第26話 奇跡の代償
窓を開けたら、鉄で覆われた天井が続いていた。見下ろせば、コンクリートとトタンでできたジャングル。喧騒の中に、低くなる巨大な換気ファンの音。
どうやら、私は地下の街にいるようだ。
「……」
ベッドの隣には大柄な男が椅子の上で眠りこけていた。額には二本の角。ずっと寝ていないのか、目の下に隈ができている。
彼は私とはどんな関係だったのだろうか。
病室のドアを開け、廊下に出ようとすると、小柄な女性と出会った。
「……ミズナ?嘘、ですよね……?」
私を見るなり彼女は手を震わせながら口元を隠し、手に持っていたカゴを床に落とした。
「……ミズナ?それは、誰の事?」
ピタリと、彼女の動きが止まる。
「……そう、そうなんですね……」
病室に戻って、彼女から話を聞く。
「これまでの事で、何か覚えていることはありますか?」
「これまでの事……」
目を閉じ思考を巡らせるが、何も思い出せない。あるのは、暗闇だけ。
「何も思い出せない」
「……タイジュの事もですか?」
「タイジュ?誰?」
「そこで眠ってる彼です」
まじまじとその顔を眺めてみる。
太く整った眉毛、彫りの深い顔、精悍な体、二本の角。その全てに見覚えは無かった。
頬をつついてみると、瞼が動き、薄っすらと目を開く。
「……ん」
「……」
「……ミズナ?」
男と目が合ったと思えば、立ち上がって私を抱きしめた。
「ミズナ!!よかった本当によかった!」
「……?」
だが、抱きしめられている側からすれば、見知らぬ大男に捕まっているのでたまったものではない。
すぐさま引き剥がそうと腕をジタバタさせると、男はそっと放してくれた。
「……すまない、少しはしゃぎすぎた。もう二度と、目覚めないって聞いていたから……」
男は子供のようにボロボロと大粒の涙を零して泣き始める。だが、私には彼が何故泣いているのかが分からなかった。
女性の方に目を向けると、彼女は下を見つめたまま唇を噛んでいた。
「……泣かないでよ、その、タイジュさん」
「……え?」
タイジュも女性と同じようにピタリと動作を止める。
「あのー、ごめんだけど、私に事情を説明してくれない?」
「……」
タイジュは凍り付いて何も話してくれそうにないので、女性の方に目を向けた。
「えーっと、多分、私、記憶喪失みたいでさ」
「……わかったわ」
そして、彼女、リントから『ツツミ=ミズナ』という人物について話を聞いた。ミズナがどんな人物だったのか、そしてタイジュとの関係性、その最後。
話が終わるころには、地下の照明が暗くなり、夜を告げていた。タイジュは話の途中から、リントの勧めで隣の部屋で寝ている。
「つまり、私は一度死んでいて、脳細胞まで壊死していたけど、細胞の培養や機械によって無理やり生き返らせたということね。それにより、記憶は消えていると」
「ニューロンパターンの完全再現はされていますが、記憶は完璧には戻らないようですね」
「そこまでしてもらったのに、記憶が無くて、その、ごめん」
「謝ることはありません。もしかしたら、記憶だっていつか戻るかもしれませんから」
それからというもの、毎日様々な『ミズナの知り合い』が顔を出した。
「……何で、記憶失ってんのよ!馬鹿!」
ツナギの女性は乱暴に缶詰を投げつけて、目を赤くして帰っていった。
「人殺しなら、生きてるだけラッキーってもんだな。とりあえず、これは返しとく」
「……ミズナ、生キテテ、ヨカッタ」
マントを羽織った老人と、機械の声の青年は斧と拳銃を置いていく。帰り際、青年がすすり泣いている気がした。
「本当、どうして目覚めないのよ!ずっと待ってたんだからね!」
化粧の濃い女性がアイシャドウで目を黒くしながら、ぶっきらぼうにお菓子を渡してくれる。
