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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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第128話 静かなる信頼


 授業を終えて帰宅したレティシアは、その足で騎士団の執務室がある宿舎へと向かった。

 突然決まったこととは言え、訓練場を貸し出すなら予測される不安要素を取り除き。

 皇子たちが来ることから、出来るだけ早く準備を整え、万全の状態で連休を迎える必要がある。

 しかし、彼女には騎士団と予定を会わせる以外にも、やらなければならないことがある。

 そのため、踏む出す歩幅は自然に大きくなり、歩く速度も上がる。

 連休まで今日を入れれば残り3日、それまでにある程度のことを終わらせなければならない。


 レティシアは執務室のドアの前に立ち、ノックした後で中からの反応を待った。

 しかし、中から聞こえる音はなく、人の気配も感じられない。

 彼女は肩を落とし、やむを得ずドアを開けて中へと入る。

 だが、飛び込んできた光景に、彼女は眉を(ひそ)めた。


 部屋の中央にはテーブルとソファーが置かれ、ドアの正面に位置する場所に窓が壁を挟んで2つ並ぶ。

 その窓に挟まれた壁の前には、大きな執務机が置かれ存在を感じさせる。

 左右の壁を見ると、それぞれガラスの扉が付いた棚があり、近くには執務机が置かれ。

 それぞれの机の上には、書類の束が所々雑に積み上げられている。


 一見すると、フリューネ領にある騎士団の執務室と全く作りが同じだ。

 しかし、それが彼女に違和感を覚えさせた。


 彼女は執務机の上に積み上げられている書類を手に取ると、パラパラとめくっては内容を確かめ始めた。

 執務室から徐々に彼女の魔力探知の範囲は広がり始め、時計の秒針はカチカチと静かに時を進める。

 窓の外から夕日が差し込み、壁や家具はオレンジ色から深い赤色までの暖かな色調に染めては影を落とし。

 紙がめくれる音が鳴り響く執務室には温かさが感じられず、10分もすれば敷地内は完全に彼女の魔力探知内に収まる。


 その間もレティシアは読み終えた書類を執務机に戻し、次の書類に次々と手を出して読み進めている。

 書類の束から時折紙を抜き取る彼女が何を考えているのか、それは彼女の表情からは何も分からない。

 しかし、目に宿る光は冷たく、漂う雰囲気は冷気のように足元から熱をかき消していく。


 書類を見始めて1時間ほどが経った頃。

 執務机の上にあったすべての書類に目を通したレティシアは、目元を押さえて深く息を吐き出した。

 風がわずかに窓をカタカタと鳴らし、影が落ちた室内の雰囲気をさらに暗くする。

 彼女は抜き取った紙を整えてると、少しだけ厚みのある紙束になった。

 紙束を持ったまま彼女は移動をして、窓に近い執務机の椅子に腰掛ける。

 そして、持っていた紙の束を執務机の上に置くと、深いため息の音が室内に広がった。

 肘掛けに頬杖をついた彼女は、もう一方の手で肘掛けを指でトントンとたたき始めると一定のリズムを刻む。

 ドアに向けられた視線は、まるでドアを映していないかのようにすら見える。


 暫くして、執務室のドアが開き、黒髪の少年が中へと入ってくる。

 スラっと伸びる手足は、彼の姿勢の良さを際立たせ、整った顔には幼さが残る。


「あ、初めましてかな?」


 彼の声は約13年ぶりに聞いたのにもかかわらず、初めて聞いた時と何も変わっていない。

 しかし、13年前に会った時の彼の姿や存在は、今とは大きく異なっている。

 そのため、あの時に聞いた声が、今の彼の声だったとレティシアは気付く。

 それは同時に、彼が異質な力を持っているのだと、彼女に理解させるには十分だった。

 彼女は真っすぐに少年の薄紅色の瞳を見つめ、彼に尋ねる。


「初めましての方がいいのかしら?」


 無表情だった少年は、首を少しだけかたむけて微かに微笑んだ。


「そうだね、できれば次に会う時も」


「分かったわ。ところで、あなたでしょ? ここを荒らしたのは」


 トントンと肘掛けをたたく音が時を刻み、彼女のロイヤルブルーの瞳は逃がしてくれない。

 昔と変わらない瞳の輝きに、少年は諦めたように話す。


「分かっちゃった? 気が付かれないようにしたつもりなんだけど」


 少年は頬をかきながら、困ったように笑う。


