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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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第120話 深夜の書斎


 紙がめくれる音が聞こえると、ペン先が紙の上を走る音が室内に広がる。

 時折、ペン先がインク瓶をなぞり、柱時計の秒針がカチカチと時を刻む。


 日付が変わり、柱時計の短い針が、2の文字を示そうとした頃。

 小さくドアをノックする音が聞こえたと思うと、ゆっくりとドアノブを回す音が聞こえた。

 静かに開けたドアの隙間からルカが書斎を覗くと、レティシアが一瞬だけ顔を上げてドアの方を見てから、視線をまた書類に戻した。


 ルカは、レティシアがまだ仕事をしているのだと分かった。

 だが、話があると伝言をもらっていたため、彼は書斎に入ると歩きながら話し出す。


「さっき帰って伝言は聞いたけど、もう遅いから寝てると思ってた」


「お帰りなさい」


 手を止めずにレティシアが言うと、ルカは彼女らしいと感じた。


「ああ、ただいま。部屋に向かう途中で、書斎の明かりが点いてるの見て、とりあえず来てみたけど、まだ起きて仕事してたのか?」


「ええ、ルカの帰りを待とうと思って。――だけど、ただ待っているのも暇だと思って、仕事をしていたのよ」


 ルカは書斎机まで行くと、他の書類とは別の所にまとめて置かれていた書類に目が留まった。

 書類の内容が気になった彼は、何も言わずに書類を手に取って目を通す。


「移住者希望者の面談……、レティシアがするのか?」


 本来なら領地に関わる仕事のため、勝手に見ていることをレティシアは注意するべきだ。

 だが、気になったらどんな方法を使っても、ルカなら書類の内容を知ることができる。

 そのことを知っている彼女は、特に気に住様子もなく答える。


「ええ、その方がいいと思って。彼らにいろいろと聞きたいし」


「そういえば、なんかあったのか?」


 紙をめくりながらルカがレティシアに尋ねると、彼女は手を動かし続けながら話し出す。


「特に何かあったわけじゃないけど、ルカに聞きたいことがあったのよ」


「聞きたいことってなんだ?」


 ルカが尋ねると、ペンが紙の上を走る音が消え、部屋の中にはカチカチと時を刻む音だけが広がる。

 秒針の音しか聞こえないことに疑問をもったルカは、書類から少しだけ目線を上げた。

 すると、レティシアの鋭い視線と彼の視線が重なる。


「単刀直入に聞くけど、ルカはこの帝国にいる貴族が皇家を見限ることはあると思う?」


 ルカは何かを見極めるように目を細めると、静かに持っていた書類を机の上に戻した。

 真剣な面持ちで、ルカは真っすぐにレティシアを見つめる。

 ルカの瞳は感情というものが抜け落ちように暗く。

 再び、部屋の中には秒針の音だけが広がる。

 レティシアは、彼がこれから1人の青年としてではなく、頭領として話すのだと分かった。


「――なぜその話になったのか、だいたいの予想が付くけど、オプスブル家はあると思ってる。だけど、それはフリューネ騎士団も同じだと思う。まず、フリューネ騎士団はフリューネの当主が動かなければ、帝国の争いごとに手を出さないってことは知ってるよな?」


 ルカはレティシアに尋ねると、彼女が静かに頷いた。

 すると、ルカはレティシアに背を向け、腕を組むと書斎机に寄り掛かった。

 彼は仕事中の自分がどんな目をして、相手にどう思わるれるのか知っている。

 そのため、少しでもそんな姿を、レティシアに見せたくないと考えた。

 そして、彼は真っすぐ前を向いて、事実だけを真剣に話す。


「もし、どこかの領主たちが皇帝に対して牙を向いた場合、その時点でフリューネ当主のレティシアは、決断を迫られることになる。もちろんその時は、オプスブル家はレティシアの意向に従うよ。それと、レティシアが皇家に不満を持っていて、独立を宣言した場合も、オプスブル家はフリューネ家に付いて行く。――だから、貴族が皇家を見限る可能性があるかと聞かれたら、その可能性があるとしか言えない」


 ルカはそこまで言うと、片方の手で顎に触れた。

 そして、床に視線を移し、まるで考えをまとめるように続きを話す。


「――だけど、……そうだな、ここから先は、俺の個人的な意見だと思って聞いてくれ。オプスブル家とフリューネ家を除いた貴族だけを対象に考えれば、皇帝陛下が決める次の皇帝次第だと思う。もしも陛下が第一皇子や第二皇子を選んだ場合、間違いなく皇后側に付いてる貴族たちは、ゆくゆく皇家を見限ると考えてもいい」


