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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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第110話 香る記憶と歩む道


 今にも泣きだしそうな空は、息を白く染め上げ。

 花が飾られ、手入れが行き届いた墓石の前には、1人の少女が佇む。

 白い墓石には、ホワイトドロップの花が描かれ、墓石の周りには白い花が咲いている。

 微かに聞こえる鳥の声と一緒に、まるで精霊たちの声が聞こえてくるみたいだ。

 腰まで伸びたシルバーの髪は、毛先に向かうにつれてロイヤルブルーの色素が交じり。

 白い肌は赤く染まった頬を際立たせ、ロイヤルブルーの瞳をさらに美しく見せるアイテムのようだ。

 風が吹くと、髪は風になびき、舞い始めた雪の花を運ぶ。


「お母様、遅くなってしまい、申し訳ありません……帰って参りました」


 少女が呟いた声は、風に運ばれて空へと舞い上がる。


 エルガドラ王国に残ることを選択して、何度も季節は巡り、7年の月日が流れた。

 15歳になったレティシアは、フィラトゥーテネクス学院に通うために、ヴァルトアール帝国へと戻って来た。

 本来であれば、新学期が9月から始まるため、その時期に戻らなければならなかった。

 しかし、新学期に間に合うように予定を調節できず、3月から始まる後期に合わせた。

 そして、3歳でこの土地を離れた彼女は、神歴1504年2月24日の今日、約13年ぶりに故郷であるフリューネ領の土を踏んだ。

 風の香りも、大地の匂いも、全てが懐かしく、彼女の記憶を呼び覚ます。

 けれど、彼女の記憶にある優しい声は、2度と聞くことは叶わない。


「お母様、最後の時に立ち会えず、ごめんなさい……ですが、きっと真実を突き止めて見せます……必ず……私が……。今日はエルガドラ王国から帰ってきた報告と、私の使い魔であるステラをお母様に紹介したくて、お母様に会いに来ました」


