14:ある少女が道を踏み外し始めました アニー ④
ライアーと取引してからあたしは暇な時間を使ってライアーにいろいろ教えてもらっていた。人に説明する時の言い回しや言質を取るにはどうすればいいか等を習った。
「いいかアニー、人って言うのは言ったって言われたらよっぽど自信がない限り完全には否定しきれないものだ。だから曖昧なことはそれとなく言ったことにしても通る場合だってある。逆に自分の都合のいいことははっきり覚えているからそこだけは気を付けておくんだ」
ライアーは教えてくれる時は凄くまじめだった。丁寧に説明しながらあたしが分からない時は根気強く教えてくれた。他にも冒険者になるつもりだと知ったライアーは冒険者としてどうすればいいかとか、暗黙のマナーやルール、気を付けるところなどを教えてくれた。
「まるで決まっていることのように話してみると意外と人っていうのは流されるもんだ。例えば食事に誘っていてなかなか承諾してもらえない場合とかはあらかじめ店を押さえておいて何時にどこどこの店で待ってますねとか言っておくんだ。するとだいたいの人は文句は言うかもしれないが来てくれるからな。もちろん費用はこっち持ちで且つそこまで仲の悪くない相手に使うんだぜ。こいつが上手く決まれば次の約束も取り付け易くなる。そうして仲を深めていくんだ」
何と言うかろくでもない方法ばかりな気がするけれど、これはこれで役には立つと思う。あたしはこんな風にライアーからいろいろ学んでいった結果半年もすれば自分の才能を使えるようになっていた。今ではお使いで買い物に行く際にも前よりかは上手に値切ったり出来る様になった気がする。
「ありがとう、ライアー。あなたのおかげであたしはこの才能の使い方が分かったよ」
「なら良かったぜ。まぁ、アニーの努力の成果だけどな……しかしそうなると取引も終わりかな」
「え?」
あたしは思いもかけない言葉にビックリしてしまっていた。気が付けばあたしはライアーのことをまるで兄のように慕っていたのだ。ライアーに会えるのは楽しかったし、ライアーもあたしには嘘はつかなかった。心理術の使い方が分かりだしたおかげかそいうことには敏感になっていたのだ。
「ほら、教える代わりに食料をって取引だったろ?……そうだ! アニーこいつをやるぜ」
ライアーはそう言ってあたしに親和のピアスを渡してきた。
「どうして!? あたしこれを貰える理由なんかない!」
「こいつは免許皆伝ってやつだな。おれの教えを見事に習得したアニーへのご褒美ってやつだ」
ライアーどうしたんだろう? 何かあったのかな?
「ライアー、何かあったの?」
「ん? 何もないさ。俺は最初からこのつもりだったぜ」
嘘だった。ライアーが初めてあたしに嘘をついた。何もなかったなんて嘘をついて……あたしにはバレるって分かっているくせに。
「だからお前はこんな才能を上手く使って生きていきな。間違っても俺みたいな生き方をするんじゃねぇぞ」
確かにライアーはあたしにこの才能の使い方を注意するように教えてくれた。使い方を間違えると恐ろしい結果になってしまうと。以前ライアーは誰かを洗脳したような状態にまで持っていったことがあるらしい。結果ろくでもない目に会わせてしまったらしく後悔していると言っていた。
ライアーの目はあたしにこれ以上は踏み込むなと言っていた、だからあたしはこれ以上は聞くことはしなかった。ライアーが聞くなというのならそれはあたしのためなんだろう。
「今までありがとうねライアー」
「ああ、アニーも頑張れよ」
あたしはライアーに別れを告げて立ち去った。何かあったのに聞けなかった……教えてもらった話術も詐術も結局は大事な時には役には立たなかった。それはあたしに教えていたのかもしれない、一番大事な部分はそういう技術ではなく心でぶつかるモノだと。でもあたしは結局そのことを理解できていなかったのだ。だからあたしの未来はこの時決まっていたのかもしれない。
それから三日後路地裏で冒険者風の浮浪者が死んでいたらしい。何でも風邪をこじらせて重い病気にかかったせいだとか。その冒険者はお金さえあれば神殿で診てもらえたのに。あたしにそのお金があれば救うことが出来たのに!
また貧しさがあたしから大事な人を奪っていった!
父を奪って母を奪って今度は兄みたいな人を奪っていったんだ!!
あたしは貧しさが憎い! 貧しいというだけで救われないことが許せなかった!
そして何よりも貧しさの中で死ぬのは嫌だった。あたしから大事なモノを奪っていく貧しさに殺されてしまうなんて耐えられなかったから。
それからだろうか? あたしが貧しさから抜け出すことに固執するようになったのは。
「おい残飯女! またそんな飯を食っているのかよ?」
あたしが配給の食事を食べているとマーカスと取り巻きがやってきた。今日は忙しいせいでいつものように隠れて食べている時間が無かったのだ。
「お前何かがここにいるのが間違いなんだよ! 貧民は貧民らしくしてろよ!」
怒り散らすマーカスを見ながらあたしには見えてきた。マーカスの怒りはあたしへの嫉妬とコンプレックスだと。ライアーに鍛えられたあたしにはこの程度見抜くことくらい造作もなかった。ただ、だからといっていい加減うっとうしくはあった。どうにかしてこの厄介者を追い払ういい方法はないだろうか?
