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13:貧しさという罪 アニー ③

 宙に映し出された様々な文字はあたしの才能を示しているとすぐに分かった。以前から神殿の奥には才能を計ることが出来る道具があると聞いていたから。それに神殿に才能を計りに来た、貴族や裕福な商人の子供達が自分の才能はこんな風に凄かったと神殿の中庭で自慢しているのを何度か盗み聞きしたことがあったから。


 なんでそんなところにいたのかと言うと、あたしが配給で貰った食事を台無しにされたことがあったからだったりする。犯人はあたしよりかはマシな家の子供達。自分たちよりも貧しい見下せる対象のあたしがいたことが理由だろうか。何をしても良いと判断したのか嫌がらせを受けていた。あたしがアルファルド様に出会う切欠となったあの怪我も彼らのせいだったりする。


 アルファルド様が生きていたころはきつく叱ってもらえたし、守ってもらえたので嫌がらせは無かった。でもアルファルド様が亡くなった途端にあたしを見つけたら嫌がらせを再開するようになったのだ。奉仕作業を自分からするようなタイプではない彼らが神殿で奉仕作業をするのは、単純に親に言われたからで別に配給が無くても彼らは何も困らないのだ。だからあたしみたいにここでの食事が大事な人間の気持ちは理解できないと思う。


 宙に映し出された才能を目に焼き付けて急いでここを離れる。あたしが水晶から手を離すと宙の文字も消えていった。見つからないうちに急いで逃げないといけなかった。見つからないように急いで戻ると次の患者の治療が始まっていた。


 何事もなかったように振舞いながら治療の手伝いを再開する。絶対にバレるわけにはいかなかったし、様子がおかしいなんて思われたら面倒だ。大した休憩も出来なかったけれど、あたしは平気だった。あの宙に映し出された才能のことで頭がいっぱいだったから。短い時間だったけれど主な才能はちゃんと記憶してきた。それにしてもあたしの才能の中に大した才能が何もなければ絶望していたかもしれない。


 でもあたしにはあったのだ、十分に生きていけるだけの才能が。才能値の基準はアルファルド様に聞いていたから見ればすぐに理解できた。嬉しいことに神聖術や治癒術は八十を超えていた。薬学は残念ながら大したことなかったので治癒師になるのは難しいかもしれない。アルファルド様から聞いたところによると治癒術、神聖術、薬学が一定以上ないとなれないらしいから。それでも癒し手としては十分やっていける数字だということは確かだった。


 アルファルド様には感謝してもし足りないくらいだと思う。文字や才能のことを教えてもらっていなかったらこんなチャンスは無かった。癒し手としてもやっていける才能がとても嬉しかった。ただそれ以上に気になることがあった。


 話術、詐術、心理術という才能が全て百を超えていたのだ。話術は何となく理解できるけれど詐術と心理術がいまいち意味が分からなかった。後で時間を作って神殿の図書室で調べてみようと思う。今まで何度も奉仕作業を続けていたあたしは神殿ではそこそこの信頼は得ている。おかげで読むくらいなら許可を出してもらえていた。もっとも最近は癒やし手の見習いとして少しばかりのお金ももらえているから奉仕作業とは言えないかもしれないけれど。


 家族はあたしの行動に興味が無いようで母は気にもしていないようだ。妹はいつも誰かの世話になっているのでそもそもほとんど顔を合わせない。父は酒代さえあれば大人しいので神殿から貰うお金の半分を渡しておけば問題は無かった。


 結局怪我人の治療が落ち着いたのは夜遅くなってからだった。こんな時間に家に帰ればどんな目にあわされるか分かったものじゃない。どうせ家に帰らなくても気にもしない人たちだ。あたしは治療を手伝うということで一週間ほど神殿で寝泊まりさせてもらえることになった。家には神殿から連絡してくれるらしい。






 それからあたしは空いた時間を使って図書室で勉強という名目であたしの才能の意味を調べていく。必死で探したおかげか三日ほどで詐術と心理の意味も分かった。詐術は文字通り誰かを欺くことに長けていること、心理は人の心を読み解くことに優れていること。


 言われてみればだんだんと父の機嫌が手に取るように分かるようになっていった気がする。あの頃は何とも思っていなかったけれど心理術のおかげだったのだろうか?


