第124話 皇帝からの手紙
フィリップを家に招き入れた日。
あらかた済ませたレティシアは、書斎で仕事をしていた。
ドアをノックする音が聞こえると、仕事を終えて帰ってきたルカが入ってくる。
彼の後ろにはアランと、ワゴンを押すライアンの姿があった。
帰って来て何も食べてないルカのために、ライアンが軽食を作ったのだろう。
「仕事で疲れているところ、悪いわね」
書類から目を離したレティシアは、そう言うと持っていた羽根ペンを置いた。
「いや、それよりもアランから軽く聞いたけど、ダニエルたちが来たんだな」
ルカは落ち着いた様子で答えらながら、ワゴンからキッシュを手に取りテーブルの上に置いた。
そして、慣れた手付きで、人数分あるティーカップに紅茶を入れ始めた。
書斎には焼きたてのパイ生地の香ばしさと、フルーティーな紅茶の香りが広がる。
レティシアがソファーに座ると、彼は彼女の前にカップを置くと「ありがとう」と彼女が微笑んだ。
「そうなのよ、その時に置き土産を置いていって貰ったわ。後で彼が起きているようだったら、ステラに呼びに行かせるわ」
「もし寝てたら起きると思うし、それは悪いから、また別の日でいいよ。それと、これを帰る前に陛下から預かった」
ルカから封筒を受け取ったレティシアは、ステラと顔を見合わせた。
ダニエルたちが帰った後、レティシアは皇帝宛に手紙を送っている。
そのため、その返事が返ってきたのだと思い、彼女はステラに頷いた。
「ううん、早い方がいいと思うし、今ステラに呼びに行かせるわ」
レティシアは魔法でドアを開けると、ステラが廊下へと出て行く。
そして、彼女はルカに渡された封筒を開け、中身を確かめる。
封筒の中から出てきたのは、皇家の印璽が使われた封蝋が押された封筒と1枚の手紙。
折りたたまれていた手紙には、レティシアがダニエルと交わした書類に対する陛下の意見。
それから、同封されている封筒に関して考えてほしいと書かれている。
封筒を手に取ると、なぜかレティシアは不吉な予感がした。
けれど、皇家の印璽が使われているなら、開封しないわけにはいかない。
彼女は恐る恐る封筒を開くと、城で開かれるお茶会への招待状。
思わず彼女は息をつくと、考え過ぎだったか……と思った。
しかし、隣で見ていたルカは、招待状を見ると感情が抜け落ちたような顔をしてしまう。
「……だから、陛下は当日の護衛を俺に依頼したのか……」
思わず考えていたことを、声に出していたことに気が付くと、ルカは咄嗟に口元を押さえた。
「ルカ! まさか茶会当日、皇帝の護衛を依頼されたのか? そんな依頼など断ればいい。直接オレが兄上に話をする!!」
ルカの向かいに座っていたライアンが急に大きな声を出すと、ルカはライアンから顔を背け「その必要はない」と言い切った。
しかし、普段ルカの仕事に口を出さないライアンが、なぜそんなことを言うのかレティシアは理解ができずに眉を寄せた。
「どういうこと?」
レティシアが尋ねると、驚いたようにアランが言う。
「レティシアは、その茶会の意味を知らないのか? 俺でも知ってるのに?」
「皇家が開く、お茶会でしょ?」
レティシアが首をかしげながら言うと、アランとライアンがわざとらしく大きなため息をついた。
漂う雰囲気から、さすがにレティシアもただの茶会ではないと分かると、気まずそうに俯いてしまう。
その様子を見ていたアランは、首を左右に振り、もう1度ため息をついて話し出す。
「こういうところが本当に疎いよなぁ……おれは本気でルカに同情したくなるよ。……あのな、送り主に皇后の名前が入っていれば、それはただの茶会だ。だけど、今回の送り主は皇帝陛下だけだ。それが意味するのは、婚約者候補にレティシアの名前が上がってるということなんだよ。そして、その茶会は婚約者候補が集まる茶会になる」
「そうなのね……でも、考えてほしいということは、まだ決まっていないってことでしょ?」
レティシアの言葉を聞き、アランは右手で頭を軽く支えてしまう。
「はぁ……決まってないってことは、レティシアが他に相手がいるなら、連れて来いっていうことだよ……そうじゃないなら、婚約者候補から外れることはない」
呆れた様子でアランが言うと、ライアンが少しだけ身を乗り出して冷静な口調で話し始める。
「レティシア、よく聞いてほしい。兄上がルカに兄上の護衛を依頼したのは、レティシアが皇家との婚約を回避するためだけに、ルカを連れてくると思ったからだと思う。だから、本気で回避するつもりがあるなら、それでもルカを連れて行くべきだ。もちろん、そうなると、ルカとレティシアが婚約していると思われるかもしれないけど……」
「……なるほどね。まぁ、確かに回避するためだけに、私ならルカを連れて行こうと考えるわ。でも、ルカに迷惑が掛かるなら、それは考えるべきね」
考えている様子でレティシアが言うと、アランは彼女に詰め寄る。
「おいおい、俺たちの話ちゃんと聞いてたか?」
「ええ、ルカは陛下を護衛する依頼を受けているし、一緒に行けば私の婚約者だと思われるのでしょ?」
「いやいや、だからさ」
「アラン、それ以上は言わなくていい。前にも言っただろ?」
アランの言葉を遮ってルカが言うと、アランは悔しそうに舌打ちした。
「……分かったよ」
レティシアが婚約者候補になれば、皇后派の貴族たちは本格的に彼女をルシェルの婚約者に押し上げる。
それは、いつ帝国を捨てるかもしれないフリューネ家が、皇族に加わればその心配が減るからだ。
そして、レティシアは他国の王家と、個人的な繋がりもある。
そのため、ゆくゆくルシェルと結婚した場合、他国との関係も良好と言える。
ルシェルを皇帝にしたい貴族と、フリューネを皇族に迎え入れたい皇帝。
レティシアが逃げないように、互いに手を組むことも考えられる。
だからこそ、ルカの気持ちを知っているアランとライアンは、できることならレティシアにルカと茶会に参加してもらいたかったのだ。
「レティシア、何も気にせずに思ったようにやればいい。俺はいつでも、おまえの味方だ」
「ルカなら、そう言ってくれると思ったわ。ありがとう」
レティシアは、ルカの気持ちなど全く知らない。
しかし、彼女はルカが優しく味方だと言ってくれたことが、純粋に嬉しかった。
そのため、彼女は目を細めて、嬉しそうに彼に笑いかける。
けれど、彼女はすぐに難しい顔をして、考え始める。
(陛下が何を考えているのか気になるわね……そもそも、書類と一緒にバージル殿下とルシェル殿下が、先触れのもなく来たことに対して、私は抗議文も送ったわ。それなのに、そのことに対しての謝罪もなく、婚約者候補としてお茶会に呼ぶのかしら? 考えてほしい……か……)
ルカは悲し気にレティシアを見つめ、思わずグッと拳を握る。
こんな日が来ることは、彼女と初めてあった時から知っていた。
そのため、心のどこかでいつも覚悟していた。
その覚悟足りなかったのだと、彼は改めて実感した。
けれど、それでも前を向く彼女を止めることは、彼にはできない。
そのため、ルカはできるだけ平然を装い、話題を変える。




