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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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第174話 光と闇の狭間に揺らぐ理(2)


「ということは、過去にもいたの?」


「いいえ、しかし……理は絶対ではありますが、絶対ではないと(わたくし)は考えております。そのため、あなたの一族は、(わたくし)からすれば皆、雪の姫なのです」


 レティシアは雪の姫と聞き、もううんざりだと思って苛立ちを覚えた。

 しかし、彼が言うことも納得でき、喉が熱くなるのを感じると、気持ちを落ち着かせるために、息をゆっくり吸い込んだ。

 意識的に短く息を吐き出すと、彼女は真っすぐに少年は見つめる。


「それじゃ、約束は何? なぜ私を試したの?」


「エレニア様が、原初の力を持って生まれた子どもです。そして、彼女の願いは……ここを訪れた子孫が、命の巡りに返れるのか心配しておりました」


 レティシアの眉間にシワが寄り、「どういうこと?」と彼女が尋ねると、少年は彼女から視線を逸らした。

 そして、彼は顔を上げると、軽く息を吐き出し、落ち着きのある声で話し出す。


「誰しもが、生を全うすれば命の巡りに戻ります。しかし、あなた方が目指している場所は、原初の力に近い場所でもあります。そのため、あなた……いえ、フリューネ家の者は、命の巡りに返れない者が存在しているのです。その者たちは、時間が経てば世界の理の一部となります……それは、負の感情を深く背負った者は特にです。闇の精霊が言っていました……人が迷い込めば、出口が分からなくなるそうです……真っ暗な闇がただ……そこに広がっているのだと……」


「闇の精霊が創り出した場所だから、自分は光だと強く自覚していなければ、迷うということね」


 レティシアは冷静に言い切ると、彼の言っている場所がどんなところか考えた。

 その結果、大体の予測ができ、逆に彼女は難しい話ではないと感じた。


「そうです……しかし」

「私には迷いが見られた、そして……私は雪の姫であることを否定した」


 少年の言葉を遮りレティシアが告げると、少年が一瞬目を見開いた。

 重い沈黙が2人の間に漂い、その静けさが風の音を際立たせた。

 それでも、吹き抜けていく風は沈黙を破ろうと、木々を揺らしている。


「はい……そのため、(わたくし)はあなたには無理だと判断せざるを得なかったのです」


「それなら、大丈夫だと思うわ。私が不安だったのは、記憶を失う前のルカが、私を雪の姫であると認識したくなさそうだったからよ。それなのに、あなたが雪の姫に固執したから……ただ、それだけのこと……そして、私は雪の姫ではないけど、出口は知っているわ」


 少年はレティシアが言い切ると、聞き間違いかと自分の耳を疑った。

 しかし、彼女が嘘を言っているようにも思えず、彼は慌てて「どういうことですか?」と聞き返した。


「これは心の在り方の問題ね……その空間、闇の精霊はこうも言っていなかった? 自分の存在が曖昧になるって」


「ええ、確かに言っていました」


「闇の精霊が迷わなかったのは、彼が自分の存在に迷いがなかったからよ。生きる意味は考えたかもしれないけど、自分が何者であるかは疑問を抱かなかったはずよ」


 少年は彼女が言い終わると、口元に軽く手を当てると面白くて小さく笑った。

 正直にバカバカしいと感じ、そのまま「面白いことを言いますね」と皮肉を込めて告げた。

 けれど、彼女の表情が徐々に変わるのを見ていると、彼は彼女から目が逸らせない。

 一方、レティシアは少年の言葉を聞き、彼が何も理解していないと感じ、深くため息をついた。

 その気持ちは呆れに変わり、彼女は首を左右に振ると話し出す。


「何も面白くないわよ。実際、闇というのは何もないのよ……全てをただ無に変えていくだけ……それが、闇の力よ。……魔族は、そこから外れているだけ、だから存在があって、感情を持って生きているのよ……寿命という時間の制限を受けてね。早い話、私が私であると認識していれば、出口はずっとあるのよ。私は私でしかなく、他の者にはなれないから」


