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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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第129話 立場と線引き


 レティシアたちが執務室で話してから、4日後の神歴1504年3月30日。

 訓練場には、朝の訓練を終えた騎士団の面々が慌ただしく今日の準備にあったている。

 ほんのり風に運ばれ、花々の蜜の香りと土埃の匂いが漂う。


「レティシア様、本日お越しになりますお客様は、そちらの書類に書かれている8名で間違いありませんか?」


 アルノエが尋ねると、彼女は真剣な面持ちで書類を見つめる。

 彼女の表情から、わずかばかりの緊張が感じられ、アルノエは彼女の頭に手を伸ばしてしまう。


「大丈夫ですよ、本日はルカ様もライアン様も在宅してくださっていますし、もし何かあれば必ず対処してくださるはずです」


 アルノエの方を向いたレティシアは、驚いたように目を見開いた。

 しかし、彼女の表情は段々と柔らかくなり、彼も思わず柔らかく微笑んでしまう。


「ありがとうノエ、少しだけ気持ちが軽くなったわ。そうよね……私はもう1人じゃないものね……」


 レティシアはそう言って目を瞑って大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら前を向いた。


「今日来るのは、この書類に書かれている8人で間違いないわ。一応、屋敷に入るための口実を作らせないためにも、飲み物や小腹が空いた時のための用意を忘れないでちょうだい」


 朝焼けが空を染め上げる中、アルノエは胸に手を置いてレティシアに頭を下げた。

 少しばかり冷えた空気は、彼の頬をなでて心地よさが残る。


「かしこまりました」


 この訓練場は数時間後、学院で水属性と光属性に組み分けられた面々がこの場所で練習する。

 この日のために、短期間で騎士団は警備場所の見直しや、隊員たちの配置を見直してきた。

 そして、まだ時間に余裕があるのにもかかわらず、フリューネの別宅の敷地はルカの魔力探知が隅々まで張り巡らされている。

 ライラが何を考え、練習場所をフリューネ家の別宅にしたかったのか、それは分かっていない。

 しかし、何も理由がなければ、そもそも別の所を指定した方がレティシアとの間に摩擦も起きなかった。

 淡いピンク色が交じるオレンジ色の空にさよならを告げ、段々と空は全てを金色に変えていく。

 訓練場に広がっていた隊員たちの足音は、徐々に落ち着き始めて静けさを取り戻し始める。



 同日の昼過ぎ、フリューネ家別宅の門の前には次々と馬車が止まり始めた。

 馬車には各家の紋章が描かれ、騎士団の隊員が乗っている者を確認している。

 重苦しい雰囲気が漂い、馬車の中では眉を(ひそ)めている者、困惑している者の姿があった。

 隊員たちは、そんな彼らの様子など気に留める様子もなく、淡々と与えられた仕事をこなす。


 手に持った書類と馬車に乗っている者が一致すると、隊員たちは彼らに馬車を降りるように求めた。

 すると、馬車のドアが隊員の手で開けられ、馬車の持ち主が先に降り始める。

 皇家の馬車から、ルシェルとアルフレッドが降りると、ルシェルは馬車に乗っているライラに手を差し出した。

 続いてフェラーラ家の馬車のドアが開き、カトリーナが降りるとリズとエミリが次々に降りる。

 門から訓練場までは距離があるが、それでも警備体制やフリューネ家の安全を考えれば致し方ない。

 しかし、それでも不満が出ないわけもなく、3台目の馬車から降りた茶髪の少年は不満を口にする。


「門から騎士団の訓練場は、通常であれば距離があると思いますが、徒歩で向かえということでしょうか?」


 少年の声を聞き、近くにいた赤茶の髪をオールバックにした男性は少年の元へ向かう。

 彼は青緑色の細い目で少年を見下ろすと、体格の良さに少年が一瞬怯んだように見える。


「ティノ・ドゥ・カルカイム辺境伯子、本日はそのように対応しています。そもそも、本日お越しになった皆さまは、我々と同盟を結んでいるわけでもなく、歓迎されていると勘違いされては困ります。あなた方は所詮、レティシア様の許可を得て、我々から訓練場を借りる立場であるということを忘れないでください」


 騎士団の団長であるロレシオが冷たく言い捨てると、ティノは拳を握って悔しそうに唇を噛み締めた。

 彼は先日、魔法の授業でレティシアから手刀を受けた1人だ。

 そんな彼の元に、彼と同じように手刀を受けた少年が近付き肩をたたいた。


「ティノ、今回は完全にこちらが悪いんだ。ウォルフ様から話を聞いただろ?」


 シリル・レ・ヘブリニッジはティノを宥めるように言うと、ティノが振り向く。


「そうだけどよシリル……オレは納得がいかねぇ……ライラ嬢だってフリューネ家の一員なのに、なんで姉が全ての決定権を持ってんだよ……」


「おれだって納得してるわけじゃないけどさ、あまり事情も知らないのに首を突っ込むと、後々面倒になるぞ……ティノの親はフリューネ家と関わりを持とうとしてるんだから尚更な」


