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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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*番外編~その日が来るまで……


 月明かりを分厚い雲が覆い隠した、神歴1504年4月8日の未明。

 黒服を身に(まと)った4人組の集団が、分厚い麻布で縫われた、大型袋を背負って一軒の民家に入って行った。

 扉が閉まった暗い部屋の中で、彼らは麻袋を床にゆっくり下ろすと、口を縛っていた縄を解いて行く。

 そのうちの1人が魔法で灯りを点けると、部屋の中を照らす。

 部屋には、2人用のテーブルと二脚の椅子があり、棚には2人分の食器が並ぶ。

 麻袋が開けられると、それぞれの袋から眠っている青年が顔を出す。


「おい、着いたぞ。起きろ」


 大きい方の麻袋を背負っていた男性が言うと、目を擦りながら青年たちが、ゆっくり目を開け始めた。


「こ……こは……どこ?」


 眠たそう青年の1人が答えると、男性のため息が重なって響いた。


「あのな……少しは緊張感持てよ。――はぁ、ディ・リネン、ニック・リネン起きろ!」


 ディは勢いよく立ち上がると、足を引きずりながらニックの元に駆け寄った。

 そして、麻袋からニックを出すと、見える範囲で怪我の有無を確かめ、弟を背中に隠した。


「よく眠れるよなぁ……まぁ、クマも酷かったし、まともに睡眠もとっていなかったんだろうな。そんなに警戒すんなよ」


 もう1人の男性が言うと、ディは誰が声を発したのか分からず、黒服を身に纏った4人を交互に見ている。

 しかし、「どうせ寝るならベッドで寝ろよな。面倒だから」と別の方から声が続いた。

 けれど、家具が少ない家の中では、音が反響して、聞こえた方向も確信が持てなくり、誰が話したのか尚更分からなくなった。

 背丈が違うだけで、瞳の色も声色も同じだと感じたが、顔は目元しか出ておらず、はっきりとした違いを見つけられない。


「現在は任務中だから、名は告げられない。だけど、君たちの隣人なのは間違いないから、安心しろ」


 ディはまた同じ声が聞こえ、安心しろと言われても恐怖が心を支配する。

 そもそも、彼らが始めに迎えに来た人の仲間という保証もなく、逃げたのがバレ、途中で連れ戻されたのかとも……と考えてしまう。

 不安と恐怖は交じり合い、「ここは、どこですか?」と聞いた声は、震えているのが自分でも分かった。

 しかし、「オプスブル領だ」と言った男性の声が聞こえると、無事にオプスブル領に着いたのだと理解し、足と肩の力が抜け、その場に座り込んだ。


「そうですか……良かった」


 ディの近くにいた男性は、ディが「本当に、良かった……」と重ねて安心したように呟くと、頭をかきながら深くため息をついた。


「良かったのかねぇ……一応さ、説明しろっと言われているから説明するし、話し方とか後で教えるけど、君たちがこの黒服を着る時は、使う言葉は決められてるし、ある程度声も変えることになる。つまり、君たちの存在は、個人としてではなく、組織の一部として扱われる。――これ理解できる?」


