表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/225

第97話 運命の狭間で(2)


 アランたちが泊まる宿屋には、未だにたくさんの見張りが付いている。

 そのため、ルカの透明魔法(インビシブル)で姿を隠した3人は、見つからないように窓から外に出た。

 彼らを照らす月は大きく、全てを暴くかのように神秘的に街を見下ろす。

 その月に少しでも近付くように、レティシアが浮遊魔法(トリスティク)で浮上すると、3人の足元には街並みが広がる。


「ルカとレティシアも、それじゃ絶対に寒いと思うぞ?」


 レティシアとルカの服装を見たアランは、白くなった息を見つめながら言った。

 しかし、2人は体の周りに魔力を(まと)い、過ごしやすいように調節している。

 その結果、2人は「大丈夫」と告げたが、そのことを知らないアランは、疑うような視線を2人に向けた。


「あっそ、おれはちゃんと忠告したからな」


 アランは呆れたように言うと、少しだけ2人の元から離れた。

 耳の奥で聞こえる鼓動は、胸が苦しいほどに脈を打つ。

 それは焦りからなのか、それとも不安からなのか、今の彼には分からない。

 しかし、彼は深く息を吐き出すと、全身に魔力を巡らせた。


 肌には鱗が浮かび上がり、手の爪は鋭く尖り始める。

 大きく開けた口には、牙が姿を現し、顔の輪郭が形を変えていく。

 体は徐々に大きくなり、彼はみるみるうちに姿を変える。

 そのあまりの大きさに、レティシアが一歩後退ると、彼は2人にブルーグリーンの瞳を向けた。

 赤いドラゴンに姿を変えたアランは、頭で背中をたたいて彼らに言う。


「背中に乗れよ」


 言われるがまま、レティシアとルカがアランの背中に乗ると、アランは不安げな瞳をルカに向けた。


「ルカ、悪いけど、レティシアが落ちないように頼むな」


「ああ、言われなくても分かってる」


 アランはルカの言葉に頷くと、大きく翼を広げた。

 彼の翼は風を切り裂き、力強い風の音が響き渡る。

 レティシアとルカは彼の背中にしっかりと掴まり、彼らの様子を(うかが)っていたアランは飛び始めた。

 アランの赤い鱗は月光を反射して輝き、彼のブルーグリーンの瞳は目的地を見据えている。

 ある程度の距離を進むと、大丈夫だと判断したのか、彼はスピードを上げた。


「アラン! アランはドラゴンになれたのね!」


「ああ、普通のハーフは中途半端にしか姿を変えられないみたいだけど、おれは魔力量が多いから、完全に姿を変えられるんだよ。このことがバレないように、普段この力は使わないけどな。――前に、ルカがおれの護衛をした時は、まだ力の制御ができなかったから、力の制御もルカに教わったんだよ」


 獣人族同士の子どもなら、必ずどちらかの性質を持って生まれることが多い。

 けれど、極たまに両方の性質を持って生まれてくる子どももいる。

 そして、アランは竜人と人族との間に生まれた子どもだ。

 人族と獣人族の子どもは、両方の性質を持って生まれてくる。

 そのため、両方の性質を持って生まれた子どもは、姿を変えることが難しいとされているのだ。


「そうだったのね!」


「それより、レティシアはドラゴンを見ても、驚かないんだな」


 レティシアは、アランの質問の意味が分からず、首をかしげた。


「なんで驚く必要があるの?」


「えっ? だってドラゴンなんて、初めて見ただろ?」


 レティシアは繰り返した転生の中で、ドラゴンを見たことがある。

 しかし、その時の彼女もドラゴンを見て驚くことはなかった。

 むしろ、ドラゴンを見て彼女は興奮してドラゴンに抱き付いている。

 その結果、その行動が逆にドラゴンを驚かせ、暴れさせる結果を招いた。

 そのため、今回はできるだけ落ち着いた対応をしたが、それが裏目に出たようだった。


「あっ……ほ、ほら! 私にはステラがいるから!」


 アランに言われ、普通は驚くのだと知ったレティシアは慌てて誤魔化した。

 だが、レティシアのことを支えていたルカの腕には力が入り、レティシアは誤魔化せなかったことを悟った。


(ルカ、誤魔化したことに気付いたよね……そりゃあ、気付くか……)


