03 前掛けとバナナ
――翌朝それは突然始まった。
少女は厚手の手袋をはめると炭に火を入れ、コテを数本差し込んで熱すると、炭はパチパチと音をたてながらコテを赤くしていく。
ノコギリや針金など様々な道具を手際良く用意していると俺の視線に気付いたのかこちらを見た。
これを俺に使うのか? 恐怖で身じろぎ唾を飲み込む。
「あぁ起こしちゃったかな? 準備が有るから朝食は少し遅くなるよ。
それと、これは君に使う訳じゃないから安心するといい」
拍子抜けと言ってもいいのか微妙だが覚悟を決めた次の瞬間に彼女から出た答えは意外なものだった。
別に死にたい訳じゃないが、俺ってここに居る意味あるの? と聞きたくなる。
準備が終わる頃、二人の兵士に引き摺られて男が入って来た。真っ青になった顔と震える様子から恐怖と絶望が混同しているだろう事が見て取れる。
何をして捕まったんだろうか、多分知る事は無いんだろうな……。
「今日から数日だけ一緒に暮らす同居人だ、仲良くな。
これで仕事らしい仕事が出来るよ」
のんびり本を読んでる様に見えたが仕事をしてなかった事を気にしてたのか?
それより数日というのが気になる所だ、この男が解放されるのか俺がどうにかされるのか知りたくもあった。
まぁ、どちらにしても素晴らしい未来なんて無い事は確かだ。
壁に貼り付けにされた男の猿轡を外すと泣きながら命乞いを始めるも、彼女は冷めた目を向けるだけだった。
「ここに許しを与えられる人はいないよ、生き方を間違えたね。
痛いのは好きかい? ……じゃ、これ飲んで。痛みと恐怖が和らぐから」
男は薬品を見て躊躇するも大人しく薬を飲んだ。
再び猿轡を嵌めると、彼女は机に戻っていき本を読み始める。
少しすると男は呆ける様に脱力していき、それを確認すると静かに声をかける。
「ダウン系の薬と鎮痛剤が効いてきたみたいだね、じゃ始めるよ」
何時の間にか作業服に着替えた彼女が男に近づくと、刃物を使い服を刻んで全裸にする。
次に手足の付け根を針金で強く縛り、ノコギリで左足を切り落とすと熱くなったコテを押し付けて止血する。
まるで薬が効いていないかの様に痛みに暴れて呻く。……薬が無かったらと思うとゾッっとする。
その後も淡々と四肢を切断すると、樽に首から下を入れて塩漬けにした。
男の正面にある台の上に切断した手足を見えるように並べる。気絶していた男が目覚めた時どんな反応をするのだろう?
彼女はひと仕事終えて着替えると、『食欲はある? 昼食はいるかい?』と聞いてきたので頷いた。
いつ最後の食事になるか解らない身の上だ、食える時には食っておきたい。
「なら今日は特別にハチミツも混ぜてあげよう」
何が特別なのか、直接胃に流し込まれるので味は解らないのに。
暫くして泣くような呻き声が聞こえてきた。気がついたのか、可哀想に。
「気付いたね、明日は両耳を削ぎ落とすから覚悟しといてね」
呻き声を聞いた彼女は様子を見に来ると明日の予定を告げて戻っていった。
――翌日本当に両耳を削ぎ落とすと、さらに翌日鼻を削ぎ落とす。
そして、彼の前に鏡を置いた。変わり果てた自分の顔に、もう声すらも出ない。
実際、食事も無く塩によって水分を奪われ乾燥した肌は所々めくれ上がり、唇も裂けて血が滲んでいる。
「鏡は今日一日置いておくからしっかり見ておいて、明日は目を潰すから」
男は何も反応しない、もう絶望しか無いのだろう。
無表情で作業をする彼女に俺は聞きたかった、明日の予定を告げるのが罰なのか優しさなのかを。結果は変わらなくても優しさであって欲しい、俺はそう思いながら彼女を目で追っていた。
翌日、彼女は裏側に針の付いた革ベルトを持ってきた。用途は言うまでもない。
ベルトを頭に装着したが男は微弱な反応しかしなかった。それを見て彼女は猿轡を外した。いつもの無表情な顔が何故か残念そうに見える。
「予定では明日殺すつもりだけど、どうする?」
今更生きたいなんて希望が通らないのは解っている。この質問はつまり……
「い・ま・・・」
かすれた声で告げると『準備するから待ってて』それだけ言って炉に火を入れて鉄を熱し始める。
じわじわと部屋の温度が上がり汗が出てくる。彼女は水を俺に掛けると序での様に男にも水を掛けた。
もしかしたら彼女なりの優しさなのかもしれない。
男の口を開いて鉄製の漏斗を喉の奥まで差し入れると溶けた鉄を流し込む
肉の焼ける匂いと共に出た煙が部屋を曇らせると、男は事切れた。
樽の傍に手足を置くと、彼女は無言で台を綺麗に掃除し始める。それが何故か寂しく見えたのは気の所為だろうか……。
俺は何となく寝返りを打ってそれ以上見ない事にした。
次の日、兵士がやってくると彼女は樽を壊して男を取り出す。見ると喉から胃の辺りまで体は焼け爛れ鉄が流れ出しており、まるで鉄の前掛けの様に見えた。
どうやら見せしめに晒すらしい。本当に何をしたんだか……
男の前にあった台の上にはいつの間にかバナナが一本置いてあった。
俺の視線に気付いた彼女はバナナを取ると、皮を剥いて口に運ぶ。
『――にがい』彼女は小さく呟いた。