5-2
「どうでしょうか?どれも素晴らしい商品だと自賛しますが」
ロンが連れてきた奴隷達は皆妙齢の女だった。
確かに全員顔もスタイルも整っていると思う。
そう。思うのだが……
何せ最近まで絶世の美女と寝食を共にしていたので、俺の中で価値観が狂っているのだろう。
誰を見ても美人とは思えないのだ。
「そう…だな」
「お気に召しませんか。他にもいるにはいるのですが……」
気のない返事を聞き、ロンは残念そうに呟く。
「こういってはなんだが、見た目はどうでもいい。何か変わったものがあるなら見てみたいな」
正直もう奴隷に興味がない。
だが、ここまでしてもらって『それじゃあ』とは言いづらく、どうにか嘘でも褒めようと考え、他の奴隷を見せてもらうことに決めた。
「ここにいるのがその…なんというか、変わり種と申しましょうか…」
次いで案内されたのは店の裏手にある倉庫だった。
こんな窓もない所に何があるのかと思えば、そこに居たのはやはり奴隷だった。
「何故別けてあるんだ?」
外観は至って普通の倉庫。しかしその内は見慣れない場所となっていた。いや、最近では見慣れた場所か。
「この奴隷達はまだ躾前と言いますか…少々暴れたり、買取以前の傷がまだ癒えていない物達になります。
中にはこういった奴隷を好む方々も居られますので、カイコ様は如何でしょう?」
「如何と言われてもだな…」
内は牢屋になっており、3畳程のスペースで間仕切りされた鉄格子の中には、奴隷達がそれぞれに一人ずつ入れられている様子。
躾どころか清掃すら行き渡っていないようで、糞尿の臭いがかなりキツイ場所でもあった。
如何と言われても、糞尿を撒き散らすだけの奴隷を誰が欲しがるのか……
世界は広いな。
そんな感想が頭を過ぎるも、ふと目につく者が。
いや、ここでは物だったか。
「あの子…。いや、アレは?」
「ああ、あの奴隷は昨夜遅くに買い取ったばかりの新入りになります。
先程説明した出戻り奴隷ですね」
「出戻り…何があったか聞いても?」
何となくの理由は知っているが、ここは敢えて知らない振りをしておこう。
「はい。以前の奴隷主はある貴族家の方でした。奴隷に不備があったのかどうかは定かではありませんが、行き過ぎた体罰があり、奴隷法により没収という形で出戻りとなりました」
「なるほどなぁ。色々とあるものだな」
鉄格子の一つ。その小さな独房内の更に隅で丸くなるように膝を抱えて俯いているのは14.5に見える少女。膝を抱える腕は所々青くなっており、痛々しく見える。
俯いているのでその顔は見えないが、昨日助けた女で間違いないだろう。
「どうでしょう?この奴隷は生娘ではないですがまだ若く、器量も良し。出戻りですので大変お求めやすくなっております」
「一つ、聞いても良いか?」
「はい。なんなりと」
出戻りと生娘ではないところが安い理由だと言うことは理解した。
その価値観はわからないが、そういうものとして納得しよう。
「例えば、この奴隷を俺が買ったとする。
その後、すぐに解放することは出来るのか?」
そう。俺に金は有っても人助けをする余裕はない。
最強までの道のりはまだまだ遠いのだ。
「ああ…たまに聞かれます。ですが、それは法により禁止されております。
先程説明した通り、奴隷とは自分の力で金を稼げないから落ちるものなのです。
ですので、仮に解放できたとして、その奴隷だった者が辿る未来は想像に難くないものとなります。
その法が施行される以前は、慈善活動により解放された元奴隷達の犯罪率の高さに悩まされていたくらいなのです。
ですので、今は禁止されております」
「理解した」
成程な。
これは俺の想像よりも奴隷制度がちゃんとしているという感じか。
主側にも大金を出すメリットがあり、奴隷にも社会の中で生きる希望が与えられる。
奴隷とは、社会の輪に入れなかった又は弾かれた者を救済する処置でもあるのだな。
勿論、使えるものは何でも使うという逞しさがなければ、魔物や魔獣…はたまた悪魔と呼ばれるモノが蔓延るこの世界では生き抜けないのだろうが。
「どうされますか?」
「ああ…すまな…」
断ろう。
そう口を開いた瞬間、視線を感じてそちらを向くと……
『たすけ…て』
そこに居たのは依然俯いたままの少女。
視線が交わる筈もない。
が、
何故か呼び止められた気がした。
「生きたいのか?」
助けた昨日ですら言葉を交わした記憶はない。
それでも何故か声が聞こえた気がした。聞いたこともないはずなのに、だ。
奴隷とはこの世の底辺と呼ばれる存在。
生きる希望を他人に委ねた憐れな生き物。
そう思っていたが、考えを変えねばならないかもしれないな。
「…だれ?」
俯いていた頭が上がると、目を背けたくなる程腫れ上がった顔が見えた。
「俺は蚕という。女、生きたいか?」
「…生きたい…生きたいに決まってるじゃないっ!」
さっきまでの奴隷のイメージでは考えられない程大きな声で、慟哭にも似た思いの丈が牢の中に響き渡っていく。
「貴様っ!奴隷の分際で!…カイコ様!申し訳ありませんっ!きつく躾けておきますので!どうかご容赦ください!」
「構わない。それで?いくらだ?」
「は?」
さっきまで売る気満々だっただろう?
