第七話「ころしてください」
フードは御者台に乗ったまま後ろの馬車を覗き込み、何事か話してこちらを向いた。
「すぐに来ますから。あ、少量の血が必要なので少々指先などを切ってもらいますが……」
「もちろん構わん。けど、俺は刃物持ってないぞ」
「大丈夫です。こちらで貸します。…………毒など仕込んでいませんので。普通の刃物です」
「……お前、俺の心でも読めるのか?」
フードの言葉に刃物を持ってないことを伝えると貸し出すとのこと。
そのことにまだ疑いが完全になくなったわけではないので疑ってたのだが、フードは俺が懸念していたことを先に言ってくれた。
と、そんなこんなで馬車から二人の人物が出てきた。
十歳くらいの男の子に六歳くらいの女の子だ。二人とも頭にやや丸っこい三角の形をした大きめの獣耳を生やしており、もっさぁとした尻尾が後ろに見える。これはもしや……
俺がマジマジと観察しているとフードは声高らかに説明しだした。
「この子達は現在その数が減少中で希少種とされている『狐人族』です! 幻惑などを得意とする種族でして、敵を欺くときなどには最適かと思われます!」
「いや、もう俺が契約することは決まってるし、そんなセールストークしなくてもいいぞ」
急に上がり始めたフードのテンションを落ち着かせる。
フードはすぐに平静を取り戻した。
そこで俺はすかさず質問をする。
「なんで希少種を俺に、しかもタダで譲るんだ? 絶対売ったほうが……」
「何度も言いますが、私は利益よりも興味を取ります。それにその子らはちょっとわけありでしてね」
「分かった。お前の考えはよく分からん。で、わけありとは?」
「それは契約してからのお楽しみということで」
フードはそう言うと、ふふっ、と含みのある笑い声を発した。本当になんなんだよ、こいつ…………
とりあえず俺はフードとの距離を近づける。
思えば最初の距離、大体五mから全く動いてなかったな。
俺は一歩一歩、焦らず普段通りに歩く。
「ようやく近づいてきてくれましたね」
「そうしないと契約できないだろ? 手続き的なのもあるらしいし」
フードとの距離一m。フードは御者台に乗っているため俺は見上げる形だ。それでもフードの中の顔は見えない。どんだけ深く被ればそうなんだよ。
フードは喋る。
「それでは、ちゃちゃっと済ませちゃいましょうか。多分もう少しであなたが部屋からいなくなったことに気付くでしょうから」
「なに?! ちゃっちゃとやってくれ!」
そういえばそうだ! 俺は逃げてたんだ! すっかり忘れてた……
ともあれ、すぐに契約だ。契約しないとこいつは俺を殺すからな。全く。
俺の焦りようを見てフードはまたも、ふふっ、と笑った。
「これで、血を数滴出るようにして」
そう言ってフードは懐から出した包丁……短剣だな。短剣を俺の目の前に落とした。
短剣は柔らかい地面と草に受け止められてほとんど音を立てずに落ちた。俺はそれを拾う。
短剣を右手に持ち、その先っぽを左手の人差し指に当てる。
そして、ほんの少しだけ引いて――切る。
「っ!」
あ~、いてぇ。てか切れ味いいな、これ。ちょこっと切るつもりが半分くらい切っちゃったよ。
さすがに痛みに慣れていないため顔が引きつる。指が半分切れてるってかなり痛いよ、これ。血なんかドバドバ出てるし。
俺は痛みで顔を歪めながら顔を上げる。フードが、あちゃ~、と言っていた。
…………なんかすんげぇぶん殴りたくなった。
当然負けるであろうからやらないけど。
俺は次は何をすればいいのか、尋ねた。
「次は?」
「あの子達も同じように少しだけ切ってあなたが先に血を吸ってください。手加減はくれぐれも間違えないように」
フードに注意された。あれはやはり切りすぎだったようだ。反省反省。
俺は猫、というよりふさふさの尻尾から狐っぽい二人に近寄る。二人は怯えるなどもなくただひたすらに虚空を見つめている。
……確かにわけありそうだ。虚空を見つめるとかだと……中二病か?