「顔も見せられないという事ですか?」


 もう1人の男性が歩き始めると、他の黒服を着た男性たちも歩き始める。

 4人が近付けば身長差は多少あるが、それぞれが離れた位置に立つと、4人の身長は均等である。


「当然だ。この服を着てる時は、名も顔も声もない。もちろん……任務であれば、誰にでもなれる……偽れる……我らは存在がない影だ」


 ディは近くの男性の目元が笑みを浮かべたと思った瞬間、背筋がゾクッとして全身の毛が逆立った。

 口元を覆い隠す黒い布は動きがないことから、この人が話したのではないと思ったが、不安に駆られて他の3人にも視線を向ける。

 しかし、微かに笑い声が聞こえるのに、黒服を着ている男性たちの口元は動きがなく、誰が笑っているのか分からない。

 けれど、ふと男性が言った『誰にでもなれる』という言葉を思い出し、恐怖心が芽生えたが、なぜか後ろにいる弟は弟だと言い切れると感じた。

 それでも、疑問がない訳ではなく、少しの間考えて、心臓の音がうるさいと思いながらも、口を開く。


「で、では、どう呼び合うのですか? どうすれば、仲間だと分かるのですか?」


「腹見ろ、腹。そんなに時間が経ってないから、まだ消えてないだろ」


 ディとニックは、顔を見合わせると、2人とも首をかしげた。

 しかし、2人が上着をめくると、過去に受けた痣や傷が目立つ腹部に、拳よりも小さい赤い刻印がある。

 2本の剣は花を支え、それを囲うように蔦があり、その下に魔方陣の7芒星が描かれている。


「この刻印は?」


「それで、仲間か判断できる。まぁ基本的に、任務に就く時にだけ、判別できるようになるけどな」


 入り口の付近にいた男性は、呆けた様子のディとニックに向けていた視線を、窓の近くに立つ男性に向けて頷くと、他の2人も頷いた。

 すると、しゃがんでいた男性は立ちあがり、「ちなみに、我らのは……」と言いながら服をめくり始めた。

 白い肌には、真新しい傷の跡が無数にあり、所々には皮膚が変色している部分も存在している。

 青い顔をしてディとニックが顔を背けると、服をめくる男性から深いため息が広がった。


「あのな……毎回、すぐに回復薬が使えるわけじゃないんだ。無傷で任務が遂行できればいいが、そうじゃない時も必ずある。だから、こういう傷も見るのに慣れろ」


「すみません」

「ごめんなさい」


 ディに続いてニックが頭を下げると、4人の男性たちは目を合わせて、頷いたり首を横に振っていた。

 その中で、服をめくっていた男性は、一回頷き、少しの間が空いてからもう一度頷いた。


「――我らにも、君たちと同じ刻印が刻まれている。だけど、君たちとは違って、もう完全に目視できない。後数時間もすれば、君たちのも目視で判別できなくなる。――なぁ、君たちがこの状況でも、直感的に兄弟と判断できることに疑問はないのか?」


