力を抜き、軽くズボンのポケットを触った。


(私が取り込める自然マナが2本……上手く使えば、この中でも2日以上耐えられる。練習したから大丈夫、大丈夫よ)


 彼女が息を吐き出すと、ほんのりと息は白く染まる。

 しかし、直ぐにそれは空気に溶け込み、まるで他の色を許さないようだ。

 弾かれた小石がカラカラと転がり、階段からヒューッと落ちていく。

 約30秒後にポッチャンッという音が暗黒湖(テネクス)に響いた。


(今まで下りた階段の距離、小石の落下時間をざっくり計算するならば、入り口から湖までの高さは6㎞~7㎞というところかしら……軽く下を見ても、異質な構造のように感じられるし……何も考えなければ、壁に沿って螺旋状が最も安全で作りやすい形状だと思うけど……何か意味があるのかしら? ……八芒星にも見えなくはないけど……階段の数を見る限り……いや、それなら見えていない階段もあると考えた方が良さそうね)


 穴の底はわずかに光を帯びているが、光が揺れ動くと真っ暗な闇が広がる。

 階段の終わりは見えず、静かな時間が続き、一言も発しない2人の間の空気は重い。

 それでも、彼らは前を見据え、目的に向かう。



 レティシアとルカが暗黒湖(テネクス)に入った同時刻。

 リスライベ大陸から遠く離れたベルグガルズ大陸、ヴァルトアール帝国モンブルヌ伯爵家では男性の怒号が響いてた。

 空は雨雲に覆われ、雨が激しく窓を叩きつける。

 稲妻が走ると、遅れて空を切り裂くような音が響き渡る。


「クソッ!! なぜフリューネ侯爵は見つからないんだ!!」


 手紙を手に持ち、苛立った様子でシャルル・モンブルヌは部屋の中を歩き回っていた。

 乱暴に手紙を握りしめた指先はかすかに震え、時折、荒々しく頭を掻いている影響か、髪は乱れている。

 彼の足元には数枚の手紙や装飾品が散らばっており、部屋は荒らされた後のようにも見える。

 けれど、足元とは対照的に、棚の上に何も置かれておらず、スッキリとしている。

 そのことから、棚の上の物を床に薙ぎ払ったのだと安易に想像ができる。


「まあ、お父様、どれほどお怒りになられても、結果は変わりませんわ。無駄な時間を費やされるより、冷静にお考えになったほうが賢明ではございませんこと?」


 怒声を聞いて部屋に入ってきたイリナ・モンブルヌは、部屋の中を見渡すと呆れながら言った。

 壁の隅にはメイドが脅えた様子で立っており、空気にすらなれないその姿に、彼女はわずかな苛立ちを感じた。

 そして、シャルルの怒りに満ちた目を見て、深くため息をついてしまう。


「お前は黙れ!! この状態が何を意味しているのか分からんのか!!」


「焦る必要なんて、まるでございませんわよ。ルカ様との婚約はすでに決まっているのですもの。皇室が認めた以上、何を言われようとも動じる理由はありませんわ」


 イリナはサッとソファーの上から物を退かすと、腰を下ろして軽く片手を上げた。

 すぐさまメイドが動き出し、イリナの周りを片付け始める。

 その様子を見ていたシャルルは、ギリッと歯を鳴らすと、鼻筋にシワを寄せた。


「お前は何も分かっておらん! フリューネ侯爵が本気を出せば、皇子の意見など覆せる!!」


「フリューネ侯爵が何をしようとも、大して意味はございませんわ。お父様がどれほど気になさったとしても、影響などありませんもの。どうぞ、お気を落ち着けて」


 呆れた様子でイリナは答えるが、シャルルは握り潰した手紙を広げていた。


「オプスブル侯爵はおろか、フリューネ侯爵が学院に現れなくなってから、誰もオプスブル侯爵家次男の姿を見ていない。そして……オプスブル前侯爵は口を閉ざしている……何かあるはずだ……」


