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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
6章

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第145話 心の葛藤と現実の狭間


  冷えた雨粒はルカの頭を冷静にさせるが、雨音は彼の鼓動を加速させる。

 地面を踏む音は一切聞こえず、沸き立つ感情は彼から表情を奪う。

 ルカはレティシアの近くまで歩みを進めと、かけていた魔法を解いていく。

 その瞬間、まるで世界の狭間から出てきたように姿を現した。

 彼は地面に膝を付いている男性に視線を向けると、ゆっくりと口を開く。


「レティシア、そいつはどうするつもりだ?」


 青年の冷淡な声と向けられた視線に、男性はビクッと肩を上げた。

 彼は不安から少女の方に視線を向けると、彼女が困った様子で青年の方に視線を移しているところだった。


「妹を人質に取られて、依頼を引き受けたみたいだわ」


「今は状況が状況だ」


 ルカは短く言い切ると、レティシアの様子を(うかが)った。

 彼女の視線はえわずかに揺れ、迷いが見られる。


「分かっているわ。だけど、彼は仕方なく」

「いや、レティシアは何も分かっていない」


 ルカは、レティシアの言葉に間髪を入れずに答えた。

 その瞬間、わずかに彼女の眉間にシワが寄ったが、それでも赤い瞳は少女を見つめる。


「刺客たちはおまえに向けられてる。きっと、他の刺客たちも彼と似たような事情があると考えてもいい。その全員を助けて保護することはできない」


 レティシアは、はっきりとルカが言い切ると、歯を食いしばった。

 彼の言っていることは正しいと頭で分かっていても、感情がそのことを否定する。

 しかし、彼女は唐突にパンッと両頬を手でたたくと、ふぅーっと肩の力を抜くように息を吐き出した。

 目を閉じた世界はわずかな静寂に包まれ、重たい瞼を上げると世界は灰色に映る。

 彼女は徐々に視線を上げてルカの方を見つめると、ゆっくりと唇を動かす。


「ルカ、これは取引なの。放たれた刺客が力を貸してくれるのなら、少なくても証人が手に入るわ」


「それなら、その線引きはどう決めるんだ? 最初に言ったように、状況が状況だ。助ける者と見捨てる者は、どう線引きするつもりだ?」


「それは……」


 レティシアは一瞬言葉に詰まり、視線を落とした。


(確かに、ルカの言葉も理解できるし、それが今の状況では最善なのも分かる。いつもの私なら、きっと彼と同じ結論を出しているわ。……だけど、今はできない……だって、今の私ならきっと……)


 彼女はそう思うと、強く目を閉じてギュッと胸元を押さえるように握った。

 そして、少しだけ視線を上げると、黒髪の青年を視界の隅に映す。

 眉は垂れ下がっており、どこか彼を見つめる瞳は苦悩と痛みを帯びて微かに潤んでいる。


「明確な線引きができないのなら、俺は俺の部下に降りかかる危険も考慮しなければならない。その場合、刺客を保護することは不可能だ」


 ルカは決然とした態度で告げると、眉を下げたまま再び俯くレティシアを見つめた。

 そして、軽く息を吐き出すと、彼女から目を背けながら髪をかき上げる。


(いつものレティシアなら、こんなことで言葉に詰まったりしない……この状況が続くのは、レティシアの安全性も考えて良くないな)


