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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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第175話 立場と役割の交錯


 レティシアとニクシオンが話していた数時間後、神歴1504年7月23日の深夜。

 リスライベ大陸から遠く離れたヴァルトアール帝国では、フリューネ領にあるフリューネ邸でジョルジュと向き合う黒緑のフードを被った人物がいた。

 客間にある調度品は歴史を感じさせ、足元に高級感が漂う絨毯が敷かれている。


 付き添いで来ていたロレシオは、フードを深く被った人物とジョルジュを密かに観察していた。

 紅茶を差し出す手を少しだけ止め、顔を確かめようと試みたが、紅茶の香りだけが鼻を掠めた。

 思わず舌打ちしそうな衝動をグッと堪え、悟られないように満面の笑みを作る。

 そのままジョルジュにも茶を出し、落ち着いた態度の理由を考えると、顔見知りの可能性が高いと思った。

 ロレシオは壁の近くまで移動すると、フードの人物を特定しようと魔力を感じ取ろうと静かに集中する。

 だが、フードの人物からは何の気配も感じらない。

 気付かれないように心の内でため息をつくと、警戒心を緩めないように襟元をただした。


「報告できますか?」


 短くもジョルジュの声が客間に響くと、フードの人物はコクリと頷いた。

 そして、彼は懐から紙の束を取り出し、指先まで包帯の巻かれた手でジョルジュの前に差し出す。

 ジョルジュが紙の束を手に取ると、紙がめくれる音が広がり始める。

 ペラッパサッという音に続きパリッサラッと音が響き、規則的なカチ、カチという時計の音と共に、この場を支配している。


「……一度、(わたくし)の方でも調べた方がよろしいでしょうか?」


 ジョルジュの問いに対し、フードの人物は首を左右に振った。

 すると、ジョルジュは紙の束に視線を戻し、再び紙がめくれる音と時計の針の音が静寂を埋める。


「これは、誰の命令で調べたのですか?」


 ジョルジュは冷静に尋ね、フードの人物の様子を見ながら反応を待った。

 しかし、反応が見られないことから、スーッと目を細め思考を巡らせ始める。


(この報告書に使われている暗号文を見ても、スキア隊が動いていると考えて間違いない。ルカが元から調べるように言っていた可能性はあるが……全てがルカの指示ではないと考えると……レイの指示か? だけど、それだけだと……腑に落ちない……。何よりも、ルカとレイがヴァルトアール帝国を離れた直後に接触し、少し落ち着いた頃を見計らったように日時を指定していることを考えると、些か疑問が残る……)