 でもこんな才能でどうしろというのだろう? 詐術なんてあたしの頭じゃ誰かを騙すことくらいしか思いつかない。話術が得意なのは救いだけれどそれだけじゃ食べていくのは難しい。話術や心理術なんてお貴族様や商人なら使い道もあるかもしれないけれど、貧しい平民にはそんな機会なんてないのだから。使い道のない苛能なんてあっても無いのと同じだ。あたしはこれらの才能を忘れることにした。


 凄い才能かもと浮かれていた気持ちはすっかり沈み込んでしまった。そんなあたしを見て神官達は気晴らしでも行っておいでと言ってお使いを頼んできた。あまった分はお駄賃としてくれるらしい。お菓子一つくらいなら買える金額は残ると思う。アルファルド様が亡くなった後もケートの神殿の皆は優しくしてくれる。あたしは神殿と言う組織は嫌いだけれどケートの神殿の皆は好きだった。


 無事にお使いを済ませて焼き菓子を一つだけ買うことが出来た。甘い匂いに美味しそうな焼き目のついた焼き菓子だった。確か名前はマドレーナだったかな?


 焼き菓子の匂いを楽しみながらあたしは考えていた。これからどうやって生きていこうかと。いつまでもあの家にはいたくなかった。とは言え使い道のない凄い才能は活かすことは出来そうにない。けれど癒し手としてならこのままケートで生きていけそうなのだからそれでいいじゃんと思い始めていた。それに癒し手になれば今みたいな酷い貧しさからは抜け出せると思うから。だから今は修行を頑張ろうかな……うん、きっとそれがいいよね……たぶん。


「おい、残飯女! お前何持ってるんだよ!」


 そんな風に気を取り直したあたしの前にいつの間にかいつも嫌がらせをしてくる男の子が立っていた。マーカスと言って同じような貧乏な平民なのにあたしに嫌がらせをして憂さ晴らしをしてくる嫌な奴だ。いつも誰かのミスを見つけることを生きがいにしているような男の子で神殿の奉仕作業中も遊んでばかりで役には立ってはいなかった。マーカスの後ろには道を塞ぐように取り巻きの二人が立っている。


 以前嫌がらせでダメにした配給の食事を必死で搔き集めようとするあたしを見て笑いながらあたしを残飯を食べるような女と笑ってからあたしのことを残飯女と呼ぶようになったのだ。同じ貧しいくせに食事の大事さを理解できないなんてなんて悲しい人間なのだろう。


「……神殿のお使いの帰りだから邪魔しないで」


「お使い~? だったらなんで焼き菓子なんて持ってるんだよ!? どうせ盗んだんだろう!?」


 バカを言わないで欲しい。そんなことをして食べた物になんの幸せがあるのだろう。盗みなんかしても誰も幸せにはならないのだ。貧しいからって心まで貧しくなった覚えは無かった。


「……お使いのお駄賃で買ったモノだから盗みなんかしていない。いいからそこをどいて」


「へー、お駄賃ねぇ。なぁ、残飯女それ俺にくれよ」


「嫌だ!! なんであんたなんかにあげないといけないのさ!!」


 あたしが拒否をして逃げようとするといつの間にかあたしの後ろに取り巻きの一人が移動してきて焼き菓子を持つ腕を掴んできた。力強く握られて痛みのあまり焼き菓子を落としてしまう。


「おいバカ! 落ちたら食えないじゃないか!」


 マーカスが取り巻きの一人に怒鳴るけれど落ちてしまった焼き菓子は土塗れになっていた。美味しそうな甘い匂いは埃にかき消され美味しそうな焼き目のついた表面は汚れてしまって見る影もなかった。


「ああ……ああ……なんで……どうして……」


 悲しくて震える手で拾おうとしたあたしの目の前で焼き菓子は踏みにじられた。マーカスが汚れた足で何度もあたしの焼き菓子を踏みにじる。


「落ちたもの食おうとするから残飯女なんだよ。それくらい分かんないのかお前は?」


 私が何かしたのだろうか?


 ただ貧しいというだけでこんな目に会わないといけないのだろうか?


 あたしのせいじゃないのに!


 あたしが悪いのならそれは仕方がない!!


