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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
4章

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第102話 秘密と月夜の婚約者


 アランとレティシアが、2人で街に出掛けるようになって1週間を過ぎた神歴1498年11月18日。

 いつものように2人が宿屋に戻ると、レティシアは自然に空間消音魔法(サイレント)を部屋全体にかける。

 けれど、この日はいつもつは違い、ジャンがレティシアに手紙の束を手渡した。


「これは?」


「それは、今日だけで届いた手紙ですよ。全てレティシア様宛になっております」


 レティシアはソファーに座り、宛名を1枚ずつ確かめた。

 そして宛名が全て “ララ” 宛になっていると知り、詳しく調べられていないことに安堵した。

 詳しく調べた者がいれば、この時点で宛名が “レティシア” になっているはずだ。

 彼女は手紙を裏返すと、差出人を確かめて手紙を読んでいく。


 手紙のほとんどは、お茶会へのお誘いであり、手紙には彼女と仲良くしたと書かれていた。

 だが、本音は素性の分からないレティシアのことを、詳しく知りたいのだろう。


 しかし、レティシアは貴族だが、長年貴族社会とは遠い生活を送っている。

 尚且つ、ここはエルガドラ王国であり、貴族の派閥もよく分かっていない。

 そのため、レティシアからすれば、手紙の差出人は「あなた、誰よ」状態だ。


 そのことを察したのか、アランはレティシアの隣に座ると、テーブルに置かれた手紙を手に取り、1枚1枚目を通していく。


「城からこの街に戻って、1週間でこんなに手紙が届くなんて人気者だな。――あ、これは城でおれたちのことを見送ってくれた貴族だ」


 アランから手紙を受け取ったレティシアは、宛名を見てから手紙の内容を確かめたが、これもお茶会への誘いだった。

 2人が手紙を確認していると、ジャンが2人にお茶菓子とお茶を持ってきてくれる。

 その瞬間、部屋にはお茶菓子の甘い香りと、紅茶の心地よい香りが広がっていく。

 紅茶がカップに注がれ、レティシアの前にお茶を出した時、ジャンの動きが突然止まった。


「レティシア様、そちらは魔塔からですね」


 ジャンに言われ、レティシアは魔塔から届いた手紙を手に取った。


(なんだろう? 資料でも送ったのかしら?)


 レティシアは疑問に思いながらも、封を開けると読み進めた。

 ラウルの元を訪れて以来、ラウルからの連絡は一切届いていない。

 そのため、アランもジャンもレティシアと同じようなことを考え、彼女が話すのを待っていた。

 しかし、手紙を持つレティシアの手はプルプルと震え、顔からは血の気が引いている。

 そのことを不審に思ったアランとジャンは、悪いと思いつつもレティシアの手元の手紙を覗き込んだ。

 その結果、2人もレティシアと同様に、言葉を失くした。


 魔塔から届いたのは資料などではなく、ラウルからレティシアに対しての婚約の打診だった。

 政略結婚がある貴族や王族なら、年齢など関係ない。


(私はまだ8歳だけど、ラウルはすでに30歳で婚約者がいてもおかしくない年齢よ。いや……私も貴族だから婚約者がいたも変じゃないのか、えっと……それじゃこれは、変なことじゃない? あれ?)


 突然ラウルから届いた婚約の打診に、レティシアは混乱しかなかった。

 けれど、混乱していたのは、レティシアだけではなかった。


「どうすんだよぉ。このタイミングで、それはまずいってぇ、ルカに隠すか? いや、隠してたことがバレたら絶対にまずい。それよりどう断る? 親父に頼むか? いやいや、そうなったらレティシアの名前に傷が付くか……それじゃ……いや……」


 アランは青白い顔で頭を抱えながら、ブツブツと独り言を繰り返し呟き、レティシア以上に混乱していた。


「レティシア様とアラン様の様子は、リグヌムウルブの街では耳にすることが多いので、その話を信じてしまったラウル様が、レティシア様とアラン様の婚約が結ばれる前に……っと思って、婚約の打診をしたのかもしれませんね」