「……良いでしょう。では、質問を変えます。今、あなたの所属はどこになっていますか?」


 ジョルジュは観察を辞めずに尋ね、些細な変化も見逃さないように気を付けた。

 けれど、わずかな息遣いの変化もなければ、微妙な体の動きも見られない。


「だんまりですか……では、この報告書は信憑性がないと考えてよろしいでしょうか?」


 落ち着いた声だけが響くと、遅れてカチ、カチと秒針の音が時を進ませる。

 フードの人物は懐から紙を一枚取り出し、テーブルの上に置くと、スーッとジョルジュの方に動かした。

 紙には色褪せた新聞の切り抜きが、一列に並べられて貼られており、『あなたの判断に委ねます』と書かれている。

 一瞬だけジョルジュの目が大きく開いたかのように見えたが、目元は細まっており険しい。

 そのまま、少しばかりの無言が続くと、彼はゆっくりとした動作でロレシオがいる方に顔が向いた。

 すると、壁際に立っているロレシオは無言のまま首を上下に動かした。


「では、別の質問をいたします。(わたくし)と2人であれば、あなたは話しますか?」


 再びフードの人物は懐から紙を取り出すと、何も書かれていない紙を2枚テーブルに置いた。

 ペラッと1枚をめくると、先程と同じように新聞の切り抜きが並び、今度は大きさがバラバラだ。

 そして、もう1枚もめくられると、今度は赤い文字で『いいえ』と書かれている。


「言葉を交わす時じゃない……ということですか……」


 ジョルジュはテーブルの上にある紙を手に取ると、3枚の紙を注意深く観察した。

 一列に並ぶ、『あなたの判断に委ねます』という文字は、様々なフォントが使われているのに、文字の大きさは同じだ。

 それに対し、もう1枚は大きさのバラバラな文字が並び、同じフォントが使われている。


(何を伝えたい……『あなたの判断に任せます』は理解できるが、『全ての始まり』とは何を指し示している? そして、赤い文字の『いいえ』……分からない……書かれている言葉ではなく、文字に意味があるのか? ……まさか)


「口を出さずに傍観せよ……という指示ですか?」


 フードの人物は右手の人差し指を立てると、包帯で肌が見えない手を口元付近に当てた。

 その瞬間、ジョルジュの目元は細まり、深く考えを巡らせているようにも見える。

 客間の時計は音を鳴らし、時折風が窓を揺らす音が室内に響く。

 ゆっくりと下げられた手が重い沈黙を作り出したのか、誰1人として動く気配が見受けられない。

 暫くして、客間のドアをノックする音が3回聞こえると、1人の少年が部屋の中へと入ってくる。

 茜色の髪は奇麗に整えられ、茜色の瞳からは彼の思考を読み解くことはできない。


「そろそろ、お時間です。これ以上の接触は、お互いのためにもなりません。さ、我々は帰りましょう」


「ベルン・アドガー殿、貴殿は彼の正体と、彼に指示を出した者を知っているのか?」


 ロレシオはドア付近に立っているベルンの方を向いて尋ねると、眉の1つも動かさない少年を冷静に見つめた。

 彼と初めて会ったのは、ルカに紹介された5月中旬のことだ。

 まだ幼さが残る少年という印象が残っていただけに、2ヵ月の変化にしては違和感を覚えてしまう。

 感情が抜け落ちているようにも感じられ、あまりの落ち着き具合から一瞬別人なのではないかと思ったほどだ。


「あなたも沈黙が答えですか……アドガー伯爵家の長男、帝国近衛騎士団団長ベラトル・アドガーの息子……あなたは、ルカ様が直々にオプス族へと誘った人物ですね? ということは、これにはルカ様の意思も関わっているのでしょうか?」


