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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
4章

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第96話 運命の狭間で(1)


 真っ暗な部屋に、深いため息が響いた。

 月は分厚い雲に姿を隠し、まるで真実までも隠している気さえしてくる。


 ステラが城に向かって、今日でちょうど1週間だ。


 王妃の所に送り込んだ黒蝶からは、相変わらず女性の許しを請う声と、王妃の罵倒や怒鳴り声が聞こえてくる。

 ステラが王妃を監視していた時も、毎日のようにレティシアは聞いていた。

 だが、それは感覚を共有していた時だけの話だ。

 しかし、黒蝶に変わってからは、常にあの部屋の会話が聞こえ苦痛に変わった。

 人の悪口や、相手を見下す発言を、毎日聞くこと。

 それが、こんなにも不愉快でいやなことだと、レティシアは改めて知った。


 レティシアは痛む頭を押さえると、部屋に満ちる静寂を背に、ステラと共有していた城での出来事を思い返していた。

 彼女は城に移動したステラに、一通り城内を見て回ってもらっていた。

 そして、この国の行く末を握っているリビオ国王陛下の様子も、その時に確認してもらっている。


 リビオ王の容体は、レティシアが想像していた以上に悪かった。

 だけど、なかなか起き上がれないことが、彼女には理解できなかった。


 なぜなら、城の中には教会に所属している、聖女がいたからだ。


 レティシアの知識にある聖女は、ある程度の病は治せた。


 例えばだが、風邪や感染症、解毒薬で治せない毒でも、簡単に治せるのが聖女だ。

 それが治せない毒となると、毒ではなく呪いも考えられる。

 しかし、たとえ呪いだとしても、聖女なら解呪が可能だ。

 そのことを考えると、レティシアはさらに理由が分からなくなった。


 レティシアが過去の転生であったことがある聖女もそうだったが、今世でも本に書かれていた聖女は、解毒も解呪もできると記載されていたのだ。


 考えれば考えるほど、レティシアは迷路に迷い込んでいくような感覚に陥る。

 彼女はおもむろに立ち上がると、暗い部屋の中をウロウロと顎を触れながら歩き回った。


(今、この国で起きている出来事を、1度整理した方がいいわね)


 そう思ったレティシアは、その場に座ると陰影魔法(シャドウ)を使い、手元を明るくするために灯光魔法(ルミナス)を使った。

 彼女は空間魔法の中から、羽根ペンと紙を取り出し、時系列を書いていく。


 ・魔物の狂暴化。


(これは、魔物が操られていると考えて、間違いないわね)


 ・リビオ王が倒れる。


(これは、倒れた明確な答えが出ていないわね。ステラは毒だと思うって言っていたけど……本当のところは、まだ分からないわ)


 ・アランが討伐隊に組み込まれる。


(この件だけど……これは明らかに、アランの命を狙いやすくするためだと、考えて間違いなさそうね)


 ・噴水広場で女性の遺体。


(女性の遺体は、魔物にやられた傷跡が残っていたし、近くに魔導師であることを証明するバッジが落ちていたわ。でも、そのバッジが変なのよね……争った痕跡はなかったから、あんな場所に普通は落とさないと思うし……もし仮に落としても、すぐに気付くはずだわ。そのことを考えると、魔塔の犯行だと思わるための細工か……どちらにしても、わざとあそこに置いたと考えて間違いないわね)


 ・ガルゼファ王国と戦争が起こる可能性。


(女性の遺体の近くに、バッジが落ちていたから、魔物も女性も魔塔の仕業だと思われているのよね……そのため、エルガドラ王国では、戦争に備えて戦力を集める流れが起きているわ。このまま、リビオ王が亡くなったりでもしたら、確実に戦争が始まってしまいそうね……)


 ・魔の森と街の中でステラが見た、不審な男たち。


(魔導師のローブを着た男性……そして、ステラが見かけた不審な男性たち。これも、ただ奪ったローブを着ていたのか、それとも本当に魔導師だったのか、定かじゃないわね)


 ・王妃殿下。


(人族を城の地下牢に閉じ込めているけど、王妃に仕えているなら、彼女たちも貴族よね? あんなことをしても、大丈夫なのかしら?)


