表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/224

第103話 記憶の断片


 鳥のさえずりが、新しい朝を告げる。

 カーテンを照らす朝日は微かに漏れ、室内をほのかに照らす。

 けれど、ベッドの中にいたレティシアは、横になって天井を見つめていた。

 彼女はジャンの話を聞き、いろいろと考えて眠れずに夜を明かした。


 時計の秒針は時を刻み、時は過ぎ去っていく。

 しかし、誰も彼女の部屋を訪れないことを考えれば、ジャンが何かしら言ったんだと彼女は思った。

 思考を続けた頭は重く、休息していない体は気怠く、ずっしりとしている。

 それでも、彼女は深いため息をつくと、重たい体を起こして支度を始めた。


 ジャンはレティシアがリビングルームに着くと、彼女に笑いかけた。

 だが、彼女はぎこちなく笑顔を作り、笑って見せる。

 その姿が、彼には痛々しく感じられた。


 先にリビングルームでくつろいでいたルカとアランの2人は、いつもと雰囲気が違う彼らを静かに観察していた。

 そのため、ジャンとレティシアのやり取りを見て、2人は怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる。


「レティシア様、本日はアラン様とルカ様にも一緒に来てもらおうと思いまして、勝手ながら御二人にも声をおかけました」


 ジャンはそう言ったが、レティシアは何も言わずにソファーに腰掛けた。

 そして、彼女はため息をついた思うと、重たい口を開く。


「どこに行くのか知らないけど、2人にも話しておいた方が、私はいいと思うわよ? 2人の様子からして、ジャンは2人には何も話していないんでしょ?」


「……はい……」


「私がジャンのことを疑った時、2人はジャンの味方をしたから大丈夫よ」


 ジャンは目を伏せていたが、レティシアの言葉を聞くとアランとルカを交互に見た。

 その目はまるで信じられないと思いつつも、どこか安堵の色が見える。


「そうですか……本当は出掛けた先で、話そうと思っていたのですが、レティシア様がそのように言うのでしたら、話しておくべきことなのかもしれませんね」


 ジャンはそう言いながら、レティシアにお茶を入れ始めた。

 彼の手は微かに震え、不安からルカとアランの様子を(うかが)っている。

 しかし、お茶を入れ終わると、レティシアの向かいに座り、膝の上で手を組んだ。

 そして、気持ちを落ち着かせるように目を瞑り、深く息を吸い込んでゆっくり吐き出した。

 彼はゆっくり瞼を開けると、組んでいた手を見つめながら話し出す。


「昨晩、レティシア様には全てお話ししましたが、ある程度の記憶が戻りました。記憶を思い出すきっかけとなったのは、レティシア様が魔の森に入った時の夜のことでした」


 ジャンが話し始めると、ルカは足を組み直し、肘掛けに頬杖をついた。

 長くきれいな指はトントンと一定のリズム刻み、肘掛けをたたく。

 赤い瞳は冷たく、真っすぐにジャンを見つめ、真意を探るような視線を向ける。

 しかし、彼の赤い瞳に映る男性は、頼りなく不安そうに見えた。


「あの日、ロッシュディ皇帝の声を聞き、聞き覚えがあると思ったのです……それから、レティシア様と魔の森に入り、彼女の様子を見ていたら、操られている魔族の姿と重なって見えました……その魔族の姿が、オレの記憶だということは、すぐに分かりました。それから、1人で魔の森から帰った後、飛び飛びでしたが、少しずつ思い出しました……でも、その記憶が自分の空想なのか、はたまた夢なのか判断ができず、ルカ様がレティシア様を連れて帰ってくるまで、確信がなかったのです。しかし、ルカ様が紫の破片を見せてから、確信を持ちました。そのため、レティシア様が目覚めてから、皆様に少しだけお話ししました」


 アランはルカと同じく足を組み押すと、椅子に深く座り、おなかの上で手を組んだ。

 彼がジャンに向ける視線は、王子としての威厳さえ感じられる。

 けれど、ルカと同様に、真実を見極め得ようとブルーグリーンの瞳はジャンを視界に映す。

 彼の瞳に映るジャンはひと時の孤独に揺れ、それでもジャンは言葉を続ける。


「若い頃のオレは、ヴァルトアール帝国に住んでいました。研究や魔法が好きで、魔塔で働きたいと思い、家族にそのことを話しました。家族はそれに対し、条件付きでしたが、魔塔に所属することを認めてくれると、オレは1人でガルゼファ王国へと向かい、留学を終えてから魔塔で働き始めました。そのうち、ガルゼファ王国での功績が認められ、オレはヴァルトアール帝国にある魔塔で働くようになりました。ですが、当時はまだ帝国民の中に、魔塔に対する不信感があったため、姿と名前を偽りながら生活していました。その時に、出会った女性と結婚し、子どもにも恵まれて順風満帆な人生を歩んでいました」


 ジャンの手は震え、手の色から彼の手が冷たいことが分かる。

 しかし、彼が話し始めて以降、この場にいる3人は口を堅く閉ざしている。

 そのため、ジャンは顔を上げて3人の顔を見ることもできず、声は震えはじめていた。

 嘘を話しているわけではないのに、アランとルカの立場から向けられる視線は冷たい。

 しかし、ジャンはただ、ルカが彼の話をどう受け止めるのか分からず、恐怖がじわりじわりと彼の心を支配する。


「――オレの家族が出した条件は、昔……ヴァルトアール帝国で起きた、魔族が起こした事件の解明……。そのことを調べるために、オレはある程度の魔力を封印し、敵のアジトに潜入した、だが、ヴァルトアール帝国民だとバレると、オレは即座に逃げ出した。だけど、魔力を封印していたオレは逃げきれず、捕まると酷い暴行を受けて、何度もこのまま死ぬんだと覚悟もした……そして……次はお前の番だと言われて、紫色の破片を魔族の男性に入れられるのを、オレは見ていたんだ……」