「ふーん。すっげぇ~怪しいけど、まぁいいよ。――後さ、城まで行かないから。城の近くには降りるけど、その後はレティシアに頼むよ」


「わ、分かったわ。アランありがとう」


 偽りのブラウンの瞳は、通り過ぎる風よりも早く前を見据えていた。

 ブルーグリーンの瞳はわずかに揺れ動き、赤い瞳は腕の中にいる人物を見つめる。

 アランは、急ぐようにさらに速度を上げた。

 それでも、ルカが器用に魔法を使っていたため、アランの背中に乗る2人が振り落とされることはない。


 通り過ぎていく風は、空が自由だと叫び、冷たい空気は彼らに寄り添う。

 3人の視線の先には、地平線が見え、王都を目指す彼らを待っているかのようだ。

 不安も焦りも、戸惑いも恐れも、全てを乗せた赤いドラゴンは、大空を優雅に羽ばたく。



 城が見えてくると、アランは徐々に速度を落とした。

 このまま進めば、降りる場所がないことを彼は知っているからだ。

 彼はゆっくりと羽ばたき始めると、高度が少しずつ下がり始める。

 だが、そんなアランを、レティシアが慌てて止めた。


「待って待って! 地面に降りなくても大丈夫よ。ちゃんと浮遊魔法(トリスティク)は使えるから問題ないわ」


「そっか、なら元の姿に戻りたいから、降りてくれる?」


 レティシアとルカがアランから降りると、彼はみるみるうちに人の姿に戻り始めた。

 鋭く尖った牙も爪も消え、先程までの光景が幻のようにすら感じられる。

 アランが完全に人の姿に戻ると、浮遊魔法(トリスティク)を使ったレティシアたちは、急いで城に向かった。


「レティシア、あそこに見える部屋に向かってくれ」


 アランに言われ、レティシアは彼が指定した部屋に向かう。

 そして、バルコニーに降りると、彼女は浮遊魔法(トリスティク)を解いた。


「悪いな、ここおれの部屋なんだよ」


 アランは淡々とした様子で言うと、魔力で窓を開けた。

 3人は気付かれないように気配を消し、そのまま室内へと入って行く。

 アランの部屋はあまりにも殺風景で、彼の性格からは遠かった。

 レティシアが部屋の中を見ていたことに気付いたアランは、悲しそうな声で言う。


「物が少ないだろ? いつ襲われてもいいように、あまりこの部屋では過ごさなかったんだよ」


 カーテンが付けられていない部屋には、王子に相応しくないテーブルとソファーが置かれ。

 壁の至る所には、鋭いもので切り付けられた跡が残っている。

 どんな環境で彼がこの城で過ごしたのか、レティシアには分からない。

 しかし、置かれている数少ない家具を見れば、頻繁に襲われていたことは容易に想像できた。


 アランはドアを開けると、先頭に立ち廊下を歩き始めた。

 白い壁からは冷たさが滲み、赤い絨毯は血を連想させる。

 彼は一瞬顔を(しか)めると、「おれは、城の壁と絨毯が嫌いなんだよ」と小さく呟いた。

 かつて暗殺者から逃げる際、傷を負った彼はこの廊下を通っている。

 その時に負った心の傷は、今も深い爪痕を残していた。


 暫く城の中を進むと、リビオ王の部屋の前にたどり着いた。

 辺りは静寂に包まれ、白い壁はより冷たく感じられる。