「革命が成功したのに、お前がいないとつまらなかったぞ。全く、起きるのが遅すぎる」
軍服姿の女性はバッチを渡してくれた。軍部の事はよく分からないが、名誉職っぽそうな名前の役職が書いてある。
「ミズナは運がいいのか悪いのか。いつも、私に心配ばかりかけさせるのだから」
ふわふわした雰囲気の和服の女性はそう言って頭を撫でた。どうやら、昔からよくそうされていたらしいのだが、記憶には無い。
私の兄弟子だった人、何かの組織での知り合い、仕事の知り合い、多くの人がやって来ては、挨拶をする。
人殺しではあったが、どうやら私は多くの人と仲が良かったようだ。
病院の面会時間終了間際、女の子を連れた義足の男がやって来た。
「ほら、この人がママの助けた悪い人だよー」
「助けたのに悪い人なの?」
「そうそう、人を沢山殺してきた怖い殺人鬼だからね。いやー、怖い怖い」
「ママとどっちが怖い?」
「それは、ママの方だな」
女の子の方はまだ4,5歳くらいだろうか。棒付きキャンディーを舐めながら、父親と思われる男と喋っている。
「よお、ミズナ。元気か?」
「元気だけど、その……」
「ああ、俺だよ。リツ。いやー、まさかお互い死にぞこなうとはな」
「ユイカ!4才!」
「娘さん?」
「そうさ。まあ、色々とあってな。俺に似て可愛い子だ」
「ユイカ、ママにそっくりなの!」
ユイカは頬を膨らませて、腰に手を当てて怒ってるふりをした。
「そうだったな、ごめんごめん」
リツはそう言って彼女の頭をくしゃくしゃと撫でて抱き上げる。
「という訳で、お前の元気そうな顔見れてよかったよ。そうだ、リントからコレ渡しておけって」
「タイジュ叔父さんの宝物、わたしちゃ駄目だよ!」
「元々、この人の持ち物だからいいんだって。ほら」
リツから中折れ式の携帯端末を貰った。外側は黒ずんでいて、開けると液晶はバキバキに割れていた。
だが、電源はついたので、履歴を見てみる。最後の電話が、丁度5年前の日付だった。
「後は、ゆっくり一人で聞くといい。それじゃあ、俺たちは帰るから。バイバイは?」
「バイバーイ!」
ユイカに手を振って見送った後、メールボックスを見てみる。
そこには、無数のメッセージがあった。送り主は全て『キハラ=タイジュ』からだった。
何気ない日常の話、食堂で下働きしながら料理を勉強していること、『幽玄城塞』というこの場所での生活、大変だったこと、そういった日常の風景が書いてあった。
彼は、私とは恋人か何かだったのだろうか。
それだったら、私は彼に対して残酷な存在だ。『ツツミ=ミズナ』の皮を被った別人だから。
病室のドアが開き、天井に届きそうなほどの背丈の男が入ってくる。
「今日も、お疲れ様。ミズナ」
「……タイジュさん」
「腹減ってないか?」
タイジュの持ってきたプレートの上には、美味しそうなチャーシュー丼が置いてあった。
「チャーシュー丼だ……!」
「チャーシュー丼は覚えていたんだな」
「確かに変かも」
言われてみれば、人の記憶は無いが何故か料理や道具などの記憶はあった。
このチャーシュー丼、昔からずっと好きだった事は確かだ。
「食べていいの?」
「どうぞ、召し上がれ」
分厚い肉を一切れ掴み、口に運ぶ。
トロトロに煮込まれた脂身が舌の上で溶けていていった。濃い目の味付けが、病院食ばかりで飽きていた体に染み渡る。
「……美味しい!ありがとう、タイジュさん!」
「そうか、よかった」
タレの風味が癖になって箸が次々に進む。初めて食べた時は、親父が連れて行ってくれたんだっけ。それから、いつもいい事があると食べに行って。
『……チャーシュー丼、一緒に食べに行けなくて、ごめん……リントに借金の事、ごめんって……伝えて、おいて……』
脳裏にふと浮かぶ言葉。いつだったか、そんなことを言った気がする。