(いやいや、でも、だからってなんでラウルが出てくるのよ……確かに勘違いさせる行動はしてきたわ。元々、人々に勘違いさせるのが、目的だったもの。そのためにルカとも別行動しているわ……だけど、それはラウルに婚約の打診をさせるためじゃないわ。それに、きっとラウルに説明しても、このまま話を進めそうな気がするわ)


 レティシアはそう思うと、憂鬱な気分になった。

 少しでも気持ちを切り替えようと、彼女は他の手紙を手に取り、差出人を見た。

 その瞬間、少しだけ憂鬱だった気分は和らいだ。

 彼女は封を開けて読み進めていくと、王妃からのお茶会の誘いだ。

 レティシアは王妃に対し、直接聞きたいことがある。

 そのため、向こうから招待してくれるのは、彼女にとって願っても無いことだった。

 日取りを確認すると、少しだけ彼女の眉間にシワが寄る。

 他の手紙には、アランが魔物の討伐に向かう予定があるため、気遣ってその討伐が終わった後になっていた。

 だが、王妃から指定された日は、アランが魔物討伐に向かう当日が指定されている。


 アランが討伐に向かうのは4日後。

 噂を聞きつけて招待状を送ったのであれば、普通では考えらない。


 けれど、レティシアはジャンに紙とペンを頼むと、王妃に返事を書き始めた。

 スラスラと滑るようにペンが紙の上を走り、丁寧に書かれた文字が並ぶ。

 そこには、お茶会に招待してくれたことに対してのお礼と、参加するつもりだと書かれている。

 彼女は封を閉じると、ジャンに差し出した。


「ジャン、これを出してきてくれる?」


「分かりました。では、行ってきます」


「ええ、頼んだわね」


 レティシアが笑顔で告げると、ジャンは手紙を持って急いでドアへと向かった。

 部屋を出る時、彼は一瞬だけ振り返り、レティシアの顔見たが、その表情はとても硬いものだった。


「んで、どうするんだよ……」


「え? あぁ、ラウルの件? それは、後で考えるから、アランは気にしなくてもいいわよ」


 レティシアは開封された手紙を、1枚手に取ると魔力を流し始めた。

 その手紙は、アランが差出人を不審に感じたものだ。

 魔力が流された手紙は、次第にインクで書かれた文字が消え、暗号が浮かび上がる。

 アランは覗き込んで読もうとしたが、暗号の解読ができず、眉間にシワを寄せた。

 この手紙は、レティシアがリビオ王から借りた、諜報員から届いたものだ。

 そして、アランでも簡単に読めないのは、レティシアが使う暗号を事細かに指示しているからだ。


 レティシアは手紙を読み終えると、魔法で跡形もなく燃やしてしまう。

 その瞬間、アランは慌てた様子で彼女に詰め寄る。


「お、おい! ルカには見せないのか?!」


 アランは内容が気になっていたのもあるが、このようにレティシアが手紙を燃やすとは思っていなかった。

 少なくとも、レティシアとルカの関係を見ていたアランだからこそ、レティシアがルカに手紙を見せると思っていたのである。

 跡形もなくなった手紙があった場所を、唖然とした様子でアランは静かに見つめていた。

 アランは手紙の内容を知ることがないかもしれないルカの気持ちを考えると、胸が締め付けられたように痛んだ。

 しかし、彼女はアランが慌てたことなど気にしている様子はどこにもなく、不思議そうに首をかしげる。


「ええ、これは私がリビオ王に借りた諜報員からの連絡ですもの。ルカには手紙の内容は伝えるけど、使われている暗号まで教えるつもりはないわ」


 アランは、レティシアがルカに手紙の内容は伝えるつもりだと知って、少しだけ胸をなで下ろした。

 だが、それでも彼は何気なく思っている言葉が口から溢れる。


「そっか……ちゃんと伝えるのか……それならいいんだ。――なんか、複数の暗号が使われてたもんな……」


「暗号は、簡単に読まれては意味がないもの」


「ふーん、でもさ、ルカには暗号を教えてもいいんじゃねぇの? 最近のアイツ、いろいろと我慢ばっかしてるし……」


「そうよね……ごめんなさい。よくよく考えれば、私はルカの仕事を奪ってしまっているものね。気が付かなかったわ……そうだわ! アラン、明日はルカと出掛けて良いわよ?」