 アランはノックすることもなく、勢いよくドアを開けた。

 その瞬間、レティシアが空間消音魔法(サイレント)の魔法を部屋全体にかけた。

 突然開かれたドアに驚き、ルークは剣を抜いて走って向かってくる。

 けれど、レティシアの後ろからアランが姿を見せると、彼の動きがピタッと止まった。


「ア、アラン殿下?」


「ああ、おれだ。親父の容体が急変したと聞いて、帰ってきた」


「え、えっと……一体どなたから、お聞きになったのでしょうか?」


 カーテンレールの上で見つからないように部屋の様子を見ていたステラは、動揺したルークの声を聞いて透明魔法(インビシブル)を解いた。

 そして、自分の存在を示すかのように、彼女は『ステラだよ』と発言した。

 彼女はカーテンレールから飛び降りると、そのままリビオ王のベッドへと向かう。


 突然現れた存在に、ルークとディーンは驚き、困惑した表情を浮かべる。

 けれど、レティシアはそのことを気にする様子もなく、リビオ王の元へ向かうと、アランとルカも彼女に続く。


「詳しい話は、後でおれからする。だから、2人は少しだけの間だけでもいいから、黙って見ててほしい」


 突然のことに状況が理解できていない2人は、アランの発言にただ頷くことしかできない。

 室内は張り詰めた空気が流れ、理由が分からない緊張が走る。

 リビオ王の近くに向かったレティシアは、彼の手首から脈をとり始めた。

 険しい表情で彼女が手首から手を退けると、今度は彼の胸に耳を当てる。

 急いで起き上がった彼女は、指から魔法で小さな灯りを出すと、リビオ王の目を開き、指を左右に動かした。


(急がないと危ないわ、本当に使えない聖女ね)


「ねぇ、ディーンさん。この国で他者に魔力を流し込む行為は、違法かしら?」


 ディーンはレティシアに名前を呼ばれ、驚いた表情をした。

 しかし、彼はすぐにアランの方を向くと、アランは静かに頷く。


「それは、度合いによります。魔力の流れを感じさせる程度でしたら、全く違法行為にはなりません。ですが、全身を巡るように魔力を流し込む行為は、王の許可がなければ、違法行為になります」


「そう、それならアラン。今すぐ許可してちょうだい。今、リビオ王は許可が出せないわ、だからあなたが代わりに許可して」


 レティシアはリビオ王の脈を見ながら言うと、アランは眉間にシワを寄せる。


「悪いけど、それは許可できない」


 まさか断られると思っていなかったレティシアは、アランの言葉を聞いて思わず手を止めた。

 沸々と湧き上がる怒りは、どうしようもない現実を彼女に突きつける。

 けれど、怒っても仕方ないと思うと、彼女は静かに目を閉じ、深呼吸を繰り返した。

 この国の、次の王が出した決断だ。

 もうこれ以上、レティシアにはどうすることもできない。


「あっそ、ならこのまま自分の親が死んでいくのを、その目で見ておくのね。私は、もう何もできないわ」


 レティシアは両手を上げて言うと、リビオ王に背を向け歩き出した。


(このまま、ここに残ってもなんの意味もないわね。助けたくてここまで来たのに、アランは違ったの?)


