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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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第169話 薄暗い霧の中で


 港に戻っていたルカとアルノエの2人は、難しい顔をして話し込んでいた。

 彼らの足元には紙袋が3袋並び、開いた口からは果物が顔を覗かせている。

 それに対してレイは、彼らの近くをウロウロ歩き、時折様子を(うかが)うように見ていた。

 空の色は変わらず、常に薄暗い環境のせいで、時間の感覚があやふやになっているように見える。

 そこに、3人の男女と一匹の白い獣が近付くと、アルノエは「戻ってきましたね」と言った。


「あら、待たせてしまったかしら?」


 レティシアは冷静な声で尋ねると、彼らの足元にある紙袋に視線を向けた。

 聞き込みの結果から、彼らが買ったと思えず、押し付けられたのだとすぐに推察できる。

 しかし、唐突に手を引っ張られると、彼女は驚いてレイに視線を向けた。


「遅い! レティシア、なんでこんなに遅いの! こっちにきて!」


「ご、ごめんなさい。少しだけ時間が分からなくなって、話が長引いたわ」


 レイは鈴の音のような声が耳に届くと、唇を強く噛み締めた。

 仲良さげに歩く3人の姿に、不安を抱いたのは間違いない。

 だが、ルカのことを考えれば、レティシアとアランの距離が縮むのは避けたい。

 それでも、強引に彼女の手を引いたのは、冷静さが欠けていたと思う。

 彼は深く息を吐き出すと、気持ちを落ち着かせ「ごめん……」と小さく呟いた。


「構わないわ。それより、みんなで情報を共有しましょ。いつまでも、ここに居るわけにはいかないわ」


「そうだね……少し、みんなの話を聞きながら、頭を冷やすよ」


 ルカはレイとレティシアのやり取りを、静かに見つめていた。

 時折、レイが彼女を守っているような態度を取っている。

 そのことを冷静に考えれば、レイは彼女のことが好きなんだと彼は思った。

 そのため、レイが彼女といたがる理由も納得でき、彼は冷静に話す。


「大丈夫だ、2人はそこで話を聞いてくれ。まず、俺とアルノエで話したんだが、今の俺たちには金がない。それで、みんなで話して情報をまとめたら、俺とアルノエで少しだけ張り出されてる討伐依頼をこなそうと思う」


「あー。今晩だけでいいなら、おれとレティシアで宿の方は確保したよ。だけど、部屋はレティシアと男どもで別になるから、ここで話した方が良いかもな。それで、そっちはどうだった?」