 レティシアは人差し指と中指で羽根ペンを挟むと、クルクルと回しながら考えた。

 だが、一向に考えがまとまらない。

 ラウルと会った日から今日まで、ラウルからの連絡は何もない。

 そのため、向こうの進行状況も分からず、レティシアはさらに頭を抱えた。


(あーー、もう! 一体なんなのよ!! このままでは、本当に戦争が起きてしまうわ)


 焦りからか、レティシアは苛立った様子で頭をかきむしると、そのまま後ろに倒れて大きなため息をついた。


(何かが足りないのよ、でも……その何かが分からないわ)


 レティシアはそう思うと、静かに目を瞑り、気持ちを落ち着かせようとした。


 深い闇は彼女の思考すら、闇に沈ませる。

 時計の針は心地よいリズムを刻み、夢の中へと誘う。

 しだいに、重たくなる瞼を、彼女は開けることも困難になり、スーッスーッと寝息が聞こえ始める。

 静かな夜は、暫しの休息を人に与え、心の迷路から救い出す。



 月は次第に姿を現し、華麗にリグヌムウルブの街を照らし始める。

 しかし、そんな静かな夜を、引き裂くような声が、レティシアの頭に響いた。


『レティシア! レティシア!』


「……なに……よ……うる……さい……」


『レティシア! 起きて!』


「……もう……今何時よ……」


 レティシアは寝ぼけながらも、あくびをして陰影魔法(シャドウ)灯光魔法(ルミナス)を解いた。


『日付が変わって夜明け前よ! そんなことよりも、王様の様子が変よ!』


 王様と聞いたレティシアは、勢いよく起き上がると、ステラの視覚と聴覚の感覚機能を繋げる。


『リビオ王の様子が変って、どういうこと?』


『詳しくは分からないわ。でも、ステラが城内を探索していたら、王様の容体が急変したって、兵士が言っていたの!』


 ステラは赤い絨毯が敷かれた長い廊下を走りながら、今の状況を説明した。

 そして、彼女は人が集まっている部屋に、扉が閉まる前に急いで入って行く。

 ステラは人々の足元をすり抜け、王が眠るベッドに近寄った。


 周りがステラに気付かないのは、彼女が気配を消しているのもあるが、首輪にも秘密があった。

 レティシアがステラに渡した首輪には、透明魔法(インビシブル)が付与されている。

 その付与を、ステラは器用に使っているのだ。


「陛下! しっかりしてください!!」


 部屋の中では、男性がリビオ王の側で手を握って必死に声をかけ続けている。

 その隣には、騎士が立っていたが、服装や装飾から見て、リビオ王の護衛騎士なのだろう。


 ステラは部屋を見渡せる場所を探していたが、結局いい場所が見つからなった。

 そのため、猫ではないのに、カーテンレールの上に登った。

 そこからは、ベッドで眠るリビオ王の姿が良く見えた。

 リビオ王の顔色は土のような色をしており、とても息苦しそうに息をしている。


 この部屋には、聖女と思われる女性と精霊を連れている男性、王の従者と思われる男性。

 そして、4人の近衛兵と6名のメイドの他にも、なんらかの役職に就いていると思われる貴族までもが、野次馬のようにリビオ王の音室に集まっていた。


