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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
6章

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第151話 追い求める背中と


 ある程度レティシアたちがいた場所から離れた所で、1人の少年が暗い森の中で立ち尽くしていた。

 時折薄紅色の瞳は辺りを見渡し、雨に打たれながら、黒い髪をかき上げるとため息が聞こえた。

 吐き出された息はわずかに白く、薄紅色の瞳はわずかな苛立ちを宿している。

 周囲の木々が風に揺れ、葉が囁くような音が聞こえると、少年は導かれるように再び歩き出す。


「こういう時、闇の精霊の力が本当に邪魔なんだよなぁ……隠して見つけにくい」


 少年はそう呟くと、手を伸ばして近くの木に触れ、そっと体を近づけると額を木に重ねた。

 葉に雨が当たる音が森に響き、悲しみくれる森を支配し、湿った土の匂いが漂う。

 耳を澄ましていけば、聞こえてくるのは深い闇と無音の世界。

 雨に打たれてずぶ濡れの服が体に貼り付き、彼のシルエットから緊張感が感じられる。


「……見つけた」


 少年はそう囁くと、目的地を見つけたかのように、遠くを見つめた。

 薄紅色の瞳は光を宿し、踏み出す足取りは先程よりも軽い。

 しかし、何かを思い出したのか、ふと彼は立ち止まった。


「会う資格がないボクが、本当にこのまま行っても良いのかなぁ……フリューネ家に任せるべきなのかな……」


 薄っすら目を閉じた少年は、一点を見つめている。

 時折、薄紅色の瞳は左右に動き、長いまつ毛が隠そうとする。

 それでも、思い立ったかのようにまた前を見つめると、彼は1人で頷いて口を開く。


「ま、拒否られたら帰ればいいか」


 彼の声は明るかったが、前を見つめる目は真剣そのものだ。

 踏み出した足は確実に目的地へと向かい、抜かるんだ足元は微かに音を出しながら、暗い森で彼の居場所を知らせる。


(闇の精霊も厄介なことしてくれるなぁ、これで無事じゃなかったら、困るのは闇の精霊の癖に)


 抜かるんだ足元は、ぐしゃと音を鳴らしたかと思えば、びちゃっと少し高い音が聞こえて水が飛び散る。

 微かに聞こえる呼吸音は雨に掻き消され、代わりに嘆きと叫びが聞こえるようだ。

 少年の足音を消すかのように木々は揺れ、交ざり合った匂いで肺が満たされ、重くも感じられる。


 前を見据える目は決意に滲んでいるが、その瞳には迷いと不安が漂う。

 思い出されるのは、手を伸ばしても届かない大きな背中。

 追い駆けても追い付けず、近付けば遠ざけられる。

 視線は常に遠くにあり、声は届けることも届くこともない。

 どんなに願おうとも、確実に自分の存在が、あの大きな背中を否定した。


(このまま見つけられなかったら、喜ぶ人もいるんだろうなぁ……)


 少年は悲し気に笑みを浮かべると、彼の目にはうっすらと涙が浮かび、思わずため息が漏れる。

 濡れた髪をかき上げると、雨が頬を伝って落ちていく。


(だけど、どんなに手が届かなくても、あの背中が消えるのはいやだよ……)


 胸を強く押さえた少年は、空を見上げると、彼の目尻には雫が滴る。


(レティシア、君もそうだろ?)