「ええ、ここを使っている3人は、あなたと違ってとても几帳面なのよ」


「結構、綺麗に戻したつもりなんだけどなぁ」


 口を窄めて彼は言うと、ソファーにドカッと座った。

 そして、長い足を組んで薄紅色の瞳でレティシアを見つめる。


「それで? ボクのこと報告するの?」


「いいえ、報告しないわ。あなたが帝都に来ていたのは知っていたもの」


「なんだぁ、帝都に来てないと思ってくれてるんだと思ってた」


「それは残念ね」


「ふふふ、そうだね。――レティシア、それでボクが持ってきた情報は、あの時のように君の役に立ったかな?」


「ええ、とてもね」


「そっか、それなら良かった! 魔力探知が広がったから呼ばれた気がしたけど、正解だったってことだね?」


「そうね、それは正解の1つよ。それと、もし彼に会いたいなら、このまま帰ってくるの待てばいいわ」


「ん-。それは遠慮しておく、ボクには会う資格がないから」


「……」


「それじゃ、ボクが渡した資料の使い道は、君に任せるよ。でも、また会おうねレティシア」


「ええ、また会いましょう。精霊さん」


 立ち上がろうとした少年はレティシアがそう言うと、ピタッと一瞬だけ動きを止めた。

 しかし、またすぐに動き出すと彼は笑顔を見せる。


「ははっ! それはまだ内緒だよ」


 少年は笑いながら、口元に人差し指を当てて言った。

 肩まである黒髪が歩幅に合わせて揺れ動き、綺麗な手をヒラヒラとさせて彼は執務室を出て行く。


 ドアが閉まると、レティシアは深くため息をつきながら、椅子の背もたれに寄り掛かった。

 彼のことを彼女が誰かに話すことは、彼が望まない限りこの先もないのだろう。

 約13年前に会った時は、彼のお陰で彼女はルカの心情が少しだけ分かった。

 そして、彼は今も密かに、騎士団に情報を提供してくれた。

 彼女は静かに目を瞑り、これから向き合わなければ現実に、これからも目を背けることができないのだと感じた。


 宿舎は騎士団の団員の声で賑やかになり、時間は巻き戻せないことを淡々と告げる。

 ロレシオがルカと話しながら執務室のドアを開き、静寂な暗闇に足を踏み入れる。

 彼らの後ろからは、楽しそうに話すニルヴィスとアルノエが響く。

 4人は執務室に入って灯りを点すと、椅子に座るレティシアが目に付いた。

 ゆっくりと開かれた瞼の下から、ロイヤルブルーの瞳が彼らを捉え、冷たい眼差しが4人に刺さる。


「遅かったわね」


 ゆっくり開かれた口から、鈴の音が鳴るような声が聞こえた。

 戸惑う3人とは対照的に、ルカは彼女を見つめると静かに口を開く。


「書斎にいると思ったけど、こっちに居る気配がしたからこっちに来たけど、レティシアがこっちに来てるのは珍しいな」


「そうね。忙しくてずっと書斎に籠っていたけど、今日は用事があってこっちに来たの」


 レティシアがそう言うと、ルカは執務机に近付き、積み上げられている書類に手を伸ばす。

 そして、まるで書類の山の側面をなぞるように、下から上に向かって指で触れる。


「誰か来たのか?」


 落ち着いた雰囲気でルカが尋ねると、レティシアは静かに首を横に振る。


「いいえ、私が書類を見て回ったのよ。とりあえず立っているのも疲れるでしょ、座ったらどうかしら?」


 レティシアの言葉を聞いた4人は、顔を見合わせるとソファーの方へと向かった。

 ルカとロレシオが同じソファーに腰掛け、ニルヴィスとアルノエがもう1つのソファーに座る。


「それで? 話があるんだろ?」


 足を組んだルカは、レティシアの方を見て尋ねた。

 すると、彼女は執務机の上で手を組むと、その上で頬杖をついて真っすぐに見つめてくる。


「あなたたちは学院の卒業生だから、分かっていると思うのだけど、魔法の授業で属性別に分かれるでしょ?」


「ああ、それがどうかしたのか?」


「実はね、水属性で集まって練習する話が出ていたみたいなんだけど、連休初日に行われるその練習場所が、別宅(ここ)に決まったの」


 淡々と紡がれるレティシアの言葉が、妙な胸騒ぎを覚えさせルカは腕を組んだ。

 そして、考えるようにして顎に触れると、考えをまとめるように口を開く。


「なるほどな……レティシアがいる水属性は毎年人数が少ない。そう考えれば、ライラの行動を注意深く監視する以外にも、殿下たちの安全面も確保しなければならない。そうなると、今のうちから予測できることは、対策しなければ屋敷が荒らされるな……」


