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名前のない灯り  作者: あめとおと


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第10話:選び直した未来



(最終話)






 季節が、少しだけ進んでいた。




 風が、やわらかい。




 あの日から。




 わたしは、同じ場所に立ち続けている。




 市場の端。


 人通りの少ない場所。




 誰かが困ったとき。


 そっと、手を差し伸べる。




 それだけ。




 特別なことは、何もしていない。




 名前もない。


 肩書きもない。




 ただ。




 目の前の人を、ひとりずつ。




 救えるときに、救う。




 それだけを、繰り返してきた。




「……ありがとう」




 今日も、小さな声が届く。




 振り返ると。


 先日助けた女性が、頭を下げていた。




 その仕草に。




 胸の奥が、静かに温かくなる。




(……十分だ)




 そう思えるようになっていた。




 あの頃みたいに。




 大勢に囲まれることもない。




 称えられることもない。




 でも。




 その代わりに。




 ひとつひとつが、確かだった。




 逃げずに選んだ結果が。




 ここに、残っている。




 そのとき。




「――見つけた」




 聞き慣れた声が、背後から響いた。




 振り返る。




 そこにいたのは。




 ノクト・エルディ殿下だった。




 一瞬、呼吸が止まる。




 周囲の空気が、わずかに張り詰める。




 でも。




 以前みたいな恐怖は、なかった。




 ただ。




 まっすぐに、向き合う。




「……お久しぶりです」




 静かに、頭を下げる。




 ノクト殿下は、短く頷いた。




 その視線が、周囲を一度だけ巡る。




 そして。




「続けているようだな」




 淡々と、言った。




「……はい」




 それ以上、飾る言葉は出てこなかった。




 でも。




 それで、十分だった。




 短い沈黙。




 風が、少しだけ吹く。




 その中で。




 ノクト殿下は、ゆっくりと口を開いた。




「聖女の定義を、見直すことになった」




 思考が、一瞬止まる。




「……え?」




 聞き返してしまう。




 ノクト殿下は、変わらない声で続ける。




「これまでの聖女は、“すべてを救える者”とされていた」




 胸が、わずかに痛む。




 あの日の言葉が、蘇る。




 ――一人を救えなかった者に、その資格はない。




 でも。




「それは、誤りだ」




 静かに、否定された。




 目を見開く。




「人は、すべてを救えない」




 当たり前のようでいて。




 ずっと、認められてこなかった事実。




「だからこそ」




 ノクト殿下の視線が、まっすぐこちらに向く。




「“選び続ける者”を、聖女とする」




 言葉が、胸に落ちる。




 ゆっくりと。




 確かに。




「結果ではなく、選択」




 その一言が。




 今までのすべてを、繋げる。




 あの日の迷いも。


 あの日の後悔も。


 そして。


 ここまでの一歩一歩も。




 全部。




 無駄じゃなかったと、言われた気がした。




「……あなたを、正式に迎えたい」




 ノクト殿下の言葉が、続く。




 それは。




 つまり。




 “聖女への復帰”。




 胸が、大きく揺れる。




 かつて、失ったもの。




 取り戻せる。




 その可能性が、目の前にある。




 でも。




 すぐには、答えられなかった。




 視線を、少しだけ落とす。




 手のひらを見る。




 何度も、誰かに触れてきた手。




 完璧じゃない。




 それでも。




 確かに、積み重ねてきた手。




(……わたしは)




 ゆっくりと、顔を上げる。




「……お断りします」




 静かに、言った。




 空気が、一瞬止まる。




 でも。




 不思議と、怖くなかった。




「今のままで、いたいんです」




 言葉を、続ける。




「誰かに決められた“聖女”じゃなくて」




 自分で選ぶ。




 その繰り返しで、いたい。




「わたしは、わたしのままで」




 言い切る。




 ノクト殿下は、しばらく黙っていた。




 その沈黙が、少しだけ長く感じる。




 でも。




 逃げなかった。




 やがて。




「……そうか」




 短く、頷いた。




 否定も。


 説得も。




 何もなかった。




 ただ。




 受け入れられた。




 それが。




 何よりも、嬉しかった。




 そのとき。




 少し離れた場所に。




 もう一人の姿が見えた。




 シエラ・ノクシア。




 最初に出会ったときと、同じように。




 静かに、こちらを見ている。




 でも。




 あのときとは、違う。




 今は。




 その視線から、逃げない。




 ゆっくりと、近づく。




 言葉は、少しだけ迷った。




 でも。




 ちゃんと、伝えたかった。




「……ありがとうございました」




 頭を下げる。




 シエラは、わずかに目を細める。




「何に対して?」




 いつも通りの、静かな問い。




 少しだけ、笑う。




「全部です」




 あの日の言葉も。


 突き放したことも。


 見ていたことも。




 全部。




 必要だった。




 そう思えたから。




 シエラは、少しだけ間を置いて。




 そして。




「……そう」




 それだけを、返した。




 でも。




 その一言の中に。




 確かな肯定が、あった。




 風が、また吹く。




 空は、高い。




 人の声が、遠くで響く。




 いつもの、日常。




 でも。




 その中で。




 わたしは、もう迷っていない。




(選ぶ)




 何度でも。




(間違えても)




 それでも。




(引き受ける)




 その繰り返しが。




 わたしの、道になる。




 名前は、まだない。




 でも。




 それでいい。




 誰かが呼ぶなら。




 そのとき、決まる。




 ひとり、またひとり。




 手を伸ばす。




 小さな灯りが、またひとつ。




 世界に、灯る。




 それで、いい。




 それが、いい。








(完)







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