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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
6章

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第166話 明日への一歩


 アルノエはルカとアランの間に割って入ると、ルカに対して少しばかり小言を並べた。

 長い付き合いから、ルカが何かしらの不満をレティシアに持っていたことに、アルノエは気付いていた。

 しかし、記憶を失う前のルカは、そういった不満も1人で解消してきた。

 そのため、記憶を失っても、根本的な行動は変わらないと考えた結果、彼は放置してきた。

 だけど、あまりにも冷たい言葉をレティシアにぶつけるルカに対し、さすがにもう放って置けないと考えた。

 アルノエは、レティシアたちの姿が見えると、ルカの背中を軽く押しながら口を開く。


「ほら、ルカ様、謝ってスッキリしてください」


「だから、別に俺は……」


 不貞腐れた様子でルカが答えると、アルノエはため息をこぼした。

 それでも、アルノエは再びルカの背中を押すと、淡々と話し始める。


「いいから、謝ってください。構ってもらえなかったからと言って、拗ねるのはただの子どもです」


「は? 別に拗ねてねぇけど?」


「では、レティシア様が立ち去った場所をジッと見つめないでください。彼女はオレにとって妹のような存在なので、とても不愉快です」


「はぁ……分かったよ。謝ればいいんだろ? レティ……シア……」


 ルカはアルノエに言われて、俯きながら話した。

 だが、彼は途中で顔あげると、彼女の目が赤くなっているのに途中で気付いた。

 その瞬間、胸が張り裂けそうなほどに痛み、彼女の泣き顔は見たくないと強く思ってしまう。

 思わず1歩踏み出して彼女の頬に手を伸ばすと、ほんのり目の周りが熱を持っていることにも気付く。


「泣いてたのか? 泣かせるつもりはなかったんだ、悪かった……ただ……」


 ルカは彼女の頬を伝う涙を優しく拭きとると、優しく何度も頬に触れる。

 それでも、泣き出した彼女の顔を見つめていると、抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。

 それが、自分の感情なのか、別の人の感情なのか分からず、頭の中はわずかな混乱が起きる。

 ふと、「レティシア様の前だけでも、素直になられてはどうでしょうか?」という言葉が脳裏を過ぎると、彼は静かに自分の気持ちを伝える。


「毎日顔を合わせてるなら……少しは俺にも話してほしかった……」


「うん……何も言わなくて、ごめんなさい」


 レティシアは話さなくても良いと考えていた。

 それが彼を守る手段で、そうすべきだと一方的に思っていた。

 しかし、それじゃダメだったのだと知ると、後悔が押し寄せた。


「泣かないで……本当にごめん」


 ルカはそっと彼女の頬をなでながら、暫くその場に立ち尽くした。

 彼女の頬を伝う涙は、彼の心を少しずつ重くしていく。

 泣かせるつもりはなかったはずなのに、泣かしてしまった後悔が少しずつ積もる。

 何度か深呼吸を繰り返す彼女が、どこか愛おしくも思え、彼は彼女を見つめる目が自然に柔らかくなる。

 彼女の呼吸が穏やかになるのを感じながら、ルカもその静けさに包まれていった。

 数分が過ぎ、海の風が2人の間を流れると、ルカは軽く彼女の視線を上げる。

 そして、彼は彼女の目を見つめながら、優しく話しかける。


「それじゃ、レティシアも落ち付いたことだし、これからどうするのか、俺にも説明してくれるかな?」


「……ええ、いいわ。いま、イリナという女性がルカの婚約者を名乗っているわ。だけど、これに関しては記憶を失う前のルカも、了承したという記録もないし、そんな話はなかったと……考えていいわ……」


 ルカはレティシアの話を聞き、思考するように腕を組むと、長い指で顎に触れた。

 少しばかりの沈黙が訪れたが、彼は何かを考えている様子で、「なるほどな……」と呟くと続けて話した。


「なら、あの手紙に書かれていたことは、半分が偽りか……」


「手紙に何て書かれていたのかは知らないわ。だけど、彼女の祖父であるエティエンヌ・プロヴィル公爵様と叔父であるローベル・プロヴィル公爵様に確認したところ、ルカとイリナの婚約話は対抗戦の後に浮上していたと、2人から話が聞けたわ……これは、2人の話が嘘だという確証もなければ、真実だという確証もないわ」


「今の俺には判断が付かないが……お前はどう思うんだ?」


 ルカはそう言うと、視線をスーッとレイに移した。

 突然のことにレイは目を見開き、「え?」と気の抜けた返事をすると、慌てた様子で話し出す。


「ボクは……ボクは真実だと思う……もし仮に嘘だった場合、後々真実が分かった時に2人が受けるダメージを考えたら、フリューネ家に嘘を吐くのは、いろいろとリスクが大きすぎる。そう考えたら、真実だとボクは思った」