 レティシアはそっとステラをなでながら言うと、彼女の目には涙が浮かぶ。

 真っすぐ墓石を見つめる瞳には決意が見え、唇は悲し気に震える。


「……ステラ……帰ろっか」


 少しでも早く体を慣らすために、ステラは国境を通過した辺りから寝ていることが多い。

 原因はヴァルトアール帝国の大地と、エルガドラ王国の大地の違いだ。

 恩恵の違いがステラに現れたことで、エルガドラ王国で魔物騒動が起きていたのに対し、ヴァルトアール帝国では問題がなかった理由をレティシアは知ることとなった。


 空から舞い落ちる雪は、地面を白い絨毯へと変えていく。

 少女が通った後には足跡が残り、彼女の歩んできた道を伝える。

 彼女がどんなに手を伸ばそうとも、過去に戻ることは叶わない。

 彼女が未来に手を伸ばそうとも、未来を知ることも叶わない。

 悲しみも、後悔も不安も、忘れることも消えることもない。

 それでも、彼女は今この時を生きるしかないのだ。



 レティシアは、初めて門から幼い頃に彼女が住んでいた屋敷を見た。

 窮屈だと感じた屋敷は、今は大きく、ただただ懐かしく感じる。

 彼女は門番に声をかけて、敷地内に足を踏み入れた。

 その瞬間、いろんな感情が込み上げ、唇を噛み締めながら屋敷を目指す。

 鮮やかだった花壇は色あせて見え、主が居なかった影響を反映させている。

 それでも、聞こえてくる騎士団の声は、彼女の記憶を鮮やかにした。


 ガタッと物が落ちる音が、花壇の方から聞こえた。


「レティシア様? レティシア様でしょうか?」


 深みのある優しい声が、冷たい風に運ばれた。

 縁の丸い眼鏡を掛けた男性は、信じられない物を見たように目を見開く。

 足元には剪定鋏が転がり、彼の歩みに合わせてわずかに白髪が左右に揺れる。

 少しだけ伸ばされた手は、わずかに震えていた。

 シワが目立つ手は、爪の下に庭の土が微かに残っている。


「久しぶりね、サリム。私だとよく分かったわね」


「レティシア様、お帰りなさいませ。もちろんでございます、長年フリューネ家に仕えておりますので、フリューネ家の皆様を忘れるはずがございません」


 向けられる優しい笑顔に、サリムは幼さを感じず、現実が突きつけられた気がした。

 青い瞳が懐かしく、彼は声が震えそうになるのを感じながら微笑んだ。

 それでも、彼はどこかで幼い彼女の面影を探している。


「そうなのね、ありがとうサリム」


「お礼を言われるほどのことではございません。庭園の方をご覧になって、さぞガッカリしたことでしょう……申し訳ありません」


「大丈夫よ、ルカにちゃんと聞いているわ。ダニエル(お父様)のせいで、サリムはオプスブル家に避難していたのでしょ?」


「はい、庭園の管理費のことを言われてしまい、落ち着くまでオプスブル家の方に居りました」


「迷惑を掛けてしまってごめんなさいね、また私は家を空けるけど、庭園の方をお願いね」


「かしこまりました。次にレティシア様が戻る時には、昔のようにレティシア様が笑っていられる庭園にいたします」


「楽しみにしているわ、それじゃ、私は少しだけ屋敷の方を見てくるわ」


 サリムは、レティシアに頭を下げると、眼鏡に一粒の雫が落ちた。

 美しく育ったレティシアは、どことなく若き頃のエディットの面影が見える。

 しかし、エディットとは違い、大人びたレティシアには昔よりも落ち着きが感じられた。

 彼は彼女の置かれている状況を考えれば、致し方無いことだと分かっている。

 けれど、彼女が幼かった頃、屋敷で働いてた者たちは、彼女がゆっくり大人になることを望んでいた。

 些細な願いも叶わず、彼は膝から崩れ落ちると、溢れる思いで胸が締め付けられ、声を押し殺して涙を流した。



 通り過ぎる風景を横目に、進んだレティシアは玄関の前に立った。

 彼女は一呼吸し、玄関の扉を開くと約13年ぶりの帰宅を果たす。

 昔とは違う香りに悲しみが押し寄せたが、笑顔を作って彼女は足を踏み入れると胸を張った。

 ダニエルに荒らされたと報告を受けた室内は、すでに整理され、修復が終わっている。

 しかし、あったはずの物が無くなっていたりと、彼女の中で悔しさが込み上げた。

 屋敷内の雰囲気はやはり昔とは違い、どことなく寂しさを覚える。

 それでも、彼女に話しかけるメイドたちの表情は暖かく、帰ってきたことを実感させた。



 書庫に入ると、懐かしい匂いが彼女の胸を満たす。

 しかし、この部屋を守る魔方陣に隠された箱を見ると、この部屋が役目を果たしたのだと感じた。

 書庫の入室の権限を与えた4人は、もうこの屋敷には残っていない。

 新しい道を歩んでいる者、帝都でレティシアを待っている者。

 それぞれが、自分の歩むべき道を歩んでいるのだと彼女は感じた。

 彼女は魔力が空になった宝石と、新たに魔力を溜めた宝石を入れ替えた。

 そして、書庫の一角に転移魔方陣(ムーブコネックテ)を描くと、書庫を後にする。


 幼い頃に何度も通った廊下は記憶を呼び起こし、あの日の悲しみを思い出させた。

 しかし、彼女の記憶に残る温もりは、もう2度と直接感じることはない。


 かつてエディットが使っていた部屋のドアを開けると、レティシアは中へと入って行く。

 見渡した部屋は、匂いも家具も全てが変わっており、初めて訪れた部屋だと感じた。


(お母様がもういないのだと分かっていても、こう見ると改めていないのだと思い知らされるわ……もう会えない事実は、変わらない……何を期待していたのよ……仕方ないの……仕方ないのよ……)


 仕方ないと彼女は自分に言い聞かせながらも、彼女の目は過去の面影を探す。

 それでも見つけられず、彼女はエディットの部屋を後にした。


(そろそろ帝都に向かわないと、いろいろ間に合わなくなるわね)


 屋敷で働く者たちは、レティシアを見送るために玄関ホールに集まっていた。

 足を止め、驚きを隠せない様子の彼女に、彼らは温かな視線を向ける。

 それでも、彼女が胸を張って一歩踏み出し、前を向いて歩く姿に、自然に集まっていた人々の目には涙が滲む。

 彼らは心の中で、レティシアが邸宅を離れた後の生活や、エディットとの思い出を彼女と分かち合いたいと願っていた。

 けれど、彼らは話し出したら、自分たちが泣いてしまうことを分かっている。

 そのため、レティシアが安心して帝都へ行けるように、話したい気持ちをグッと堪え、彼らは彼女に笑顔を向けていた。


 レティシアは屋敷の門を出ると、待機していた馬車に向かった。

 何の変哲もない馬車は、一目見ただけでは誰が使っている馬車か分からない。

 しかし、馬車を引く馬たちは力強く、長い旅に耐えられるように見える。

 今の彼女は、どこにいたのかまだ知られるわけにはいかない。

 そのため、彼女の足取りが分かる、派手な装飾や紋章が入った馬車は使えない。

 颯爽と彼女は馬車に乗り込むと、柔らかなクッションの上で眠るステラを見た。


「さぁ、ステラ。帝都に向かいましょ」


 レティシアが壁をノックすると、馬車はゆっくりと動き出した。

 頬杖をついて窓の外を眺める彼女の瞳には、白い外観の屋敷が写りこむ。

 初めて帝都に向かう彼女には、不思議なことに不安も焦りは微塵もない。

 決意と覚悟が彼女を突き動かし、信頼できる仲間や友が今の彼女を支えている。

 これまで彼女が経験した転生では、心から頼れる存在がいなかった。

 それは、彼女自身が常に他人を支える役割を果たし、自分が他人に頼ることを避けてきた結果なのだろう。

 しかし、今の彼女には頼れる相棒と、頼りになる存在がいる。

 それが彼女に自信を与え、約13年前とは違う気持ちでフリューネ領を旅立つ勇気となった。


 かつて淡い夢を抱いた石畳の街並みを通り、馬車は目的地に向かって走る。

 店と店を行きかう人々の足音や、露店と屋台から客を呼び込む店主の声は遠ざかっていく。

 馬車はフリューネ領を抜けると、速度を上げて広大な平原を走る。

 雲の隙間から太陽が顔を見せ、雪の花は名残惜しそうに風に運ばれて窓についた。


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