閑話 元山籠りの少年、都会っ子と出会う
「私は、王子だ」
煌びやかな室内には、一人の少年とそれを世話する者たちが複数人窺えた。
「はい。スバルフスキー殿下はこの国の宝でございます」
過度に持ち上げる台詞。
少年の言葉を聞き、それを放ったのは少年の従者が一人。
されど、その過度に聞こえる言葉は半ば間違いでもなかった。
この国に王子は複数人いるが、正妃の息子は二人だけ。
その中の一人がスバルフスキー少年であり、もう一人が兄のユーフォルニア青年である。
ユーフォルニアは愚鈍ではないが、その才覚は凡夫といえる。
これが平時であれば、年長者が王位を受け継ぐことで無駄な争いを起こさないで済ませられる。
しかし、今は平時とは言えない事情がある。
それは帝国の台頭。それにより国土を帝国と面してしまっていた。
いつ戦争が勃発してもおかしくはない。
王侯貴族のみならず、関心のある国民もそう危惧している程の状況である。
そんな中、正妃の次男であるスバルフスキーが才能を発揮していた。
武芸は平凡な兄にすら劣るものの、その胆力と行動力は目を見張るものがあり、知能に関してみても既に現王を超えるのではないかと宮廷では専らの噂が立つほどである。
「宝かどうかなど、どうでもいい…それよりも…なぜ。何故、王子であるはずの私に、妹を守る力すらないのだ…」
「そ、それは…」
そんなことを言われても困る。
とは言えない。
この同い年の兄妹は何かと比較されてきた。
端正な顔立ちの通り礼儀正しく、また学問に精通している兄。
生意気そうな見た目通り、勝気で、女性王族としては少し粗暴な妹。
妹がもし男に生まれていたのなら、強い王になれただろうとこちらも噂される程であった。
そんな他人からの評価は正反対な二人だが、実は仲が良い。
それはお互いがお互いの短所を埋められるからか、はたまた噂される者同士何か通じるものがあるのか。
兄妹仲の良さも城勤の者達によく知られてもいた。
だから、何も言い返せない。
生半可な言葉では、王子の気持ちを逆撫でするどころか、余計に落ち込ませてしまうことを理解しているのだ。
「この国に…いや、私に帝国と刺し違えるだけの力があれば……」
妹想いの兄の悩みは尽きない。
「婚姻の打診ですって?」
女性王族専用のサロンにて、一際若さを放つ少女が声を上げる。
その相手はこの国の正妃その人。
「センティア王女。また言葉遣いが乱れていますわ」
「し、失礼を」
「はあ……今回の件は置いておくにしても、センティア王女が誰かと婚姻を結ぶ未来が私には視えません」
第一王女であるハーベストセンティア王女は正妃の実子ではない。
しかし、王子王女の教育や後宮の今後の指針については、全て正妃が握っている。
後宮を纏める役目を代々受け継いでいるのがその時代の正妃だからだ。
故に、国王から報された今回の見合い話を、事前に伝える役目も担っている。
「えっ?相手が皇帝の…弟…?何かの間違いでは?」
「私も何度も確認いたしました。次期皇帝の弟では、と。ですが、間違いありません」
「えっ…無理なんだけど」
女性の王侯貴族には庶民の様に婚姻相手を選ぶ習慣などない。
男性はその身を切り、立身出世に勤しみ。
女性は婚姻を自身又は家の立身出世の道具とする。
方法は違うが、どちらにも自由はない。
不自由故に上流の暮らしが出来るともいえる。
ただ、何にしても抜け道は存在する。
それが一夫多妻制にあるのだ。
正妻とは家の為国の為に婚姻を結び、好きな相手は側室として迎え入れる。
これはどこでも行われており、特段恥ずかしい話でもなんでもない。
しかし、それは選べる立場にあればこそ出来る。
今回の話は選べる立場にない。
王女は王族である。
自国の貴族家に好む相手がいれば、新しい家を興すも良し、その家の正妻として迎え入れられるも良し。
どうとでも出来た。
しかし、今回は相手が悪かった。
「はい。私も陛下も同じ意見です。一部の貴族からは、保身からこの話を進めようとする動きが見られますが、あくまでも一部。
殆どの貴族家も同じ意見となりました」
「はあ…よかった…」
「よくありません。選ばれたのですから、最悪と言えるでしょう」
何もなければ、言葉通り何もなかったのだ。
しかし、何かがあった。
その波紋は小さなものだが、向こう次第では大波に変貌しうる。
それも、この国を飲み込んでしまうほどのものに。
「え?何故です?断れるのですよね?」