あれは、確か……。
『……人殺し……だから……資格は……無い、けど……好きだよ……タイジュ』
「……あ」
今まで長い夢を見ていたようだ。
急に目が覚めたように、現実の実感が湧くとともに、恥ずかしい思い出と共に記憶が蘇る。頬が赤くなるのを感じた。
「……」
「どうした?美味しくなかったか?」
「いや、美味しいんだけどさー、何か色々と思い出して……」
「思い出したのか!?」
「あーあ、本当に、タイミングってものがさー、いつも悪いんだよねー」
一気に残りのチャーシュー丼をかきこむ。
「めっちゃ、美味しかったよ。すっかり、飯屋できる程になってさー」
「……ミズナ!」
タイジュが万力のような強さで抱き着いてくる。
「ちょっ、苦しいって!」
「すまない……」
「……いや、謝るのは私の方だって。一人で勝手に死のうとして、ごめん」
「いいんだ、今、生きているなら構わない」
「……でも、私が生きていて、いいもんなのかな?」
これまで沢山の人を殺してきた。タイジュを救う時も、多くの人を殺した。
生きたくても死なせてきた人間が、果たしてこうしてのうのうと生きていていいのだろうか。
「駄目だってことは無い。生きてていいんだ。俺が、生きて欲しいと思ったから」
「私、人殺しだよ?」
「ミズナが5年前に殺しをした事なら、俺にも責任はある。俺を助けるために、やったことだから。それに今までだって、ミズナは贖罪の為に頑張って来た。『ソシキ』を滅ぼして、残党も討伐して、深階まで行ってそのお金で元『ソシキ』の人を助けて、街の為にリントの殺しの依頼も受けていたじゃないか」
「だからと言って、私がしてきたことは正当化はされない」
「だからこそ、ミズナは死ぬまで罪を償う義務があると俺は思う。ミズナが死んだところで、死んだ人は蘇らないんだ。だったら、死ぬまで誰かの為に生きてくれ。少なくとも、俺は、ミズナが居ないと生きていけない」
「……わかった。死ぬまで、生きるよ。タイジュの為にも」
ふと、ポケットに入れていた携帯端末を思い出した。取り出して、留守番電話の履歴を眺める。
「あのさ、5年前の言葉って、まだ効力ある?」
「……ある」
「……あのさ……私が言うのも、おこがましいけど、それに、言う資格も無いけどさ」
タイジュの目をそっと見つめる。
彼もまた、私の方をじっと見て、その言葉を待ってるように思えた。
「……好きだよ、タイジュ」
ふっと息を吐き出し、恥ずかしさから視線を逸らす。
「……まあ、うん……断っても、いいんだけどさ……って、ちょっと!?」
タイジュは黙って強く抱き寄せた。
「……俺が先に言う予定だったんだけどな。君がどんな罪人でも、俺がその罪の半分を共に背負う。だからどうか、ずっと俺と一緒に生きてくれ」
伝わってくるタイジュの早い鼓動が却って私を冷静にさせる。
「……重すぎるよ。後悔しても、知らないから」
過去の罪が消えることは無い。人一人が背負える以上の業でも無い。私は、幸せになんてなってはいけない。
だけど、ここに私が必要だと言ってくれる人がいる。私に生きて欲しいと願う人たちがいる。
理由にはならないかもしれないけど。
「タイジュの為に、生きてもいい?」
「むしろ、それ以外の理由はもう認めない」
「……なんか、5年経って頑固になってない?」
「気のせいだ」
「でも、そういうところが好き」
その後の私の事はと言えば、幽玄城砦でそれなりに生きている。タイジュの店の隣で何故か探偵業を細々として、忙しい毎日だ。
どうして、探偵かだって?それはまた別の話。だから、これはいつかまた、別の時に話すことにしよう。
これにて、この物語は完結となります。
今まで読んでいただき、ありがとうございました。