 ステラと視覚を共有で見ていたレティシアは、この状況に頭が痛くなった。

 普通なら、一国の王が寝込んでいるところに、常識を持った貴族やメイドは、こんなに集まらないからだ。


 1部だけ黒い髪をした男性は、悔しげに下を向くと灰色の髪を左右に揺らした。

 彼はリビオ王の手を握り、振り返ると片方だけかけているメガネに部屋に居た者たちが写る

 彼はキッと黒い瞳で彼らを睨むと、冷静に指示を出す。


「聖女様と精霊師様だけこの部屋に残って、後は退室してください。必要があれば、私がお呼びしますので。――それと、ルーク殿、悪いがこの場に残ってくれ」


 ルークは呼ばれた灰色の髪の護衛騎士は、狼特有の耳をピンと上げ、灰色の瞳で前を見据える。

 背筋を真っすぐ伸ばした彼は、胸に手を当てながらはっきりとした口調で答える。


「ディーン殿、分かっております。自分が陛下の側を離れる時は、死ぬ時だけでございますので、ご安心ください」


 他の者たちは、ディーンと呼ばれた男性の指示に従い、小言を言いながらもゾロゾロと部屋から出て行く。

 その様子を見ていたディーンからは、ため息がこぼれた。

 きっと彼もレティシアと同じく、野次馬のように国王の寝室に来た彼らの行動に、呆れてしまったのだろう。


「ルーク殿、すまないな。――それでは早速ですが、聖女様、精霊師様、どうか陛下の容体を見ていただけませんか?」


「分かりました。では、ワタシから先に見ますね」


 ピンクのウェーブした髪が弾み、聖女と呼ばれた少女は軽い足取りでリビオ王の近くに向かった。

 彼女の淡いピンクの瞳がリビオ王を映し、横たわるリビオ王の上に手を向ける。

 彼女はレティシアでも聞き取れないほど小さい声で何かを呟くと、リビオ王の周りに淡い光が広がっていく。

 そして、その光が消えると、聖女は口を開く。


「先日と同じ見解です。回復魔法をかけておきますか?」


 ルークは口を開いて話し始めるような行動を取ったが、その前に精霊師が口を出す。


「その前に、じぶんも陛下の様子を確認します」


「はい! お願いします!」


 ルークではなく聖女が答えると、深い緑色の髪の男性が動いた。

 精霊師は聖女と同じように何かを呟きながら、リビオ王に手を向けた。

 すると、先程と同じようにリビオ王の周りには、淡い光が広がりその光が消える。


「じぶんも、聖女様と同じ見解です。聖女様、回復魔法をお願いします」


 精霊師は茶色の瞳に聖女を映しながら言うと、聖女は頬がほんのりピンクに染まる。

 そして、彼女は嬉しそうに彼に向かって微笑んだ。


「分かりました!」


 床に膝をついた聖女は、祈るように手を組むと唱える。


天使の羽(アンゲルス・プルメ)


 その瞬間、レティシアは驚いてしまった。

 その驚きは、今世で初めて聖女の祈りを見たからではない。

 レティシアが考えていた回復魔法を、聖女が使わなかったからだ。


(信じられないわ……あれは、回復効果の低い魔法よ! まさか、聖女はあの回復魔法しか使えないの!? だから、リビオ王の容体も、未だに回復しないの?)