 ルカはそう思うと、はぁっと口から息がこぼれた。

 しかし、彼女の方からふぅっと息が吐き出される声が聞こえると、彼は彼女の方に視線を戻した。


「……そうね……ごめんなさい。刺客をどうするのかは、ルカに一任するわ。今の私では、感情が邪魔して正しい答えが導き出せないから……」


 レティシアの声は、振り続ける雨の音に薄れ、儚げにルカの耳に届いた。

 その瞬間、彼は息を吸い込むと「……俺が原因か」と小さく呟いた。

 ステラと話した日以降、ルカとレティシアの間に進展はない。

 ただでさえ対抗戦という危険な状況に加え、今は彼女に対して刺客が送り込まれている状況。

 それなのに、彼女が正しい判断ができないとなれば、最悪の場合も考えられる。

 思わず握りしめた拳は、手のひらに爪が食い込んで痛むが、胸の痛みには到底及ばない。


「そうよ……ルカが原因よ。少なくとも、この男性の妹に、私はあなたを重ねたわ……」


 深く息を吐き出したレティシアは、そう言うとルカから視線を逸らした。

 自分でも説明できない感情が彼女を支配し、渦を描きながら胸の辺りを縛る。

 しかし、感じたことを言葉に出したことで、少しずつ心が落ち着いていくのを感じた。

 そのため、胸の重さを軽くするため、彼女は感じたことの続きを話す。


「もし、ルカが人質に取られるようなことがあった場合、彼と同じように私は命を懸けて、ルカを助けたいと思ったの」


 ルカは一瞬だけ複雑な感情が、全身を駆け巡った感覚がした。

 広げた手のひらには赤く滲む傷があり、脈を打つたび酷く心が痛む。

 嬉しさと苦しさは交錯し、そっと胸に当てた手は黒い服を掴んだ。

 口を一瞬硬く閉じた彼の瞳は、一瞬の揺らぎを見せる。

 しかし、静かに目を閉じて息を吸い込んだ彼は、手を下ろすと真顔で彼女の背中を見つめる。


「本当、おまえは変わらないな」


 冷たくも素っ気なくルカは答えると、スーッと地面に膝を付く男性に視線を移した。


「悪いが、俺がお前を保護することはできない。俺は彼女を護る必要があるからな。だが、お前の妹は助けてやる。俺の部下と合流させる」


 ルカの声は冷ややかで、男性に向けられた視線はどこまでも冷酷だ。

 肌を伝う雨は体温を奪い、ルカの瞳の奥に潜む感情は闇を(まと)う。

 男性が震える手で地面の土を掴むが、ルカの冷酷な視線から逃れることはできない。


「少しでも不審な動きをした場合、その時は妹がどうなったのかおまえが知ることはない。そのことも忘れるな」


 ルカは静かにそう告げると、彼が来た方向から足音が近づいてくるのに気付いた。

 彼は一瞬だけ振り返り、足音の人物たちの存在を確認すると淡々と告げる。


「こいつの妹が犯人グループに捕まってる。彼と行動を共にしながら、彼が提供できる情報を全て聞き出し、彼の妹の救出に当たれ」


 紡がれた言葉は現実を突きつけ、その場を支配する。

 重たい空気の中で、全身を黒服に身を包んだ1人が姿を見せた。

 すると、「かしこまりました」と少女の声がし、クリっとした目が男性に向けられる。

 その瞬間、周囲の木々の陰から数人の影が現れ、男性を囲むように立ち並んだ。

 影たちは無言のまま男性を立たせると、彼を引きずるようにして連れて行く。


「……ルカ」


「俺が妥協できるのはここまでだ。どんな理由があろうとも、一度おまえを殺そうと彼は動いたんだ。もし、また同じ状況になった場合、彼は同じことを繰り返す。そんな人物に、俺は部下の背中は任せられない」


 レティシアは拳を握ると、静かに瞼を閉じた。


(分かっているわ。ルカは何も間違ってない……私だってルカと同じ立場らそうするし、男性と同じ立場なら……ルカの言葉は当然だと思うわ)


 再び世界を映し出したロイヤルブルーの瞳には、黒髪の青年が映りこむ。

 しかし、短くも重い息が吐き出されると、サッとレティシアはルカに背中を向けた。


「私は、このまま他の人たちと合流すわ」


「ああ、俺は身を隠しながらおまえを護衛する」


「……ルカ、ありがとう。そして……ごめんなさい」


 ルカは少しだけ目を伏せると、彼女の言葉が何に対してなのか考えた。

 それでも、すぐに答えは出ず、彼は「気にするな」と答えた。

 ザーッと振り続ける雨は、彼らの気持ちを孤立させていく。

 彼らの間には確かな信頼が存在する。

 しかし、一度投げ込まれた一石によって広がり続けた波紋は、彼らの関係に影を落とす。

 だが、どんな感情を抱こうとも、2人は進まなければならない。

 たとえ2人を気にかける存在がいようとも、2人の立場が歩みを止めることも、道を引き返すことも、誰も許したりしないからだ。


 再び歩き出した足音は水分を含み、徐々に駆け足になっていく。

 遠ざかり始めた少女の背中は何も語らず、それを見つめる青年の瞳は淡く闇を含む。

 息を吐き出す音が聞こえると、青年はゆっくり少女と同じ方向に歩みを進め始めた。

 彼の姿は徐々に世界に溶け始めたように、周りと同調を始める。

 雨音中でポチャンッと聞こえた瞬間、風が雨を横から殴りつけ、わずかに視界を奪う。

 しかし、風が止むと青年の姿は既になく、少女の背中がただ遠くに見えた。


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