「相手は野蛮な帝国。残念ながら、それを戦争の引き金に変えてしまうでしょう」
「ちょっ…戦…争?それって…沢山の人が死んでしまうのでは?」
王女も馬鹿ではない。
男性王族と教育されてきた内容は違うが、そちら方面でも最低限の知識は教育されてきた。
故に理解してしまう。
「それで済めば御の字でしょう。このまま手をこまねいていれば、十中八九この国は滅ぼされます」
「じゃあっ!断れないわっ!」
王女も王族の端くれ。
その気概は国の為にある。
「勿論、国として許容出来ることであれば、陛下も私も反対などしません。
しかし今回のお話は、許容出来るものを超えていました。
話は今回限りのものではないでしょう。
すぐに別の注文を突きつけてきます。
その全てを飲めば、それは既に国として終わっていることと同義。
相手は強大であり、戦巧者。
例え滅ぶとしても、先代に顔向けできる選択を。
そう陛下はお考えなのです」
「……私だけのことじゃなくても、でもっ。今回の件は私の……」
責任。
とれもしない責任という言葉を、既の所で呑み込む。
サロンには、酷く重い空気が流れていた。
「八大列強が、現れましたっ!」
謁見の間。別名玉座の間に飛び込んできた騎士が報告した。
報告によると、現れたのはギャリック伯爵領。
何でも、八大列強にしては珍しく冒険者を生業としているらしい。
「勝機だ…」
ボソッと呟くのは第二王子。
この瞬間、脳裏を駆け巡るのは帝王学により培った権謀術数。
そして、導き出した答え。
「国王陛下。お話があります」
その卓越した頭脳を使い、出した答えを父である国王へと内密に伝える。
「可能…なのか?」
「わかりません。しかし、これ以外の手もありません」
「わかった。表向きのコトは任せよ。其方は目的遂行の為に尽力されたし」
まだ成人もしていない王子から聞かされた話。
その内容を簡単に説明するならば『八大列強を仕向ける』というもの。
「はい。どの様な為人であっても問題ない様に策を練っておきます」
「うむ。任せた」
本来であるならば、王である自身がやらねばならぬこと。
それを飲んだのは、偏に子が優秀であったため。
さらに今回の策に関しては、適任なのが自分より息子だったこと。
果たして、この親子の命運や如何に。
「一番やりやすいタイプで助かったな」
望んでいる八大列強が冒険者だったこともあり、ギルドに圧力をかけてそれとなく依頼の話を回させた。
それにより城へやって来たのは、自分とそう歳の変わらないまだまだ少年と呼べる顔付きではあるが、長い黒髪を後ろで束ねた大男だった。
見た目では何も掴めなかった。
プライドが高そうにも見えたし、こだわりが強そうにも見えた。横着でもありそうだし、ぶっきらぼうでもありそうだった。
実のところは、実際に会って話したことによりすぐに理解できた。
「純粋無垢。この様な男がいたとは」
欲深い者であれば、話は単純。
その欲をある程度満たしてやれば良いだけ。
無論、八大列強ほどの人材の欲を満たす為には国庫が空になるくらいは覚悟の上。そもそも国の存続が掛かっているのだ。金など後でいくらでも稼げばいい。
興味が自分のことだけの者であっても同じ。
その者が好きな様に生きられるルールをこの国で与えればいい。
そもそも八大列強自体好きに生きるに何の問題も生まれない肩書き。
しかし、それは自分だけが当て嵌まるルールでしかない。
だから、与えるのだ。その者がルールとなれる街を一つ。
街と国では規模が違う。一つの街と国を天秤にかけるなど、愚問。答えは既に目に見えているのだから。
それらを予行演習してきたが、全て無駄になった。
「動かすには容易い。が。一番困る」
此方には裏があるのだ。
それが白日の元に晒された時、相手が変わるだけで結局国が滅ぼされては意味がない。
「嘘を…嘘を真にする」
そこで出した答えは単純なものだった。
始まりこそ嘘ばかりだったが、それを本心でやり遂げれば何ら問題は残らない。
「結局、妹の得意分野か」
自分はこれから鍛錬に精一杯励まなければならない。
そこに嘘があってはならないからだ。
八大列強が動かなければ、自分がやる。
元よりそんな計画はなかったが、これからはそう動くのだ。
後は王女が持ち前の人懐っこさを発揮してくれれば計画の後押しとなるだろう。
「さて。明日からは筋肉痛の日々がやってくる。今日はしっかり休むとしよう」
翌日から、筋肉痛により寝苦しい日々が始まるのであった。