 でもあたしが何をしたんだよぉ……誰か……教えて……


「けっ、泣いてやんの。いいか残飯女! お前は僕よりも貧乏なんだからそんな綺麗な服なんか着ているのはおかしんだからな!」


 そう言ってあたしを蹴り飛ばしてくる。あたしは受け身も取れず転がってしまう。白い見習い神官服が土に汚れてしまう。まるであたしの心まで汚されたように感じてしまった。去って行くマーカスに何も言い返せないあたしは悲しくて悔しくて涙が止まらなかった。


 ――アルファルド様に会いたかった






 第三の転機はほんの小さな幸運から始まった。それはいつものように市場へのお使いを頼まれた帰り道のことだった。市場が混んでいたり細々とした用事のおかげで遅くなったあたしは急いで帰ろうと表通りを外れ裏道を通って近道をすることにした。


 あまり裕福ではない人が多い地域だから治安は決して良くないけれど、慣れているから問題はなかったし、神殿関係者だと分かるように見習い神官服を借りているから大丈夫だった。神殿関係者にちょっかいを出すほど頭の悪い連中はもっと貧しい地域に住んでいる。あたしの実家もそこに近い場所だからそういう連中のことは良く知っていた。もっともマーカスのようなやつがいるから絶対にいないとは言えないけれど、昨日からマーカスはいたずらのし過ぎで衛兵に捕まって牢屋に入れられている。明日には出てくると思うけれど今日は大丈夫だった。


 あれからあたしは話術や詐術のことを考えないようにしていたけれどどうしても頭の片隅にちらほら浮かんでしまっていた。どうしてもうまく活用できる方法が無いか考えてしまうのだ。無駄としか言えない行為だけれど、そう簡単に割り切ることなんて出来なかった。百なんて数値は本当に凄い才能なのだ。本当は簡単に諦めることなんて出来る訳がなかった。


 急ぎ足で歩いていると足元でちゃりんと音がした。おや?と思って見てみると足で何かを蹴飛ばしたようで、転がって行って近くの家の壁にぶつかって止まっていた。良く見てみればそれは一枚の金貨だった。


「うそ!? 金貨!!」


 あたしは慌てて拾い上げて誰にも見られていないか辺りを見回した。幸いなことに誰にも見られていなかったようでホッと胸を撫で下ろす。人気のない道だったのが幸いしたみたいだった。金貨なんてすごい大金手にしたことなんてなかったから心臓がバクバクと音を立てている。もっとも見たこともないのだからこれが金貨だとは断言できないけれど、金色に光るお金なんて金貨以外には有り得ないと思う。


「……どうしよう、こんなの見つかったら取り上げられちゃう」


 最近父があたしを家に戻せと言ってうるさいようだった。神殿側も癒し手としてそれなりに使えるようになってきたあたしを手放したくは無いようでまだ帰らずにはすんでいるけれど、そろそろ一度帰らないといけないだろう。癒し手なんて独学で学んでなれるものじゃない。だから神殿で学べることはありがたかったのに。それにしても今まで酒代さえ渡していれば何も言わなかったくせに何があったのだろうか?


 考えたくはないが無視も出来ない困った話だった。今は神殿が父に強く言ってくれるから問題にはなっていないけれど、これ以上神殿に迷惑はかけたくない。もっとも将来的には神殿に属する気はないのだから矛盾しているのかもしれないけれど。ケートの神殿なら好きだけれど、アルファルド様を追いやった中央神殿の連中の仲間になんてなりたくはなかった。だからある程度癒し手として動けるようになったら冒険者になるつもりだ。


 とにかく金貨なんてものを持っていることがバレればどんな目に合うか分からない。急いでここを離れようとしたときだった。


「……なぁ、そいつ俺にくれないか……?」


 気づいていなかった、少し離れた場所に人がいたなんて。壁に寄り掛かるように座りながら顔色の悪い男がこっちを見ていた。粗末な革の胸当てに剣を挿しているところをみると冒険者だと思う。みすぼらしい見た目に反してピアスだけは輝いて見えた。あたしが見てきた中ではだいたいこういうタイプは失敗して何もかも失って万策尽きたタイプの冒険者。その証拠にあたしの金貨から目を離そうとしない。だってこういう冒険者はあたしみたいに奉仕作業にやってくるから見たことがあるのだ。


「もう三日も何も食ってないんだ……。もちろんタダとは言わない、俺の持っている……マジックアイテムと交換だ」


 信用できるはずがないのに男はあたしにそう言ってくる。マジックアイテムなんて話に聞いたところじゃ金貨一枚でも買えないようなものばかりだそうだ。なら男の話は嘘ということになる。だって金に困っているならそのマジックアイテムを売ればいい。


「お金が欲しいならそのマジックアイテムを売ってくればいいのでは?」


「へへっ、いろんな連中から嫌われちまってな……どこも買ってくれねぇか、買い叩かれる始末さ」


 何をしたのか気にはなるけれどあたしには無関係でしかない。無視してこの場を立ち去ろうとしたとき、男はピアスを見せて話がまだあるんだと言って呼び止めてきた。思わずあたしは足を止めてしまう。


