第八話「怒り」
「お前今俺に、殺してください、つったか?」
「…………」
兄は無言で頷く。
俺は夜風で少しばかり涼しいくらいの気温なのに体が燃えるように熱くなっているのを感じた。
おい、今こいつは俺に命令したことを肯定したよな? あろうことか主人である俺に命令をしたってことを認めたんだよな?
俺は眉がピクピクと動くのを感じる。顔が引きつっているのだ。
この感じに俺はある一つのことを思い出した。
ああ、思い出した。久しぶりだな、この感じ。これは確か――――怒りだ。
俺は言葉をマシンガンのように吐き続ける。怒気を混ぜて、しかし大声で怒鳴りはせずに。夜だし響くからな。
「今お前は首肯したよな? それがどういうことか分かってんのか?」
「…………」
「お前は俺に、あろうことか主人である俺に向かって命令したんだぞ? 分かるか?」
「…………」
「そもそも殺してくれってなんだ? お前が自殺願望者とか知らんし、今となってはお前は俺の所有物だ。勝手に死ぬなよ」
「…………」
「ただで死んでどうすんだよ。俺の利益がねぇじゃねぇか。死ぬならせめて魔物から俺を守って死ぬとか、囮を請け負って死ぬとか、俺の憂さ晴らしで死ぬとか俺の利益になる死に方をしろ」
「…………」
「てかあいつお前の妹なんだろ? お前が死んだらどうすんだよ。お前は楽になってもあいつは楽にはならねぇぞ。てかさせねぇ」
「…………!」
とにかく言いたいことを言いまくった。
そして途中で妹のことに触れると、こいつはわずかに目を見開いた。
俺はそれを見逃したりなどしない。そして反応があったそこを徹底的に抉る。
「そうだな、お前が死んだらあいつを一生性奴隷としてでも飼ってやるよ。まあ、小さいしすぐに壊れそうだがな。俺は男だ。しかも高校二年生の性欲真っ盛り」
「…………」
こいつは今わずかに歯を噛み締めた。
怒っているのか? 悔しがってるのか? ……後者だったら何に? って感じか。
「ああ、そうだ、それがいいな。お前なんてすぐに殺してあいつを好き勝手させてもらおう。そういえば俺の聞いた話ではヤってるときに痛みを与えると快楽が増幅するとかあったな。とりあえず試してみるか。ヤってる間に腹でも殴ってみればいいかな」
「…………めろ」
ようやく口をきいたか。
しかし、俺は反応しない。聞こえてないフリだ。ちなみに俺にあんな性癖はない。嘘だ。断じて嘘だ。
「上級者では指を切り落とすとかあったな。女の叫び声と共にすっげぇしまるんだと。ある程度殴ったりしたらそれを試してみてもいいな」
「……やめろ」
なかなかはっきりと言うようになってきた。
しかし、まだだな。何をどう止めるのか聞いていない。それに今のこいつの目は死んだ魚のような目から変わろうとしている。内で何かが葛藤しているんだろう。
ちなみに俺にあんな性癖はない。あれは嘘だ。こいつをたきつけるための嘘だ。もう一度言う。嘘だ。
「まあ、そんなことをしてたらすぐに死んでしまうか。ま、死んだら死んだで実験してみるか。あれを…………」
「やめろぉぉぉぉおおお!」
こいつはとうとう叫んだ。静かな夜の森全体に響き渡るほどの大音量で。
それに対し、俺は……
「うるせぇ!!」
……すぐさま殴って止めた。ちなみにグーで頬を、だ。
…………いや、あんな大声で喚いたら動物とかよってくるやん。それにまだワルンたちが追ってきていないって分かったわけじゃないし、もしかしたらすぐそこにいるかもしれないし。
とにかく俺は周りを警戒する。月明かり? である程度は見えるのだが、やはり遠くは真っ暗で見えない。
とりあえず見える範囲に敵はいないな。
それを確認するとすぐさま倒れている二人を蹴り起こす。妹はこの短時間に寝ていた。ったく、はよしろ。
俺は起きた二人を見下ろしすぐに小さな声で言う。
「すぐに移動するぞ。ぐずぐずするな、早くしろ」
俺はそれだけ言って走り出す。ぐずぐずするなも何も、俺がたきつけて殴って、全部俺が悪いんだがな。ま、知らん。都合のいいことしか頭に残らないんで。
走る俺の後ろに慌てた様子で二人もついてくる。妹は多少回復したのかちゃんと走れている。足元がふらふらしてて寝起きなのがすっげぇ分かる。いや、普通に疲れてんのか。
兄はというと、未だに殴られて呆然としている。おそらく心の整理がつかないんだろう。死にたい、だけど俺が死んだら妹が、死ぬより酷い目にあう、みたいな。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
なんて思っている間に距離は離せた。走ってる間に敵意ある者に会うこともなかった。
俺は少し安堵しつつ減速して停止する。