 頭をかきながらアランが言うと、ルカはゆっくりと視線を彼に向けた。

 まるで2人の視線は交わり、硬い表情が互いに現れているように見える。

 サァーッと風が木々を揺らすと、短い沈黙が流れ、ルカが首を少しだけ傾けた。


「どうやって金を工面したんだ? 両替ができるところがあったのか?」


「いいや、両替は見つからなかったけど、おれの持っていた装飾品を買い取ってくれるって言う、気前のいいやつがいたから売ったんだよ」


 アランは冷静に答えながら、ブルーグリーンの瞳で赤い瞳を見つめた。

 ほんのわずかにルカの眉間にシワが寄り、顎に触れる手は彼の性格が滲み出いるかのように整っている。

 スーッと視線が外されたが、それでもこちらを見ているような気がしてしまう。

 彼の足元に広がる影は、薄暗いリスライベ大陸にしては濃く見え、アランは改めて闇の精霊の存在を再確認する。

 しかし、気持ちを悟られないように、アランは続けて冷静さを意識して話す。


「まぁ、気にすんな。おれがレティシアに野宿させたくなかっただけだ。それ以外に深い理由はない」


 アランに視線を戻したルカは、淡々とした様子で「そうか……」と告げた。

 感情が見えない表情は、この場に微かな緊張感を与えているようだ。

 だが、続けて「それなら、情報を共有しよう」と言った声は冷たかった。

 アランの方から息が吐き出される声が聞こえると、紙を広げる音が小さく響き始めた。


「ああ、それじゃ、まずおれから……宿と一緒に地図も手に入れた。ちょっと見てくれ」


 アランが地図を完全に広げると、ルカは迷う様子も見せずに地図の片側を持ち、アランも気にする様子が見られない。

 地図は大陸の形や地形が分かりやすく、アランは「現在、おれたちがいるのはここだ」と言うと、大陸の中央から少し右下にあるポルエラの文字を指さした。

 続けてアランの指が地図の上をすべるように動くと、彼は大陸の中央付近にあるテネアルクの文字で手を止めた。


「それで、上級魔族が住んでるのは、リスライベ大陸中央付近のテネアルクと言う街だ」


「結構距離があるな……徒歩で向かうなら、数十日というところか……」


 ルカは地図を見つめながら言うと、ため息をつきたくなったが、グッと堪えた。

 移動に掛かる日数や、現状の資金状態を考えれば、路銀を稼ぎながら進むしかない。

 しかし、リスライべ大陸の詳細が描かれた地図には、いたる所に森が広がっており、村や町は全体の4割にも満たない。

 そのことを考えれば、路銀を稼ぎながら進むには、些か向いていないと冷静に考えた。


「徒歩で向かうのは無謀だと言われたよ。地理的知識がないなら、まず迷うだろうってさ」


「となると……別の移動手段があるってことか?」


 ルカが淡々とした様子で尋ねると、アランは短く「ああ」と言って頷いた。

 そして、彼は落ち着いた様子で話し始める。


「気が付いてると思うけど、この町から魔物の気配がずっとするだろ? あれがこの大陸での移動手段らしい」


「それなら、俺たちの方で見てきた。ヴェルドリンという魔物らしい。人が乗れるように特別なサドルやハーネスが取り付けられてた」


 アランはルカの言葉を聞き、一瞬驚いて彼の方を向いた。

 ルカが怪訝(けげん)そうな表情を浮かべると、彼は思わず微笑んでしまう。

 たとえ記憶を失っても行動は変わらないのだと思うと、何故か安心感が胸を包み込んだ。


「見に行ってくれたのは助かる、ありがとう」


「いや、後は何が分かったんだ?」


 ルカは再び地図に視線を向けて尋ねると、アランの方から「あー……」と言う声が聞こえた。

 不審に思い視線を上げると、困ったようにアランが頭をかいている。

 そして、ブルーグリーンの瞳が左右に動くと、ため息が小さく聞こえた。


「特に珍しいことは、分からなかったが……」


 アランがそこまで言うと、ゆっくりとレティシアに視線を向けた。

 途端に、その場にいた者たちの視線は、彼女に集まった。

 波が港に打ち付ける音が響き、暫しの静寂が彼らを包み込んだ。

 そして、アランが再び口を開くと、まるで強調するかのように波が大きな音を立てた。


「レティシアを見て、雪の姫と言った住人が何人もいた」


「それは、魔族だけですか?」


 アルノエの冷たい声が響くと、その場の空気はより一層緊張に満ちた。


「いいや、魔族に関わらず、この町に住んでる獣人族や人族、そしてドワーフですら、彼女を見て雪の姫と発言してる」


 首を左右に振ってアランが答えると、アルノエは少しばかり眉を(ひそ)めた。


「ヴァルトアール帝国での物語が、リスライベ大陸でも語り継がれていたということでしょうか?」


「そうだな、そう考えるのが自然だとおれも初めは思った」


 アランはアルノエの問いに答えると、今度は「どういうことだ?」とルカが訪ねた。

 ルカの声は冷静にも聞こえたが、どこか警戒しているようにもアランは感じた。

 すると、レティシアが一歩を踏み出すのが見え、彼は彼女に任せ、口を閉ざした。


「数十年前、フリューネ家がこの土地を訪れているのよ」


「フリューネ家がここを訪れたなら、極秘じゃない限り、その情報はオプスブル家に共有される……だけど、そんな情報はどこにもなかった……極秘で来た?」


 レイは考えるようにして言うと、レティシアは静かに首を振り、淡々とした様子で話し出す。


「いえ、私の見立ては違うわ……多分、すでにその時には当主がエディット(お母様)に変わっていたのよ。だから、オプスブル家には報告がなかったんだと思うわ。そして、ジョルジュですら、行き先が分からなかった」