「ジョルジュ様、俺には答えられないと言えば、理解してもらえるかと……」


 ジョルジュは、すぐさまベルンが何を言おうとしているのか理解した。

 そのため、彼が答えないのではなく、誓約によって答えられないのだと推測した。

 誓約に他言を禁じることが盛り込まれているのだと考えれば、他者を信じない孫であるルカらしいとも感じる。

 その一方で、ルカとベルンの間にどのような誓約が結ばれたのかは、誓約の主であるルカが話さなければ他の誰かが知ることはない。

 けれど、ルカが記憶を失った今でもベルンが動いているとなれば、ルカ以外にもベルンに指示が出せる者がいることを示す。


「答えるんだ、ベルン・アドガー」


「ロレシオ、そこまでです。彼は何を言っても答えませんよ。主人には忠実なようです」


 大きな声を出したロレシオに対し、ジョルジュは冷静にロレシオを制止した。

 結局のところ、現在の頭領であるルカが話さなければ、本当に誓約が結ばれているのかという事実すら曖昧だ。

 その穴をうまく使われたのか、それともルカの意思が働いているのか、ジョルジュは判断できない。

 これまでの関係性がもたらした結果と思えば、後悔で胸はいっぱいになり拳を握った。


「ご理解、ありがとうございます」


「一つだけ良いかね?」


 ジョルジュは、わずかな変化も見られない少年に尋ねると、気付かれないように様子を(うかが)った。

 それでも微かな変化もベルンからは見られず、「何でしょうか?」と答えた声からも、些細な感情すらも感じらない。

 そのことから、確実にこの者に感情の隠し方を教えた者がいると考えた。


「レイはなんと言っておりましたか?」


「……それをジョルジュ様が知って、何か変わりますか?」


 ジョルジュは一瞬、ベルンが言葉に詰まったと感じた。

 しかし、感情の隠し方を教わっているのであれば、それすらフェイクの可能性も考えられる。

 その結果、彼はベルンの質問に答えられず、固く閉ざした口は重く感じられ開けない。


「良いでしょう。では、レイ様からの伝言を伝えます。『オプスブルとして生まれたからには、他者に弱みを見せるな』という言葉だけは、預かって参りました。それ以外はお話しすることはできません」


 ベルンはそれだけ告げると、落ち着いた様子でフードの人物をドアの外へと誘導した。

 一方、ロレシオは今の状況が理解できない様子で、何度もジョルジュとベルンを交互に見ている。

 パタリと音を立ててドアが閉まると、続けて足音が遠ざかるのが廊下の方から聞こえる。


「ジョルジュ様、帰ってしまわれましたが、よろしかったのですか?」


 ジョルジュは持っていた紙に視線を落とすと、小さく息を吐き出してしまう。


(きっと、『オプスブルとして生まれたからには、他者に弱みを見せるな』という言葉の意味と重みは、闇の掟を知らないロレシオに言っても分からないだろう。フリューネ騎士団をまとめている騎士団長と言っても、彼はオプスブル家から誓約を求められていない。ともなれば、オプスブル家の方で情報が全て共有されていないとは、夢にも思わないだろうな……だが、長年我々はそうして情報を厳重に守ってきた。共有しないことで、情報の漏洩が起きないようにし、誰が情報を知っているのか明確にしてきた……そして、その情報の全てを握るのが頭首であるようにしてきた。けれど……(わたくし)が前頭領にもかかわらず、情報が共有されない理由は……動き時ではないということか……)


 ジョルジュはそう思うと、『他者に弱みを見せるな』という言葉を頭の中で何度も繰り返す。

 初めに言い出したのが、初代オプスブル家の当主であることは、ジョルジュが闇の精霊の力を受け継いだ時から知っている。

 共に受け継がれた記憶の中で、初代がこの言葉に掟を忘れるな、という意味を込めたこともその時に初めて知った。

 けれど、この言葉の意味は明かされることはなく、本当の意味は力を受け継いだ者しか知ることができないのも理解している。

 そして、レイは力を受け継いでいないのにもかかわらず、『オプスブルとして生まれたからには、他者に弱みを見せるな』という伝言を残している。

 その意味を考えれば考えるほど、ジョルジュはぬかるみに沈んでいくような感覚を味わった。


「仕方ないですね。(わたくし)は今や頭首ではないのですから……」


 ロレシオはジョルジュの言葉が、どこか悲し気に聞こえた。

 そして、頭首だった頃のジョルジュの姿を思い浮かべると、当時から責任感に溢れている人だと思った。

 それと同時に、オプスブル家の中でも情報が共有されていないという考えが一瞬頭を過ぎる。

 しかし、ジョルジュの赤い瞳を見た瞬間、彼は頭を左右に振り、今考えたことを忘れなければならないと感じた。


「そうですね……申し訳ございません。――それにしても、レイ様が『オプスブルとして生まれたからには、他者に弱みを見せるな』という伝言を残すのは、正直にいうと驚きました……レイ様がこの言葉を他の者から言われている時は、嫌悪感に満ちた表情をしていましたが……ルカ様のことがあって、思い直したんでしょうかね……」


 ジョルジュはロレシオの言葉を聞き、思わず眉間にシワを寄せた。


「どういうことですか?」


「え、いや、失礼なことを申してしまい、申し訳ございません」


 ロレシオは慌てて謝ると、急いでジョルジュに頭を下げた。

 心臓は大きな音を立て、額と脇に汗が浮かぶのを感じる。

 太ももに当てた手が汗ばんでいるのが分かり、さらに心臓の音が大きくなった気がした。


「それは、構いません。どういうことなのかと尋ねているのです」


「いや、以前、その言葉を言われているレイ様をお見掛けしたことがあるのですが、嫌悪に満ちた感じだったので……俺が自覚を持てということですよ、と言ったところ……『理解してないやつは、黙れ』と冷たくあしらわれたことがあったのです」