停止した俺に二人は程なくして追いつく。距離が短かったし、大丈夫だったのだろう。
「ふぅ…………」
俺はとりあえず一息ついた。いや、結構緊張というか、切羽詰まってたんだよ? あんなに叫ばれて、下手したらワルンたちに気付かれたか、動物に聞かれて襲われたたんだぞ? そりゃ焦るわ。
それにしても浅はかだった。たきつけたら激高するに決まってるわな。
…………俺も久しぶりの怒りで冷静にいられなかったのか。反省反省。
にしてもまだ兄は現実に戻らんのか。
俺は静かに喋りかける。
「おい」
「……?! テメ……!」
現実に戻った兄はすぐさままた叫ぼうとしたが、俺が素早く口元を抑えたことで防げた。
俺は出来るだけ低く、脅すような。そして真剣味の帯びた声色で囁く。
「叫ぶな。さっきのお前の叫び声で動物や俺の追っ手に気付かれたかもしれん。だから走った。ここもさっきの場所から近い。すぐにでも逃げたいのだがお前らがついてこれない。だから少し休むぞ。分かったら小さく頷け」
俺は口早に言うことを全部言う。兄は小さくコクコクと頷く。
まあ、逃げるのならこいつらを置いていってもいいのだが、まだ敵が来てるわけでもないので休むことにする。
妹は相変わらずの目をしているが、兄は大分マシになった。ほんの少しだけ死にたがりの目じゃなくなった。
「ちったぁ、マシになったじゃねぇか」
「なんのことだよ、おい」
小説で読んだ、おせっかい冒険者の言葉を言ってみたが、めっちゃ睨まれて返された。当然か。
ともかく、こいつに教えてやる。
「お前はさっきまで死にたい、って目ぇしてたぞ」
「…………」
「だから俺はお前がどんなことをしようとしているのか言ってやっただけだ。お前の背負うべき負担を全部妹に担がせてお前だけ楽になろうとしているってことをな」
「…………」
兄は歯軋りをした。俺に気付かされて悔しいのか、それとも自分の行いに対しての馬鹿さ加減になのか。
それにしても一応兄妹を大事にしようとは思ってるのな。二人ともあんな目だったからてっきりそんなものとうの昔に捨てたと思ったわ。
まあ、今は少しだけ兄の方の目は改善されたな。妹のために生きようと思い始めてる。
「…………俺は妹を守る」
そんなことを思っていると、兄が喋りだした。
俺は一言だけ言って続きを促す。
「で?」
「父ちゃん、母ちゃんとの約束なんだ。だから……お前の好きにはさせぐはっ……!」
またも叫ぼうとしたのでグーパンで防ぐ。慣れたもんだな。
兄はよろけたものの、踏みとどまってこちらを睨む。おいおい、お前が叫ぼうとしたからだろ? 自業自得だ。
そんな俺の視線の意味を悟ったのか、兄は小声で続きを口にする。
「……だから、俺はお前の好きにさせない」
「奴隷の分際で口は達者だな」
「てめ……!」
兄の言葉に返してやるとまた叫びそうだったので殴る体勢に入った。
すると、さすがに学習したのか声を途中で切った。学習能力があってよろしい。
奴隷は主人である俺を殴ることは出来ないからな。
ちなみに俺はやろうと思えばさっき言った、妹を散々に犯すことも出来る。兄の目の前で妹を脱がし、アレをアレしてうんたらかんたら。
まあ、そこまで鬼畜じゃないし、そもそも俺にロリータ趣味はない。あ、十一歳以下はペドフィリアって言うんだっけか? 至極どうでもいい。
とにかく今はこいつらの休息&周りの警戒だな。
俺は兄の方に話しかけた。
「とりあえず休め。またすぐに走るからな。ちなみにお前は夜目は利くか?」
「……ああ、狐人族だから夜目は利く。ついでに鼻も利く」
「本当に動物の特徴を持ってるのな。じゃあ、お前は周りの警戒。何か近づいてきてたら教えろ」
それだけ言うと俺はその場に胡坐をかいて座り込む。俺は夜目とか利かないしな。
兄は言われたとおり座ったまま周りを見渡し、警戒している。
うん、これならしばらく休めるな。
そう思い、俺は近くの木に身を預けた。
そうだな。休憩は十五分。それだけあればかなり走れるだろう。よし、決定。
俺はそれだけ決めると体を休めることに専念した。
「おいおい、何してんだよ……」
俺は短い時間なら結構正確に時間が計れる人間だ。体内時計が正確なんだな。
そして十五分経って、さあ走るぞ、というときにそれを見た。
六歳ほどの女の子――二人兄妹の妹が寝ていたのだ。
確かにいつの間にか寝そべって休憩してたけど、まさか寝るとは思わなんだ。
俺はそれに少しイラッときて、蹴り起こそうとしたが、止めた。
妹の寝顔があまりにも可愛かったから…………ではない。んなことあってたまるか。
理由は単純。なんか敵こなさそうだし俺も町に行く前に自分の能力の確認をしたかったからだ。
俺の能力『爆薬変化』の確認をな!
