表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

174/224

第161話 記憶と継承


 神歴1504年6月8日。

 重低音をわずかに響かせながら、重い扉を3人がかりで押して開けると、そこには呑み込まれそうな闇が広がり、静寂が支配していた。

 魔石が使われたランプ行く先を照らし、ゆっくり足を踏み入れると、微かに埃が空気と交じり合い漂う。

 しかし、薄っすら浮かび上がる足跡が、長い間この閉鎖的な空間に人が訪れなかったのを教える。

 それでも、さらに進んで壁を照らすと、その壁一面には古い本がずらりと並んでいるのが見える。

 重厚な革表紙や、古びた羊皮紙の背表紙が年代を物語っている。

 古い木製の棚が並び、天井近くまで積み上げられた書物が、知識と歴史の重みを感じさせる。


「……本当に、ここに入って良かったのか?」


 辺りを見渡しながら青い髪の青年は、前を歩く青年の背中に尋ねた。

 しかし、赤い髪の青年は振り返らず、本棚を見つめる姿は何か探しているようにも見えた。


「ダメだろうな。もし見つかれば、問答無用で消される」


「はぁ……信じらんね」


 赤い髪の青年が淡々とした様子で答えると、青い髪の青年は小さくため息をつきながら答え、慎重に周囲を見渡した。

 彼は本の背中を指でなぞると、興味本位から一冊の本を指に掛けた。


「クライヴ、君は読まない方が良いよ。本気で消される。もちろん、君もだよアルノエ」


 アランの声が小さく響くと、クライヴは肩をわずかに上げ、アルノエは首を左右に振った。


「言われなくても、分かっていますよ。しかし、アラン様がなぜここを知っているのか分かりませんが、冗談抜きでオプスブル家から消されますよ」


 興味なさそうにアルノエが答えると、アランはわずかに微笑んだ。


「知ってるよ。だから、アルノエを連れてきたんだよ。それに、選ぶ本は慎重に見極めるし、心配しなくてもいいよ」


「なら、なんで僕たちを呼んだんだよ……見張りしてればいいのか?」


「いや? 2人は扉を開けてもらうのに呼んだだけ」


 クライヴの問いに対し、アランがあっさりとした様子で答えると、クライヴは呆れた様子で再びため息をこぼす。


「はぁ……本当に信じらんね」


「まぁ、とりあえず部屋の中にある物には、触れないのが良いのは確かだな」


 アランはそう言うと、一冊の本を本棚から取り出した。

 それを広げると、ランプで照らしながら読み始める。

 ここは歴代オプスブル侯爵家を継いだ者たちが訪れ、受け継がれてきた歴史を知る場所だ。

 アランがこの場所を知ったきっかけは、彼がジョルジュに接触したことにある。

 すでに王位継承のための教育が始まっているアランは、代々オプスブル家が契約してきた闇の精霊が、彼らの記憶を保持しているのではないかと考えた。

 それゆえ、ルカの記憶を回復する方法を探るため、先代の頭首であるジョルジュを彼は訪ねたのだ。

 その時にこの部屋を知り、ここに並ぶ本の秘密を一部だけ知った。

 アランは本棚に本を戻すと、ジョルジュに言われたことを思い出しながら別の本を探した。



 ルカが目覚めた日、アランはレイの部屋を出て歩きながら考えていた。

 その後、考えをまとめた彼はパットリックにジョルジュの部屋を聞き、ジョルジュの元を訪れていた。


「アラン様、あなたが(わたくし)を訪ねてくるのは、珍しいことだと思って居ります」


「そうですね。まさかおれも貴殿と話すことになるとは、思ってもいませんでした。しかし、時間があまりないと思いますので、ルカの友として、そして王太子として、ジョルジュ殿に1つ聞きたいことがあります」


(わたくし)で答えられることであれば、お答えいたします」


 アランはジョルジュの答えを聞くと、赤い目を真っすぐに見ながら尋ねる。


「では、闇の精霊の力を引き継いだ者が、記憶を失ったことはあるのでしょうか?」


「ルカ様の記憶がないのですね……」


 アランはジョルジュが微かに下を向くと、深く息を吸い込んでゆっくり吐き出した。


「はい、レイが秘密にするべきだと言っていましたので、他の者は知らない状態です」


「……(わたくし)が知る限りでは、歴代の中に力を引き継いだ後に記憶を失った者が、1人だけ居ります、しかし、彼が本当に記憶を取り戻したのか、それは不確かな事実となって居ります」


