表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/224

第108話 登城命令


 神歴1496年11月30日。


 晴れ渡った空に、馬車が城門を通り過ぎたことを知らせる笛の音が響く。

 エルガドラ王国にいる貴族や王族に対し、リビオ王から登城命令が出された。

 そのため、警戒レベルを上げたエルガドラ城は、多くの武装した兵士が警備についている。

 城を訪れた者に向けられる視線は冷たく、その光景が異様な雰囲気を漂わせていた。


 エルガドラ城の謁見の間には、すでに数多くの人が集まっていた。

 大扉が開くと、夫婦らしき男女が入り口の所に立っている。

 騎士は2人を中へ案内すると、胸に手を当てて落ち着いた口調で話す。


「国王陛下に謁見いただくため、暫しの間、こちらでお待ちいただくことになります。どうかご了承ください」


 騎士が出て行くと、大扉はギィーっと音を立てて閉まった。

 張り詰めた空気は次第に不穏な空気へと変わり、数名の貴族が外に出ようとしている。

 しかし、謁見の間を守る騎士は、持っていた槍で彼らの行く手を阻む。


「申し訳ありません。国王陛下の許しがなければ、今は謁見の間から出ることはできません」


 大扉を守るように立っていた兵士は、淡々とした様子で告げた。

 貴族の男性は兵士を睨むが、兵士はただ静かに前を見つめている。

 それでも外に出ようと男性が踏み出した瞬間、カチャッと剣を軽く抜く音が大扉の向こう側から聞こえた。

 男性は舌打ちをすると、振り返って人々の中に消えていく。

 その結果、ヒソヒソと話す声は大きくなり、謁見の間はざわつき始めた。


 レティシアはライアンと謁見の間を見渡すと、魔塔関係者の中にラウルの姿を見つけた。

 さらに集まっている人を見ていると、丈の長い白い服を着た男性と、丈の長い黒い服を着た少年がいた。

 服の見た目はカソックに似ており、それだけでルーンハイネ教国の者だということが分かる。


 ライアンは突然レティシアの腕を引っ張ると、できるだけ部屋の隅の方へと移動した。

 気配をなるべく消し、レティシアの方を見た彼の目には心配が浮かぶ。


「突然、申し訳ありません」


「いいわよ、ルーンハイネ教国が来ているわね」


「はい、そうですね」


「彼らのことを知っているの?」


「いえ、知りません。ですが、いやな予感がしましたので移動しました」


「そうなのね、分かったわ」


 レティシアはライアンと同じように気配を消すと、静かにリビオ王が現れるのを待っていた。

 再び大扉が開き、エルフの男性とドワーフの男性が謁見の間に入ってくると、ざわつきはさらに大きくなった。

 聞こえてくる会話から、2人がラノーマス王国から来たことが分かる。


「服装からして、彼らはラノーマス王国から来た使節ですね。最後に見た時と、人が変わっています」


「そう……」


 レティシアはライアンの話を聞き、静かに思考を始めているみたいだった。

 ライアンが記憶をなくして、26年の年月が流れている。

 普通に考えれば、使節が変わっていてもおかしくない。

 しかし、エルフやドワーフは長寿であるため、政治的な役職に長く留まることが多い。

 そのため、政治に関わっている人が変わることは珍しい。


 何も説明がされないまま、時間だけが刻一刻と過ぎていく。

 徐々に集まっている人々からは、不満の声が上がり始めている。

 不満は苛立ちに変わり、人々の表情は変化していく。

 だが、ルークとディーンが謁見の間に姿を現すと、謁見の間は一瞬にして静寂に包まれた。

 集まっていた人々は、王に敬意を示すように深々と頭を下げ始める。


 レティシアは頭を下げつつも、鋭い目つき王座の方を見つめている。

 正装したリビオ王が現れ、アンドレア王妃が彼に続くように歩く。

 そして、2人の後を追うように少年が現れると、3人が椅子に座った。


(あの子がアランの異母兄弟のオスカー王子ね)


 レティシアはそう思うと、オスカーの様子を観察し始めた。

 肌をできるだけ隠した服装をしているが、肌が出ている部分を見ると、薄っすらと竜の鱗が浮かんでいる。

 さらにレティシアは彼の魔力量を視ると、肌に浮かび上がっている竜の鱗に納得した。


(アランとは逆で、魔力量が少なくて竜の血が濃いのね……でも、あの魔力量では、アランのように姿をドラゴンに変えられないわね)