 レティシアがそこまで言うと、アルノエが目を見開いて「まさか!」と言った。

 すると、彼女は首を縦に振り「そうよ」と答えると、短く息を吐き出し、続きを話し始めた。


「アルノエが今考えた人よ。私の御爺様と御婆様がどうやって来たのか分からないけど、2人はリスライベ大陸に来ているわ」


「なるほどな……ということは、船以外にも移動手段があるのかもな……」


 話を静かに聞いていたルカは、冷静にそう言ってレティシアに視線を向けた。

 わずかに首をかしげた彼女が「どういうこと?」と尋ねると、彼は考えたことを話す。


「もしもだ、フリューネ家の先々代が船で来てた場合、その船はどうやって調達し、どの家がここまで2人を送り届けたんだ? 定期船がないなら、俺たちのように直接どこかの家に頼むはずだ。だけど、そうなれば誰も行き先を知らないのは、不自然じゃないのか?」


「確かにそうね……誰かが私たちのように秘密にしている可能性も考えられるけど……」


 レイはレティシアとルカの話を聞き、内心で深くため息をついた。

 ルカが記憶を失っていなければ、レティシアの疑問に対して答えが出せたと思った。

 しかし、今は記憶を失っている状況であり、ルカの表情から考えているようにも見える。

 話すべきではないと分かっていても、答えが出るまで悩むような2人だ。

 彼は軽く息を吐き出すと、冷たい視線を2人に向けて、事実を語る。


「それは無理だよ。貴族以外にも領民だって船を持ってるけど、上級貴族以外は海を渡るには皇帝の許可が必要になるし、そもそも大型船じゃないと無理だ。そうなると、必然的に船を出したのは上級貴族になる。だけど、大型船を持つ上級貴族ともなれば、オプスブル前当主と現当主にフリューネ家の居場所を聞かれたら、彼らには答える義務が生じるんだよ。それがヴァルトアール帝国内での暗黙の規則であり、もし破れば……オプスブル家当主が処刑していい決まりになってる。これは、帝国ができてから今日(こんにち)まである裏の決まりのはずだよ」


「レイ様、それは本当でしょうか?」


「こればかりは、本当だよ……だけど、この事実は……」


 レイはアルノエが尋ねると、うんざりとした様子で答えた。

 しかし、レイを見ていたルカは目を細めると、おもむろに口を開く。


「前当主か現当主しか知らない秘密というところか……」


「……厳密には違うんだろうけど……ボクはたまたま知っただけ……」


「まぁ、そういうことにしてやる」


 ルカはそう答えたが、レイの言葉が嘘だと思った。

 その結果、口から出た声は思ったよりも冷たく、突き放すようだなと思った。

 レイが下を向くのが見え、「ごめん……」と小さな声が聞こえると、彼は内心でため息をついてしまう。

 周りを軽く見渡せば、心配そうに見つめている面々の顔が並ぶ。

 そのことから、レイに向けていた視線ですら、冷たいものになっていたのだと思った。

 だが、現当主と前当主しか知らない事実であるならば、レイのフォローはするべきだと思い、冷静に話す。


「謝る必要性はない。おまえの反応を見た感じ、おまえ自身に関する秘密なんだろ? それでも、言わなければならないと考えたんだろ? それなら、それでいい。俺が言えた義理じゃないが、皆も深く追求しないでほしい」


「そうなると、ルカが考えたように、船以外にも移動手段があるのかもしれないわね」


 レティシアはあえてレイの話に触れず、淡々と冷静に話した。

 それでも、なぜレイが知っているのか、疑問だけがどんどん膨らむ。

 しかし、赤い瞳と目が合うと、彼女は無意識に息を呑み込んだ。

 汗が背中を伝い、思わず握った拳は指先が冷え切っている。

 咄嗟に彼女は視線を下げると、激しく打ち付ける鼓動がうるさいと感じた。

 ルカの冷たい瞳が「これ以上の追求も、検索も許さない」と言っているようだと彼女は思った。


「そうだな、それじゃ、そろそろ明日に響くから、とりあえず宿に行こうか。アラン、悪いけど案内を頼めるか?」


「あ、ああ、大丈夫だ」


 アランが歩き始めると、それに続いて6人が歩き始めた。

 話し声は全く聞こえず、足音はリスライベ大陸の闇に消えていくようだ。


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