5-1
「なにも、早朝から追い出さなくていいだろうに…」
寝惚け眼を擦り大きな欠伸をした後、朝靄が掛かる街中を見渡す。
ついて早々にトラブルに巻き込まれたので未だこの街の名前すら知らない。
ぐぅぅ…
「腹減ったな…朝飯を抜くわけにもいかない。先ずは定食屋を探そう」
まだ日の出の時間。
それでも所々から炊事の煙が上がっている。
自慢の嗅覚を活かし、先ずは腹拵えをするとしよう。
ガルの迎えはその後でいいな。うん。
この街では従魔といえど連れて歩くことが禁止されていた。
どうしたかというと、街の入り口には従魔専用の宿があり、街に入る者は従魔をそこに預ける仕組みになっているのだ。
そうこうしていると良い匂いを見つけた俺は、誘われるように匂いの元へ向かうのであった。
朝飯の後、ガルを迎えに行くも居心地が良かったのか不満はなさそうだった。
そこで『もう二、三日いいか?』と聞くと『構わん』と了承を得られた。
特別飯が美味いわけではないのだがまだ飯屋は山程もあるし、奴隷制度についても実際に触れておかなければ理解出来そうにないので連泊することに決めた。
「宿も決まったし、街中を見て回るか」
ちなみに俺の立場は流浪の冒険者だ。
ギルドに行けば八大列強であることがバレるからまだ顔を出していない。
世界を知る上で大切なのは、過度に歓待されることではなく、ありのままのその環境に触れることだ。
というか、八大列強がバレると何も出来なくなるから嫌なだけだが。
勿論、食うにも寝るにも最上級のモノが与えられるから困らないが、それだと最上級しかわからないからな。
俺は庶民の味も知りたいのだ。
そんな風に街をぶらぶらして偶に出店の軽食を摘んでいると、見たことがない店を発見した。
「ハーバー奴隷商…か。これも何かの縁。覗くだけ覗いてみるとするか」
奴隷商ということは、商品が人ということ。
俺がこれまで渡り歩いた国にはなかった制度。
その奴隷制度だが、やはりなくてはならないモノのようだ。
これまでの国では働き口も食糧もあったが、何処もそうとは言い切れない。
国土が豊かであれば奴隷など必要ないかもしれないが、そうじゃないなら困るのは国民だ。
生きて行くためには最低限の金銭又は食べ物を育てる環境が必要となる。
全ての土地で作物を育てられると良いのだが、それは出来ない。栄養不足の土地であったり、気候の問題、はたまた水の問題。
育てられない理由をあげればキリがないくらいだ。
最大の理由は、魔物。
街の中は立派な塀に囲まれて比較的安全だが、それ以外がどうかという問題だ。
俺が知る限り、この名前も知らない国は自然豊かだが、恐らく魔物も住みつきやすいのだろう。
道中にも多くの魔物と遭遇した。
ま。ガルが速いから戦うこともなかったが。
つまりだな。
この国の人々は食うに困った時、最後の手段として奴隷落ちを選ぶことが出来るのだ。
ここで言うところの奴隷とは借金奴隷の意。
自らを売りに出し、そのお金で家族や愛する者を守るのだ。
ただ、ずっと奴隷というわけでもない。
家族から買い戻されても奴隷身分のままだが、借金の金額に応じて年期が決まっており、それが明けると晴れて身分は戻る。
その金額は自ら決めることが多いらしいが、中には借金の重ね掛けで一生奴隷を受け入れなければならないパターンも存在するとか。
これだけ聞くと簡単なように感じられるがそうでもない。
まず、買ってくれる所があるかどうか。
これが大前提となる。
そして、一度なってしまうとやはり抜け出しても色眼鏡で見られてしまうようだ。
『あの娘は去年まで奴隷だった。純潔も散らされているだろう。だから、結婚はダメだ』
のようにな。
このように一般的には忌み嫌われているが、それでもこの制度によって生かされてきた命があるのもまた一つの事実。
明日は我が身。だから、簡単には困っている人を助けることなど出来はしない。
それほどこの国では貧富の差があるのだ。
因みに。
他の国へ奴隷を連れて行った場合。その身分はやはり奴隷である。
他の国も、もっと言えば俺がこれまで通ってきた国にも、以前は奴隷制度があった。
だから現在は自国内での奴隷落ちが禁止されているだけで、外から来た奴隷を受け入れる制度は未だにあるのだ。
カランッカランッ
軽快にドアベルを鳴らし建物へ入ると、カウンターにいる人物は急いで立ち上がりこちらへと挨拶を投げてきた。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
「邪魔する」
店員なのか店長なのか。
20半ばの男に促され、カウンター前のソファーへと腰を下ろした。
「ハーバー奴隷商館へようこそお越しくださいました。お客様は…」
「初めてだ」
「これは失礼を。奴隷はお持ちでしょうか?」
どんなものか興味本位で覗いてみただけとは言いづらくなってきたな……買うつもりはないが。
「いいや。どんなものかと冷やかしに、な」
「はっはっはっ」
男は冗談だと思って笑っているが、本当なのだが?
「では、ご説明が必要ですね。生憎とオーナーであるハーバーは別店舗へ行っていて留守にしております。
説明は店長の私、ロンがさせてもらいます」
「蚕だ」
「カイコ様ですね。…あれ、何処かで…」
自己紹介されたので、こちらも返しておいた。
俺の名は何処でも珍しい名前なので気付かれそうになるが、小声で疑問を呟くに留まる。
「ごほんっ。失礼。先ずは奴隷を購入するにあたり必ずしなくてはならないことを二点。
一つはお金です。購入代金だけではなく、見せ金として奴隷購入の倍のお金を用意して頂いています。
理由は買い戻しのリスクを減らす為です。
特に女奴隷であれば誰かのモノであったモノよりも、初モノに値段が付きます。
財政難や購入者の死亡等により、奴隷を泣く泣く手放す状況になってしまっても、買い値の1/3以下の金額でしか売れません。
こちらも売値を下げることになり、利益が得られないこともありますので、それを防ぐ為に見せ金という制度が始まりました。
奴隷としては何をせずとも借金が減るので良いのですがね。奴隷にしか旨味のない状況です。
最後は登記です。
法律上、奴隷は動産と呼ばれる種類の財産という扱いになります。
その登録記録のことを登記と呼んでおりまして、それを行うことにより国から認められた立派な財産となります。
逆にしないままでいると、盗品もしくは誘拐の罪として罰せられてしまいます。
以上二点が、お客様に必ずお願いしている事項になりますね。
ここまででわからない点はございますか?」
「理解した。奴隷が物だということをな」
「ははっ。そうです。物にはちゃんと名前を書いておかなくてはなりませんね」
まあ、奴隷について俺がとやかく言うことはない。
思うところは一つ。自分が奴隷落ちしないようにしないとな、くらいだ。
「細かい説明と登録方法は…『必要ない』はい。
でしたら、早速ですが当店自慢の奴隷達を見てもらっても?」
「…そうだな」
買う予定はない。
だが、これも社会勉強だ。
見世物としては最低だが、現実を知ることは生き残る上で大切な行動。
見世物となる奴隷達には悪いが、どんなものか見学させてもらうとしよう。
「こちらへ」
どうやらここへ連れてくるタイプの店ではないようだ。
ここは綺麗な部屋だが、外とは扉一枚しか隔離されていない。
自分達の大切な商品を無闇矢鱈に衆目に晒さないようにしているのかもしれないな。
ロンと名乗る男の後をついて行き別室で待たされると、遂に対面の時が訪れることとなった。