 レティシアはルカの背中を見つめ、彼の背中に尋ねる。


「――それは、第一皇子と第二皇子が隣国から来た妃の子どもだから?」


 ルカは、レティシアの方を振り向かず、頷くと話を続ける。


「そうだ。――まず、レティシアも知ってると思うけど、彼らが大地からの恩恵を受けることはない。大地からの恩恵を受け始めるのは孫の代からだ。もし陛下が次期皇帝に彼らのどちらかを選んだ場合、寿命が短い彼らのために陛下は早々に、その椅子を皇子に譲らなければならなくなる」


「……」


「だけど、ここで問題になるのが、二代も短い期間しか皇帝としての仕事ができないことと、跡取りを早く作らなければならないことだ。そして、短い期間しか皇帝の椅子に座れないなら、新しい皇帝が無謀な政策をする可能性があることも、貴族たちは考えなければならない。もちろん、無謀な政策が続けば皇家は見限られる」


 この時、レティシアはルカの言う通りだと感じた。

 帝国では長寿が一般的であり、1世代の政策に間違いがあればそれを周りが正してきた。

 しかし、短い期間であれば、無謀な政策を正すことも、修正するのも難しくなる。


「次に子どもが生まれた時の、子どもの結婚相手だ。民のことを考えられる帝国貴族の女性を選べば問題はないが、民のことを考えない女性や仮に他国の女性を選べば、皇家はその時点で見限られることになる。だから、今の貴族たちが注目しているのは、皇家が選ぶ婚約者と皇帝陛下が決める次期皇帝に集まってるんだ」


(そうね、二代目も短命だと考えれば、必然的に長寿の皇后の政策が繰り広げられる。そして、他国の女性を選べば、そこからまた二代短命の皇帝が誕生するわ)


 静かにルカの話を聞いていたレティシアは、彼の話を聞きながらそう思った。


「もちろん、陛下がエミリア様の息子である第三皇子を選んでも、同じような問題があるけど、その場合は時間を使って彼の周りから変えればいいだけだから、第一皇子と第二皇子とは状況が変わってくるんだよ」


(だから、貴族たちは、噂話に関して何も言わずに放置したんだわ。第二皇子とライラが結婚しても、皇后と親しい仲にあるフリューネ家はどちかと言えば、皇后側に付いているから……)


「……そういうことだったのね」


「まぁ、どうせライラの噂を耳にしたから聞いたんだろうけど、エディット様とエミリア様の仲が良かったのは有名な話だ。皇后側に付いている貴族たちは、エディット様の娘であるレティシアが敵に回るとは考えていない」


「そうなのね。……確かにフリューネ家はエミリア様に恩があるから、できることはするつもりよ」


「そういうと思った。それと、ライラのことだけど、彼女が第三皇子と第二皇子のどちらと婚約しても、貴族たちが考えてるようなことにはならない。このままいけば、次の皇帝は第三皇子であるルシェルになると思うけど、彼がライラと結婚しても男爵令嬢でしかないライラが、貴族たちに認められるわけがない。そうなれば皇室は違う令嬢を選んで、その令嬢が皇后として迎えられることになる。逆に第二皇子と結婚したら皇子が婿に入って男爵になるだけだ。――他に聞きたいことはあるか?」


「いいえ、ないわ。こんな時間までありがとう」


「いいよ。もう遅いから仕事も程々にして、レティシアも早く寝ろよ。――おやすみ」


 ルカはそう言うと、1度もレティシアの方に振り返らずにドアの方に向かう。

 だが、彼の瞳はわずかに光っており、抑えきれない感情が隠しきれずに溢れている。


「おやすみなさい、ルカ」


 ルカが書斎から出ていくと、レティシアは疲れた様子で椅子にもたれ掛かる。


(ルカは言わなかったけど、ライラとルシェルが結婚すれば、皆が納得する皇后が必要になる。そうなれば……私になる可能性は高いのかもしれないわね……。フリューネ家が、最も皆を納得させられる、立場であり、それに見合う力も持っているから……ライラとルシェルが結婚する前に、私も相手を探しておく必要がありそうね……)


 レティシアはそう思うと、深く息を吐き出した。

 政略結婚もあることも、皇族との結婚があることもレティシアは分かっている。

 しかし、彼女は複数の妻を持つ人に嫁ぐ気は、さらさらない。


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