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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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第131話 立場と約束の重み


 頭上にあった太陽が、西方向に向かって傾いている途中。

 フリューネ騎士団の訓練場では、未だに中央付近でライラが地べたに座り込んでいた。

 ボロボロと涙を流し、子どものように声を出すライラに冷ややかな視線が向けられる。

 さっきまで彼女を慰めていたアルフレッドは、リズに話しかけられるとカトリーナとティノも加わり、先程の戦闘について話し始め。

 シリルはエミリを気遣うように話しかけると、2人はたわいもない話を始めた。

 しかし、そんなライラに寄り添うように、ルシェルが少女の背中を何度も優しくなで、彼女を落ち着かせようとしている。


「ねぇ、ララ……お願いだから、もう泣き止んで……ね?」


 穏やかな声でルシェルが言うと、ライラは顔を空に向けて大きく口を開けた。

 彼女の頬には大粒の涙が伝い、ポタポタと地面に落ちていく。


「うわぁああん……本当に怖かったぁああ」


「うんうん、分かってるよ……もう大丈夫だからね」


 柔らかく優しい声で言ったルシェルの瞳は、彼女に対する同情が見られた。

 軽く寄せた眉は垂れ下がり、真剣な眼差しで彼女を見つめている。


「全然大丈夫じゃないですよぉお……もう立てないぃい……うわぁああん」


「ララ、怪我はしてないし、大丈夫だから……ね?」


「むりぃいい! 洋服も汚れたし、体も汚れたからお風呂入りたぁあい!」


 ライラがそう言った瞬間、近くにいた7人がギョッとした表情を浮かべた。

 彼女の発言は、レティシアと交わした条件に反するものだ。

 そのこともあり、アルフレッドはため息をつくと、ルシェルに話しかける。


「兄さん、これ以上はレティシア嬢の迷惑になる。ライラ嬢も湯浴みをしたいみたいだし、そろそろ帰らない?」


 アルフレッドの提案に、エミリとシリルは同意するように頷き。

 先程まで、彼と話していたリズとティノからは苛立ちが見え、カトリーナがそんな2人を宥めているようだ。


「やだやだぁ! アルフレッド殿下、ひどいです!! アルフレッド殿下もララをいじめるんですかぁ? ひどいよぉ」


 目元を押さえて泣き叫ぶ少女に向けられる視線は、同情だけではない。

 別宅の門前に着いた時から、ずっと向けられている騎士団からの厳しい視線。

 そのことを考えれば、ライラの我儘が通るわけがないと全員分かっている。

 そのため、彼女に向けられる視線は騎士団と同様に厳しくなり、彼らからは不満が感じられる。


「ララ、そう言わないで……レティシアが出した条件を覚えてるだろ?」


「ルシェル殿下もぉ、ララのことをいじめるんですかぁあ……?」


 目に涙を溜めてライラが言うと、ルシェルは困ったような表情を浮かべた。

 彼の瞳は左右に揺れ、この状況の改善策を考えているようにも見える。


「そうじゃないけど……さすがに条件を守ってくれないと、僕だけじゃなくてみんなが困るんだよ」


 軽く頭を押さえながらルシェルは言うと、さすがに我慢の限界だったのか彼は深くため息をついた。

 そして、彼はレティシアがいる方を見ると、彼女の近くに黒髪の青年の存在を見つける。

 木々を揺らす風がサーっと吹き抜け、彼女の乱れた髪を黒髪の青年が整えた。

 その瞬間、握られた拳は彼の手のひらに食い込み、青年を見る目は細くなっていく。

 柔らかい笑みを浮かべ、楽しげに話している2人の姿がルシェルの瞳に映ると、彼の奥歯はギリっと音を立てる。

 幼い頃の彼は、彼女の背中を追い掛けることしかできなかった。

 そして、成長して再会してからは、彼女との関係は冷え切っている。

 それでも、幼い頃に抱いた淡い恋心が忘れられず、黒髪の青年に対して刺すような視線を向けてしまう。


「ルシェル殿下?」


 訝しそうな顔をしていたライラは、軽く片手を握って顔の下に当てると、少しだけ首をかしげて尋ねた。