 レティシアはルカの言葉に頷き、彼の方を向いて答える。


「そうなのよ……一応、ルシェル殿下には室内に入りたいと言ったり、室内に入ろうとした場合、その場で帰ってもらうことになるとは言ったけど、彼らがそれを守るとは私は考えてないわ」


「それでしたら、当日は騎士団の面々で訓練場の警備に当たると言うのはどうでしょうか?」


 ロレシオがそう言うと、ニルヴィスが頭の後ろで手を組んだ。


「ん~。それならさ~屋敷の他の出入り口にも、2人体制で警備を付けておいた方がいいんじゃないの~?」


 ルカは2人の話を聞き、眉間にシワを寄せて少しだけ視線を下げた。

 確かにロレシオとニルヴィスの対策は、警備をする上では正しいのだろう。

 しかし、モグラや鼠がいることを考えれば、必ずしもこの方法が良いとは言い切れない。

 けれど、ルカ自身はモグラや鼠に心当たりがあり、今はまだ泳がせておくべき時期だとも考えていた。

 なぜなら、もしルカが想像しているような思惑が敵にあるなら、問題は現段階ではなく、5月にある対抗戦だ。

 ルカは少なくても、その時に必ず敵が動くと考えている。

 そのため、今は少しでもモグラや鼠を泳がせて多くの情報を得ようとしている。

 それなら、多少の犠牲は考慮しつつ、フリューネ家が触れられたくない秘密をオプスブル家として守るしかない。


「そうだな、それなら当日は俺も屋敷に残って、魔力探知を今のレティシアのように広げておくよ。一応レティシアは当日屋敷に来るメンバーの名前だけ教えておいてくれ、そうしたらこっちで情報をまとめて置く」


「ありがとう、ルカ」


「では、連休の初日には万全の状態で警備に当たれるように、我々もそれそれの団員の配置場所を決めておきます」


「ええ、ロレシオお願いね。でも、あなたたち3人は、できたら訓練場の警備に当たってちょうだいね」


 まるで全てを見透かさすかのように、そう言ったレティシアの目元はスーッと細くなった。

 ルカ以外の3人は、ただ「かしこまりました」と返事することを許されない雰囲気に息を呑んだ。

 彼女は執務机の上から紙束を取ると、椅子から立ち上がって再び口を開く。


「ルカ、ちょうどいいから、私を部屋まで送ってちょうだい」


 少しだけ首をかしげたルカは、「ああ……分かった」と返して立ち上がると、彼女のためにドアを開けた。


 宿舎からの帰り道、夜の闇を月明かりが静かに照らす。

 しかし、ルカの足元から広がった影は徐々に2人を覆い隠した。


「それで、なんか言いたいことがあったんだろう?」


 真っ暗な空間で、ルカは灯光魔法(ルミナス)で辺りを照らして尋ねた。

 これが、ルカの持つ力の1つなのだろうと、レティシアは思った。

 けれど、不思議と恐怖は感じられず、彼女の表情は先程とは打って変わって柔らくなる。


「これ、ルカに渡しておくわ。きっとここに書かれていることの半分は、あなたも知っていそうだけどね。だけど、どうせ私が嘘を吐いたことも分かっているのでしょ? それなら、これはルカも知っておくべきだと思ったわ」


 ルカはレティシアから紙束を受け取り、静かにその内容を確認した。

 確かにここに書かれているモグラのことも、鼠に関しても彼はある程度予測を立てている。

 そのため、彼女が先程の場でこのことについて言及しなかったということは、少なくとも彼女が彼と同じことを考えていたということだ。

 そして、移住希望者に関する報告書を見つめ、彼はゆっくりと口を開ける。


「移住希望者と会う日、俺も参加するよ。レティシアはこの報告書を見て、その方がいいと考えたんだろ?」


「ええ、ルカには迷惑を掛けて悪いけど、私はできればその方がいいと考えたわ……もし仮に、その書類に書いてあるように、私がフリューネ領の独立を宣言することがあれば、少なくともオプスブル家も無関係だと言えないでしょうからね」


「ああ……、そうだな……」


 ルカは空間魔法に書類を仕舞うと、魔法を解いた。

 途端に、世界は暗闇から解放され、2人の進むべき道を月明かりが照らす。

 この先、ルカにはフリューネ当主であるレティシアが、独立宣言するのか分からない。

 しかし、それでも彼はオプスブル家とは関係なく、彼女を護ると決めている。

 そのため、彼女がどんな決断をしようとも、できることをこれからもするだけだ。


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