表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

147/223

第136話 移住問題と道標


 その後、レティシアは騎士団にある程度指示を出し、ルカと共に邸宅に戻った。

 爆発事件ではあるが、こちらの都合で面談を先延ばしにすることはできない。

 結局2人は後ろ髪が引かれる思いで、会議室へと戻るしかなかった。


「今日予定されてる面談は後1人だ」


 ルカはレティシアが椅子に座ると、彼女に声をかけた。


「そうね……一応戻ってはきたけど、私は最後の面談者がここに来ることはないと思うわ」


 彼女が窓の外を見ながら言うと、ルカは少しだけ目を伏せた。

 すでに太陽は沈み始め、空はオレンジと赤が交じった色に染まっている。


「それじゃ、別室にいるギィとドニの面談するのか?」


「その方がいいと思うわ。少なくとも、あの2人も無関係だと思えないもの」


 ルカは「分かった」と言って、静かに別室のドアへと進んだ。

 そして、彼はドアを開けると「もう一度面談を行います、こちらの会議室へどうぞ」と淡々とした様子で告げた。

 澄んだ声は冷たく、彼の言葉に従った2人の足音が会議室に響き始める。


「あなたたちで最後だから、もう私の正面に立たなくてもいいわ」


 レティシアが告げると、咄嗟にルカは彼女の方を見た。

 これまでの面談は、彼女と面談者の間に大きなテーブルを挟んで行ってきている。

 それは彼女の安全を確保するとともに、何かあった場合に対処しやすいからだ。

 しかし、いま彼女と兄弟の間には、いざという時の遮蔽物が存在しない。

 そのため、ルカは彼女の安全を考えると、彼女の発言を素直には聞けない。

 けれど、彼女の真剣な眼差しが目に留まり、何を言っても無駄だと理解すると彼は大きくため息をついた。


「お前たちのどちらかでも怪しい動きを見せたら、俺は躊躇(ためら)ったりしない。そのことは忘れるなよ」


 2人に耳打ちするようにルカは言うと、ギィとドニを追い越してレティシアの近くに立った。

 赤い瞳とロイヤルブルーの瞳は兄弟を見つめ、静寂の中で2人の足音だけが聞こえる。

 けれど、ある程度進んだ彼らは突然立ち止まると、ギィが真っすぐに彼女の方を見た。


「それで? 2人で考えた答えを、私に聞かせてちょうだい」


 レティシアが尋ねると、ギィとドニは軽く顔を見合わせて頷き合った。


「2人で話し合いましたが、俺たちが領主様に提供できる能力はありません」


「そう、それがあなたたちの答えなのね。それじゃ……次の質問、ギィ……あなたはそのおなかにある物を使うのかしら?」


 ギィは少女の言葉を聞き、無意識に右手をおなかに当てた。

 彼の表情には動揺の色が見え、額には冷や汗が滲んでいる。


「それを使えば、確実にあなたとドニはこの世を去るけど、生憎私は自分の身は自分で守れるし、今は優秀な護衛も付いているわ」


 名前を呼ばれたドニとギィの視界には、テーブルに頬杖をついたレティシアの姿が映る。

 自信に満ち溢れている彼女からは、わずかばかりの恐怖心すら感じられない。

 しかし、彼女とは対照的に、彼女の発言を聞いた2人の表情は青ざめている。

 ギィは声を出そうと口を開くが、恐怖で喉が張り付き、思うように声が出せない。


「今日、フリューネ領で爆発事件があったわ。あなたたちも本当は犯人と合流して、私の領民を殺すつもりだったの?」

「違う!! 兄ちゃんはおれを逃がそうとしたんだ!! でも……でも……」


 間髪を入れずにドニが言うと、彼は悔し気に歯を食いしばった。

 握らた拳には血管が浮かび上がり、俯いた先にある足を彼の目が睨んでいる。


「でも、足が不自由なあなたは逃げられず、ギィを人質に取られた……ってところかしら?」


 レティシアとルカは、兄弟が会議室に入った時から、ギィから漂う火薬の匂いに気付いていた。

 けれど、面談していた時、彼女はそのことに1度も触れなかった。

 そこには、できることならば、彼らに思い留まってほしい思いがあったからだ。

 そのため、彼女はできるだけ彼らの事情を、彼らの口から聞きたかった。


「違います。俺が彼らに協力したのが、そもそもの始まりなんです……弟は何も悪くありません」


 ギィはレティシアの言葉を聞き、おなかを擦りながら答えた。

 彼のおなか周りには、爆弾になり得る物が巻かれている。

 その理由は、フリューネ領主を巻き込んで自爆しろと脅迫されたからだ。


「どういうことかしら?」


 レティシアが尋ねると、ギィは視線をドニの足に向ける。

 彼の目は優しく、大切な者を守ろうとしているようにも見える。


「弟の足は生まれつき悪いんです。俺も病弱で、父と母はそんな俺たちを捨てました。父と母が生きるためには、俺たちはお荷物だったんだと思います。だけど、俺たちも生きるためには、お金を稼がなければなりません……」


