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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
6章

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第156話 影の残響


 灯りに照らされた部屋は、明るいのにどこか影が落ちていた。

 鼓動や時折聞こえる重みのある息が時の経過を知らせ、窓をたたく風が闇を運ぶ。

 窓の外に広がり始めた夜の気配は、さらに影を落としていくようで静寂をもたらしている。


「事情は分かったけど、何も話さないならさ、もう部屋から出っていってくれないかな? ボクもちょっと1人で考えたいんだけど?」


 レイは呆れたように冷たく言うと、レティシアとアランからはため息が聞こえた。

 2人の心情が分からない訳じゃないが、この重苦しい空気にレイは耐えられないと感じたのだ。


 今から3時間前、レティシアとアランは、「お前たちは誰だ」と聞いたルカに対し、おおよその状況を説明した。

 それは、2時間にも及び、外は既に日が沈み始め、空は夜を迎えようとしていた。


「事情は分かった。レティシア嬢とアラン殿下に感謝する。少し1人で考えたいから、悪いが1人にしてくれ」


 ルカが冷たくそう言い切ると、レティシアとアランは顔を見合わせた。

 しかし、何も言えずにルカの部屋を出るしかなかった。

 2人はその足で、レイのドアをたたくと返事を待たずに中へと入ったのである。


 部屋の隅に座るレティシアとアランの方から、再び重いため息が聞こえると、レイも深く息を吐き出した。


「レティシア、ルカにはどこまで話したの?」


「私はルカっと会った経緯や、エルガドラ王国に行ったこととか、対抗戦中の出来事は話したわよ?」


「アラン殿下は何を話したの?」


「おれはルカとの出会いと、その後にあったことを話した……」


 淡々と尋ねたレイとは違い、返答をしたレティシアとアランからはどこか寂しさが滲む。

 彼らの心情を考えれば、レイの顔もどこか影が落ち始める。

 2人のことを覚えていないのであれば、2人より関わりがもっと浅い自分はルカの中に存在しない。

 そう思えば、一瞬で胸を鷲掴みにされたような痛みが走り、それでも彼は思考を辞めない。


「それで、部屋を追い出されたのか……」


「そうよ……まるで初めて会った人のように感じたわ……」


「実際、ルカはオレたちのことを初対面だと認識してたな」


 レティシアとアランはルカと話した時に感じたことをそのまま口にした。

 しかし、口にしたことで現実味が増し、先程ルカと話したのが夢じゃないのだと、思い知らされる。

 2人の表情にはさらに影落ち、重たい息を呑み込むように、時折目を瞑っている。


「2人の会話からは、まるで自分たちが抱いていた思いとか、感情は話してないと感じたけど。ボクの推測は間違ってる?」


「間違っていないわ……」


「なぜ話さなかったの?」


 冷静なレイの声が聞こえると、レティシアは悲しそうな顔をした。

 普通に考えれば、彼の疑問も当然なのだろう。

 レティシア自身も、話したい衝動に駆られていたのは間違いない。

 しかし、彼女はそうしなかった。


「アランはどう考えたのか分からないけど、私は自分が持っている知識でそうしたわ」


 レイはレティシアの話を聞き、首をかしげながら「なぜ?」と尋ねた。

 記憶を失った者に関係性や思い出を話す時、わずかながら当時感じた思いも同時に話してしまうことが多い。

 それをしなかったということは、時系列に物事を述べただけということだ。

 それは、同時に自分の心を締め付け、苦しみが増すだけだとレイは知っている。

 だからこそ、なぜ彼女が苦しい選択をしたのか、彼の中で疑問が湧いた。

 息を吸い込む音が聞こえ、続けてゆっくり吐き出される音が耳に届く。

 一瞬の沈黙が流れると、レイの瞳はロイヤルブルーの瞳を捉え、レティシアの真剣な表情が瞳に映った。


「まず、ルカが私たちのことを全く覚えていないという状況に、ショックと混乱が彼からは感じられなかったわ。だから、話そうと思えば話せたと思う。だけど、ルカの記憶喪失の原因や状況が明確ではないわ。そうなれば、慎重に行動する必要があるの。私の感情や思いが、ルカに対してプレッシャーを与えることもあるし、どこかルカは疲れているように感じたの。魔力量も、前より少ないと感じたのも大きいわ」