 すると、ライラの方に視線を戻したルシェルは、彼女に優しい微笑を向けた。

 そして、まだ鼻を鳴らし、目を潤ませているライラの頬を軽くなで、彼女の涙を拭い去る。


「少しは落ち着いた? さっきも言ったけど、レティシアから出された条件は守れるかな?」


 彼の言葉に、ライラは唇を小刻みに震わせ、小さく頭を左右に振った。


「今すぐにお風呂に入りたいですぅ……我儘だと分かっていますがぁ、なんとかぁなりませんかぁ?」


「ララ、それは聞けないって僕は言ったよ?」


 困ったような表情をしたルシェルに対し、ライラは眉を下げて上目遣いで彼の方を見つめる。


「だってぇ、ララだってこの屋敷に住む権利はあるのにぃ、お風呂すら入れないんですかぁ?」


「そう……だけど……」


 ルシェルは言い淀むと、もう1度レティシアがいる方に視線を向けた。

 まだ楽しそうに話している2人が彼の視界に入り、その光景に彼の心は引き裂かれたように痛む。

 しかし、再びライラの方を向いた彼は、彼女に優しく微笑んだ。

 けれど、彼の目は笑っておらず、わずかに彼女の肩が一瞬だけ上がる。


「そうなんだけどね、ララ分かるよね? 今日しかみんなで集まる機会がないんだよ。それなら、ここで帰る訳にはいかない……だから、僕は多少ララにも我慢してほしいんだよ……ごめんね?」


 金色の瞳は色を失くしたように見え、それでも微笑むルシェルの表情は優しげである。


「でもぉ、ルシェル殿下……ララ、本当に怖かったんですぅ。それにぃ、汚れたままでいるのは、とても不快なんですよぉ……。気持ちを落ち着かせるためにもぉ、ララはただぁ……お風呂に入りたいだけなんですぅ……そうしたらぁ、練習の続きもできるんですよぉ」


 軽く握った拳を口元に置いてライラが泣き始めると、腰に片手を当ててアルフレッドが大きなため息をついた。


「ライラ嬢、その辺にしてくれない? 正直、ライラ嬢の行動でみんなを振り回してること、自覚してほしいんだけど。少なくとも、室内に入ることは許されてないし、レティシア嬢からも許可が下りることもないと思うよ? それだけじゃなくて、ぼくたち全員が追い出される可能性もあることも分かってる?」


 アルフレッドが呆れた様子で告げると、ライラは再び声を出して泣き始めた。


「アルフレッド殿下、ひどいですぅ……ララは、殿下たちのせいで怖い思いをしたんですよぉ? ……それなのに……ひど過ぎますぅ」


 ライラが鼻をすすりながらそう言うと、アルフレッドは再びため息をついた。

 その場にいたルシェルとライラ以外が辟易(へきえき)していると、先程までルカと話していたレティシアが歩いて来る。

 そして、近くまで来た彼女は、泰然とした態度で泣いているライラを見つめ、その姿からは落ち着きが感じられる。


「申し訳ございません。騎士団に所属している者の中に、耳の良い者が居まして、その者から報告を頂いたのですが、今すぐ帰っていただけませんか?」


 冷静に言い放れた言葉には、さも「約束ですから」という雰囲気が漂っていた。

 そのため、その場にいたライラ以外の7人は完全に言葉を失くしてしまう。

 実際のところ、騎士団の者がレティシアに告げ口をした訳ではない。

 所々で見えたライラの口元で、レティシアが読唇しただけである。

 それでも、別宅を訪れてからずっと向けられている厳しい視線によって信憑性が増し、彼らは信じてしまったのだ。

 その結果、未だに地べたに座るライラ以外は、明らかに落胆した表情を見せた。


「レティシア……どうにかならないかな?」


 ルシェルは俯いて尋ねると、レティシアがいる方向から深いため息が聞こえた。


(分かってる……きっとレティシアは許可なんて出さない……それでも、僕だってここで帰る訳にはいかないんだ……)


 彼はそう思うと拳を強く握り、目を閉じると口を堅く閉ざした。

 額には汗が滲み、彼女からの視線が突き刺さる。


「私は、初めに条件は申しました。ルシェル殿下は、それに対して条件を呑んでいます。そのため、今さらなかったことにするということは、今後もそのようなことがあると考えてしまいます。そうなれば、今後フリューネ家は皇家の言葉を信じることはなくなります。それでもよろしいのでしょうか?」


