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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
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2-10

 





「あっという間だったな」


 着いてしまえば、そんな感想が口をついた。


「まだまだ占領地といった雰囲気ですね」


 こちらは為政者らしい台詞。こいつの方が年下だとは誰も思うまい。


「物々しいが、一応の歓迎は見えるな」

「建前でしょう。いずれ我が王国すらもその手中に収める気です。化けの皮はすぐにでも剥がれるでしょう」


 一応帝国も取り繕ってはみたが、それも続かないと。

 しかし、化けの皮はどちらだろうな?

 こちらの皮が剥がれる時。その時に、まだ帝国は態度を崩さずにいられるのだろうか?


 城まで一直線に整列している帝国騎士達。それを後ろから静かに見守る民衆。

 活気はなく、まるで葬儀でも行われているかの様な雰囲気に包まれながら、王子一行の行列は副都内を進んで行った。
















「中々良い部屋だ」


 王国使節団の副都滞在中には副都内にある大きな屋敷一つが丸ごと貸し与えられた。

 俺がいるのはそんな屋敷の一室。

 部屋の中は書物で学んだ通りの『ザ・貴族』といった内装。

 そこが滞在中の俺の部屋となった。


「カイコさん。お茶をどうぞ」

「ありがとう」


 部屋も良いが、何よりも嬉しかったのは、城では着いて回っていた侍女がいないこと。

 人手が足りないこともあり、俺に付き人はいない。


 しかし、そんな俺に恭しくも世話を焼いてくれる人がいた。

 ニーナだ。


 侍女ならば気も使うし、こっちがされたくないことまでされていたが、その点ニーナは違う。

 痒い所に手が届くというか、こっちが気を使わない程度に気を使ってくれるのだ。


 なによりも、ニーナには意識のない俺を看護した実績がある。

 普通であれば恥ずかしい姿も見せてきたのだ。そんなニーナに隠すことなど何一つない。

 感覚とすれば、最早親であり、母である。


「うまい。城の茶も美味かったが、ニーナの淹れた茶が一番安心するな」

「ふふっ。ありがとうございます」

「何、良い感じの空気を出しているのですっ!?(わたくし)王女なのですわっ!?王女がいるのですわよっ!?」


 この屋敷にあった茶葉を使っているのだから味が違うのは当然。

 しかし、それでも何故か感じる懐かしさがあった。


 ゆっくりと茶を楽しみたかったのだが、煩い奴も部屋にいた。


「王女なら王女らしく、慎ましやかな人形のようにしていてくれ」

「私はそんなことをしなくとも、十分にお人形のように可愛らしくてよっ!」


 見た目はな。

 中身が違い過ぎるんだよ。


「カイコってすごいんだね…」

「お姫様に対して、ユミフィ(あなた)と同じ扱いをしているわね…」


 二人は律儀にも部屋の入り口に立ち、護衛の役目をしている。

 俺がいるから必要ないと言ったが、王女と同室することに未だ緊張しているのだろう。


「お兄様は?」

「スバルはこの国のお偉方と話があるんだと。夜には帰ってこれるだろうってさ」

「…カイコ様はいかれなくてもよろしくて?お兄様の護衛でしょう?」


 建前とはいえ、親善大使のようなものだと聞いている。

 呼ばれれば断れないのだろうな。今は。


「それこそ建前だ。実質俺は第一王女の護衛だからな」

「それではお兄様が危険ですっ!」

「スバルは今回命を懸けている。俺も過度に守る気はないし、王女もその想いを汲んでやれ」


 この旅で守れと依頼されたのは王女の身柄。

 スバルはそれに含まれていない。

 スバルが自分の身を案じている程度ならば、俺もこんな話を持ちかけてはいない。


 スバルは見た目よりも優秀で、そして頑固だ。

 自分のケツくらい自分で拭ける男だと俺は思っている。


 というよりも…初めての弟子がスバルで良かったと、そう思いたいのが本音だな。


「なんで…お兄様が…私だけでよかったのに…」


 王女も王女で、今回の件について負い目を感じている。

 第三者の俺からすれば双方に負い目を持つところなどないのだが、国を背負ったことが俺にはないので、二人の気持ちなど理解は出来ないだろう。


「勘違いしているようだから教えておこう。この旅に、スバルは必要不可欠だ。

 それはスバルの人生にとってという意味で、王女は関係がない。

 だから、気に病むな。

 男にも女にも、人生で戦わなくてはならない時が何度かやって来る。

 スバルのそれが、偶々今回だったというだけだ」

「お兄様…の、戦い?」

「そうだ。そこに妹や国は関係がない。本人の問題だからだ」


 偉そうに言っているが、俺は自分の戦いに一度敗れている。

 あの龍人…絶対、殴り飛ばしてやる。


 そうなれるように努力は惜しまない。

 そもそも。

 自分がやりたいように、なりたいように頑張ることを努力とは呼ばんか。


 やはり言葉として、努力よりも戦いがしっくりくるな。


「見てみろ。この旅で、ニーナ達三人も戦っているだろう?三人は目標のために戦っている。

 王女も自分の戦いを見つけろ。

 そうすればスバルの想いも分かる時が来る」

「私の戦い……」

「殿下。あまり思い悩まないでください。その時がくれば自ずとわかります。

 それまでにしっかりと準備をすることが肝心なのです」


 こういう説法は俺に向いていない。

 そこをニーナがしっかりと締めてくれた。


 良かった…いつまで続ければ良いのかわからなかったからな。


「わかりましたっ!しっかりと準備しますわっ!」

「はい。殿下ならきっと、何者にも負けないでしょう」


 あまり焚き付けないで?