 レティシアは眉を下げて言ったが、アランは呆れたように大きなため息をつくと、諦めたように話し出した。


「……いや、そういうことじゃなくて……なんでそうなるんだよ……もういいよ。レティシアは、明日もおれと出掛けよう」


 アランはそれだけ告げると、首を左右に振って呆れながら彼の部屋へと戻って行った。



 その晩、レティシアは前までアルノエとテオドールが使っていた部屋にいた。

 窓辺にいた彼女は、ラウルからの手紙を見つめながら、ぼんやりと考えていた。


(婚約ねぇ……お母様の事件の真相と犯人が捕まれば、別に悪い話ではないのよね。ただ、それをラウルが分かってくれるのかしら?)


 窓の外を見つめるレティシアは、結婚について考えてはエディットのことを思い浮かべていた。

 エディットの死の真相が分かるまで、彼女は婚約も結婚もするつもりは今のところない。

 そのため、今回の話もできればエディットの件が片付くまで、保留にしたいと考えている。

 しかし、実際のところ、ただの侯爵でしかない彼女に、今回でた婚約の話を保留にする権力はない。

 婚約を保留にするためにはラウルと話し合い、彼に理解してもらうしかないのだ。


 月明かりが優しくレティシアを包み込み、彼女の悩みを和らげていた。

 外から吹き込む冷たい風は窓をゆっくり揺らし、その音が静寂を切り裂いて冬の訪れを予感させる。

 窓の隙間からは、ほのかに隙間風が部屋に入り込み、彼女の頬を冷やしていく。

 寒さに身震いしながら、レティシアは自分の腕を強く摩り、白い息を吐き出す。

 その時、ドアをノックする音が聞こえ、彼女は驚いて振り返った。

 開いたドアの隙間からは、ジャンが不安げに顔を覗かせている。


「レティシア様、今よろしいでしょうか?」


「ええ、いいわよ。どうしたの?」


 ジャンはレティシアの答えを聞き、部屋の中に入るとドアを静かに閉めた。

 そして、彼女の近くまで歩みを進め、空間消音魔法(サイレント)の魔法を使った。


 今までジャンは、レティシアの前で空間消音魔法(サイレント)の魔法を使ったことがない。

 そのため、驚いているようだったが、彼の真剣な表情が彼女の言葉を塞いだ。


「完全ではありませんが、記憶を取り戻してからずっと考えていました。あなたに全て話さなければと思っていいましたが、オレには全てを話す覚悟が足りませんでした。なぜなら……家に帰りたい気持ちもありますが、フリューネ家に残りたい気持ちもあったからです」


「別にジャンが家に帰りたいなら、私は帰ってもいいと思っているわ。もちろん、フリューネ家に残りたいなら、1度家に帰ってから戻って来てもいいと思っているわ」


「ありがとうございます。では、これからも今までのように、オレと接してくれますか?」


「もちろんよ、ジャンは私の家族と同じですもの」


 そう言ったレティシアの声はとても優しく、ジャンの目には涙が姿を見せ始めた。


「ありがとうございます」


 ジャンはレティシアにお礼を言うと、ポツリポツリと過去のことを話し出した。

 しかし、レティシアはジャン話を聞き、彼の過去に驚きのあまり、言葉を完全に失くしてしまう。


「明日、オレに時間をください」


 ジャンは全てを話し終えると、彼女の反応を静かに待った。

 だが彼女は口を開くことはなく、目を見開き、ただただ頷いている。

 そのため、彼はお礼を告げると、そのまま彼女の言葉を待つこともせず、部屋から出て行った。

 1人残されたレティシアは、口元を手で押さえると、「信じられないわ」と呟き夢だと感じた。

 そして、彼女はボーっとした様子でベッドに入ったが、小さな心臓は大きな音を立てていた。


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