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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
6章

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第165話 前に進むために……


 神歴1504年6月27日。

 空は晴れ晴れと遠くまで見渡せる青空が広がり、鳥が風に乗って大空を飛んでいる。

 レティシアは両手を広げると、新しい騎士団の制服を風になびかせた。

 最後に騎士団の制服を着たのは約13年前だ。

 あの頃と色やデザインは変わっておらず、成長した彼女の体系にとてもフィットしている。

 この制服は、ニルヴィスがフリューネ家を出る前に、旅に出るレティシアのために作ってくれた制服だ。


 結局のところ、未だにルカの記憶は依然として戻っておらず、彼とレティシアの間には大きな溝が生まれていた。

 そして、彼の記憶の鍵は、アランが見つけた「赤目と黒髪の魔族に会いに行け」という、闇の精霊が残したと思われる暗号だけだった。

 そのため、レティシア、アラン、ルカ、ステラ、レイ、アルノエ、クライヴの7人は魔族が住む大陸に向かうために、帝都オーラスを密かに出ていた。


「それにしても、移動手段がまさかの転移魔方陣(ムーブコネックテ)とはな……手紙を見た時、血管が切れるかと思ったよ」


「ごめんなさい。アランが準備してくれていたのは知っていたけど、情報が洩れてもいいように、あえてその行動を利用したのよ」


 レティシアは青い海を見つめながらアランに答えると、海から上がってきた風を胸いっぱいに吸い込んだ。

 潮風は彼女の髪を乱し、風に揺れている髪を彼女は耳に掛けると、そっとピアスに触れた。

 帝都オーラスから離れたこの土地は、彼女の故郷であると同時に、彼女を見送ってきた場所でもある。

 様々な思いが積み重なり、今はただただ前に進むしかないのだと思うと、少しばかり息苦しくもなる。


「それでも、先に知ってれば、あんなに頭を抱えなかったよ」


「ごめんなさい。でも、何事もなく帝都を出れたのだから、許してほしいわ」


 アランはレティシアの後ろ姿を見つめると、わずかに息を吐き出した。

 彼女が状況をよく見て判断しているのは、彼も理解はしている。

 しかし、どこか謎めいており、秘密を増やしていく彼女に、少なからず不安を抱いてる。

 彼は雑に頭をかくと、深く語らない彼女に対して、彼の考えを述べる。


「まぁ、だけど……不測の事態を考えて、前もってフリューネ領にある邸宅と帝都にある別宅を繋げてたとはな……。魔力の消費量を考えて、全く想像もしてなかったよ」


「そうね、私も魔力量が少なかったら、みんなを連れて移動しようとは考えなかったわ」


 淡々とした様子で話すも、レティシアの声からは優しさが感じられた。

 アランの頬も緩み、この場に集まっている者たちは、彼女と同じように海に視線を向けている。

 だが、そんな空気を壊すかのように、突然深いため息が吐き出された。


「やっと部屋の外に出られたと思ったら、今度はなんだ? 仲良くピクニックか?」


「違うわ。これから、あなたの記憶に繋がるかもしれない場所に行くわ」


 冷たいルカの声が聞こえたかと思えば、続けて感情がこもっていないようなレティシアの声が聞こえた。

 そして、息を吐き出したルカは、うんざりとした様子で腕を組むと、綺麗な唇を動かす。


「別に、誰も頼んでねぇけど? お前たちが勝手にやってるだけだろ。俺まで巻き込むな」


「ルカ、言い過ぎだ。何も覚えてなくて、おれたちのことを信用できないかもしれないが、頼むからレティシアだけは信じてくれ」


 アランが諭すように言うと、ルカは顔を分かりやすく(しか)めた。

 それから、敵意を含んだような視線をレティシアに向けると、彼はそのまま話し出す。


「なぜだ? この女が、俺に何をした? 部屋に閉じ込めてただけだ。それで、何を信じろと言うんだ。それなら、まだイリナの方が信用できる」


 アランはルカの言葉を聞き、苛立って拳を握ると、ルカの目の前まで歩みを進めた。

 彼はそのままルカの胸ぐらを掴み、「お前! レティシアがどんな気持ちで!!」と言うと、思わず手に力が入った。

 しかし、振り返ったレティシアの目に、薄っすらと涙が浮かんでいることに気付くと、彼は更に力を込めた。


「アラン!! アラン良いのよ。ルカは間違ったことを言っていないわ……すべて事実よ……」


 レイは透き通るような声の中に、悲し気な音が含まれていると感じた。

 レティシアの方を見れば、目には涙を溜めた彼女の姿があった。

 彼は軽く息を短く吐き出すと、「レティシア、少しボクと話そう……おいで」と彼女に声をかけた。

 ゆったりとした足取りで歩く彼女を、レイはただただ静かに見守る。