「……待ちなよ、あんたは俺を無視して去って行ってもいいはずなのに一応話だけは聞こうとしたろ? それはこいつの……効果さ。こいつは親和のピアスっていって貴族が使っている香水よりも上等な代物だ。親和の香水は第一印象を良くするって言われているが、つまりは人に好感を持たれやすくなるってことだ。どうだ? 使えるだろ? な? な?」


 男の必至な様子をあたしは笑うことは出来なかった。それでもここで同情なんかしたってあたしが苦しくなるだけ。もしかしたら本当にマジックアイテムの効果で話くらいは聞こうと思ったのかもしれない。でもそれが何だというのだろうか……でも。


 だからと言ってここで見捨てればあたしはマーカス達と何が違うのだろうか?


 貧しいからと言って蔑んで良い理由なんかにはならない。あたしは冒険者の前に金貨を置いた。そもそもこれは拾ったものなのだからあたしの物でもないし。だったら少しでも必要とする方に渡した方がいいだろう。アルファルド様もきっとその方が喜んでくれる。


「金貨はここに置くから。それじゃあ」


 あたしがそう言ってこの場を離れようとすると冒険者は慌てて声をかけてきた。


「ちょっと待った! な、なんも渡さずにってのは無しだろ。恵んで欲しいわけじゃないんだ!」


「だったらどうしろって? あたしはマジックアイテムなんかもらっても困るんだけど」


「あーっ、もう!! なんかねぇかなぁ?」


 冒険者はそう言いながら頭をかきむしる。ただいろいろ飛んでくるから止めて欲しい。


「そもそも何をしたの?」


 あたしがそう聞くと冒険者はあーっと唸った後困ったような顔をした後話し出した。


「大きな声で言えないが俺には話術と詐術の才能があってな。そいつでいろいろ上手いこと話をしてこれまで生きてきたんだわ。中には詐欺紛いなことだってしてきた。ただ、そんなことはいつかは報いが来るのも当然だわなぁ。おれのついた嘘がいろいろバレちまってあちこちから恨みを買っちまった。中にはおれが洗脳じみた真似をした人もいたから余計に恨みを買っちまってな。おかげで冒険者として生きていくのは無理になったし、マジックアイテムの買取すら手を回されてままならない」


「自業自得では?」


「ま、そうなんだがな。もっとも俺がそんな真似が出来たのもこいつのおかげさ。この親和のピアスがあればだいたいの人が話を聞いてくれるからな。あとは俺の才能次第さ」


 最低な話だけれど不思議ともっと話を聞いてみたいと思ってしまった。あたしが使い方が分からなかった才能を実際にここに使った人がいたのだ。気が付けばあたしは自分の才能を目の前の冒険者に話していた。


「ひゃっ、百ってお前さん凄まじいな!……お前さんはどうしたいんだ?」


「あたし?……どうしたいのか分からない」


 実際この才能を使ってどうしたいのかなんて何もなかった。だからそんなことを聞かれても答えられるはずがない。ただ何とか利用できないかと考えてしまうだけだったのだ。


「よし! お前さんは暇なときになんか飯を持ってきてくれ。その代わりに俺がお前さんにその才能の使い方を教えてやる。百もあるんだ、育てないのはもったいないし自覚がないまま使っちまうのも危ない。どうだ? 悪くない取引だろう?」


 冒険者はあたしが才能を知っていることには何も聞いてこずに逆にこんなことを言い出した。確かに何も方法が分からないあたしには助かる提案かもしれない……でもどうしてこんなことを?


「不思議そうな顔をしているけれどまぁ、簡単に言えば同情だな。俺も使い方が分からなくて苦労したからな。お前さんもそんな格好しているけれど貧民だろ? そういうのは見りゃ分かるんだよ」


 同情か……それでも良かった。このままスッキリしない思いを抱えていくよりは各段に良かったから。それに食料と引き換えなら向こうだって適当なことは言わないだろう。


「んじゃ取引成立だな。俺はライアーって言うんだ、よろしくな!」


 あたしはこうしてライアーに教えてもらうことになった。食料はなんとか切り詰めていけば出せそうだから教えてもらえることは全部教えてもらおう。

◆アニー(13歳)


魔力感知:5/55

魔力操作:8/65

魔力内蔵量:6/70

神聖術:3/85

治癒術:7/87

心理術:35/110

話術:10/113

詐術:7/119

隠密:10/30

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