とりあえず噛まれないかなどドキドキしながら男の子の方の手を取る。男の子は反応しない。
男の子は身長百三十五cmほどでやや小さいので手を上へと引き上げる。
指先をちょびっとだけ切る。じわっ、と血が滲み出てくる。うん、成功だ。
そして俺はそれをチュッと吸い込む。他人の血を吸うってなんか嫌だけど、ま、しょうがない。ちなみに指は咥えていない。結構清潔だったけど、なんかね、ほら。
同じように女の子の方もやる。こちらはさすがに小さく、腕を引き上げるだけじゃ俺の口に届かないので中腰になる。
こっちは切ったときに少しだけ目を見開いた。一応まだ反応するんだな。
二人ともの血を吸った俺は隣で御者台に乗っているフードに問いかける。
「やったぞ。それで、次はどうするんだ?」
「次はあなたの血を飲ませてあげてください。すると、胸の辺りが発光しますのでこう言ってください。【我はこの者の主人となる】と。簡単ですね」
「ちょっと待て。そういえばだが、俺が先に指を切る必要はなかったんじゃ……」
「さあ! 早くしないと追っ手が来るかもしれません!」
やり方を教えてもらい、すぐに作業へ移ろうとしたのだが、不意に気になったことがあったので聞いてみるとかわされた。チクショウ!
とりあえず俺は二人をそれぞれ顎を掴んで血を垂らしていく。ドバドバ出てくるからちゃんと垂れる。
すると、フードの言ったとおり俺と二人の胸の辺り、正確には心臓とは逆の辺りが光っている。
…………ハッ! 見惚れてるんじゃなくて、え~っと、
「【我はこの者の主人となる】」
「「【我はこの者の奴隷となる】」」
俺が言い終わると同時に二人が抑揚のない声色で淡々と同じようなことを述べた。
それにしても、今の声…………
「はい! これで契約は完了です! あとはあなたの自由です! どんな風に扱ってもよし! 今殺してもよし! そして約束どおりここを通します! では、お元気で!」
「ちょっと待てぇ! わけありのわけを聞いてねぇぞ!」
フードがなにやら興奮した様子でそのまま立ち去ろうとしたので慌てて呼び返す。
フードは、しまった忘れてた、などと呟きながら戻ってくる。こんにゃろ……
戻ってくると早速話し出す。
「上の方は自殺願望者。下の方は感情欠落者。以上です」
「え…………? っておい! …………?」
フードがそれだけを告げると呆けている俺を放ってどこかへ消えてしまった。あんな馬車だったら音くらいするはずなのに……
てか、こんなあっさりしてると今のが夢に思える。白昼夢ってやつか? いや、今はもう夜だし普通に夢か。
ってそうじゃない。奴隷は?
と後ろを見れば契約した状態から全く動いていない二人の姿があった。
ピクリとも動かない。瞬きくらいはするが、ほぼ動かない。
俺は近づいて声をかける。
「おい、一応聞くがお前らはあのフードになにか持たせられていないか?」
俺の問いに二人はわずかにふるふると首を横に振る。本当に少ししか動かないから良く見ないと分からない。
フードは何も持たせていないのか。まあ、あいつが契約自体嘘をついているとも考えられるしな。…………それはないか。商人が嘘をついて万が一にも信用を落とすようなことをするはずがない。…………あいつは例外か。利益より興味を取るって言ってたし。
ま、それらは次の町にでも行ったときに確認するか。それまでこいつらは一応生かしておいてやる。適当にテグレスとか狩ればあいつら勝手に食うだろ。俺一人で全部食えないし残りをあげれば十分か。
それにしてもこいつらの目…………俺は嫌いだな。
奴隷の二人はどこか虚空を見つめていて、瞳も物理的ではなく、なんだか濁っているように思える。
兄の方は見たことあるぞ。確か……(表面上)友達だったやつが自殺する前日の目だ。フードは確かに兄の方は自殺願望者って言ってたな。なるほど。死にたそうなやつの顔をしている。
ちなみに妹はというとこちらはまた違う感じだ。その瞳に何も映っていない。まあ、瞳を覗き込んでいる俺の顔は映っているが。そういうことじゃない。
どっちにしろ、二人とも本当にわけありなんだな。もしや普通に厄介者を押し付けられたとか? 自分で殺すのは戸惑われたから? いや、あいつは殺れるよな。
っていまはそんなことどうでもいい。こいつらを連れてさっさと逃げないと。
「おい、行くぞ。俺について来い」
二人はコクリと頷いて俺の後ろに来る。
ちゃんと動いたのを確認して俺は走り出す。
なんだかんだで結構話していたので体力は回復した。またかなり走れるな。
しばらくしてふと、ちゃんとついていけてるか気になり後ろへ振り向く。これでも俺は高校二年生で体も結構がっしりしている。あの小さな二人がついてこれているか心配になったのだ。せっかくの駒なんだ。使わなきゃ損だろ。まあ、あまりに足手まといならすぐ切り捨てるけど。道徳? なにそれ美味しいの?