 シリルは紺色の瞳でティノを見つめるが、ティノの青鈍色の瞳は悔しそうに揺れた。

 けれど、ティノの様子を見ていたシリルは、茶色の髪をかき上げてため息をつく。


「あのさ、ティノ……おれが言うのもなんだけどさ、友として言わせてもらうと、ティノの態度や行動次第で、カルカイムの立場が危うくなる可能性もあることは、頭の隅に入れておいた方がいいよ。フリューネ家はそういう家だし、ティノもこれ以上お兄さんたちから何か言われたくないでしょ」


「そうだな……悪かった……」


 握っていた拳を緩めてティノが言うと、シリルは彼の肩に手を置いた。


「まぁ、いいよ。ティノが腹を立ててる理由の中に、こないだの魔法の授業でのことがあるってことも分かってるから」


 緩めた手のひらを見ながら、ティノは悲しげな表情を浮かべた。

 彼は国境を守る辺境伯の末っ子でありながら、兄たちからは落ちこぼれと言われている。

 それもあって、先日行われた模擬戦は、彼にとって自信喪失させるには十分な試合だった。

 なぜなら、身内以外から落ちこぼれと言われたと、感じてしまったからだ。

 彼はゆっくりと再び拳を握ると、おもむろに話し始める。


「悪い……分かってるんだよ。レティシア嬢が反則したわけじゃないし、彼女はルールを守って相手してくれたってこと……でも、オレたちの後にやった模擬戦の内容を聞いたらさ、どうしても納得できなくて……」


 自信なさそうな声を聞き、シリルはまるで思い返すように遠くの空を見つめた。

 そして、うなじを触りながら項垂れように下を向くと、溜めいたものを吐き出すように息を吐き出す。


「まぁ……試合が始まってすぐ、霧が立ち込めたと思ったらうなじに衝撃を感じて、気が付いた時にはベッドの上だったもんな……」


「……オレたち相手じゃ、そもそも高度な戦闘技術を使う必要もなかったって言われてるみたいだった……」


 ティノがそう言うと、近くにいたロレシオがわざとらしく咳をした。


「霧を発生させたのなら、きっと濃霧だったと考えられます。その中でうなじだけを的確に、そして力加減も間違えずにたたくのは、それなりの技術と経験が必要になり、通常ですと難しいことです。そして御二人が、レティシア様の行動にも気が付かなかったのであれば、レティシア様は決して手を抜いたわけではないと思います」


 ロレシオはそう言うと、彼らの方を見ずに歩き出して再び口を開ける。


「それでは、訓練場に案内いたしますので、皆さん俺に付いて来て下さい。もし、列を離れて他の場所に向かうような行動を取った場合は、その時点で強制的にあなた方を帰らせていいとレティシア様から言われています。ですので、訓練場を使いたいのであれば、我々の指示に従ってください」