 レティシアは言い切ると、少年が呆然として立っていると感じた。

 額を掻いた彼女は一度息を吐き出すと、眉間を軽く押さえて話す。


「箱は箱だと言っていたあなたには難しいわね。運命はどこを起点にするのかと考えた時、私は体ではなく魂だと考えているわ。だから、自分の肉体を探せる。でも、体を起点として考えていた場合、何も考えられないのに魂はどうやって探すの?」


 少年の眉間に一瞬シワが寄ったものの、すぐにそれは困惑したような表情へと変わったのを、レティシアは見逃さなかった。

 彼女は目を瞑ると、思わずはぁっと深く息を吐き出してしまう。


「あなた、見た目は少年だけど、上級魔族なら私より長く生きているでしょ? それなのにまだ分からないの? 闇の世界で問われるのは自分の存在よ。自分が曖昧になれば、闇と同化するだけよ。それじゃ、あなたを形成しているのは体? それとも魂?」


 少年の目が泳ぐのを見て、レティシアは額を押さえると、小さな声で「なんで分かんないかなぁ」と呟いた。

 そして、彼女は真っすぐに少年を見ると、できるだけ冷静になろうと一度深呼吸すると、再び口を開く。


「王なら、一度あなたの概念を捨てることを進めるわ。これに正解はないわよ。両方とも私を形成しているから……これが揺るがない限り、魂は体に返るし、体は魂に魅かれるのよ。命の巡りに返れなかった者は、これが曖昧だったのか、箱は箱であると思っていたからよ……だから同化した」


「では、あなたは連れて返って来られますか?」


 レティシアは少年の言葉を聞き、瞬時にこれまでのことを考え、一瞬息を止めてしまう。

 可能性がなかった訳じゃないからこそ、すぐに結びつけられたのかもしれない。

 冷静にそう思えば、戸惑いよりも、納得してしまい、疑問だったことが消える。


「無理ね……魂が何らかの形で結び付いているなら可能性はあるけど、何もないなら起点を探すしかないわ……でも、それを始めると自分の存在が曖昧になるわ……連れて返って来てほしいのは、御爺様と御婆様ね」


「そうです……御二人は返って来ておりません……」


 少年は唇を噛み締めると、己の無力さに圧し潰されそうになった。

 長い月日を生きても、限界はいつも現実を突き付ける。

 魔族だからこそ、できることは多いが、それでも制限がない訳じゃない。

 そして、魔族だからこそ、箱は箱だという考えを変えられない。

 彼女の理論からすれば、自分は迷うのだと理解できるからこそ、もう手遅れなんだと思った。


「その事実を、私が受け入れられるのかも、あなたは心配していたのね」


「あなたが来ることは、大地が教えてくれました。そして、(わたくし)はこのまま何も知らずにあなたが帰れば、少しでも傷付かないと考えました……エディット様のことも(わたくし)は聞いておりましたので……」


「……御爺様と御婆様と私の間に、起点がないか私も考えてみるわ」


 レティシアは冷静にそう言うと、少年の目が大きく開くのを見ていた。

 彼の口が何回か開閉し、「危険なのでは!?」という声が聞こえると、彼女はそっと視線を逸らした。

 危険がないと言えば嘘になるが、彼女は迷わないと思った。

 ただし、そこに必ず連れて返ってこられるという保証は含まれていない。

 だからこそ、彼女は曖昧に答えるしかないと思うと、落ち着いて話す。


「心配しなくてもいいわ。私の考えが変わることはないわよ……ただ、協力は必要だわ」


(わたくし)は何をすれば?」


 少年はレティシアの腕を掴んでそう言うと、彼女の瞳を見つめた。

 ロイヤルブルーの瞳は、いつの日か見た星空を思い出させ、隣に居た少年と少女の存在が恋しくなる。

 徐々に視界はぼやけ始め、彼は思わず緯線を下げ「すみません」と呟くと、彼女の腕から手を離した。


「私は2人のことを知らないわ。だから知る必要があるの……後で構わないから、御爺様と御婆様の情報をまとめて置いてちょうだい。事細かにね」


「それだけでいいのですか?」


 レティシアは少年の言葉を聞き、驚きのあまり声が出なかった。

 しかし、箱は箱だと信じる彼の姿を思い返すと、理解していないのだと悟り、胸の奥で落胆の色を濃くした。


「それだけって……あなたを構成しているのは、年齢、生まれた年、名前、外見、声質、性格……その他全てよ。事細かにと私は言ったわ。あなたが知る全ての情報ってことよ?」