そんなことを考えながら後ろへと振り向いた。
「あれ? いない、うお!」
振り向いて見たが一瞬いないように見えた。
しかし、それは二人の姿が視界に入っていなかっただけで、二人は最初と同じ距離を保ったまま俺の後ろをピッタリとついてきていた。
すっげぇ身体能力だな。やっぱり獣人って全体的に身体能力高いのな。
まあ、さすがに小さいからか六歳ほどの女の子は息が切れている。十歳ほどの男の子は平気そうだが。
しっかし、ずっと目だけは変わらないのな。もう怖いわ。あーこえー。
とりあえずついてきていることが確認できたのでまた走り出す。無駄に体を鍛えていた甲斐があったな。まだまだ余裕だ。
それにしても俺はどこに向かってんだろうな。森を進むってことは違う国に行くって事だし。いや、森はできるだけ浅いところを沿って走ってるから平気か。
とにかくこのまま進んで街とかはあるのだろうか。そもそも今夜はどうすればいいのだろうか。食料は? 寝床は? ワルンたちが追いかけてこれない場所は?
あ~、もう。考えること多すぎてパンクしそうだ。よし、一つずつ片付けていこう。
まず食料。これはいいな。人間一日くらい何も食わなくても死なない。
次に寝床。これもいいか。最悪適当に寝そべって寝ればいいし。凍死とかの心配があるが、今もかなり暖かい。春は春でも夏よりだろう。だからオーケー。
次にワルンたち。これは正直どうでもいいな。そもそもどこまでいけばいいかなんてわかんない。どこまでも追いかけてくる可能性もあるし、もう諦めてる可能性もある。どうしようもない。だからこれもオーケー。
あれ? 意外に心配事少ない?
まあ、もっといろいろありそうだが、今日は乗り越えられるだろう。
なんかいろいろ投げやり感が漂うがなんとかなるだろう。
ふと、後ろへ振り向く。あの女の子は息を切らしていた。ちゃんとついてこれているのだろうか。いなかったら見捨てるか。
後ろへ振り向いた俺の視界に入ったのは、妹を背負って走る兄の姿だ。
少し離れているが、そこまで離れているわけではない。
ということで俺は立ち止まった。振り返って見当たらなかったら見捨てようと思っただけで見える範囲にいるなら待ってやろうとも考えていたのだ。
数秒後。目の前に妹を背負った兄が肩で息をして立っている。ちなみに俺も息は切れている。まだ走れるがな!
兄は相変わらず死んだ魚のような目で俺を見ている。前と少し違うのは目の焦点がちゃんと俺に合っているということだな。
俺は息を整えながら問う。
「休みたいか?」
この言葉に兄はふるふると小さく首を横に振る。
「よし、分かった。走るぞ」
俺はそれだけ言うとまた前を向いて走りだす。
相手がどれだけ疲れていようと自分で大丈夫だと言ったんだ。なら行くだろ。相手への気遣いなど知らん。
俺はさっきと全く変わらないペースで走る。
後ろで聞こえていた息切れの音がだんだん遠のいていく。
かなり遠のいてほぼ耳に入らなくなったところで立ち止まり、振り返る。
俺の視界にはさっき立ち止まったときより二倍も三倍も離れた距離にいる、兄とその兄に背負われている妹の姿があった。
俺はただジッと目の前に来るのを待つ。
数十秒後。目の前に前傾姿勢で肩をさっきよりも更に大きく上下させて息をする兄の姿がある。
兄は前傾姿勢ながらも顔を上げ、俺の目を見ている。
俺はそのなんにも考えていないような顔を見て――――その頬を全力で平手打ちした。
「っ?!」
兄は声にならない悲鳴を短くあげ、短く生え揃った芝生の上に倒れる。背負っていた妹も一緒にだ。
俺はその様子をただ冷たく見下ろす。まるで道端の石ころを見るかのように。
兄はこれでもまだあの顔、目をして俺を見る。
ついもう一発入れてやりたくなったが、堪える。あんま殴りすぎると何を言おうとしてたのか忘れる。
俺は、倒れる妹を一瞥もせず未だに変えない死んだ魚のような目で見る兄に口を開いた。
「お前はついてこれるって言ったよな?」
兄は頷く。
「じゃあ、なんでついてこれてねぇんだ?」
「…………」
今度は沈黙。
俺は返答を期待してたわけでもないので続ける。
「自分の体くらい分かるだろ。正直に言え。お前はあれか? できるか? って聞かれたら、出来ます、って言っちゃうタイプのやつか?」
「…………」
またも沈黙。頷きも首を振ることもしない。
俺は最後の一言を言う。
「次嘘ついたら、殺すぞ」
「……………………ころしてください」
俺が冗談など少しも混じっていなく、本気で次は殺す、と言うとあろうことかこいつは俺に命令した。
俺は静かに怒りを交えて喋る。