 どの世界でも自給自足じゃない限り、お金が流通していればお金が必要になる。

 時折、同情心でお金を恵んでくれる人もいるが、それはいつものことじゃない。

 ましてや、観光地でもない限り、それを頼りにして生きていくことはできない。


「そうね……生きていくためには、お金は必要になるわ」


「幼かった俺と弟は2人でゴミを漁っては……ゴミを食べて食い繋いでいたり……捨てられていた本を読みました。それで、俺たちは本で得た知識を使って、村人たちに知識と交換に金貨を受け取っていました」


「そう、村人たちも、あなたたちを支えていたのね」


「どうでしょう……次第に提供できる知識も底をつき始めると、相手にもされなかったので、あまり分かりません……」


「……それから、2人はどうしたの?」


「病弱な15のガキと、片足が悪い13の弟には仕事がありませんでした。そんな時に、火薬の取り扱いが稼げると聞きました。それで……俺は火薬を扱う仕事を始めました……」


 レティシアは過去の転生先で、彼らと同じような状況に陥ったことがある。

 そのため、彼らがどんな思いで知識を増やしたのか、それでも絶望が襲った時の心境が分からない訳ではない。

 安心して生活ができると思った矢先、次第に突き付けられていく絶望は、何度経験しても耐え難いものである。

 そして、そんな時に差し出される手は、大抵は良くない道へと導かれる。


「最初は、こんなことに使われると思ってなかったんです。働き始めた頃は、新しくできる移動空間魔法(星くずの道)が通る道を整えるために使われると言われていたので、疑うこともせずに働いていました。だけど、フリューネ領に移住する話が出始めた頃から、俺が作ってた物が何に使われるか知って、怖くなりました。それで……ドニだけでも逃がそうとして、それに失敗したんです」


 明らかに彼らは世界の被害者であり、救済の手を差し出さなかった政治に問題がある。

 けれど、政治は誰か1人のために行われるものではなく、能力や家庭の状況で貧困の差が生まれるのも、仕方ないと言える面が存在する。


「はっきり言うわ。2人の状況を聞いても、フリューネ領で2人を受け入れることはできないわ。だけど……」


 レティシアはそこまで言うと、静かにルカの方を向いた。

 すると、赤い瞳は彼女を見つめ、微かに頷くとドニとギィの方に向けられる。


「お前たちが望むなら、オプスブル領で2人を受け入れることができる。お前たちは提供できるものがないと言ったが、少なくともオプスブル領ではお前たちが働く場所を提供できる」


 はっきりとした口調でルカは言い切ると、彼は2人に対して「どうする?」と続けて尋ねた。


「爆発事件が起きた以上、俺たちは犯罪者です! 2人で死ぬ覚悟もできてます!」


 ルカの目を見て答えたギィの声は震えていたが、彼の瞳には確かな覚悟があった。

 けれど、パンッとレティシアが手をたたくと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「そう! それなら良かったわ」