 レティシアはそう思うと、悔しさから握った拳に力が入った。

 リビオ王の生死は、この国の将来を左右するかもしれない。

 しかし、レティシアがアランに知らせたのは、彼に自分と同じように後悔してほしくなかったからだ。


「ステラ、帰るわよ。乗せてってちょうだい」


 なんとか気持ちを落ち着かせようとしたレティシアだったが、やり場のない怒りはなかなか収まることはない。

 名を呼ばれたステラは、リビオ王のベッドから飛び降りて窓の方へと向かう。

 だが、彼女はふと足を止めると、振り返ってアランの方を向いた。

 そして、レティシアにだけ聞こえないようにテレパシーを使う。


『良かったね。自分のお父さんの死に際に間に合って』


 それだけ言ったステラは走り出し、レティシアが開けた窓からバルコニーへと出た。

 その瞬間、彼女は一瞬にして元の大きさへと姿を変える。

 ステラの姿を見たディーンとルークは、驚きのあまり口を手で塞いだ。

 それは、決してステラの大きさに驚いたのではなく、フェンリルがこの場にいることに驚いたのだ。


「待って! 状況をちゃんと説明してくれ。それから許可するか、もう1度考えるから」


「もういいわ。そんな時間もないもの」


 アランの言葉を聞いたレティシアは、振り返らなかった。

 だが、レティシアが答えた直後、リビオ王の呼吸は荒くなり咳をしだした。


「陛下!」


 ディーンは慌ててリビオ王の様子を確かめると、リビオ王は口から血を吐いている。

 ついに始まったんだとレティシアは思うと、近くにいたステラをなでた。

 それが合図だったのか、ステラは姿勢を低くし、レティシアが乗りやすいようにした。


「なぁ、頼むよ……説明してくれよ」


 泣きそうな声でアランが言うと、レティシアは大きなため息をついた。


「分からないわよ。だから、魔力を流して、その原因が知りたかったのよ」


「……許可する。許可するから……親父を助けてくれ……」


(そういうなら、なんでさっき許可しなかったのよ!)


 アランの今にも泣きそうな声がレティシアの耳に届くと、彼女の感情が複雑に絡み合った。


『レティシア、行って。今ここで帰ったら、きっと後悔するわよ?』


 レティシアが怒っていたことなど、ステラには分かっていた。

 だからこそ、怒りに任せ、帰ってしまったら、彼女が後悔することもステラは分かっている。


「分かったわ……だけど、私が何を言っても質問しないで、指示に従ってほしい。それができないなら、きっぱり今ここで諦めてちょうだい」


「ああ、分かった……従うよ」


「……ねぇ、ステラ、ステラも力を貸してちょうだいね……」


『いいわよ』


 レティシアは両手を広げステラを抱きしめ、白い毛並みに顔を押し付けた。

 そして、ステラから離れると、彼女は足早にリビオ王の元へと向かう。

 小さな姿に戻ったステラも、レティシアの後に続く。


「これから、私の魔力をリビオ王の全身に流し込むわ。だけど、その後の処置も考えたら、私の魔力だけじゃ足りないの。だから、ステラは私の手に触れて、魔力を流してちょうだい。アランはリビオ王の負担を少なくするために、私に魔力を流して」


『分かったわ』「分かった」


 ステラはレティシアの左手に手を乗せ、アランはレティシアの右肩に左手を置いた。


「それなら、俺も手伝うよ」


 ルカは冷静な声で言うと、レティシアの左肩に右手を置き、魔力を流し始めた。

 精霊と契約しているルカの魔力には、精霊の魔力が混ざっている。

 そのため、精霊と会話ができるレティシアには、とても扱いやすい魔力だ。


「アランとステラも、徐々に魔力を流してちょうだい」


 アランとステラは、レティシアの指示に従い、彼女に魔力を流し始める。

 すると、レティシアは彼女の中にある魔力を、目を凝らして見つめた。


 彼女以外の魔力が体内に入ったことで、魔力の湖は荒々しく渦を描くように荒れ狂う。

 大きな波を立て、今にも湖からは魔力の波が溢れようと押し寄せる。

 だけど、レティシアはできるだけルカの魔力に集中し、魔力の湖を整えていく。

 次第にレティシアの中にある魔力の湖は、渦を描くのをやめ、穏やかに波紋を描く。

 けれど、それも最終的には収まり、彼女の中でひと時の静寂が訪れる。

 そして、一滴の雫が水面に落ち、波紋が広がっていく。

 波紋が通った後には、水面が鏡のように波1つもない状態に変わる。

 その瞬間、レティシアはリビオ王の右手から、血流に混ざぜるように魔力を流し始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