 8名がロレシオに続き歩き始めると、門の前に止まっていた馬車は走り出し、入り口の門がゆっくりと閉まっていく。

 重苦しい雰囲気は、さらに騎士団の隊員たちが歩き始めると大きくなる。

 騎士団の面々が8人に向ける視線は、まさに敵を見る目と同じような視線が向けられている。

 それは、傍から見ればまるで捕虜を取り囲んで歩いているかのようだ。

 けれど、その中でも同じ馬車に乗ってきた3人の少女は、道中の景色を楽しむように話しながら歩き。

 先程まで不満を口にしていた少年は、ロレシオの言葉で思うことがあったのか友と会話を楽しんでいる。

 しかし、1人の少女を挟んで歩く2人の少年は、眉間にシワを寄せた。



 訓練場では、すでに隊員たちが出入り口に立ち、8人の到着を待ち続けている。

 しかし、彼らから緊張感している様子は見受けられない。

 ロレシオが訓練場に入ってくると、レティシアがロレシオの方に歩き出した。


「ロレシオご苦労様、ここまで彼らを連れて来てくれてありがとう」


「いえ、それでは我々も持ち場に就きますので、レティシア様もご安心ください」


 ロレシオは丁寧に礼を尽くすと、訓練場の端に避けていく。


「ねぇ、レティシア。こんなに警備を厳重にする必要はあったのかな?」


 ロレシオがレティシアから離れると、ルシェルはそう言いながら彼女に近寄った。

 すると、彼女は真っすぐに彼を見つめ、感情の抜け落ちた視線を向ける。


「殿下たちの安全のためにも、警備体制を見直し、私の希望が無下にされないための対応です。不満ですか? それなら、なぜ城の訓練場を提供なさらなかったのでしょうか?」


「それは分かってるけど、まるで犯罪者のような目を向けられたんだよ?」


 不満を口にしたルシェルに対し、レティシアは大きくため息をついて口を開く。


「ルシェル殿下、まさかご自身がここで歓迎されると思ったのでしょうか? ここは学院でもなければ、城の中でもありません。ここは帝都にあるフリューネ家の別宅で、我が家に仕えている騎士団の訓練場です」


 レティシアの表情からは、昔のような親しみが感じられず、ルシェルは拳を握った。

 しかし、アルフレッドは2人の会話を聞き、眉を寄せると首をかしげてしまう。


「ねぇ、ちょっと待って兄さん。ぼくはライラ嬢から、レティシア嬢が練習場所を快く提供してくれたと聞いたんだけど? 2人の会話を聞いてるとそうじゃないってこと?」


「ララ……なんでアルフレッドにそう言ったの? これじゃ、アルフレッドが誤解しちゃうよ……」


 困ったようにルシェルが尋ねると、ライラは両手を軽く握り、顔の下で会わせて首をかしげた。


「えぇ~ララ間違ったこと言ってないですよぉ~」


 ライラの態度と言動に、ライラとルシェル以外の訪問者たちは首を左右に振った。

 リズやエミリそしてカトリーナは、練習場所がどのように決まったのか知っている。

 そして、ティノとシリルは、どのような経緯があったのかウォルフから聞いている。

 そのため、5人はただただ彼女の発言に呆れ、事情を知らないアルフレッドですらうんざりとした様子を見せた。


「……兄さん、それで本当はどういうことなの?」


「レティシアからは、訓練場だけを開放することが条件だって言われてるよ。もし仮に、室内に入りたいって言ったり、室内に入ろうとした場合は、その場で僕たちは帰るって話になってる……」


 ルシェルの言葉を聞き終えたアルフレッドは、思わず左手で額を押さえ、深いため息をついた。

 フリューネ家に仕える騎士団の存在は、帝国のためではなく、フリューネ家そのもののためにある。

 言い換えれば、彼らがフリューネ家の命令で皇家に刃を向けることはあっても、その逆はあり得ない。

 それは彼が幼い頃から何度も繰り返し教えられ、深く心に刻み込まれていることだ。

 そのため、レティシアが出した条件を聞き、騎士団が取った態度の意味を理解した。

 吐き出された息は重く、向けられている敵意を含んだ視線が突き刺さる。


「なんだよそれ……それなら騎士団の態度は当然じゃん。フリューネ家に仕えてる騎士団からすれば、ぼくたちは招かれざる客だし、警戒されても仕方ないよ。それなのに、皇族のぼくたちをちゃんと護衛してる……兄さん、ぼくたちは感謝しても不満を口に出す立場じゃないよ」


 悲しそうな目をして、ルシェルはロレシオの方を一瞥した。


「分かってるけど……それでも……」


 ルシェルは弱々しく言うと、ゆっくりと拳を握った。

 しかし、そんな彼の様子など気にする様子もなく、レティシアは胸に手を当ててアルフレッドに対し頭を下げる。


「アルフレッド殿下、理解してくださり感謝いたします。多少の行き違いがございましたが、時間もあまり御座いませんので、練習の方を始めましょう。一応騎士団の方で、怪我しても大丈夫なように回復薬も準備しております」


 淡々と紡がれたレティシアの言葉には、感情など感じられない。

 それでも、アルフレッドは礼儀には礼儀を返す。


「レティシア嬢、お心遣いありがとうございます」


 アルフレッドの発言によって、彼や皇族に対するフリューネ騎士団からの評価が、今さら変わるわけではない。

 けれど、ルシェルと比べた時、些細なことかもしれないが、大きな違いになることもある。

 そのことを理解して発言したのか、それはアルフレッドにしか分からない。

 だが、少なくとも皇位継承権を放棄していない彼には、次期皇帝の可能性も考えられる。


「では、とりあえずですが、一応回復薬を確認してもらえますか?」


 レティシアがアルフレッドに尋ねると、彼は「本当に、何から何までありがとう」と言った。

 2人は歩き始めると、回復薬を持っている隊員の元へと向かう。

 ルシェルと2人の距離は広がり、彼は拳を強く握り、ただ遠ざかる2人の背中を見つめた。


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