「あ、あの……それって、好みも含まれますか?」


 少年は戸惑いを隠せずに尋ねると、彼女が深く息を吐くのを見て、視線を下げた。

 情報として考えるなら、考え方までは理解できるが、好みは違うと言い切れない。

 そうなると、どこからどこまでが個人を形成する情報なのか、分からないのが本音だ。


「……当然でしょ……好き嫌いや小さな癖も含まれるわよ」


「……それだけと言っていいことではありませんでしたね……」


 レティシアは少年が頬を掻くのを見て、彼で本当に大丈夫なのか不安になった。

 それでも、彼以外に知る人物がいるのか分からず、彼に委ねるしかないのだと諦めた。


「そうね……私なら間違いなく言わないわよ」


「ところで、他に聞いておきたいことは御座いますか?」


 少年は自信を取り戻そうと冷静に尋ねると、背中を向けた少女がこちらを向いた。

 その表情はどこか疲れを感じさせ、彼は申し訳ない思った。


「特にないわ。でも、あなたの名前は、そろそろ知りたいわね。その外見も偽物でしょ」


「いつからお気付きになったのか伺っても?」


「初めて会った瞬間よ。違和感しかなくて、逆に不気味だったわよ」


 少年はレティシアの言葉に驚いたが、悟られないように笑みを作った。

 けれど、瞬時に彼女が魔力が視える人だと分かり、これまでのフリューネ家とは違うと感じた。

 その違和感は言葉にできず、それでも本能は知るべきではないと告げている。


「――それは失礼しました。以後、自然に感じられますように、気を付けてみます」


「あら、姿を変えないのね?」


「はい、ここでは少々問題になりますので……(わたくし)はニクシオン・セル・カリギニスと御申します。気軽にニクスとでもお呼びください」


「すでにあなたは知っているかもしれないけど、レティシア・ルー・フリューネよ。様付けも堅苦しいのも嫌いよ」


 レティシアが再び建物に絡みついているツタに触れると、ニクシオンの顔には笑みが浮かんだ。

 背中で手を組んだ彼はレティシアの横に立ち、彼女はそれを気にも留めていないように見える。

 風が吹く度、建物に絡みついたツタは左右に小さく揺れ、直接壁に絡みついていないのだと目視できる。


「伺っております。しかし、堅苦しと感じるのは、我慢して下さい。これが(わたくし)の通常です」


「そう、それなら別に構わないわ……そういうものだと受け入れるだけだから」


「ありがとうございます。しかし、あなたも本当は相当な年齢なのではないのですか?」


 レティシアは一瞬手が止まりそうになったが、手を止めずに呆れたように装い息を吐き出した。

 そして、ニクシオンの方を向くと、片方の眉を意図的に上げ、疲れたような雰囲気を出して話す。


「……残念ね……まだ私は16歳よ」


 ニクシオンは彼女が呆れているのを見て、一瞬だけ自分の感覚を疑った。

 けれど、彼女の声は嘘を言っているように感じられず、彼はさらに驚いてしまう。


「冗談……ですよね?」


 驚いた様子のニクシオンに対し、レティシアは呆れたように首を左右に振った。


「この世界に生まれて、16年よ。何が言いたいの?」


「……いえ、少しばかり驚いております」


「あっそ……。それとね、女性に対して年齢を尋ねるのは、失礼だと覚えときなさい」


 レティシアは冷たく言い切ると、宿に戻るために歩き出した。

 真っ直ぐ背筋を伸ばし、迷いを見せないように歩く。

 しかし、少しだけニクシオンから離れると、彼女は背後に意識を向けた。

 そして、彼がこちらを見ているのだと分かると、勘が鋭いのだと改めて感じた。


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