表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/70

43.美少女騎士(中身はおっさん)と秘密基地



「ルーカス殿下。助けていただいてありがとうございます。おかげで助かりました」


「い、いえ。こちらこそ申し訳ありません。いくらなんでも魔導騎士であるウーィルをスパイ容疑で拘束しようとするなんてやりすぎです。この島は、同盟国とともに新兵器を開発している秘密工場のようなもので、海軍や情報部もちょっと神経質になってるみたいで……」


 しきりに恐縮する殿下。


 だからぁ、殿下ともあろう方が、オレみたいな下っ端相手にペコペコしないで。周りでたくさんの人間がみてるんだから。






 期せずして謎の無人島(たくさん人が居るが)に着陸してしまったオレは、飛行機の翼から飛び降りた直後、海軍の連中に拘束されそうになった。オレめがけて駆け寄ってきた連中、完全装備のうえに目が血走っていたから、あのまま牢獄にぶち込まれていた可能性もあったと思う。あのタイミングで殿下と会えてよかった。……短気おこして全員ぶちのめさなくて、本当によかった。


 で、いまオレが何をしているかというと、……わけのわからない会議にでるところだ。


 オレは急遽、殿下の護衛役に抜擢されたのだ。そうすることで、島の保安に責任をもつ海軍にむりやり納得してもらい、拘束されずに済むらしい。なんたって公王太子殿下のお墨付きだからな。


「みなさん。この計画の立案者であり、実現のため同盟国の政府や科学者の力を結集することに尽力されたルーカス殿下が到着されました」


 島の中心に建てられたでっかい建物の中、すでに数十人の人が集まった立派な会議室。殿下はもともとこの会議に出席するためにこの島に来ていたそうだ。


「お、遅れて申し訳ありません。本日は計画の最前線の現場で働くみなさんとお会いできて光栄です。よろしくお願い致します」


 急ぎ足で入室する殿下。立ち上がり、一礼する出席者達。ロの字に並べられた机。乱雑に積み重ねられた膨大な書類の束。壁沿いにいくつもの黒板。書き殴られた呪文のような数式。そして、殿下の後ろをついていくオレ。


「で、殿下? そのご婦人は……?」


「公国魔導騎士ウーィル・オレオさんです。私の秘書兼護衛をやっていただいています」






 そこにあつまっていたのは、公国だけではなく連合王国や皇国の軍服姿の軍人。白衣の科学者らしき人々。作業着を着たエンジニア。シャツにネクタイの連中は役人なのだろう。ひとことで言って雑多な人々。決して華やかな会議ではない。殿下が参加されるというのに、皆どちらかというとラフな雰囲気だ。現場責任者による進捗会議というところだろうか。ちなみに、そのほとんどはおっさんだ。


 オレひとり、あきらかに場違いで浮いていることは自覚している。殿下といっしょに会議室に入ったオレは、出席者全員からもれなく二度見された。公国の人間はオレの制服をみて魔導騎士だと理解してくれたようだが、他国から来たらしい人々はみなあ然としている。


『……魔導騎士?』『いまどき剣と魔法だって!』『しかもあの少女が?』『……まぁ公国だから』


 会議室の中、苦笑いとこそこそ話がさざ波のように広がる。


「みなさん静粛に! 我が公国では、魔導騎士は国民の誇りだ。彼女がいる限り、この島も我々も安全は保障されたと断言できる。……では、安心して会議を再開しよう」


 司会よりも偉そうに会議を仕切る、殿下の三つ隣の席のおっさん。おお、あれは我が公国の国防大臣じゃねぇか。普段は騎士団を目の敵にしてたくせに、心を入れ替えたのか?






 オレが座るのは、会議のオブザーバー的な役割をおっているらしい殿下の隣の席。だが、会議の内容そのものにはあまり興味がないので、……正直にいうと内容が理解できないので、あくびをかみ殺しながらボーッとすごすだけだ。どうせ国家機密なら、初めから聞かない方が気が楽だしな。


 とは言っても、いろんな単語が耳に入ってくるのは仕方が無い。


 『進捗の遅延』『真空管式計算機の不具合』『電力供給の不足』『危険物質の漏洩未遂事故』……ここまでで印象深い単語はこんなものか。ほとんどが白衣組やネクタイ組の発言だ。