……待てよ
あたしの脳裏に悪魔のような閃きが走った。あたしの才能を使ってマーカスを上手くコントロールできないだろうか? このまま付き纏われてあたしが貧しさから抜け出すのを邪魔されても困る。だったら今のうちに手を打っておく必要があるんじゃないだろうか?
一度そう思ってしまうと止められなかった。気が付けばあたしはマーカスに向かって話し出していた。
「……そうだね、マーカスの言う通りかもしれないね。あたしはマーカスみたいに腕っぷしとか無いからさ、だから神殿で勉強させてもらうくらいしか出来ないんだ。ほんとはマーカスみたいな腕っぷしがあれば良かったのにって思うよ」
「へ!?、お、おう。そうだろう! そうだろう!」
かかった。あたしはそれからマーカスを褒めちぎった。単純なやつだからあたしがマーカスに憧れているような態度を取ってやれば満足するようだ。何の大した才能もないあたしが神殿に必死に縋っていると思わせることが出来ればあたしの勝ちだった。
マーカスにあたしがマーカスに縋りつくような女だと思えあせることには成功した。もちろんそんなつもりも無いしそんな予定も無い。ただ今はこれで良かった。あとは時間をかけてマーカスを誘導していくだけだ。これが何も非のない人間に行うのなら気が咎めるが、あれだけいろいろ嫌がらせをしてくれた相手だ。むしろこれで真っ当な人間にしてやろうというのだから感謝して欲しいくらいだ。
それからあたしはマーカスをおだてながら時には励ましながら誘導していった。親和のピアスのおかげかマーカスも前よりは話を素直に聞いてくれるようになっていた。何度か頑張って誘導していった結果マーカスは無駄な暴力を振るうのを止めて兵士になるのを目指すようになった。と言ってもあたしがそうなるように誘導したのだけれど。どうせ暴力的な人間ならそれを仕事にしてしまった方が本人のためだろう。冒険者だとすぐに死ぬだろうし、厳しい軍ならこいつもむやみやたらに暴力は振るわないはずだ。
それにしてもマーカスの件は上手くいってしまった……そのことを理解したあたしには悪魔が住み着いてしまったようだった。もしかしたらあの父親も変えられるかもしれない。母もまともになるかもしれない。妹だって今のような生き方を変えられるかもしれない。そう思ってしまえばその誘惑に抗うことは出来なかった。
今の貧しさから抜け出すにはあたしの家族が今のままだと足を引っ張ることは分かっていた。ならばやることは一つしかなかった。それが間違っているかどうかなんて分かっていたはずなのに。ライアーに言われていたことだから知っていたはずなのに……あたしは止まれなかった。
——それが他人の心を踏みにじることに繋がるとも気づかずに。
あたしは十四になっていた。父が帰って来いとうるさいのでまずはあたしは家に帰ることを神殿に伝えた。とは言え神殿での修行を止めるつもりはないのでそのことはちゃんと伝えておく。両親もお金を稼ぐためと言えば家から神殿に行くことは反対されなかった。むしろ賛成されてあたしよりもお金を見ていることは一目瞭然だった。父は機嫌を良くしてこれで酒が買えると喜んでいたけれど、今はこれでいい。家族を変えるにはまずは母が家にいる時間が増えるようにしなければならなかった。妹もフラフラとしないようにしなければいけない。
父が家にいない間にあたしは母と妹に父がいかに苦しいかをそれとなく話し出した。もちろんここで母の苦しみにも共感してあたしが母の理解者であることを強調することを忘れない。まずは父が家の中での立場があることを父に教える必要があった。もちろん酒にやられた頭では増長するだけだからそうならないように飲み始めたころを見計らっていかに父が苦しかったのか、辛かったのかを聞き出すことにする。
「分かるかアニー! 俺がどんな惨めだったのか!!」
「うん、お父さんは頑張っているのに周りが酷いだけなんだよ。だからお父さんは悪くないよ」
あげるのは優しい言葉。まずはそれであたしという人間が必要な状態にまで持っていく。三ヶ月もすれば父も母もあたしという理解者がいなければならないくらい依存させることに成功した。妹は奔放だけれどすごく素直な性格だったので言いくるめることは簡単だった。
後は父が働く意欲を持つように言葉を選びながらその自尊心をくすぐっていった。母にはいかに母が優しく素敵な女性かを話しつつ母親としての立場を意識するように仕向けてみた。もはやあたしに依存してている二人はあたしの言葉にすぐに影響されるようになっていった。父は少しずつ働き始め、母は家にいる時間が多くなっていった。何も考えていない妹は奔放な振る舞いをしないように甘やかしながら教え、神殿で身に着けた礼儀作法を褒めながら教え込んでいくことで少しずつまともな感性を身につけ始めていた。