 真剣に話すレティシアを見て、彼女の真っすぐな声を聞いて、レイは胸が締め付けられた。


(レティシアがルカと初めて会ったのは、彼女が1歳になる頃か……そこから15年……離れてた時期もあるけど、交流は続いてたし……レティシアがルカに寄せる信頼も大きい……ルカとの関係性に悩む彼女が、あえて自分の感情を話さなかったのは、ルカを思ってのことなんだね。――本当に君はもろくて、強いね……)


 レイはそう思うと、ゆっくりと気持ちを落ち着かせて、再びレティシアに問いかける。


「なるほどね……ルカが目覚めたことは誰が知ってるの?」


「私とアラン以外は、パトリックが知っているわ。だけど、婚約者の件もあったから、パトリックには口止めをしておいたわ」


「婚約者ってどういうこと?」


 レイが眉間にシワを寄せて尋ねると、レティシアは息を吐き出しながら後ろに手をついた。

 そして、彼女は天井を見つめ、イリナのことを思い出しながら口を開く。


「私たちの方が聞きたいわよ。突然来て、婚約者ですって言われたんだから」


「それなら、レティシアの行動は正解だと思う」


 腕を組んだレイは、片手を軽く口元に添えると冷静な声でそう言った。

 だが、レティシアは眉間にシワを寄せると、怪しむように尋ねる。


「ルカを表舞台に出さないつもり?」


「その方が良い。ルカが目覚めたとなれば、記憶の有無なんて興味がないんだよ」


「なんで? 記憶がなければ、仕事に支障が出るんじゃないの?」


 レティシアは、淡々と話すレイに対して疑問をぶつけた。

 ルカを表舞台に出さないということは、それだけで彼の記憶が戻る過程を阻害する可能性がある。

 そして、それはルカの私生活にも影響を与え、ゆくゆくは彼の負担に繋がる。

 特に闇の世界で生きてきたルカのような人は、その世界から離れた後に戻ると事実を受け入れられないケースが存在する。

 しかし、彼が受け入れられなくとも、誰もそのことを許さない。

 そのことを知っているからこそ、レティシアはレイが表舞台に出さない(日常生活に戻さない)という選択を取るのか分からない。


 レイは深く息を吐き出すと、レティシアの目を見つめた。

 彼には彼女の言いたいことも、彼女が心配する気持ちも分かる。

 けれど、ルカの弟であり、ルカと同じ闇の世界で生きているからこそ、分かっていることもある。

 彼は冷たい視線をレティシアに向けると、「レティシア、ルカの環境を思い出して」と冷たく告げた。


「恐怖心があったのは……ルカが感情を持っていたから……」


 ルカのことを信頼しているレティシアは、ルカとは確かな信頼で繋がっている。

 だからこそ、彼の力に関して恐怖を感じることもなく、身を任せることも多いし、人を守らせたりもする。

 けれど、そうじゃない者は彼の力を恐れ、彼を奪う側に立たせることが多い。

 ルカに護衛を依頼しようとも、本心では恐れているからこそ、彼と深く関わりを持たない。


「そういうことだよ、記憶がなければルカを操り人形にできるし、記憶が戻る前に完全に支配下に置けばいいだけだ」


 冷たいレイの言葉は、レティシアの心に鉛を落とした。


(そうね……そうよね……どんなにルカが頑張っても、彼を恐れている人はいるわ。なんで、レイが言った可能性を私は見落としてたんだろう……ルカの記憶が戻る前に、ルカの真っ白な感情を壊すのはたやすいことよ。生まれたての赤ん坊と変わらないんだから……もっと、もっと、冷静にならないと……今は私が守る側なんだから)