 彼女はそう言ったが、ギィとドニに表情には動揺が見られない。

 そのことから、本当に2人は覚悟が決まっているんだとレティシアは思った。


「ギィ・モルス、ドニ・モルス、フリューネ領の領主として、2人を反逆者として処します。理由は言わなくても、分かっていますね?」


 淡々と放たれた言葉は、氷の刃のようにドニとギィに突き刺さる。

 しかし、2人は手を繋ぐと「はい、領主を巻き込んで自爆するために、領主の邸宅に爆弾を持ち込みました」とはっきりした口調で答えた。


「ルカ、お願いできるかしら?」


 レティシアが尋ねると、ルカは「ああ」と短く答えた。

 彼の足元から黒い影が2人に伸びて、次第に彼らを包み込んでいく。


「ありがとうございました」


 柔らい声で言ったギィは、ドニの方を向いて微笑むと、2人は前を向いてゆっくりと目を閉じた。

 繋がれた手は固く結ばれており、これまで必死に2人が手を取り合って生きてきたことを物語っている。

 会議室に置かれた時計は、確実に時を進めて新たな時を刻んでいく。

 彼らの罪は、今後も消えることがない爪痕してフリューネ領に刻まれた。

 仕方がなかったとは言え、犯罪に手を貸してしまった彼らは裁かれる。

 ルカの影が2人を呑み込むと、彼らがこの世から消え去ったかのように感じる。


「終わったぞ」


 冷たいルカの声が会議室に響くと、レティシアは深く息を吐き出した。


「ルカ、ありがとう」


「いや、これも俺の仕事だ」


 重い空気が流れ、それでもレティシアとルカは、2人を呑み込んだ陰から目を離さない。

 レティシアは背筋を伸ばすと、真っすぐ前を向いて話し出す。


「ギィ、今からあなたはディ・リネンとして生きなさい。そして、今からドニは、ニック・リネンとして生きなさい」


 レティシアがそう告げた瞬間、ルカの足元から伸びていた影は弾けるように消え去った。

 そして、驚いたように目を見開く2人に、レティシアは微かに微笑んだ。

 彼女の判断は、領主として間違っているのかもしれない。

 それでも、1度くらい彼らに対し、誰かが正しく手を差し伸べてもいいとレティシアは考えた。


「ディ、ニック……今後あなたたちは、本当の姿を誰にも晒せないし、あなたたちの過去を誰かに語ることもできない。それでも、また兄弟で助け合って生きていけるかしら?」


 ディはレティシアの言葉を聞き、慌てておなかの辺りを触った。

 しかし、そこにあった物は無くなっており、目を潤ませながら彼は口を開く。


「良いのですか?」


「本当は良くないわ。だけど、爆発事件の解決のために力を貸してくれるなら、邸宅に爆弾を持ち込んだことは、気が付かなかったことにするわ。これが私にできる、あなたたちへの最初で最後の支援よ」


 淡々と告げられた声には、温もりなど感じられない。

 それでも、彼女の言葉には確かな温もりが含まれている。

 この兄弟が、再び犯罪を犯す危険性がないと言い切れないし、この兄弟の罪が帳消しになったわけでもない。

 けれど、子どもだけで生きていくために、犯罪に手を貸したことも事実だ。

 少なからず、子どもだけで生きていくということは、綺麗ごとだけでは済まされない。

 この世界にも、そのような子どもを受け入れているところは存在する。

 それは、フリューネ領にも例外なく存在し、子どもの受け入れを行っている。

 しかし、これも問題がない訳ではない。

 領民の税で運営しているため、子どもを受け入れるのも限界があるのだ。

 そして、問題解決のために、ただ施設を増やせばいいという話でもない。


「だけど、誤解しないでちょうだい。あなたたちの罪が消えることは、今後一生ないわ。だから、光の世界で生きていけると思わないでほしい。先程、ルカの提案にあったように、あなたたち2人にはオプスブル領に行ってもらうわ。いいわね?」


 レティシアに厳しい眼差しを向けられた2人は、握っている手を今一度強く握り合った。

 2人は死んで罪を償えばいいと考えていた。

 だが、彼女の発言を聞いた彼らは「生きて罪を償い続けろ」と、彼女に言われた気がした。

 そのため、2人は向き合って頷き合うと、彼女の方を見て「「分かりました」」と声を合わせて答えた。


「オプスブル領に来るとうことは、俺の管轄になる。お前たちが、オプスブル領にどんなイメージを持ってるnかは知らない。だけど、お前たちには、オプス族に属してもらう。早い話、帝国の汚れ仕事をお前たちにもしてもらうということだ。きっと、今この場で死ねばよかったと思う日が来るかもしれない……それでも、2人には国のため……いや、フリューネ領のために働いてもらう」


 闇の世界で生きてきたルカの言葉は重く、これからの生活が明るいものではないことが分かる。

 ディとニックが覚悟したように、本来はこの場で2人を処刑することが、領主として正しい判断を下したと評価される世界だ。

 それは、規律を守る上でも正しく、似たような犯行の再犯率を下げる効果がある。

 けれど、レティシアとルカがそうしなかったのは、どんな形であれど2人に手を差し伸べるべきだと感じたからだ。



 その後、2人はルカが呼び付けたオプス族の者が来るまで、これまでのことを洗い浚い話した。

 そして、オプス族から迎えが来ると、2人は深々とレティシアとルカに頭を下げた。

 しかし、2人は面談を始める前よりも、表情が和らいでるようにも見えた。

 窓の外を見ると月は雲に隠れており、暗闇が世界を支配している。


「あれで良かったのか?」


 ルカは、レティシアと2人になった会議室で尋ねた。


「何が正解かは、私にも分からないわ。だけど、同情心だけで彼らの罪に目を瞑ったわけじゃないわ」


 ディとニックの証言を聞き、レティシアは騎士団に爆発事件の指示をした。

 この時、すでに彼女が被害の多かった建物を全て消してしまったことから、困難を極めるのではという雰囲気が流れていた。

 しかし、証言を元に調査をすると、彼女がいたからこそ被害最小限に収まったことが分かった。

 なぜなら、爆発の被害や火災の被害を免れた建物からは、新たな爆発物が見つかったからだ。

 そして、爆発に巻き込まれた遺体を調べると、今日予定していた最後の面談者の遺体が発見された。

 けれど、事件はそれだけでは収まらず、ディとニックの証言によって、オウエン・ブランとキアラ・ブランの身が保護された。

 また、ブラン夫妻のような言動があった他2組も無事に保護される運びとなった。

 その結果、フリューネ領は団体移住希望者56名のうち、6名の受け入れのみをすることを決めた。


 未だに事件の全貌も、主犯格も明確になっていない。

 それでも、今回受け入れた6名と、リネン兄弟の話を繋ぎ合わせることで見えてきた真実が存在する。

 それは、誰かがフリューネ領の独立を想定し、それを阻止しようとした動きがあったということだ。

 また同時に、レティシアの命も狙っていた者が存在していたと明らかになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