 ロレシオは言い終わると、ジョルジュの目が細まっていくのを静かに見つめた。

 その瞬間、どこかルカと似ていると感じ、思わず身構えてしまう。

 暫くすると、落ち着いた声で「いつのことですか?」と聞こえ、無意識に息を吐き出してしまう。


「えっと……確か、エディット様が亡くなって、少し経った頃だったかと……それがどうかしましたか?」


 ジョルジュは軽く頭を押さえると、深く息を吐き出した。

 エディットが亡くなってから、明らかにレイの行動は変わっている。

 親に隠れて動くことが増え、ルカが学院に行った後からは、親との衝突も増えている。

 その結果、数年前から完全に親元から離れ、帝都で部屋を借りて1人で住んでいた。

 その行動の理由に精霊が絡んでいれば、全ての説明が付くとジョルジュは考えた。

 そして、レイが精霊を視ることのできる目を持っていた場合、何かしらの助言が精霊からあったのだとも考えた。


「そういうことですか……フードの人物とベルンの行動は、気にしなくて良さそうですね。それよりも、(わたくし)たちは何事もなかったように、来た道で帰りましょう。そして、ロレシオ……このことは他言無用です。もし、話せば(わたくし)はあなたを裏切り者と判断いたします。良いですね?」


「分かって居ります……あの、ちなみにですが……その、ニルヴィスに関しての報告はありましたか?」


 ロレシオは視線を落として尋ねると、チラチラと何度もジョルジュの方を見た。

 情報が共有されない可能性が潜んでいると気が付いた以上、なかったと言われる可能性を捨てきれない。

 その不安が隠しきれず、気が付いたことを悟られたくない一心でジョルジュを直視できない。


「そうでしたね……あなたはそれが知りたくて、付いて来たのでしたね。アルディレッド家に戻ったニルヴィスの消息が分からなくなって以降、アルディレッド家では死体を回収する業者が訪れたそうです。運び出した袋は、大人一人分の大きさがあったそうです……そして、その後アルディレッド家はレティシア様たちを追って、エルガドラ王国に調査団を送り込んだと書かれていました」


 ロレシオは話を聞き、唇を強く噛み締めると拳を強く握りしめた。

 喉は張り付いたように呼吸を苦しくさせ、ニルヴィスの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 初めて会た日のことが走馬灯のように思い返され、内側から胸を切られているように感じる。

 なんとか声を振り絞り、「そうですか……ということは、ニルヴィスはもう……」と言った声は自分でも震えているのが分かった。


「そのように考えて間違いないかと思います……しかし、これで我々がアルディレッド家を密かに調べる口実はできたわけです。彼らも浅はかですね。ニルヴィスのような重役をやっていた人物が、どのような理由で騎士団を解雇されたとしても、オプスブル家の監視下にある事実は変わらないということを、理解できなかったのでしょうね……。ニルヴィスを裁けるのは、彼がフリューネ騎士団に所属した瞬間から、オプスブル家とフリューネ家だけだというのに」