 アランはジョルジュの話を聞くと、理解ができずに「どういうことでしょうか?」と尋ねた。


「ルカ様は、まだ正気を保っていますか?」


「あ、はい、記憶がないだけで、普通に過ごしていました」


 アランは困惑しながらも、真っすぐにジョルジュを見て答えると、ジョルジュが「然様ですか……」と言って考えるような素振りをしだした。

 しかし、アランの頭の中は、ひたすら「まだ正気を保っていますか?」という言葉がループし、いやな胸騒ぎを覚えた。


「アラン様、ルカ様の記憶に関して、(わたくし)とレイは動けないと考えてください。その件で(わたくし)たちが動けば、ルカ様が記憶を失ったと勘づかれる可能性がございます」


「それでは、おれは何をしたらいいのでしょうか?」


「……アラン様の命が危険になりますよ? それでも知りたいですか?」


「おれはルカに命と国を護ってもらいました。今度はおれが命を懸けても良いと思いますが?」


「それでしたら、今から言う場所にアルノエを連れて向かってください。彼はルカ様を絶対に裏切ることができませんので……そして、あなたの側近もお連れ下さい」


 アランは側近と言われ、一瞬疑問に感じた。

 しかし、すぐに思い当たる節があり、彼は「……誓約か」と呟いた。


「そうです、アラン様。あの場所はこの(わたくし)ですら、発言が許されていない場所であります。そのため、必ず(わたくし)が申した本以外は開かないでください。もし、ルカ様がそのことにお気付きになった場合、確実にアラン様はルカ様に消されます」


「……分かりました」


 その後、アランは事細かく本の詳細を聞き、数日後にアルノエとクライヴを連れてここにやってきたのだ。


(ルカに消されるか……冗談じゃねぇ。そんなことになったら、悲しむのはあいつ自身だ)


 アランはそう思うと、ジョルジュに言われた本に手を伸ばし、しっかり外見を確認して本を開いた。

 本は日記のようになっており、記憶を失った者のことが事細かに書かれている。


(状況的にルカと同じだな……寝込んだ後に目が覚めたら記憶がなかったところとか、全く同じだ……)


 さらに読み進めていくと、ふとアランの文字を追う指がピタリと止まった。

 そして、彼はページを数回めくり、書かれている文字を見比べた。


(どういうことだ? 突然、ある日を境に筆跡が変わってる? 別の人が描いたのか? いや、これはさっき読んだやつと同じ筆跡だ……そうなると、最初に書いてた人物が別の人か?)


 アランはそう思うと、咄嗟に作者が描かれている部分を探し、これを書いた人物の名前を確かめた。

 しかし、どのページを見ても同じ名が書かれており、余計にそのことが不自然に感じられ、彼は眉間にシワを寄せる。


(最初の綺麗な文字列を書いた人物が、本当に記憶を失った人物のようだな……それなら、後に続いているこの幼稚な文字は誰だ……幼稚な文字とは反対に、使われている言葉は古風だ……もしかして……)


 彼がそう考えた瞬間、背中には冷たい汗が流れ始め、こめかみに汗が伝うと「……冗談じゃねぇよ」と小さく呟いた。

 頭の中では、ジョルジュが言っていた「ルカ様は、まだ正気を保っていますか?」という言葉がこだまする。

 明らかに書かれている名前は一致するのに、ある日を境に別人が書いたような書き方になっていることがアランの不安を煽る。

 アランは一度大きく息を吸い込むと、幼稚な文字で書かれている文字を追い駆けた。

 一冊読み進めていくと、日に日に書かれている期間に空きが目立ち、二冊目に入って途中まで読むと、その文字は変わらずにパタリと終わりを迎えた。


(変わったんだ……記憶を失った人物は、途中で闇の精霊と変わったんだ……この部屋の意味を考えた場合……記憶を失った人物が、途中で闇の精霊と入れ替わったと考えなければ……説明が付かねぇ……)


 アランは本をそっと閉じると、心臓の音が耳の中で響いていることに気が付いた。

 それでも棚に本を戻すと、手が小刻みに震えており、指先を両手で包み込むと冷たく感じられる。

 湧き上がる不安とは逆に、頭は冷静にこの事実を忘れろと叫ぶ。

 背中を伝う汗は一層冷たく感じられ、彼は足元に広がる闇と目が合った気がした。


(オプスブル家は、力を継承した時、わずかに闇の精霊の記憶も継承してきたんだ。そして、あの日記は記憶を失った者の人格が消えて、闇の精霊と変わった事実を伝えてきた。――そもそも、初めからおれとジョルジュとでは、この部屋の認識が違ったんだ……ここは、力を継承してきた者たちが、過去の出来事を知るための部屋じゃない! 引き継がれた記憶の足りない部分を補うための場所だったんだ……クッソ! だからジョルジュは濁したんだ。闇の精霊の力を継承した者しか知らない事実であると同時に、彼らが外部に隠してきたことだから……ルカがおれを消すんじゃねぇ、闇の精霊がおれを消すんだ!)