 オスカーは彼女の視線に気付いたのか、レティシアの方を見ると困ったように笑った。

 その時、レティシアは幼い頃にアルノエから注意された時のことを思い出し、視線を慌てて下げて床を見た。


「おもてをあげよ」


 静まり返った謁見の間に響いたリビオ王の声は、国王としての威厳が漂う。

 集まっている人々は頭を上げ、国王の言葉を待っているようだ。


「皆に集まってもらったのは、次期国王……そして、これからのエルガドラ王国について話したいと思ったからだ」


 リビオ王の発言で、謁見の間は再びざわつき始めた。

 しかし、リビオ王は謁見の間を見渡し、手にした杖を高く掲げた。

 そして、力強く床に向けてに杖を振り下ろす。

 石造りの床はカンッ! と大きな音を鳴らすと、人々は驚いたように目を見開き、謁見の間は静けさを取り戻す。


「いま、この国は危ういところを歩いておる。エルガドラ王国内では、未だに魔物が暴れ回り、それをどうにかしようと、この国ために様々な人が力を合わせておる。それは冒険者や、国を守る騎士団だったり、隣国からの支援だったりと、多くの者が関わっておる。そして、息子のアランも出陣し、魔物たちが何故そのような行動をとっているのか、探しておった! しかし! その途中で、魔物が操られているとアランが仮説を立てると、今度はリグヌムウルブの街で無関係な女性が襲われ、ガルゼファ王国との戦が囁かれるようになった!」


 再び杖で床を叩く音が鳴り響き、人々の視線はリビオ王に向けられる。

 王座に座る彼には、国王としての覚悟が見えた。


「だが! 予はガルゼファ王国と争うつもりはない! そして、同じように考えてくれたアランは、予が床に臥せている間、ガルゼファ王国とそのことについて話し合ってくれたと聞いておる。――しかし、それが納得できなかった者たちがいたのだろう……。エルガドラ王国内では、日に日にガルゼファ王国との戦を望む声と準備が進んでおった。だからこそ、ここで改めて宣言する! もし、このままエルガドラ王国がガルゼファ王国と戦になった場合、エルガドラ王国は無条件でガルゼファ王国に降伏する!」


 厳粛で力強いリビオ王の声は、静まり返った謁見の間に響き渡った。

 その瞬間、リビオ王の宣言を聞いた人たちは、驚きの表情を浮かべ、次々に困惑を口にする。

 レティシアはリビオ王の発言が信じられず、ライアンは目を見開いていた。


「この話をすれば、エルガドラ王国内ではガルゼファ王国との戦ではなく、予の首を狙う内戦が起きるだろう。――だが、もう予の首を取る準備は、できているのだろう? なぁ、ドランド・ロ・マローリ、そしてリッキー・デ・カムルゴア、カルミネ・ロ・モタリッチ」


 名を呼ばれた男性たちはビックっと体を震わた。

 カルミネは目を見開いて固まり、ドランドは顔を青ざめさせて俯いた。

 けれど、拳を握りしめているリッキーは後退りを始め、辺りを見渡す鼻筋にはシワが寄っている。

 彼らはリビオ王の容体が急変した時、王の寝室にいた人たちだ。


「お前たちは、予の容体に異変があればすぐに駆け付けていたが、生死の境をフラフラとしていた予の姿は、さぞ滑稽だったろう?」


 リビオ王の姿は荘厳が感じられ、ざわついている謁見の間を静かにさせた。


「悪いが、お前たちのことは、いろいろと調べさせてもらったぞ。――お前たちは、ゴロツキを雇い、わざわざガルゼファ王国の者を陥れ、民衆を惑わし民の不安を煽った。それだけでも許せぬのに、お前たちは何年も前から国税を懐に入れていたそうだな? 民の血税で贅沢するのは、さぞ気分が良かったのだろう? しかし、お前たちは、それだけに止まらず、他国から安い武器を仕入れては、王国内で戦争が起きるからと言って、高く売りつけていたのも、すでに知っておる。逃げられると思うなよ?」


