3-END
「白く豪華な毛並みに馬二頭分の恵まれた体躯。間違いなくアイツだ」
視線のずっと先には、森に漂うスパイシーな香りから逃れる為に山脈の頂上付近で顔を出している九尾の狐がいた。
「こっちを見ているな。この距離でバレたのか…煙のせいで鼻が効かないだろうに大したやつだ」
探し物を見つける為、俺も山脈の頂上付近で張っていた。
しかしそこは奴がいる場所とはかなりの距離があり、目視で辛うじてその巨体を捉えられる程度は離れていた。
「探索能力ではやはり向こうが上だったか」
俺の魔力探知もかなりの広範囲だと自負している。
それは書物で見つけたそれらの普通とはかけ離れた代物だ。
それなのに、奴の探索能力はその上をいくようだ。
正攻法ではどれだけ探しても見つけられないはず。
漸く納得がいった。
「よし。後は追いかけっこか?」
これまで逃げ隠れていたのなら、近づけば逃げるだろう。
ならば、これからは足の速さと持久力がものをいう。
それさえも負けるわけにはいかないと気を引き締め直し、俺は標的の場所へと駆けるのであった。
「逃げはしないのか」
有難いが少し拍子抜けだ。
現在探し物は目の前にいる。
醸し出す雰囲気は強者特有のモノだが、どうも争う気はない様子。
「かくれんぼでもしたかったのか?」
コイツはこの国で建国の元となった要因である九尾の白狐。
通称『神獣』。
彼ら獣耳族は種族部族関係なくコイツを崇めており、元は別々の国だったが崇める対象が同じなら争う理由なしと現在の形に落ち着いたと聞いた。
そんなコイツはずっと領都で崇められていたのに、数年前に突如として姿を消した。
理由は不明だが放っておくことも出来ず、かなりの費用と人員を割いて捜索したが、結局見つけられず途方に暮れていたところに俺が現れた。
それが今回の依頼の経緯だったが、悠久の時を生きるコイツが何の目的もなくこの様なことをするとは考えづらい。
だから俺は『かくれんぼ』がしたかったのではと、答えを探ったのだ。
長い時を生きているんだ。恐らく千年以上。
そう聞いた時、理由もなく『それは退屈だろうな』と感じてしまった。
だからかくれんぼうがしたかったのではと、本気で思えたのだ。
答えが返ってくるとは思わないが、聞かずにはいられなかった。
そして…そのまさかが起こってしまった。
ぶんぶんっ
「ん?違うと言いたいのか?」
こくこくっ
俺の問いかけに、神獣は首を縦に振ったり横に振ったりで応えてきた。
「言葉が…わかるのか?」
こくこくっ
「まさか、俺を待っていた?」
この質問には首を傾げてみせる。
どうやら違うようで近いのかもしれない。
「探し出す者を待っていた?」
こくこくっ
正解したが、この先は全く思い浮かばない。
「とりあえず、ついて来てくれるか?皆心配して待っているぞ」
こくこくっ
「ふう…良かった」
正直、神獣の強さが俺にはわからなかった。決して弱くはないが、強さの底が知れないというか……
兎に角、力づくで連れて帰るのは現実味が無さそうではある。
争えば、どちらかが死ぬ。
それくらいは覚悟の上で望まなくてはならない相手だと認識していた。
だから安堵の溜息が溢れたのは自然なこと。
「ん?なんだ?」
ついて来てくれる。そう思った矢先、神獣は俺に近寄り、その大きな頭を俺の脇の間に潜り込ませて何かを訴えてきた。
「ん……乗れってことか?」
わからないが、雰囲気はそんな感じ。
こくこくっ
「わかった。振り落とすなよ?」
神獣の大きさは体長二メートル半ほど。
見た感じの重さは俺の七倍から十倍といったところか。
「よっと。おお…フカフカだ……」
飛び乗る背中はとても大きく、フカフカの毛並みに安定感も抜群ときた。
これならば、何処へでもいけそうだ。
まず初めに、寝心地が良く夢の国へ旅立ちそうではあるが。
「とんでもない速さだったな…」
速さには自信があったが、コイツには勝てそうにない。
あのまま鬼ごっこが始まっていたら、負けていたのは俺の方だっただろう。
現在俺達は領都議事堂の目の前にいる。
ちなみに門を通っていないので不法侵入だ。
神獣には人の営みなど関係ないのだろうな。人に危害を加えないのであれば、何の問題もなさそうだが。
「騒ぎを聞きつけて出てみれば…おお…神獣様…よくぞ、よくぞお戻りになられた…」
ま。当たり前に周囲は大騒ぎだ。
神獣を見たことがある者達は平伏し、無いものは逃げ惑っていた。
漸く出て来た首長達も、俺を労うことなく神獣へと語りかけている始末だ。
「こほんっ。依頼は達成で問題ないな?」
「はっ!?そ、そうです!感謝いたします!」
コイツらにも事情や想いがあるのだろうが、こちらも一週間山の中だったのだ。
いい加減美味い飯が食いたい。
よって、感動の再会に水を差してみた。
「ほ、報酬を…」
「その前に飯だ。何か食わしてくれ。コイツにもな?」
「…よく見なくとも、神獣様に乗っておる…何故?」
報酬の話になりそうだったが、先ずは飯だ。
それに気付くのが遅いぞ?