 レティシアの透き通る声が、鈴の音のようにリンと広がった。

 それは鉄のように冷たく、熱を帯びてないようにも感じられる。

 それでも、彼女の言葉には確かな重みがあり、脅しではなく警告だと告げていた。


「わか……った……、帰るよ……」


 力なくルシェルは言うと、閉じている拳を1度開き、ズボンを力強く握った。

 フリューネ家が皇家の言葉を信じられないという状況になった場合、それは皇家とフリューネ家との間の信頼関係が損なわれたことを意味する。

 もしそうなってしまえば、皇家がフリューネ家を皇族に迎えることは非常に難しい。

 そのことを理解しているからこそ、ルシェルは引き下がるしかなかった。


「さ、ララ……立ち上がって、家に帰ろう……」


 ルシェルは静かに立ち上がると、ライラの腕を優しく掴んでそう彼女に言った。

 しかし、ライラはルシェルの手を振り解くと、キッとレティシアの方を睨んだ。


「お姉さまひどいです!! ララはただお風呂に入りたいと言っただけです! ララもこの家に住む権利があるのに、酷過ぎませんか!?」


 スーッとレティシアがライラを瞳に映すと、一瞬で凍え付きそうな視線がライラに突き刺さる。

 初めて向けられる視線に、ライラは小さく「ひっ」と小さく声を発し、彼女の顔には恐怖の色が見え青ざめている。


「私は屋敷に入りたいと言った場合、帰ってもらうと申したはずです。……そもそも、あなたは1度も練習に参加していないじゃありませんか。それなのに、なぜこの場に留まり、室内に入りたいと言うのでしょうか?」


 発せられた言葉には、強い決意と厳格さが感じられた。

 そこにレティシアの感情が含まれているのか、それはその場にいた者には分からない。

 けれど、本をなぞる時のように言葉が文字のように並ぶ。


「そ、それは!」


 額に汗を滲ませてライラは言い淀むと、向けられた視線に慄き(おののき)目を逸らした。


「少なくとも、あなたがちゃんと練習に参加していれば、騎士団の団長が防御結界デフェンセィオ・オビセを使う必要もなかったんです。あなたは、ここに何をしに来たのですか? もしかして、初めから屋敷に入るのが目的で、チームを危険に晒したのですか?」


 レティシアの発言に、ライラの肩がわずかに上がった。

 もちろん、ライラがどのような目的があるのか、レティシアは何も知らない。

 しかし、何かしら目的を持っていなければ、ライラの行動はあまりにも不自然だと彼女は考えた。

 そのため、話す声はあまりにも冷たく、紡がれた言葉は刃のように鋭い。


「ち、違う!! ララは怖くて、何もできなかったの!!」


「まぁ、今はそれでいいでしょう……でも……」


 レティシアはそこまで言うと、ゆっくりとライラの耳元に近付いた。

 そして、ライラの肩に手を軽く乗せ、彼女にだけ聞こえるように囁く。


「あなたが被っている化けの皮は、私の前では通じないということは覚えておくことね」


 ライラはバッとレティシアの方に顔を向けると、ほんのわずかに彼女の口角が上がっていることに気付いた。


「き、気分が悪いから、か、帰る!!!」


 慌てたようにライラが立ち上がると、彼女は急ぎ足で歩き出した。

 悔しさで顔は歪み、かわいらしい顔は怒りで醜くなっている。

 彼女は歩きながら爪を噛み始めると、レティシアが何に気付いたのか思考を始めた。

 しかし、思い当たることが多く、どれのことを言っているのかライラには見当が付かない。

 学院のメンバーの近付く足音が聞こえると、ライラはふぅーっと息を吐き出した。

 そして、表情を作ると話しかけられるのを静かに待っているようだ。



「帰ったか……それなら、俺たちもフリューネ領に向けて移動を始めるか?」


 レティシアに近付いたルカが言うと、彼女は何も言わずに頷いた。

 ルカはレティシアの隣に立ち、1度だけ彼女の方を見ると、すぐに歩いて行く学院のメンバーの方を見た。

 彼女の視線を追った先には、来た時と同じように騎士団に囲まれて歩く学院のメンバーがいる。

 彼女が何を考え、どんな思いで彼らを見ているのかルカは知らない。

 それでも、彼は隣に立つ少女の表情に曇りがないのを見て、彼女が歩む道を決めたのだと悟った。


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