罪悪感は無かった。いい方向に導いているのだから別にいいじゃないかとう気持ちすらあったのかもしれない。父には殴られたし、そんなあたしを母は見捨てたことすらある。だからこれぐらいは大したことじゃないんだと。あたしは自分の人生を生きるために仕方がないことなんだと言い聞かせていた気がする。唯一の救いは妹が少しずつでも成長していることだった。血のつながりが半分しかないどうでも良かった妹は無邪気にあたしを慕ってくる。それがどこか嬉しくてどこか後ろめたかったのはきっとあたしの残っていた良心の呵責だったのかもしれない。
半年もたつ頃には父はちゃんと働き始め、母は浮気相手よりもあたしと妹と一緒にいる時間の方が多くなっていった。妹もそれなりの礼儀を身に着けたために、見た目の良さと相まって少しずつ評判になっていった。あたしはその間も神殿の手伝いを続け癒し手としての修行を続けていた。
あたしの目論見通り家族が優しくなったことは嬉しかったけれど、アルファルド様の時のように暖かさは感じなかった。それはきっとあたしが彼らを変えたからで本当に愛されているわけではないからだと思う。だから嬉しさもすぐに消えてしまったし逆に空しさすら感じていた。もうあのころのあたしには家族というモノの意味は変わってしまっていたのかもしれない。
実験は成功だった。長い間側にいる必要はあるけれど、あたしの才能なら言葉さえ聞いてもらえるなら影響を与えることが出来るのだ! それどころか価値観すら変えられることが分かってしまった。
この才能というものは本当に理不尽だ。高ければ高いほどその才能に関する行為がたやすくなる。才能値が百を超えていればもはや別世界だ。あたしの言葉一つで人を変えられる。そんな事実にいつしかあたしは酔いしれていた。
あたしが十五になる頃に父が仕事中の事故で死んでしまった。幸いお金は十分にあったので葬儀は出来たけれど、このお金も死んだ父が稼いだモノだと思うと父が哀れに思えた。あたしはなんのために父を働かせていたのだろうか。考えても意味など無いことだったけれどそう思わずにはいられずにいなかった。
本当は分かっていた。あたしは昔みたいに仕事から帰ってくる父を出迎え、父の稼いだお金でまた髪飾りを買って欲しかったのだ。今ならそれが分かるけれどあのころのあたしはそのことには気が付かないふりをしていたのだろう。
母は父の死後あたしと妹への干渉が激しくなり束縛するようになってきた。父を失いあたしという依存対象を失うことは怖かったのだろう。これはあたしのせいだ。でもこのままではあたしは結局この貧しい環境から抜け出せなくなる。だから母を神殿へと連れていって信仰を依存先に出来る様に促していった。寡婦になった女性が神殿で働いているのは珍しくも無かった。これは成功だった、母はほぼ神殿で過ごしながら信仰の道を生きるようになっていった。
こんなことが出来たのも妹がもう家にはいなかったことが大きかった。気が付けば妹にはこの負の連鎖から抜け出して欲しいと思うようになっていた。それは父と母に愛されなかった者へ愛してもらえなくなった者が持つ傲慢な感情だったのかもしれない。妹には神殿で得た伝手を使って商人の家に働きに出すことにした。初めは下働きとしてこき使われるかもしれないが、妹の努力次第で家の使用人として働くことが出来るだろう。妹にはそのことを良く言い聞かせておいたから大丈夫だと思いたかった。
母を神殿に預けてからあたしは冒険者になる準備を始めていた。基本的な癒し手の修行はあらかた終えていたのであとは実戦で磨いていくしかない。神殿には所属しないけれど手伝えることは協力すると伝えた。神殿の皆は苦笑していたけれど理解してくれた。アルファルド様のことで神殿自体に不信感があると言うのを皆知っていたからだろう。あたしにとってケートの神殿は大事な場所なので出来ることはしていきたいと思う。ここは実家みたいな場所だったから。
こうして冒険者になる準備を整えたあたしはゴブリンキングとの依頼でエリシアと出会ったのだ。
◆アニー(15歳)
魔力感知:45/55
魔力操作:48/65
魔力内蔵量:56/70
神聖術:43/85
治癒術:50/87
心理術:95/110
話術:100/113
詐術:107/119
隠密:5/30
ここまでの話でアニーにも悲しい過去があったから、可哀そうな子だから許してあげてと受け止められた人もいると思いますがそのつもりはないです。あくまでのアニーの人格形成の話として書きました。アニーとエリシアの話でアニーのしたことがちゃんと書けたらと思います。