 ルカはレイの言葉を聞きながら、暫く考え込んだ後、軽く頷いた。


「……他に、俺に言っておくべきことは?」


 レティシアは一瞬の沈黙の後、「そうね……」と静かに呟くと、わずかに躊躇(ためら)う様子を見せたが、冷静に続けて話す。


「ルカの婚約の話に、少なくとも皇族とアルディレッド家とオプスブル家が絡んでいるわ」


「なるほどな……裏切り者がいたのなら、記憶を失った今が最適だとでも考えたんだろ」


「記憶を失ったことは、知っている人は少ないわ。だから、あなたは今も眠り続けていることになっているの。だけど、目覚めないことを最適だと考えた人もいると私も思うわ……」


 ルカはレティシアの話を聞き、ある程度の考えをまとめていた。

 記憶を失ったことが明かされていないのだとすれば、目覚めていないことより今の状況が危機的状況なんだと理解した。

 また、彼女たちがそう対応したのには、情報操作を避ける目的と、安全確保が含まれていたのだと、彼は考えた。

 そうなれば、彼女がルカに情報を共有しなかった理由も見え、少しばかり彼女に冷たく接したことに罪悪感を覚えた。

 それと同時に、この場にいる者は、少なくとも信頼できる人が集まっているのだと思えた。


「俺が記憶を失う原因になった対抗戦はどうなった?」


「それは……」


 レティシアは言い淀むと、視線をレイの方に向けた。

 すると、レイは頷き返すと、落ち着いた雰囲気で話し出す。


「それは、ボクが説明する。ハッキリ言えば、学院側は侵入者の存在には気付いてた。だけど、学院長は侵入者が現れた時点で、生徒の判断を見てたんだ」


「なぜだ?」


「過去に起きた魔族襲撃事件の時、(さら)われた帝国民が多かったのは、魔族じゃない者が動いてた可能性があると、考えてたみたいだったよ。だからこそ、侵入者が現れた時点で報告すべきだったって、ライアンに学院長は話してた。そして、これはボクの見立てだけど……学院側は、完全に今の皇族を信用してない」


 ルカは冷静にレイの話を聞き、状況を整理しようとした。

 しかし、記憶を失くしているルカからすれば、学院の立ち位置も、学院長がどんな人物かも知らない。

 そのため、暫くの間、彼は考えを巡らせたが、全く理解できずに首を左右に振ると、軽く息を吐き出した。


「俺に記憶があれば、まだいろいろと分かったかもしれないけど、残念ながらさっぱりだ」


「しょうがないよ。後さ、ルカは覚えてないかもだけど、多分ルカが巻き込まれた攻撃……あれは、多分ボクたちが生まれるよりも、ずっと過去にも同じことが起きてる。そして、その解決策を、闇の精霊は残した……次に被害者が出ても大丈夫なように……これは、本人から聞いてないから、もうボクの憶測になるけど、今度闇の精霊が目覚めたら、聞いてみるよ」


 レイは落ち着いた気持でそう話すと、目を見開いたアランとルカの方から「「は?」」と言う声が重なって聞こえた。

 そのことに、内心で面白いと感じつつ、彼は自身の秘密を2つだけ明かす。


「ボクもね精霊が見えるんだ、それも奥深くまで……誰かと契約してても、ちゃんと見えてるし、ちゃんと話せるよ。もちろん、彼らと話せることを隠すために、ステラと同じようにテレパシーも使える」


 レティシアはレイの話を聞き、思わず「レイ……」と彼に声をかけた。

 誰かと契約を結んだ精霊は、レティシアでも見ることができない。

 これは、レティシアに限った話ではなく、精霊が見える人に言えることだと彼女は理解している。

 そして、その理由に精霊自身が契約者以外に力が貸せないことがあるのも分かっている。

 そのため、契約を結んだ精霊は、極力関わりを減らすために、会話もしなければ、姿も現さないのだと彼女は精霊たちから聞いている。


「大丈夫だよレティシア、これくらいの秘密は明かすべきだ。そうじゃないと、これから魔族と会うのに、彼らと対等に話せないからね」


「レイがそういうならいいわ」


 クライヴはレティシアとレイの様子を見て、うんざりとした気分で息を吐き出した。

 今のアランがレティシアのことをどう考えているのかは、彼には分からない。

 だからこそ、獣人としての本能が働く前に、この旅を早く終わらせて彼女と距離を取りたい気持ちが強くなる。


「話しまとまった? そろそろ、移動しない?」


「ええ、そうね……ごめんなさい、クライヴ」


 クライヴはレティシアからすぐに視線を逸らすと、海の方を見ながら「船は、どれだ?」と尋ねた。

 突然隣にレティシアが並んで立つと、思わず彼女に視線を奪われた。

 そこには、眩しいと感じる笑顔をした彼女がいて、彼は目が離せなくなった。


「港に泊まっている船よ! フリューネ領が独立宣言する際、支援してくれるティヴァル公爵家の船よ!」


 レティシアはそう言って振り返ると、そこに並ぶ面子の顔を見渡した。

 これから先、どんなことがあるのか彼女は分からない。

 また大切な者が、彼女の手からすり抜けていく可能性もある。

 それでも、今できることをやるしかないんだと思うと、臆病な気持ちが薄れていく。

 再び海の方を向いた彼女は、水平線に視線を向けると、自分の頬をたたいた。

 そして、「上位魔族のいるリスライベ大陸に行こう!」と言って(きびす)を返して一歩を踏み出した。


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