 アランはそう思うと、初めてルカの足元に広がる影が恐ろしいと感じた。

 しかし、それがルカのことを諦める理由にはならず、彼は2番目に読んだ本を手に取ると、綺麗な文字列を一から辿った。

 それと同時に、彼は雪の姫と精霊たちの話を思い出していた。

 すると、アランは記憶を失った者と、ルカの違いに気が付く。


(ルカと同じように記憶を失った人は、ルカと違ってこの部屋を訪れてすぐに仕事に戻ったんだ……そして、日記を書き始めた。実際、日記にも仕事だと思われる内容が隠語を使って書かれてる。でも、それだとなぜフリューネ家は出てこないんだ? 距離を置いていたのか? 雪の姫の話を考えると、それは不自然じゃないのか? オプスブル家は、雪の姫を護ると闇の精霊と契約してたんだろ?)


 アランはそう思いながら、今度は拙い文字の部分を注意深く読み始めた。

 ただの落書きだと思われる部分ですら、何か意味があるのだと考えれば、それすら見逃せない文字へと変わる。

 そして、彼は新たな事実に気付く。


(……そういうことか……、何かしらの理由があって、彼はフリューネ家と距離を置いてた……だからこそ、闇の精霊が彼の体を奪ったのか……いや、でも、そうなるとなんでそうした? 契約しているなら、何かしらの方法でそれが伝えられただろ? ……もしかして、耐えられなくて自我が崩壊したのか? もしそうだとすれば、説明が付くが……)


 アランは「あぁ、分かんねぇー」と言いながら頭を雑にかきむしると、苛立った様子で息を吐き出した。

 静寂が再び訪れると、アランは再び足元に広がる暗闇を見つめた。


(なんも見えねぇー……見えてこねぇ……誰か答えを教えてくれたらなぁ……)


 アランはそう思うと、振り返ってそこにいる者たちを瞳に映す。

 しかし、その者たちは何も語らず、彼の視線をただ静かに受け止めるだけだ。

 それが、まるで無言のプレッシャーがアランの心にのしかかるかのように。


 一瞬の沈黙が長く感じられる中、彼は再び本に視線を戻した。

 脳裏には未だに浮かび上がらない答えが、薄暗い闇の中で彷徨っている。


(何かしら理由があって距離を取ってたと考えて、自我が崩壊したと仮定した場合、闇の精霊が乗っ取るのは不自然じゃない……そうなると、記憶を探す手立てはないのか?)


 本についているシミを触りながら、アランは考えていた。

 だけど、そのシミが他の部分にあることにも気づき、彼はそのシミが他のページにもあったことを思い出した。

 そして、ページをめくりながら、シミがある部分を辿った。


(か、ま、の、く、く、に、ぞ、あ、み、け、い、と、め、か、ろ、に、い、あ……なんだこれは?)


 アランは再びページをめくりながら、その意味を解読しようと試みた。

 しかし、その不規則な文字列が何を示しているのか、まるで見当がつかない。


(まるで暗号みたいだな……それに、よく見たら人格が変わったと思われる部分にはシミが1つもない……自我が壊れる前に闇の精霊が警告してた? 意思の疎通ができなかったのか? ……契約者で個体差が出ると考えれば、この部屋に大量の記録が残ってるのも納得できる。そう言うことか、闇の精霊は彼に伝えてたんだ。彼の状況を打破するものがあることを……だけど、何を指してるんだ……国? 神の国? 神の国なんてねぇぞ? 国……魔族か……そう考えると、あかめ……くろかみ、この2つは魔族の特徴だ。魔族に会いに行けってことか?!)


 アランはすぐさま本を棚に戻すと、(きびす)を返し「おまえたち、今すぐに帰るぞ!」とだけ言うと、出口に向かって歩き出した。

 もしかしたら、消されるかもしれないと考えるも、彼はそれでルカの力になれるならいいと思った。

 地面を踏む足には力が入り、背中には覚悟が滲んでいる。

 赤い髪はわずかになびき、ブルーグリーンの瞳は前だけを見据えている。


「……やっとかよ」


 クライヴが短く返事をすると、アルノエも黙って頷いた。

 クライヴとアルノエはこの部屋の秘密も知らなければ、この部屋にある本の中を見ていない。

 しかし、アルノエは誓約によって、この場所がクライヴとアランにとって危険だと理解している。

 そのため、彼はサッと室内にわずかな風を起こし、アランとクライヴがいた痕跡を隠した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