…………なんかあんまグッとこないな。ってどうでもいいか、名前なんて。
とにかくこの面白そうな能力を実験しないとな。
そう決めた俺は蹴り起こそうと引いていた足を戻し、二人から少し離れる。俺が蹴ろうと足を上げてたときめちゃくちゃ睨んでたな、兄の方。
もうすっかり夜になっているにも関わらず結構明るい。十mくらいなら俺にも見える。
涼しいくらいの冷たさを帯びた夜風を全身に受け、俺は深呼吸をする。
なんか激動の一日だったな。ずっと孤高を貫いていこうと決めた矢先から仲間が増えた。ん? 俺にとっての仲間とは俺の言うとおりに動き、俺に不利益なことをしない奴隷のことだが? おかしいか?
なんか俺の中にあるわずかな良心が仲間に込められた思いを糾弾してきたから返してやる。一人でなにしてんだろうな。
自己完結したところで俺は尻ポケットから石を取り出す。その数三つ。
確か気絶したのは六つ爆弾を作ったところだったか。今日はまだ二つしか作ってないから少なくともあと三つは作れるな。
というわけで俺は付近に石が落ちていないか見る。
小さな石粒はあるのだが、俺の探している掴めるほどの石はなかなか見つからない。
「お、みっけ」
と思ったらすぐに見つかった。結構ゴロゴロ落ちてるもんなのかね? 石っていうのは。
「まあ、いいか。よし、これにちょちょいと力を込めて……」
そういえば力を込めると何かが抜ける感覚があったが、あれはもしや魔力なのでは?
そう思うといよいよ異世界ファンタジーの気がしてきた。テンション上がるわ~。
そんな感じでルンルンしながら石に力を込めて…………弾かれた。
「っ?! ……は?」
力を込めて五秒後。不意にビリッと静電気より強い何かが手に流れて反射的に落としてしまった。
え? 今の何? 魔力を受け付けないってこと?
軽く混乱してきた頭を俺は振って正気に戻す。
よし、冷静になれ。まずは今起こったことの確認だ。俺は前と同じように石に力を込めた。そして前と同じように五秒経った瞬間電流のようなものが手に流れてきて小さな痛みに反射的に石を手放してしまった。
…………どゆこと?
俺はその場に腰を降ろしてじっくり考える。胡坐をかき、片手は膝へ、もう片手は顎へ添える。簡単に言うと考える親父のようなポーズだ。
考えて、考えて、考えて…………
「とりま、もう一回やるか」
もう一度やることにした。
俺は座ったまま落とした石ころを手に取る。
さっきの痛みを思い出して少し躊躇ったが、気にしてられるか、と思いっきりわしづかむ。
掌に伝わる冷たくて硬い感触。そしてややゴツゴツしててたまに尖ってるところがある。
ちょっと手の中でクルクル回し、全力で握っても大丈夫そうなポイントを探す。全力で握るから尖ってるところが掌にくると痛いんだよ。
そしてポイントを見つけた俺はギュッと力を込める。
ギュッ、と全力で力を込める。ついでに注ぐようなイメージも入れる。
そのまま五秒が経過し、
「っ!」
またも手に痛みが走った。
今度は痛みがくることを想定したいたから手放しはしなかったものの、痛みはちゃんと伝わった。痛い。
ふむ、やっぱり弾かれたか。どういうことだ?
俺はまたも考える親父のポーズで思考を巡らす。
まず考えられることが三つある。
一つ目に考えられるのが魔力の不足。しかし、これはない。魔力が不足しているならこんな風に痛みを与えずにこの前みたく、気絶するだろうからだ。
二つ目に考えられるのは爆発させることの出来る物体と出来ない物体があること。
木の枝でも出来たしこれはあまりないと思われるが、今までが運がよかっただけかもしれない。万が一のときに弾かれるなんて困るから要検証だな。
んで、三つ目が俺の力不足。よく分からんがイメージとかそんな感じのが足りないんじゃないかと思われる。
まあ、その可能性は限りなく低いがな。だってあんときは出来たし。何も考えずに思いっきり握るだけで出来たし。
「ま、とりあえずやってみるか」
俺は二つ目の理由を確認すべく他の石ころを探す。
しばらくして何個か見つけた俺はそれらを足元に置き、胡坐をかいて座る。
よし、これに一個一個力を込めてみて、どれかが爆弾になれば二つ目の理由が証明されるわけだな。
今からすることと、その結果で何が分かるのか、心の中で呟いてから俺は石を一個一個手に取り、力を込めていった。