 リビオ王が3人を睨みながら言い切ると、壁際に控えていた騎士たちが一斉に動いた。

 瞬く間に騎士たちが3人を取り囲み、彼らの脇を固めて捕縛する。

 暴れて騎士から逃れようとする彼らを、騎士たちは引き摺るように連れて行く。

 大扉が開かれ、新鮮な空気が謁見の間に入ってきたが、大扉が閉じると重たい空気が広がる。

 リビオ王は深く息を吐き出し、疲れたように言う。


「他に何か申したい者はおるか?」


 リビオ王の問いかけに、謁見の間には長い沈黙が流れた。

 人々は顔を見合わせ、ひたすら時間が過ぎるのを待っているようにも見える。

 沈黙は時に人々の不安を煽り、表情に反映させる。


 しかし、静寂に終わりを告げるように、大扉が勢いよく開かれた。

 一斉に人々は大扉の方を向き、息を呑んだ。

 謁見の間に現れた赤髪の少年は、強い意思が感じられるブルーグリーンの瞳で前を見つめ。

 彼の隣に立つ黒髪の少年は、柘榴のような赤い瞳で静かに国王を見つめる。

 堂々と胸を張って歩き始めた2人に、人々はただ道を開けた。

 そして、2人に続くように、赤髪の青年はレッドパープルの瞳で捕縛された男性を時折見ては進む。

 アラン、ルカ、アルノエの3人は、いま行われている魔物討伐に参加している。

 そのため、彼らがこの場に現れるはずがないと、集まっている人々は思っていたのだ。

 赤髪の少年と黒髪の少年は、リビオ王の前まで来ると、胸に手を当てながら片膝をついた。


「国王陛下、報告がございます」


 アランの言葉で謁見の間には、再び緊張が走った。

 人々の視線はアランとルカ、そしてアルノエが連れている男性に注がれる。


「アランか、なんだ申してみよ」


「魔の森にいる魔物を操っていたと思われる1人を、連れて参りました」


「ほう? それは確かな証拠があるのか?」


「はい、もちろんでございます。そして、彼がオレの命を狙っていたことも、彼は自白しました」


「そうか、では魔の森にいる魔物も落ち着くんだな?」


「彼から聞いた情報を元に、次々に彼の仲間も捕まっていますので、時期に落ち着くと考えております」


 リビオ王は騎士に目配せすると、壁際に控えていた騎士たちが動き出した。

 騎士たちはアルノエに男性を引き渡されると、男性を連れて大扉へと向かう。


「そうか、苦労を掛けたな」


「いえ、当然のことをしたまでです」


「他の者で、まだ予に伝えたいことがある者はおるか?」


 リビオ王は再び尋ねたが、誰も口を開けることはなかった。

 重いため息をついたリビオ王は、どこか寂しそうに見える。


「――そうか、他にないようなら、予から違う話をしよう……皆も知っていると思うが、予は床に臥せておった。初めはただの病か毒だと思っていたが……実は原因が他にあったのだと、すでにある者の助けで明らかになっておる。……無論、予の命を脅かしていた者たちも、すでに調べが付いている状態だ……予は、その者たちがここで白状してくれることを望んでおったが、その者たちにはその気がないようだ。悪いが、これ以上野放しにはできぬ、捕らえよ!」


 リビオ王の声で、騎士たちが二方向に別れて動き出した。

 片方のグループは、リビオ王の部屋に出入りしていた精霊師と聖女を取り囲み、逃げられないように両脇を押さえた。

 精霊師と聖女は困惑した様子で声を上げ、どうにか逃れようと暴れる。

 だが、すでにレティシアの命令で動いていた諜報員が証拠を掴んでいる。

 そのため、彼らの悪事や、誰の指示で動いていたかが明らかになり、言い逃れはできない状況だ。

 しかし、もう片方のグループがアンドレア妃を取り囲むと、謁見の間は騒然とした。


「聖女よ、そなたには命を救ってもらったと思っておったが、それも仕組まれていたことは、すでに分かっておる。精霊師よ、そなたが聖女と結託していたことも、調べがついておるのだ、諦めるがいい」