 困るのは俺じゃなく、スバルや国王だから良いけども。















「二日後か」


 副都に夜の帳が下りる頃、漸くスバルが屋敷へと戻ってきて、そこで予定の擦り合わせが行われていた。

 そこで皇帝とその弟との面会は二日後だと報される。


「はい。昼食の前にその時がやって来ます。こちらからは私とセンティア、それに従士が四人となります」

「ピッタリだな」

「はい。多くても足手纏いとなるので、その点は良かったと思います」


 主役の二人に、その身の回りの世話をする従士が四人。

 丁度、俺とニーナ達の数と揃う。

 人が多ければ多いほど、守る対象が増えるから丁度良かったのだ。

 ニーナ達は冒険者。依頼で来ているのだから守る対象ではない。つまり、俺が守るのは王女ただ一人で済む。


「それまでは」

「師匠には申し訳ないですが、待って頂くことに」

「よし。じゃあ、この機会に副都の美味い飯を探すか」


 良かった。他に仕事があるなんて言われたら楽しむ時間すらなかった。


「えっ…」

「じゃあ、そういうことでな!安心しろ!王女にはあの三人が付いている」

「敵地で遊ぶなんて…豪胆というか…なんというか…」


 スバルがブツブツと何か言っているが聞こえんな。

 俺の人生の目標は二つ。

 一つは世界最強というなんとも馬鹿げている目標だが、もう一つは堅実なものだ。

 世界中の美味い飯を食べること。


 これならば、旅をしていればいつか叶うかもしれない。

 最強なんていう不確かなモノとは違い、実に有意義でもある!


 折角こんなところまで来たんだ。新たなる美味い飯でも食べないと元が取れぬというもの。


 俺は意気揚々とベッドへと潜り込み、スバルは何時の間にか部屋から出ていったのであった。











 翌日、俺は絶望していた。


「こんなものしかないのか…?」

「こんなモノとは失礼な客だね…ないよ。諦めな」


 副都内をフラフラとして、賑わっている食堂へと入っていった。

 その店にメニューなどはなく、日替わりで食事を提供している形。


 出て来たのはパンとスープと肉をただ焼いただけのもの。

 一応調味料を使っているらしく、肉は本来の味以外の風味もあった。

 あったが、ただそれだけ。


 これならば、自分で焼いて食った方がまだ美味い。

 調味料という天啓を受けた俺は、いつも肌身離さずいくつもの調味料を持ち歩いているからだ。


「女将。何かこの街で特別な物が食べられる所を知らないか?

 美味ければなんでも良い」

「ないよ」

「そうか。そこを………え?」


 ない…?ないと言ったのか?

 副都とはいえ、ミシェットガルトの王都であるセンティアよりも大きなこの街に?


「だからないよ。帝国領になってから、輸送が制限されてね。庶民が口に出来る物は限られてるのさ」

「そ、そんなこと…を…我慢できるのか?」

「我慢なんか出来やしないさ。諦めてるのさ。みんな」


 潰すか?

 八大列強といえど国を相手にした場合、勝てる保証などない。

 しかし、許せないのだ。

 俺の目標…いや、言葉を濁すのはやめよう。

 俺の人生そのものを妨害する相手を。

 俺は許すことなど出来ないだろう。


「よし。俺が帝国を滅ぼしてやるから、いつか美味い物を食わせてくれ」

「はっはっはっ!兄さん!滅多なことを言うもんじゃないよ。

 そりゃ、帝国のやり方はどうかと思うさ。でもね、私ら国民もただ従うだけじゃないのさ。

 ちゃんと意味があって、今を受け入れてんのさ」

「そうか……悪かったな。理由も知らず失礼なことを言って」


 俺がそう謝るも、女将はそれすらも笑い飛ばした。


 帝国のやり方は武力行使そのもの。

 それでも自分達の生活がある程度保障されるのならば、調味料含め食事の幅を我慢することくらいなんてことはない、と。


 強者の傍は安全。

 それは八大列強となって、身を持って分かった事実。

 帝国は強国。

 祖国は戦に敗れたが、帝国領である限りここが再び戦地になる可能性は低い。

 国民はそれを選んだ。


 そういうことらしい。


 が。

 すまんな。


 俺が戦地に変えてしまうかもしれん。


 そうならないことを切に願ってはいるが、それを出来るかはスバルの手腕に掛かっている。

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