 暫くの間が空き、視線を戻した少年は、レティシアの顔を思い浮かべていた。

 ロイヤルブルーの瞳が放つ輝きは、今も昔と変わらず失われていない。

 しかし、あの背中が無くれば、それは失われる可能性もある。

 そうなれば、あの背中は悲しみに暮れるのだと思えば、少年は歩みを止められなかった。



 一方その頃、レティシアたちがいる場所は緊張が包んでいた。

 日が暮れたことで昼前から続いた雨は冷たさが増し、彼らの体力を無情にも奪っていた。

 それに加え、食料を残していた者たちと、食料を昼の時点で食べきった者たちで、感情の衝突があったようだ。


「ずるい~! そっちの方が大きいぃ! ララそっちがいいぃ!」


 ライラは配られた食料を見ると、大きな声で不満を漏らした。

 しかし、彼女に向けられる視線は冷たく、一瞬にして空気がひりつく。


「ライラ様は、昼の時点でもう食べたんだろ? それなら、食べてない人たちの方が大きくなるのは、当然のことじゃないの?」


 淡々とした態度リズは言うと、彼女は自分の文の食料に手を伸ばした。

 だが、すぐに立ち上がったライラが彼女の手から奪い取ると、「これは、ララが食べるの!」と言い切った。


「ライラ嬢、それはリズ嬢のものだ」


 アルフレッドは冷静な声で言うと、鼻をすする音が聞こえ始めて彼はため息をついた。

 顔を上げると、目元を押さえてライラが泣き始めており、うんざりとした様子で彼は額を押さえた。


「アルフレッド殿下、ひどいですぅ! 貴族であるララよりも、平民を気にするのですかぁ?」


「今この場に身分は関係ない。それが分からないのか?」


 アルフレッドから呆れたような声が聞こえると、その場にいた者たちの深いため息が重なる。

 しかし、その場から少し離れていたルシェルは、遠巻きにそれを見ていた。

 そして、彼は隣に居るレティシアに視線を向けると、優しく彼女に話しかける。


「レティシア、少し騒がしいけど、気にしなくていいからね」


 彼はそう言って、食料を小さく手で千切ると彼女の口元へ運ぶ。


「ほら、少しでも食べて、ね?」


 わずかに唇に触れる指は熱を持ち、彼の瞳は幸福に満たされる。

 それは、彼女が何も言わなくても、反応が薄くても、まるで彼には関係ないようだ。

 彼女に向ける視線は熱を帯び、周りの音など耳には届かない。

 彼の指は彼女の唇に触れ、その瞬間を永遠に刻もうとするかのように感じた。

 指先に残る微かな温もりを確かめるために、ルシェルはその指をそっと自分の唇に触れさせる。

 鼓動の高鳴りは彼女の存在が彼の世界の中心であると訴え、もう失いたくない思いが彼を支配する。


 レティシアは灰色の世界で、ルシェルの行動をかつてのルカと重ねていた。

 ルカが頭に落としたキスは、エディットもレティシアに対してしたことがある。

 2人がしてくれたキスには優しさが感じられ、2人が向けていてくれた愛情に彼女の胸は締め付けられた。

 手が届かなくなって初めて思い知らされるのは、時間が戻らない事実と、止まらない現実。

 レティシアはそっと胸を押さえると、再び涙が込み上げそうになる。

 それと同時に、レティシアはエディットとルカから感じた小さな差を感じた。

 そして、ルカが最後に言った言葉が頭を駆け巡り、愛情の違いに気が付いて胸がさらに痛んだ。


 レティシアが突然立ち上がると、「行かなきゃ」と小さな声で呟いた。

 その目はわずかに光を宿し、ルシェルはそれを見て、鼻筋にシワを寄せた。

 しかし、彼は軽く息を吐き出すと、優しく彼女に笑いかける。


「レティシア、どこに行かなきゃいけないのか、分からないけど……もう時間も遅いし、朝になってから行動しよう」


 ルシェルは出来るだけ感情を押し殺し、精一杯の優しさを込めて言った。

 けれど、彼女の視線が彼に向くことはなく、ストンと彼の表情は抜け落ちる。

 それでも彼女が一歩踏み出した瞬間、ルシェルは彼女の腕を掴んで引き寄せると、後ろから彼女を抱きしめた。


「レティシア、落ち着いて。今は僕が君の傍にいるんだ。だから、もし動くなら朝日が昇ってからにしよう。そうじゃないとみんなに迷惑がかかるよ? 分かったね?」


 レティシアはルシェルの腕から離れようとすると、再び強く抱き寄せられた。

 耳元で「ダメだよ。今は僕が傍にいるって言ったよね?」とルシェルが囁くのが聞こえた。

 それは、確実に彼女を失墜の底から引っ張り上げ、立ち上がるための一言でもあった。

 彼女は前を見据え、ゆっくり口を開くと静かに息を吐き出す。


「ルシェル殿下、申し訳ございません。私の傍にいる者は、私が自分の意思で選びます」


 レティシアの言葉は力強く、ルシェルの腕から逃れると、振り向かずに歩き出した。

 雨に濡れ始めた髪は輝きが増し、揺れ動くのとは違って確かな意思を感じる。


(もう正気に戻っちゃたんだね……君はあのままでも良かったんだけどね……だけど、君は必ず僕を選ぶよ……必ずね)


 ルシェルはそう思うと、彼女の唇に触れた指をそっともう一度自分の唇に触れさせる。

 その顔は確かな幸福に満たされ、レティシアを映す瞳は冷めぬ熱が宿っている。


 レティシアはルシェルの視線を感じながらも、カトリーナたちの元へ向かった。

 足元のぬかるみが彼女の進行を妨げるが、彼女の意志は揺るがない。

 世界は変わらず灰色に染まり、美しさを失くしている。

 それでも、立ち止まるべきじゃないと思う気持ちが、優しく彼女の背中を押す。


「レティシア様、大丈夫ですか?」

「レティシア嬢、大丈夫か?」


 カトリーナとアルフレッドが尋ねると、レティシアは微かに微笑んだ。


「もう、大丈夫よ。カトリーナ、心配を掛けたわね。アルフレッド殿下にもご心配をおかけしましたね」


「いや、別に構わない。だけど、これからどうするつもりだ?」


「そうですね、私はこのまま対抗戦を棄権しようと思います。胸の骨も折れていますので……。それに、個人の棄権でしたら、班に迷惑がかかることはないですし……」


 レティシアはそう言うと、状況を把握しようと辺りを見渡した。

 明らかに開けられた食料の量は数が合わず、昼の時点で食べた者がいたことが分かる。

 しかし、それにもかかわらず、全員分を分けたため、今日だけで明らかな差が生まれている。

 もしこれが実戦だった場合、その差が命取りに繋がることを意味している。

 そのことを理解していない者がいるのだと考えると、折れた胸の骨が彼女を冷静にさせた


「パッと見た状況では、その方が良いと思います。今の状況で、再び刺客から襲われないと言う、保証もありません。それに……」


「それに?」


「この場にいない者がいるのですから、探しに行かなければなりません」


 レティシアはそう言って微笑むと、その場にいた者たちは目を伏せた。

 そのことから、彼らがルカを探しに行かなかったことが分かる。


(私には、彼らを責める権利はないわね……私もルカの気配が消えて、彼の死を覚悟して動けなかったもの……だけど、自分の目で確かめないと……また前に進めなくなるわ)