「この女は売り物ではないのか?」
「は…はい!売り物でございます!金貨六…いえ、カイコ様の寛大なお気持ちを考慮させていただき、金貨五枚で如何でしょう?」
「じゃあそれで。手続きを頼む」
元々五枚だったんじゃなかろうか?
まあ、別に幾らでも構わないが。
「直ぐ用意いたしますので、先程の部屋へご一緒ください」
急に饒舌になったロンについて行き、先程の部屋へと戻るのであった。
その時件の女は顔を上げたことで俺と目が合い、昨日の男だと思い出したのか、腫れ上がって塞がっている瞼をこじ開け、こちらを凝視していたのであった。
「以上で手続きは終わりです。ないとは思いますが…もし、殺意を持って奴隷を殺してしまった場合、殺人罪とは別の罪に問われますのでお気をつけください」
殺人ではないのか。器物破損罪?まあ、殺す予定はないから気にしても仕方ないか。
必要だから仕方ないとはいえ、奴隷を前にそんな話をするものだから女が震え出してしまった。
「殺さない。それに暴力を振るうつもりもない」
「そのようにお願いします。言うことを聞かなけば、いつでも買い戻しますので」
「そうならないように気をつけるさ。お互いにな」
買い戻せば買い戻す度に商品価値は大きく目減りする。
奴隷由来の欠陥であれば、その損害において奴隷の借金も嵩増しされるのだとか。
目線だけ動かして女を見てみれば、決意を新たにした視線をこちらへと力強く向けてきていた。
但し、その瞼は腫れ上がっているので俺の憶測も多分に含まれるがな。
「ありがとうございました」
ロンの丁寧な見送りを背に、俺と奴隷の女は店を後にした。
とりあえず足りないモノだらけだ。
なんなら、今日泊まる宿もない。ロンから聞いた話では既にとってある宿では奴隷は泊まれないみたいだし。
奴隷は野宿させても良いみたいだが、それはちゃんと許可を得た場所に限る。
奴隷は物扱いのため、荷物を外に置いておくことと同義だからだ。
故に宿に泊まれば馬小屋でも軒先でも、ちゃんと許可を得なくてはならない。
勝手をすればそれは全て奴隷主の責任。
「この街に詳しいか?」
俺?俺が知る筈なかろう。
牢屋のことなら一日の長はあるがな。
「はい。奴隷として半年程前にこの街へ売られてきたので、ある程度のことであれば」
「そうか。先ずは服屋、その次は宿へ案内してくれ」
「…候補がいくつかありますが……」
顔は腫れ上がり、服はボロボロ。
現時点で売りに出す予定ではなかったので着の身着のままでの受け渡しになっている。
その分料金は安かったみたいだが、俺はそもそもの相場を知らない。
「普通の女が服を買う店だ。宿は飯が美味いところなら高級宿でも安宿でも構わん」
「承知致しました。こちらです」
歳は16だと聞いた。
丁寧な言葉遣いは店で叩き込まれたとも。
年齢よりも幾分か小さな背中を見失わないように、よそ見も程々に俺は後をついて行く。
お荷物を手にしてしまったが、気に入らないものは気に入らない。
そこを解消するにはこの女が必要だったのだから。
「その後は……どうするか、な」
考えるよりも先に行動してしまった。
しかし、後悔はない。