 頭を抱え、掻き毟り、ブツブツと呟くシャルルの顔には焦りが見えたが、彼と対照的にイリナには余裕が見え、呆れている様子が見えた。


「ですから、皇家がフリューネ侯爵を選ばれたのなら、こちらまで干渉する理由などございませんわ。お父様、そんなことで心を乱されるのは、少々ご愁傷さまですわね」


 シャルルはその言葉に反応するように、拳を握ると肩を震わせた。

 そして次の瞬間、唾を飛ばしながら「黙れ、黙れ!!」と叫んだ。


「まあ、お父様、そのように声を荒らげて何か変わりますの? むしろ、使用人にみっともない姿を晒すだけではございませんこと?」


「政治に関わったことがない貴様に何が分かる!! 皇子の決定など、権力者の一言で覆せるのだ!! この家の未来がかかっているというのに、お前は呑気なものだな!!」


 シャルルは怒鳴りながら言い切ると、ため息をついたイリナのことを思わず鼻で笑った。

 娘を蝶よ花よと育てた自覚はないが、政治を学ばせているうちに高飛車に育った気はする。

 その高飛車な性格が、今の事態を招いているのだと考えれば、失敗作だと思えた。


「呑気などではございませんわ。オプスブル侯爵様はすでに私のものですから。その違いが、お父様の目には呑気と映るのでしょうけれど」


「オプスブル侯爵が、お前にそう言ったのか?」


 イリナは眉を(ひそ)めると、父親の言葉の意味が分からず、首を少しだけかしげてしまう。

 けれど、冷静な思考は怒りに満ちた父親すら軽蔑してしまう。

 それは余裕として現れ、「いいえ、それは違いますわ」と軽く答えた。


「だろうな、それなら決定事項ではない。現に、オプスブル前侯爵がこちらに何も言ってこないのがその証拠だ」


「どいうことですの?」


 まるで意味が分からないと語るイリナの表情を見て、シャルルは呆れながら額を押さえ、皮肉混じりに笑った。

 常に彼女の思考は、自分にとって都合がいいように考えているのだと思うと、今の姿が滑稽にも見える。

 しかし、それが自分の娘だと考えると、腸が煮えかえる思いが全身を満たす。


「それも知らんで、オプスブル侯爵の婚約者と高を括っているのか! 昔からの習わしだ! フリューネ侯爵家もオプスブル侯爵家も、婚約が確定すると、両家の前当主と現当主が揃って婚約者の家にあいさつに行くのだ! 我が家には、どちらの家も来ていない、つまり確定していないということだ、この馬鹿者!!」


「まあ、お父様、そのような細々とした慣習にこだわられるのは、古い考えの方々だけではございませんこと?」


 イリナは不満に溢れた気持ちを話すと、首を左右に振りながら深く息を吐き出した。

 常に時代は揺れ動いているのに、貴族はあまりにも古い慣習に縛られ、合理的とは言い難い。

 だからこそ、都合の悪い伝統に従う必要があるのかと、疑問を抱かずにはいられない。


「古い考えの方々だけだと? オプスブル侯爵家とフリューネ侯爵家はその古い考えを未だに守り、双方の力がどちらかに傾かないようにしてきたんだ! 貴様も貴族として何不自由ない生活ができているのは、その古臭い習慣のおかげだ!! そんなことも知らずに、自分が確定した婚約者だとぬかすとは……笑わせるな、イリナ!!」


「ですが、お父様。もし本当にその習わしがそれほど重要ならば、オプスブル侯爵家もフリューネ侯爵家も、もっと早く私の存在を認めていたはずではございませんこと?」


 どこか慌てた様子でイリナが尋ねると、シャルルは呆れて首を横に振った。

 しかし、怒りに呆れが加わると、胃がむかむかし、深く息を吐き出した。

 それでも、床に落ちている手紙が視界に入ると、抑えようとした苛立ちが溢れてしまう。


「だから言っておるだろ!! お前は婚約者だと確定していないのだと!」


「まあ、大変ですこと……それでは、モンブルヌ家が政治に確たる影響力を持てませんわ。すぐにアルディレッド伯爵家へ手紙をしたためませんと。その後は……」

「もう遅い。落ちている手紙を読め……お前が派手に言いまわったおかげで、オプスブル侯爵家とフリューネ侯爵家と親交が深いエルガドラ王国と、なぜかガルゼファ王国から偽りを風潮するなと怒りの手紙が届いておる」


 シャルルはイリナの言葉を遮って言うと、ソファーに深く座り込んだ。

 フリューネ侯爵やオプスブル侯爵がいれば、正しく説明してもらえると思った。

 しかし、現在オプスブル侯爵は姿を現さず、フリューネ侯爵の居場所は分からない。

 何より問題なのが、両国家が皇帝にも苦情の手紙を出したと、書いてあった一文が瞼の裏に焼き付いて離れない。

 貴族院議員として働くシャルルは、この意味をよく理解している。

 家族間の問題では済まさないと両国家は言いたいのか……と考えると、彼は内心でため息をついてしまう。


「これまで、オプスブル侯爵家もフリューネ侯爵家も政治に関して口出しをしてこなかったが、この状況を治めるために両家が政治に関与してくる……我が家はもう終わりだ……ライラとかいう小娘も役に立たん……」


 シャルルはどこか絶望に満ちたような顔をしていたが、手紙を読んでいたイリナは手紙を握りしめると、駆け出していた。

 部屋には息を殺すように動き回るメイドの姿があり、わずかに音を鳴らす度に固まって暫く動かない。

 しかし、着々と散らかった部屋は片付き始め、豪華なフォローとテーブルだけが目立つようになっていた。

 そして、片付けを終えたメイドは、シャルルの足元に転がるくしゃくしゃになった手紙を拾うと、綺麗に広げてテーブルの上に置いた。

 そこには、こう記されていた。


『フリューネ侯爵レティシア・ルー・フリューネ、所在が掴めず。アルフレッド・リオ・ド・ヴァルトアール殿下が次期皇位を主張し、同時に政略的判断により皇家のフリューネ家への訪問を一時的に禁じる案を提出。侯爵代理のフィリップ・フリューネ及びジョルジュ・オプスブルがそれに同意し、正式に決定された』


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