 レティシアはそう思うと、彼らから視線を外した。

  それでも、彼女は何も気にせずに食べ続けているライラを見ると、折れて痛む胸元を押さえて明らかに冷たい視線を向けた。


(あなたは、自分の行動が招いたことだと思わないのね……残念ね、私が生き残って……)


 その瞬間、彼女の耳はかすかな足音を捉え、レティシアの視線がそちらに向かう。

 緊張が彼女の背筋をなぞり、それでも敵意は感じられず、足音の正体が分からない状況に戸惑う。

 しかし、木々の間から黒髪の人影が現れると、彼女の表情に一瞬の安堵が浮かぶ。

 けれど、向けられた薄紅色の瞳が、瞬時に安堵の感情を吹き飛ばす。


「レティシア……」


 少年が弱々しく彼女の名を呼ぶと、レティシアは一瞬の戸惑いを見せた。

 彼がこの場にいるのは不自然で、本来ならありえないからだ。

 それでも、彼女は少年に駆け寄ると、その疑問をぶつける。


「なんであなたがここに? ここは危険だわ、あなたも分かっているでしょ?! なぜ来たの?」


「ルカの気配が消えたから、探しに来た……多分、ボクじゃないと探せないから……」


 その言葉を聞き、なぜルカの気配を感じ取れなかったのか、レティシアは納得した。

 そして、それは普通では見つけられないことを意味する。

 彼女は唾を飲み込むと、「それで、ルカは?」と不安な気持ちを隠して尋ねた。


「安心して、ちゃんと見つけたよ。ボクを……褒めてほしいくらいだよ」


 ルシェルはその言葉を聞いた瞬間、周りに聞こえないように大きく息を吐き出した。

 彼の瞳には燃えるような炎が宿り、その内側には見えない葛藤が渦巻いていた。

 レティシアと少年に向ける視線は冷たく、彼の顔からは感情が抜け落ちている。


「そう……そうなのね……ありがとう……ありがとう」


 レティシアは込み上げる気持ちが溢れ、発した声は震えていた。

 彼女の瞳には驚きと喜びが交錯し、少年の手を握りしめると溢れかのように涙が流れる。


「レティシア、泣かないで……君が泣けば、ルカが悲しむんだよ……」


 少年はレティシアの頬に触れると、そう言って彼女の涙を拭う。

 触れた彼女の涙は温かく、ルカを大切に思ってくれているんだと思うと、彼は胸が喜びで満たされる。

 どんなに両親や周りがルカの存在を否定し、恐れようとも、彼女だけは変わらずにいてくれる。

 その事実がたまらなく嬉しいと感じ、彼は彼女を信じて良かったと確信した。

 それと同時に、今さら自分がルカの心配をするのはお門違いだとも思う。

  それでも、彼は安心させるように微笑むと、彼女にゆっくりとした口調で話し出す。


「もう少ししたら、影が君と合流する。そのことを伝えに来たんだ……だけど、ボクもちょっと疲れちゃったから……ルカを頼んだよ……」


 少年はそう告げると、力を失くしたかのようにその場に倒れた。

 事切れたかのように少年が倒れた瞬間、レティシアは動揺を隠せなかった。

 彼女の心臓が早鐘のように打ち、彼の体を支えながら彼の状態を確認した。

 咄嗟に彼の魔力量を視ると、手を彼の首に当てて脈を確かめる。


(このままだと危険ね。完全に魔力を使い過ぎた影響で、熱がでているわ)


「レイ! しっかりして!」


 思わず彼の名を口にして、彼女は小さく舌打ちした。

 彼が望まない限り、彼の名前は明かさない方が良い。

 けれど、それでも言ってしまった言葉は、取り消せない。

 瞬時に彼女は魔力探知の範囲を広げると、彼の言った影との距離を確かめた。


「アルフレッド殿下、手伝ってください!」


 アルフレッドは駆け寄って少年を抱き抱えると、「どこに連れて行けばいい!」とレティシアに尋ねた。

 状況的に考えれば、フリューネ家が皇家助けを求めたということは、少年がオプスブル家の者だということだ。

 そのことを理解している彼は、彼女が森の奥を指さすと、すぐさま駆け出した。

 彼の腕から感じる体温は高く、聞こえる呼吸もどこか荒い。

 雨は無情にも彼らの体温を奪い、刻一刻と状況を悪化させていく。

 過ぎていく時間は、誰にも止められないのだ。


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