 ディは男性の言葉を聞き、無意識にニックに視線を移した。

 ニックと目が合うと、目の前にいる存在が弟だと、分かるのに理由が分からない。

 しかし、刻印が刻まれている場所は暖かく、敵じゃないことだけはハッキリと分かる。

 けれど、この感覚を言葉にしようとすれば、説明できる言葉が見つからず、「それは……」と言葉に詰まった。


「それが、君の質問に対する答えだ。今君たちが感じている共鳴感覚を、我らも任務に就けば感じる……だから、仲間だと判断できる」


 服をめくっていた男性が言い切ると、別の男性が歩き出した。


「バカなことは考えるなよ? 頭領に忠誠を誓ったんだろ? 頭領の基準で裏切りだと判断されたら、あの世行きだ」


 窓の近くにいる男性は、腕を組んで冷静に言うと、歩いていた男性が止まるのを黙って見ていた。

 この状況で、誰が発言したのか、普通なら理解できる者は少ない。

 耳だけで距離や方向を、完全に捉えるのには訓練がいる。

 そのことを理解しているからこそ、動きを見せるタイミングが重要だと分かっている。

 けれど、あまりにも認識が曖昧になれば、言葉は意味を持たなくなるのも知っている。

 そのため、腕を組んでいる男性は、他の者たちがどう動くべきか、目視で指示を出す。


「基準って何?」


 ニックが質問すると、静寂が波紋のように広がった。

 顔を見合わせる男性たちは、時折ニックとディに視線を移すが、それと同じように足元にも視線を向けている。


「さぁな、明確には教えてもらってない。だけど、誓った以上は守れ。それが、ここで生きていくための最低限のルールだ」


「でも、安心しろ。ルールを守っている限り、ここでは誰も君たちの存在を否定したり、一方的な暴力行為はない」


 窓の近くにいる男性の方から声が聞こえると、続けて入り口付近の男性の方から声が続いた。

 そして、下をテーブルの近くにいた男性が、テーブルを触り始めると、そこから声が広がり始める。


「そうだね。頭領が逃げろって言えば、全員で逃げる。まぁ、逃げろという指示は、これまで一度もないけど」


「そっか、そっか……」


 ディは安心して言うと、ニックが右肩に触れてきて、「兄ちゃん……」と呟いた。

 どんなに指示に従っていようとも、今日食べる物にも悩み、周りから理不尽に殴られ、弟を人質に捕られる。

 そんな生活からすれば、同じ命を握られている環境でも、天と地ほどの違いだと思ってしまう。

 泣きたくなって、右肩にあるニックの手に、ディは左手を重ねた。


「もう、とっとと終わらせようよ」


 服をめくっていた男性の方から声がすると、再び男性たちは顔を見合わせた。

 そして、何度か頷き合い、服をめくっていた男性が小幅で歩き出すと、他の男性も一斉に歩き出した。

 1人だけが他の者とは違うテンポで歩いていたが、その男性が入り口から一番遠い窓の方で足を止めると、他の男性たちも足を止めた。


「そうだな、まず1つ、任務に就いた時は瞳の色と声を変える。これが薬だ。――今後は、定期的に持ってくる者がいるから、そいつから受け取れ」


 食器棚に寄りかった男性の声が広がり始めると、他の男性たちは壁や窓枠に寄り掛かった。

 しかし、「薬?」とニックが言いながら首を傾けると、「君たちの、目の前にあるだろ?」と男性が言った。


「2つ、仕事や任務の内容は口外しないこと。これは話した時点で確実に死ぬ。跡形も残らずな」


 男性の声は淡々としており、低く抑揚がない。

 さらに、一定の音程は、部屋に中に広がる度、わずかに反響を繰り返す。


「3つ、ここに住んでる奴らの名前を、よそ者に聞かれても答えてはならない。住んでいれば、そのうち見分けがつく。見分けがつくまでは、外で名前を呼ばない方が良い」


 ディの口は開いたが、何度か開閉した後、固く閉じられた。

 ズボンを掴む手の辺りの布には、クッキリとしたシワが寄っており、彼の手は微かに震えている。

 静かな部屋の中で、ディの喉ぼとけは上下し、ニックは唇を噛み締めて俯いている。


「4つ、命令は絶対だ。頭領に死ねと言われたら死ね。殺せと言われたら、仲間でも殺せ」


 ニックは咄嗟に声がした方を向き、食器棚に寄り掛かる男性を見つめた。

 口を何度も開けるが、喉は張り付いたように声が出ない。

 目の前にいるディの方に視線を戻すが、兄の肩は震えており、涙で視界が滲み、喉は焼ける程に熱い。


「4に関しては、命令さえ守ればいい。今は頭領から理不尽に死ねとも、仲間や家族を殺せとも言われない。今はあの人が、全部背負ってくれてる。だから、裏切るな」


 窓の近くにいた男性の方から声がすると、他の場所いた男性たちがため息をつく音が続いた。


「5つ、我らは影だが、他の影たちとは違う。だから、頭領以外の指示は従わなくていい」


「ほ、他の影ってどういうことですか? 影はみんな同じじゃないのですか?」


 ディが震える声で尋ねると、壁に寄り掛かっていた男性は歩き出した。

 そして、ディとニックの頭をクシャとなでると、目元に笑みが浮かんでいる。


「あまり深く聞くなよ。我らも、同じ影なのか、別の影なのかも、任務に就くまでは分からないようになってるんだ」


 食器棚に寄り掛かる男性は、窓際の男性に視線を向けると、一度頷いて見せた。

 そして、兄弟に近くにいる男性に目視で指示を出すと、すぐさま説明の続きをする。


「6つ、内部での私的な争いや報復は禁止されている。制裁できるのは頭領だけだ」


「もし、不満とかあったら?」


 窓際の近くにいた男性は、歩いている途中でクスッと笑った。

 それから、ディの前でしゃがむと、視線を合わせて笑みを浮かべる。


「それすらないと思うよ? 何が裏切りと判断されるか分からないから、表面上は皆考えて争いを避けてる」


「連絡手段は?」


 ディは咄嗟に聞いたが、視界の端に光る者が見えて、そちらを向いた。

 すると、ドアに寄り掛かる男性が、ナイフの手入れをしていて、思わず息を呑み込んだ。


「我らは、基本的に途中で任務が変わらない。だから必要ないんだよ。でも、あまりにも遅かったら……頭領の判断かな」


「そもそもさ、君たちは既に指示を受けてんでしょ?」


 もう1人の男性は、その場にしゃがむと、首をかしげながら尋ねた。


「あ、はい、既に」

「はい! ストップ!! 任務内容は仲間や家族にも言ったらダメ。完全に極秘。死にたいの?」


 ディが言い出すと、最初にしゃがんでいた男性は、瞬時にディの口を塞いだ。

 先程まで薄かったディの影は、一瞬だけ真っ黒になり、男性は下を指さした。


「今、分かった? 足元の影が濃くなったの?」


「いつもは、こんなに分かりやすくないけど、これは明確に頭領からの警告だ」


 もう1人の男性は立ち上がると、ディの頭をくしゃくしゃと何度もなでた。


「我らは、忠義を誓った影だ。頭領の手が何時でも届くのを忘れるな」


 ディは俯くと、始めに『良かったのかねぇ……』と男性が言った言葉を、ただ思い出していた。

 新しい人生に夢も希望もある訳じゃないが、生を与えられ、生きる意味を貰った。

 それだけでいいはずなのに、いつか弟を殺す日が来るかもしれないと考えると、死んでおけば良かったとすら思ってしまう。

 そんな日が来るとは限らないが、そんな日が来ないとも言い切れない。

 曖昧な日がどんなに不安定か、ディは良く知っている。

 それでも、信じるしかないのだと思うと、刻印が刻まれている腹部の服を強く掴んだ。

 ただただ、『罪が消えることは、今後一生ないわ』と言ったレティシアの言葉が、今のディにとっては重かった。


「ちゃんと、仕事さえすれば、ここでの生活も慣れる。それに、……頭領から君たちは、物覚えが良いと聞いている。裏切らなければ、仕事以外の時間は、永遠にニックとディだ。だが、光は望むな。ここは、光のない世界だ」


 ニックは食器棚に寄り掛かる男性の声を聞き、続けて「我らの一員にようこそ」と重なった声が耳に届くと、何度もうなずいた。

 それから、兄の背中に抱き付き、「おれたちにも、居場所ができたんだよ」と嗚咽交じりに言うと、涙があふれるのを止められない。

 何度も願った居場所がここにはあり、その小さな願いがどんな形でも、与えられたことが、生まれてきて良かったのだと思わせる。

 そして……たとえ、いつか兄を殺すことになっても、その日までは兄と一緒にいられるだけで、闇の中でも生きていけると思った。


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