 レティシアは昨晩この話を聞き、ある仮説を立てていた。

 それは、極度の緊張状態と恐怖で、ジャンが魔力暴走を起こしたと考えたのだ。

 それなら、記憶をなくしたことも、犯人や捕まっていた人たちのことを、覚えていないのは罪の意識からだと考えれば説明がつく。

 そのため、彼女は結論を出した。

 ジャンが魔力暴走で周りの命を奪い、その時、頭に強い衝撃を受けて、記憶をなくしたのだと。


 ルカもアランも何も言わずジャンの話を聞いていたが、ジャンが話し終わるとルカが口を挟んだ。


「話は分かった。それで、本当の名前はなんだ?」


 ルカの声はどこか冷たく、それでいて一線を引いているようにすら感じられる。

 そのため、ルカの言葉にジャンとレティシアはビクッと体を震わせた。

 ジャンは静かにレティシアに視線を向けると、その様子を見ていたルカはさらに言葉を続ける。


「その様子だと、すでにレティシアはジャンから名前を聞いてるようだな」


 ルカがジャンの名前を知りたいと思うのは、彼の立場を考えれば当然のことだろう。

 ヴァルトアール帝国に住んでいたのなら、ルカは名前からあらゆることを調べられる。

 そのため、ルカはレティシアの安全も考えれば、名前を知ることによって安心できる。

 しかし、彼の声は冷たく、まるでジャンを警戒しているように感じられた。


「……ライアン……」


 レティシアがポツリと呟くように言うと、ルカは眉間にシワを寄せて聞き返す。


「悪い、聞き取れなかった、もう1度頼む」


 だが、その言葉にレティシアは答えることはなく、彼女は目の前に座るジャンに対して大きな声を出す。


「ジャンが自分で言いなさいよ!!」


「……そうですね……。オレの本当の名前は、ライアン。ライアン・リック・アルファールです」


 暫くの間、リビングには沈黙が流れると、今度はアランが口を開く。


「ん? んで、誰だよ」


「ライアン・リック・アルファール。26年前に魔族の事件に巻き込まれたと、ラウルが話ていたヴァルトアール帝国の皇弟殿下だ」


 ルカは深いため息をついてから、アランに告げた。

 彼の表情から、どこかでこのことを予期し、密かに調べていたことが(うかが)える。

 しかし、アランは口を開け、ルカとジャンを交互に見ていた。

 アランが驚くのも無理はない。

 皇帝やラウルが密かに探していた人物が、実はずっとフリューネ家にいたのだから。


「いやいや、さすがにそれはねぇだろ」


 アランの言葉を聞いたライアンは、諦めたように自分に掛けた魔法を静かに解いた。

 オレンジブラウンの髪はスーッとホワイトブロンドに変わり、オレンジブラウンの瞳は黄金に姿を変える。

 黄金の瞳は、ヴァルトアール帝国では皇族の証でもある。

 目を見開いたアランは、驚いた様子で口元を右手で隠した。


「……金色の瞳って……マジかよ……」


 驚いているアランとは対照的に、ルカはとても落ち着いて見えた。

 彼は目を細めると、静かにライアンを見つめて尋ねる。


「ジャン……いや、ライアン皇弟殿下。なぜ、このことを話そうと思ったのですか?」


「ライアンで大丈夫ですよ。今さら皇弟と言われるのは、違和感がありますので。――この話をしようと思ったのは、昨日ラウルからレティシア様に、婚約の打診が届いたからですよ。それが届いていなければ、ヴァルトアール帝国に帰った後、家族と会ってからも何食わぬ顔をして、そのままフリューネ家で働こうと考えました」


 ラウルからレティシアに、そんな手紙が届いていたことを知らされてなかったルカは、キッと鋭い目つきでレティシア見た。

 しかし、彼女はサッと顔を逸らすと、ルカの目はさらに鋭さが増す。


「でも、あれだな……レティシアは分からなくても、他の人は分からなかったのか?」


「――アラン様が疑問に思うのは当然のことですね。アラン様から見ても分かりますように、この金色の瞳と髪色はとても目立ちます。そのため、色が変わってしまえば、パッと見ただけでは分かりません。それに、元々オレは兄上と違って、表にあまり出ることもなかったので、遠目からでしかオレの姿を見たことがない人がほとんどでした。なので、近くでオレのことを見たことがなければ分かりませんよ。そして、不運なことに当時のオレは、皇弟として公の場所に出る際は、後々魔塔で働くために、認識阻害の魔法も使っていましたので……」


 ライアンは淡々と言うと、いつもの見慣れた髪色と瞳に変える魔法を使った。

 魔法の気配はあまりにも自然で、それを見ていたアランはまた驚いたように目を大きく開けた。


「さて、話もしたことですし、そろそろ出掛けないと遅くなってしまいます。3人には悪いのですが、オレに付いて来てもらえますか?」


 静かにレティシアが立ち上がると、アランもそれに続いた。

 しかし、ルカは静かにライアンを見つめ、動こうとしない。

 時を止めたかのように、その場には静寂が訪れる。

 ルカが何を考えているのか、誰にもには分からない。

 けれど、ライアンに向けられた視線は、先程とは違ってどこかやり場のない感情があるように見えた。

 だが、ルカは深く息を吐き出すと、立ち上がって歩き始めた。

 その瞬間、レティシア、アラン、ライアンに透明魔法(インビシブル)の魔法が使われる。

 紛れもなく、この魔法はルカが使用したものだ。

 それに気が付いたのか、3人は微かに笑い、ルカの後に続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