 レティシアはそう思うと、ロイヤルブルーの瞳にレイを映した。

 そして、彼女は真剣な表情で、冷静に話し出す。


「1ヵ月よ。1ヵ月がルカをフリューネ家が隠せる限界だと考えていいわ」


 レイは思考するように手を口元に添えると、「思ったより短いな……」と小さく呟いた。

 少しの間が空き、続けて彼は「フェンリルの知識も借りるかぁ……」と呟くと、困ったように眉を下げた。

 しかし、突然頭をかき始めた彼は「ボク、あまりステラに好かれてない気がするんだよね」と弱々しく本音を吐露した。


「あらそう? ステラはレイのことも好きだと思うけど?」


ステラ(あいつ)、ボクが出掛けると、いちいち怒るんだよ? その後、ずっと不貞腐れてるしさ」


 唇を尖らせてレイが言うと、レティシアは首をかしげた。

 ステラは嫌いな人に対し、無視したり、冷淡な態度を取ることが多い。

 そして、嫌いな人とは距離を取り、相手の動きを常に監視している。

 そう考えれば、ステラが嫌っていないのが分かる。

 レティシアは、ステラが勘違いされていると思うと、頬が緩んだ。


「あら、それはレイが心配だからよ」


 納得していない様子で、「そうなのかな……」とレイは言うと、黙ったままのアランに視線を向けた。

 レイはアランを暫く観察していると、彼の目は段々と感情のこもっていない瞳に変わる。

 そして、彼は微笑だけ浮かべ「アラン殿下? 何をお考えで?」と冷たい声色で尋ねた。


「いや、おれの方も独自で調べていいか? 少し気になることができた」


 アランが淡々と答えると、レイの表情から完全に微笑みが消え去った。

 静寂が部屋を包み込み、気温が下がったのかと勘違いしそうになる。

 レイがアランに向ける視線は、感情が感じられない。

 だが、彼が(まと)う雰囲気は、その場に静寂と緊張感を与えている。


「……アラン殿下、忠告しとくよ……オプスブル家には深く関わらない方が良い。特にアラン殿下のように他国の王太子はね」


 レイは冷たく言い切ると、アランが片方の眉を上げて「どういう意味だ?」と尋ねた。

 すると、レイは大きく息を吐き出し、首を左右に振ると呆れたように話し出す。


「レティシアは聡明だから途中で調べるのは辞めたし、彼女の立場が彼女を護ったけど……あまり深く知ると、たとえ王太子だろうと消されるってことだよ」


 レイの言葉を聞き、目をパチクリさせたアランは、「なぁんだ」と言って微笑んだ。

 続けて彼は、レイを安心させるように話し出す。


「それなら心配ない。ある程度はルカから聞いてる。だから、それに触れない範囲で動くよ」


「ボクは忠告したからね!」


 不貞腐れたようにレイが言うと、アランは柔らかい微笑を浮かべながらレイの方に歩みを進めた。

 そして、彼はレイの元まで行くと、優しい手つきで黒い髪をくしゃくしゃとなでらがら口を開く。


「ハイハイ。兄ちゃんのことを考えて、兄ちゃんの友達を心配するのおまえは、本当に兄ちゃん思いの弟だな」


 顔を真っ赤にして「おい! やめろよ!」とレイが言うと、アランは笑った。

 レイの顔を見るアランの表情は優しく、しかし、どこか悲しそうでもあった。


「記憶を取り戻したルカが、このことを知ったら喜ぶよ」


 アランはそう言うと、「それじゃ、おれは帰るよ」と告げて部屋の外へ向かった。


 レティシアはアランが出て行ったドアを見つめ、静かにアランの弟のことを思い返していた。

 エルガドラ王国で、レティシアがルカと離れて暮らし始めてから、暫く経った頃。

 定期的にルカと連絡を取っていたアランが、弟オスカーのことをルカに相談していたのを聞いたことがある。

 その時、ルカがアランに何を言ったのかはレティシアには分からない。

 しかし、それ以降、アランはできる限りオスカーと関わるようにしていたように見えた。