 ジョルジュは冷静に言い切ると、フードの人物が置いて行った報告書を見つめた。

 暗号でレティシアの判断で、事実上ニルヴィスは騎士団を解雇されていることが書かれている。

 この判断が正しかったのか、今のジョルジュは答えが出せない。

 全ての決断は、オプスブル家現頭首とフリューネ家当主のレティシアにあるからだと理解しているからだ。

 そして、これを詳しく調べることも、認められていないとジョルジュは分かっている。

 彼はニルヴィスを拾って来た時のことを思い出すと、悔しさで奥歯を噛み締めた。



 一方、フリューネ邸から出たベルンは、止まっている馬車のドアを開けると、先にフードの人物を乗せた。

 そして、辺りを注意深く見渡すと、急いで馬車に乗り込み、御者がいる方の壁をドンドンと叩いた。

 その瞬間、馬車は前後に動き、彼は咄嗟に手を天井に押し付けた。

 直後、小刻みに馬車が上下に揺れ始め、不規則な振動が全身に伝わる。

 それに合わせるように、馬のひづめが地面を踏む音と車輪が回る音が外から聞こえる。

 わずかに灯りが淡く灯されている馬車の中は、明るいとは言い難いが、普通の馬車を装うなら十分だと感じた。


「たく……なんで俺がこんな役割をしなきゃならないんだよ……ジョルジュ様……ルカ様の雰囲気とは、また違った雰囲気が出てて、教わったように感情を表に出さないようにするのが、しんどかった……」


 ベルンはフードの人物の隣にドサッと座ると、不満を込めて言い切り、深く息を吐き出した。


「あら、仕方ないではありませんか。あのお方がそう望んだのですから、あなたはあの方の意向に従う義務があるのではなくて?」


「ねぇよ……とは言えないのか……」


 ベルンは少女の少し吊り上がった目元から視線を逸らすと、窓枠に頬杖をついてカーテンを少しだけめくった。

 そして、異常がないと分かり、「はぁ……なんか不服だから代わりにお前が謝れよ」と言いながら、足でフードの人物の足を押した。

 すると、隣から笑い声が聞こえ始め、ベルンはフードの人物を睨むと、客間でのことを思い返して深くため息をついた。


「あははは、ごめんね~ベルン、ボクのために奮闘してくれて助かったよ。まぁ、君に感情の隠し方を教えたレイ様からすれば、落第点かも知れないけどね。でも正直、ボクもあの場でボロを出さないか不安だったけど、それでも信じてもらったから……ちゃんとボクの役目は果さないとだね……」


「あなたが役目を果たすのは、当然のことですわ! それより、一番不服なのは、私です! もっと違うお話を……そう、紅茶や魔法についての話や、あのお方が好きなことなど知りたかったのに……話の内容が全て仕事の話でしたわ!」


 ふわっとウェーブが掛かる髪を掴みながら少女が言うと、ベルンは彼女の行動に目を丸く見開いた。

 見た目の清楚さからは予測できなかった行動だけに、とりあえず落ち着かせなければと思い、無意識に左手を上下に振る。


「まぁ、まぁ、そう怒るなって……マデリン嬢」


「あなた方は気軽に話せるかもしれませんが、私は会うこともままらないのですよ!? 不公平ですわ!!」


「まぁ、それは否定しないけどさ……多分、素直に言えば、時間を作ってくれるぜ?」


 ベルンは何気なくそう言ったが、徐々にマデリンの鼻筋にシワが寄るのを見て、言葉を間違えたと瞬時に思った。

 小さな手はドレスを掴んで震えており、再び感情的に彼女が叫ぶのかと思えば、思わず顔を(しか)めてしまう。


「そんなことできませんわよ! 私は、あのお方ががお忙しい方だと理解しておりますの! もう! 普段から何も考えず、話せるあなたたちに言っても理解できませんわね。――私たちも、用意された道で帰りますわよ。これで、あのお方の思い描いたシナリオがどう動き、どのような道をあの方が選ぶのか楽しみですわ」


 マデリンはそう言うと、正面に座る2人を交互に見つめ、明かりを消すとカーテンを少しばかり開けた。

 窓の外は夜の暗闇が支配し、月明かりが優しく見守っているようだと思った。

 この馬車の行き先は決まっているのに、まるでこれから未知の世界に行くように感じ、わくわくする気持ちが胸を弾ませる。

 しかし、ふと寂し気な少女の横顔を思い浮かべると、彼女は自分が無力だと感じた。


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