首長達は俺が神獣に乗っていることをぐちぐち言っていたが気にしない。
何せコイツは動くフカフカのベッドだから、乗り心地が非常に良いんだ。
俺は遂に、楽を覚えてしまった。
神獣に跨ったまま、首長達に先導される形で議事堂内へと向かってゆく。
漸くまともな飯が食えることに深く安堵したのであった。
「た、食べながらでいいので、報酬の話をしてもいいでしょうか?」
ここは議事堂の中庭。
元々神獣の寝床だったところらしい。
初めは食堂へ向かう予定だったのだが、離れようとする俺の襟を神獣が噛んで行かせてくれなかった。
『神獣様のご意志であれば』
と、俺の意見など無いかのような扱いで今がある。
中庭は芝生になっていて、余計な物は何一つ置いていない。
つまり、飯も地べたに座って頂いているわけだ。
そんな食事中。リンドーンが代表して話しかけて来た。
「構わん」
なんだかんだと金は持っているし、使う予定もない。正直なところ、報酬に欲はなかったのだ。
「八大列強殿に金銭で報いることは難しいと結論づけました」
「それで?」
「我が国にある魔導具を報酬として贈らせていただきたいと。如何でしょう?」
成功しようがしまいが、この一週間の給金は貰える。
これは最初に約束した通り、既に用意され渡されてもいた。
残されたのは成功報酬なのだが、八大列強とこの仕事に見合う金銭は莫大な金額になる。
払えなくもないが、それ程の金を貰ったところで使い途もなく邪魔なだけだと推測した。
では、魔導具を贈ろう。と、なったわけだ。
「そうだな」
「では、食後に宝物庫へご案内致します」
「と、考えていたが、気が変わった」
気が変わったというか、頼まれたというか。
「え…では、如何いたしますか?他では国の権利関係がありますが、八大列強にそれは不要かと。勿論、こちらとしてはそれでも構いません」
その言葉に、何故か俺の背もたれになっている神獣の頭を撫でながら答えた。
「それも要らない」
「…では、何をご所望で?」
「コイツだ」
リンドーンも他の首長達も、薄々勘付き始めたところで答え合わせをした。
「ふざけるなっ!」「我が国の象徴であるぞっ!」「何が八大列強かっ!アビス首長国連邦の意地、見せてやろうぞ!」
勿論、紛糾した。
というか、これは糾弾か。
「やめておけ。無駄に死ぬことになるし、コイツもそれは望んでいない」
「コイツだと!?」
うん。そこは今、関係なくないか?
どこまでも神獣教なのだな。
「望んでいないとはどういう意味ですか?まるで、神獣様が貴方に着いて行くことを望んでいるかのような言い回し」
「リンドーン!そんなわけあるかっ!神獣様はこの国が家なのだぞ!?」
「そうだ!」
まともに話せそうなのは首長達の中で一番若手のリンドーンだけかな?
年寄りは頭が硬くてかなわん。
ジジイも硬かったからな。物理的に。
「そうだ。本人に聞いてみるといい」
「聞く?どういう…まさか…神獣様は言葉を?」
「知らなかったのか?普通に全てを理解しているぞ?喋りはしないが、意思は示してくれる」
何だ。コイツ、俺以外とコミュニケーションを取ってこなかったのか?
とんだ人見知りだな。
狐だから仕方ない…のか?
「神獣様!私の言葉を理解できますか?」
「リンドーン!やめんか!戯言だ!」
他の者達はまだ煩く喚いている。
リンドーンは真剣な眼差しで、神獣へと問いかけた。
すると、神獣は俺の背もたれをやめて起き上がると、リンドーンを見つめたまま頭を一度だけ下げた。
「ほ、本当に?」
こくこく
この異様な光景に、騒がしかった奴らは黙り込んだ。
「し、神獣様。この者が言っていた話は本当なのですか?」
こくこく
「この国がお嫌いになられたから、失踪されたのですか?」
ふるふる
「では…理由があって、この者について行く、と?」
こくこくっ
「み、認めんっ!私は認めんぞぉっ!」
首長の一人が雄叫びのように叫んだ。
「神獣様がご意志を示したのだ…従わねば…なるまい」
「しかし、余所者ですぞ?」
「私は反対だ。意地を見せ、刺し違えても止める」
またもや議論が始まるも、俺は飯に集中した。
「皆さん。お気持ちはそれぞれにあると思いますし、その両方を理解できます。
ですが、お忘れのご様子。
相手は八大列強と悠久の時を生きる神獣様なのです。
こちらに勝ち目は一分もありますまい。
ですので、ここは神獣様のご意志を尊重する形で見送りませんか?」
「リンドーン…何を言うておる?」
「ここで仲違いしてしまえば、例えカイコ殿を倒せたとしても神獣様はいなくなってしまう。
我々が望むのは神獣様の存在そのもの。
いつか帰ってくるという希望を持って送り出すのが、我々に残された唯一にして最良の判断だという話です。
前回の居なくなった時とは違い、今回は送り出すのです。神獣様を尊重した答えであれば、国民も納得するでしょう」
リンドーンの正論…現実論に、他からの声は聞こえなくなった。
そんな中、中庭に聞こえるのは、俺の咀嚼音と、用は済んだとばかりに俺へ身体を預けて寝入ってしまった神獣の寝息だけだった。
仲間を得て失くしたばかりの俺へ再び仲間が加わる結果を齎した依頼は、こうして完遂されたのであった。
幕間の後、新章が始まります。
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登場人物紹介
神獣ガルグムント(250/750神獣、白毛の巨大な九尾の狐、各首長国家で神獣扱いされていたので連邦設立の礎となった、1000歳以上不明)