 先程のアランは、レイをオスカーに重ねて見ていたのだろう。

 そして、自身をルカに重ねていたのかもしれない、と彼女は思った。


「それで? レティシアはどうするの?」


 ふと、レイはレティシアに視線を向けると、彼女に尋ねた。


「そうね、当たり前だけど、私とパトリックだけではルカを見り切れないわ。だから、騎士団にも彼の世話を頼むつもりよ」


「それは、考えがあって?」


 首をかしげながら尋ねたレイの声は落ち着きが感じられ、レティシアの考えを見透かしているようにも見える。

 レティシアからも落ち着きが感じられ、彼が質問してくることを予想していたようにも見える。

 部屋の中は静まり返り、まるでこの部屋には誰もいないように感じられる。

 彼女の目はレイを映し、彼の目はレティシアを映している。

 けれど、レティシアがふふふ、と笑うと静寂は終わりを告げる。


「ええ、もちろんよ。今、ルカを守れるのは私たちしかいないもの」


「それならいいけど、あまり無理しないでよね。最悪、レティシアが自分で自分の首を絞めるよ?」


「それは、オプスブル家に忠義を誓っている者たちが、フリューネ家に牙を剥く可能性があるから?」


 冷静な声で話していたレイの瞳は、段々と冷たさが宿り、レティシアに向ける視線は厳しい。

 それでも、レティシアが淡々と答えると、レイの方から大きなため息が漏れ聞こえた。


「そうだよ。分かってると思うけど、確かにオプスブル家はフリューネ家を守る立場にある。我々はフリューネ家の手足であり、自由に使える駒だ。それについては、オプスブル家に忠義を誓ってる者も理解してる。だけど、彼らだってバカじゃない。フリューネ家がオプスブル家に危害を与えると考えれば、オプスブル家を守るために動く。たとえそれがフリューネ家を裏切ることになるとしてもね。ルカが今放置してる鼠とモグラは、何かしらルカなりに思惑があったんだろうけど……今まではルカがそれを絶対に許さなかったんだ、記憶がないルカにそれができると思う?」


 レティシアは真剣に語ったレイに対し、「忠告、ありがとう」と微笑んだ。

 そして、彼女はそっと長い指で輪郭をなぞり「でも……そうね」と呟いた。

 白い指は何か思いついたかのように頬で止まり、軽く押さえるようにして指を立てる。

 すると、彼女の口元がにんまりと笑みを浮かべた。

 その瞬間、レイが小さく身震いし、キョロキョロと辺りを見渡しながら両腕を擦るように手を動かした。


「妖精さん、来週の休み付き合ってもらえないかしら? そうすれば、オプスブル家からの反感はある程度減ると思うわ」


 レイはレティシアの言葉を聞き、サーっと青ざめた。

 確かに、レイとレティシアが出掛ければ、ルカがまだ目覚めていないと思わせることができる。

 たとえルカが目覚めたと情報が流出しても、双方の合意の元で内密にしていたと誤解を与えられる。

 しかし、ルカを大切に思っているレイは、仮にもルカが思いを告げた相手と2人で出掛けることは避けたい。


(レティシアは、ルカが記憶を取り戻したらボクと2人で出掛けたことを、ルカがどう思うのか考えてないのかよ……ルカが勘違いしたら、1人の男としてボクを完全に警戒する……そうしたら今まで以上に距離を取られる……ダメだ! それだけはいやだ!!)


 レイはそう思うと顔を上げた。

 だが、彼を見つめるロイヤルブルーの瞳は、「断らないよね」と告げているようで、彼の喉が張り付く。

 鼓動が耳にまで響き、息が苦しく感じられる。

 レイはゴクリと喉を鳴らすと、額から汗が流れ「分かった……」と小さく呟いた。

 すると、レティシアが満面の笑みを浮かべ、「良かったわ」と告げる。

 その瞬間、レイはか細い声で「……終わった……」と肩を落として呟いた。


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