 それでも、聖女が回復魔法を使ったことで、先程まで苦しそうに息をしていたリビオ王の呼吸は落ち着いた。

 しかし、それはステラがこの部屋に来た時と比べた時の話だ。

 リビオ王の顔色と息苦しさが、多少良くなっただけで、もう大丈夫だと言える状況ではない。


「これで、ひとまず安心です。では、ワタシはこれで失礼します」


「では、じぶんもこれで失礼します」


「ありがとうございます」


 聖女と精霊師の2人は頭を下げると、ディーンも彼らに頭を下げた。

 そして、聖女と精霊師は、満足げに部屋を出て行った。


「また、回復効果の低い魔法しか使わなかったな」


 悔しそうにルークが震えながら拳を握ったが、ディーンは鼻で笑った。


「ああ、使わなかったんじゃなくて、実は使えなかったりしてな」


 2人とも、聖女が回復効果の低い魔法を使っていたことは分かっている。

 しかし、彼らは聖女に対し、何も口出しができない。


『レティシア、どうする? 近付いて王様の様子を見る?』


 レティシアは先程のリビオ王の容体を考えると、ゆっくりしていられないと思った。

 今の状況は、一刻を争い、次にまた同じ状況になればリビオ王は助からない。

 これまでの経験から、彼女は瞬時に結論を出した。


『ステラ、少しだけ待ってて。ルカとアランに状況を報告してから、私もそっちに行くわ』


『あ~レティシア、ステラの首輪に、転移魔方陣(ムーブコネックテ)を仕組んだの? この首輪、ステラだけじゃ取れないよ?』


転移魔方陣(ムーブコネックテ)じゃないわ、だけら安心してちょうだい』


『そう、それならいいわ』


 レティシアは立ち上がると、急いでルカとアランが眠っている部屋へと向かった。

 慌ただしく動く彼女の心臓とは違い、月明かりが照らす室内はとても静かだ。

 けれど、今すぐに伝えないと思うと、気持ちが焦り、無意識が働く。


 部屋の前に着いたレティシアは、ドアを勢い良く開けると喉にチクッとした痛みが走る。

 突然、喉に突き付けられたナイフが、より彼女の心臓を激しく動かした。

 暗闇に中で重たいため息が聞こえると、ナイフはスーッと喉元から離れていく。

 ルカは、無意識に気配を消していたレティシアを、刺客だと思ってナイフを喉元に押し付けたのだ。

 彼はレティシアの首にできた傷にハンカチを当てると、呆れたように話す。


「レティシア、前にも言ったけど、気配を消して勢いよくドアを開けないでほしい……こういうことが起きるから」


「ごめんなさい。急いでいたから、何も考えていなかったわ」


「何があった?」


 ルカは部屋の明かりを点けると、アランがガウンを羽織りながらベッドから出てくる。

 明らかにレティシアの様子が違うことに、2人は気付いた。

 しかし、慌ててしまえば、状況はさらに悪くなる可能性がある。

 そのため、2人はできるだけ冷静を装った。

 レティシアが真っすぐアランを見ると、彼女は真剣な面持ちで話し出す。


「リビオ王の容体が急変したの」


 アランは、レティシアの言葉を聞き、一瞬だけ手を止めた。

 けれど、彼はベッドの脇にあった水差しから、コップに水を注ぎ、水を一気に飲んでいく。


「なんで、レティシアがそれを知ってるの?」


 アランはレティシアの方を振り向かず、優しい口調で彼女に尋ねた。

 彼の中で、動揺がないわけではない。

 所詮、普段大人のように振る舞っていても、体の成長が速いだけで、彼はまだ子どもである。

 だけど、彼はこの国の王子であり、その自覚が彼を冷静にさせた。


「気になることがって、城にステラを向かわせたのよ」


「ふーん。それで、親父はどうなった?」


「聖女と精霊師が見たけど、あまり良いとは言えないわね」


「そっか……。報告してくれてありがとう」


 アランがガウンを脱ぎ始めると、レティシアは慌てて話す。


「あ、あのね! それで私、浮遊魔法(トリスティク)を使って、1人で城に行こうと思うの。ダメかな?」


「ダメだ。俺がいいって言うわけがないだろ」


 ルカは苛立った様子で言ったが、レティシアは引き下がらなかった。

 いや、引き下がれないのだ。

 今リビオ王が亡くなれば、間違いなく国民は暴動を起こす。

 その流れで戦争が始まってしまえば、ヴァルトアール帝国はエルガドラ王国に手を貸さない。

 そのことを考えれば、レティシアは引き下がるわけにはいかない。


「でも、リビオ王の命がかかっているのよ? 私は、このまま見殺しになんてできないわ!」


「ルカ、いいよ。おれが2人を城に連れて行くよ」


 アランは服を着替えながら、いつもより弱々しい声で言って振り返った。


「悪いんだけど、できるだけ暖かい格好してくれると助かるよ」


 レティシアが見たアランの顔は、いつもよりも頼りなく、今にも泣きそうな表情だった。


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