 騎士の手によって、アンドレア妃は椅子から引き摺り下ろされ、暴れて叫び始めた。

 だが、リビオ王はおもむろに立ち上がると、アンドレア妃を見下ろす。


「アンドレア、お前は第一王子であった予の息子のハラルトと、予の妻であったアリスの殺害の容疑が掛かっておる」


「わたくしは何も知りません! 何かの間違いです!」


 目に涙を溜めてアンドレアは叫んだが、リビオ王は彼女に氷のように冷たい視線を向ける。


「白々しい……予の子や妻だけでは飽き足らず、王妃の座に就いた後も、アランの命を狙い、予の命も狙っておったことは、もう調べがついておるのだ!! そして、お前が様々な理由を付けて貴族を脅し、その娘をいたぶり、地下牢に罪人として入れては、他国に奴隷として売っていたことも調べがついておる!! もう言い逃れはできぬぞ!」


「違います! 地下牢に入っていたあの者たちは、確かに罪を犯したのです!」


「罪とはなんだ!! 貴様の言う罪とは、彼女たちが生まれてきたことか! 予は彼女たちから全て聞いておる! 諦めるがいい! 連れていけ!!」


 リビオ王は肩で息をしながら、目を閉じると歯を食いしばった。

 鼻がほんのり赤く染まり、杖を握る彼の手は小さく震えている。


(自分が愛した女性と息子を殺した人と、政治が絡んでいたとはいえ、結婚していたことを考えるとつらいでしょうね……子どもまで作っているわけだし)


 レティシアはそう思うと、オスカーに視線を向ける。

 彼は青白い顔で、アンドレアが連れていた方を見つめている。

 彼の今後を考えると、レティシアは少しだけ暗い気持ちになった。


「ラウル殿下、この度はエルガドラ王国の者が、ガルゼファ王国の者に対し、酷いことをした。すまなかった」


 リビオ王がラウルに頭を下げると、ラウルはどこか満足そうに微笑んだ。

 完全にエルガドラ王国が非を認めた。

 そのため、この後に話し合いの場が設けられても、優位にことが運ぶとでも考えたのだろう。


「いえ、我が国の無実が証明されれば、何も問題ありません。ただ、今回のことで我が国が被った被害も少なくありません。その保証はしていただくことにはなると思います」


「ほう? そのことだが、貴殿はこれを見ても同じことが言えるのか?」


 リビオ王がディーンに目配せすると、彼は素早く動き出してラウルの元へと向かった。

 険しい顔で歩く彼の手には、厚みのある書類が握られている。

 ラウルは怪訝(けげん)そうな顔で書類を受け取り、その内容を静かに読み始めた。

 しかし、次第に彼の顔色が青ざめていく。

 ディーンがラウルに渡したその資料は、レティシアが地下室で見つけたものだ。

 その中には、今回エルガドラ王国で起きた事件に、ガルゼファ王国の魔塔関係者が関与していることを示す証拠が詳細に記載されている。


「これは国同士の話でもある。後ほど、別室でこの話をしようではないか。その方が、ガルゼファ王国としてもいいと思うぞ」


 リビオ王は先程とは違い、ラウルを睨みながら告げた。

 すると、ラウルは手にしていた資料を握りしめ、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


「さて! この場に残っている者は、なぜ自分たちがこの場に呼ばれたのか、そして、本当に予に何も申すことがないか考えてほしい! それとだ、本当はもう少しだけ様子を見ようと考えておったが、今回の働きでアランを次期王に押す声が届いておる。そのため、正式にアランを王太子とする! 話は以上だ!」


 リビオ王は堂々と告げると、謁見の間を出て行く。

 残された者たちは、様々な表情を見せている。

 ある者は青白い顔で震え、ある者たちは肩を抱き合って泣いている。


 レティシアは静かに会場を見渡すと、そっと息を吐き出した。

 今この場で脅えている者たちは、何かしらの形で事件に加担している。

 そして、泣いている者たちは、捕らわれた女性の家族だ。

 何名の女性が家族の元へ戻れるのか、それはまだ誰にも分からない。

 詳しく分かっていることは、亡くなった女性の人数と、すでに売られてしまった女性の人数だけだ。

 しかし、女性たちがどこに売られたのか、それは分かっていない。

 これから、アンドレア妃やこの件に関わった人たちが白状すれば、女性たちの行方を調べることも可能になるだろう。

 けれど、レティシアは犯人たちが素直に話すとは思っていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