「ごめん……レイ、ありがとう」


『……本当に見損なったわ。あなたの気持ちなんて、こんなに小さかったのねルカ。それなら、これ以上レティシアを惑わせないで』


 ルカは、レイに手を引かれているレティシアを静かに見つめ、そっと胸に手を置いた。

 胸はひどく傷むのに、その理由が彼には分からない。

 そこに、追い打ちを掛けるかのようにステラの声が聞こえると、彼は強く胸を押さえてしまう。

 胸を押さえる手からは、心臓が強く脈を打つのが感じられ、喉は息を止めたかのように息苦しい。


「はぁ、頼むよ……これから、移動だってのに、仲間割れみたいなことは止してくれよ……」


「仲間じゃない。勝手に仲間に加えるな」


 クライヴが気怠そうに言うと、ルカは強く否定した。

 クライヴは「あのな……」と呆れて言うと、ルカの顔を見つめてため息をついた。


「仲良しごっこがしたいなら、お前たちだけでやれ」


「良いんだな? お前がそんな態度を彼女に取り続けるなら、おれもお前に遠慮なんてしないで、横から彼女を掻っ攫うからな」


 アランはルカの態度を見て、ハッキリとした声で告げた。

 それは、わずかな望みも込めた言葉だっだが、ルカの「勝手にしろ……俺には関係ない」と言う声が聞こえると、彼は苛立ちを我慢できなかった。

 そして、「ああ、そうかよ! なら、勝手にするよ」と告げると、ルカに背を向けて腕を組んだ。



 レイはルカたちとある程度離れると、一度深呼吸をしてから周りを見渡した。

 周りには人の気配は感じられず、少し離れたところにフリューネ領の街並みが広がる。

 所々、4月に起きた爆発事件の爪痕が見受けられるが、建設途中の建物には希望があるように見える。

 彼は一瞬、瞳を閉じ、心を落ち着けると、穏やかな声で話し出す。


「レティシア、大丈夫?」


「ええ、取り乱してごめんなさい。もう、もう……」


 レティシアはそこまで言うと、次の言葉が思うように出なかった。

 彼女の頭の中では、冷たいルカの声が響き、ルカが目覚めてからの出来事が流れた。


「無理しなくていいよ。大丈夫、大丈夫だから……」


「レイ、すごく苦しいの。日に日にルカは私と距離を取るし、私とイリナを比較するようになったわ」


 レイは耳を傾け、静かにレティシアの話を聞いた。

 普段の彼女は、あまり何があったのか語ることはない。

 だけど、顔色や表情の微妙な変化に、レイは気付いていた。

 それでも、何も言わなかったのは、彼女のことを思ってのことだ。

 けれど、ここまで弱々しく話す彼女を見ると、気付いていたのなら声をかけるべきだったと後悔だけが募る。

 結局、彼は「うん、そうだね」と、短く返すしかなかった。


「私、ルカが幸せなら、それで良いと思っていたわ……」


「うん……知ってるよ」


「でも、でもね……気付いたの……私の隣で……彼が幸せそうに笑っているのが……一番うれしかったの……なのに……」


 レティシアの頬から大粒に涙が零れ落ち、レイは「そっか……」と短く返すと、喉の奥が熱くなった気がした。

 どんな言葉を掛けるべきか分からず、彼は彼女を静かに見つめ、背中を何度も優しく擦った。


「バカみたい……遅かったのよ……あんなにルカはずっと私を思っていてくれたに、私は気付くのが遅かったのよ……」


 ルカの思いやりや、彼の些細な気遣いが今さらになってレティシアを苦しめる。

 彼の思いに気付く機会はたくさんあったはずなのに、彼女はその機会を自ら分からないからと遠ざけ、彼の優しさに甘えていた。

 手に入らなくなって、始めて気付く思いとしては、あまりにも遅すぎる。

 その後悔と自責の念だけが深く降り積もり、過ぎ去った時間が戻らないことを彼女に伝えている。


「自分の気持ちに気付いた瞬間……失恋しているとか……さすがに笑えないわよ」


「それじゃ、行くのやめるか?」


 レイは泣いているレティシアに冷たく言うと、彼女がスカートの裾を握った。

 そのことに、わずかに安堵すると、彼は彼女の言葉を黙って待つ。


「それは、ダメ! ルカがルカじゃなくなったら、それはもっといや!」


「それじゃ、もう泣かないで……泣いてたらボクが困るよ」


 レティシアにレイがハンカチを渡すと、彼女のすすり泣く声が段々と小さくなっていく。


『……レティシア、大丈夫? レティシアには、ステラがいるからね?』


「ステラ……レイ……ありがとう」


 レティシアはそう言って無理に微笑むと、ルカたちがいる方に足を進めた。

 足取りは重く、どうしてもルカとの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 それでも、固く口を閉じると彼女は前を向いた。


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