 この島でいったい何が行われているのかはしらないが、どうやらあまりよい状況ではなさそうだという程度は、オレにもわかる。メモをとっている殿下も渋い顔をしている。


 窓の外、いつの間にか真っ赤な夕焼け。会議が始まってすでに数時間か。


 ああ、今日中には公都に帰れないのかなぁ。レイラに連絡はいってるだろうが、怒りまくってるだろうなぁ、……などと口の中だけで嘆いても、オレに構わず会議はすすむ。






『王国情報部によると、帝国でも同じ物が開発が行われていることは確実。しかも精製工場は既に稼働していると……』


 それまでほとんど黙って聞いていた殿下がピクリと反応したのはその時だった。


『我々の進捗がこれ以上おくれると、やつらが先に完成させる可能性が……』


 参加者のうち、軍服組の発言が増え始める。


『帝国以外の列強国、北部合州国と南部諸州連合は?』

『我々は、ガンバレル型だけでも先行して、とにかく一刻も早く完成させるべきでは……』

『完成次第、先制使用も視野に……』


 殿下が立ち上がった。


「ちょ、ちょっと、まってください! この計画の目的はアレの開発と実験のはずです。実際の使用に関しては、同盟各国政府による高度な判断が……」


「殿下。計画当初より、我々の使命にはアレの効果的な使用法の提言まで含まれています。そもそも、悪化する一方の国際情勢の中、これだけ莫大な費用と要員を投入したものを今さら使わないという選択肢は、我々にはありません」

 

 口をひらいたのは王国海軍の制服を着た軍人だ。皇国の人間も同意するように頷く。


 他国の有力者に反論され、殿下は力なく席に着く。報告は続く。


『……目標としてすでに帝国三都市を選定ずみ』

『想定される敵被害は……』


 うーーん。話の内容はあいかわらずよくわからんが、……殿下の様子がおかしいぞ。顔が青ざめている。


 わっ。


 オレはおもわず声を上げそうになった。


 机の下。隣に座る殿下が突然、オレの手を握ってきたのだ。そして、本人とオレだけに聞こえる声、口の中でつぶやく。


「わ、わたしは、もしかして、とりかえしのつかないことを始めてしまったのかもしれない……」


 殿下の手が汗ばむ。僅かに震えている。わけがわからない。だが、良くないことなのはまちがいない。


「ど、どうしたんです? 殿下。顔色が悪いですよ」


「し、信じて、ウーィル。わたしがアレを作り始めたのは、あの青ドラゴンに対抗するため。そりゃ予算を確保して同盟国の協力を仰ぐために世界大戦の危機をあおったけど、そんなのは口実で本当はこの世界を存続させるためのつもりだったの! 人間同士で使うつもりなんて……」


 はぁ?






 先日の殿下とのお食事会。そして青ドラゴンとの遭遇事件。その際、殿下はオレに教えてくれたのだ。転生者とその守護者の使命について。


「私たち転生者とその守護者の使命は、異世界の知識をもって『この世界が存続に値するか』を審判することです」


「そ、それはまた、ずいぶんと、重い使命ですね。……で、で、『審判』って、具体的にはどうするんです? 殿下」


「簡単です。『この世界に存続する価値などない』と思えばいいんです。転生者全員がそう審判した瞬間、すなわち世界の存続を望む転生者がいなくなった瞬間、この世界は終わります。……『なぜ』なんて聞かないでくださいね。そうなっているとしか、私も聞いていないんですから」


 ふーむ。信じられないが信じるしかあるまい。オレをこんな姿の『守護者』にした『転生者』が目の前に居るんだから。


「じゃあ、あの青ドラゴンとその主のスカした野郎は……」


「彼は、世界は滅びるべきだと信じています。だから、十五年前、先代公王陛下の弟殿下を皮切りに、同意しない他の転生者と守護者を次々と襲っているのです」


「……転生者ってのは、何人居るんだ?」


「世界中で常に七人だと聞きました。誰かが寿命で亡くなると、新しい者が異世界から転生してくると。しかし、転生者は大人になるまで守護者をつくれず、審判にも参加できません。いま機能しているのは、十五歳の大人になったばかりの私とレン、青の彼を含めて四人だけです」


 なるほどね。世界の存続というのは決して盤石ではないということか。あの青ドラゴン、やっぱりあの場で斬ってやればよかったな。


「だ、だめです!! 私はモンスターの強さなどよくわかりませんが、あの青ドラゴンが別格なことはわかります。いくらウーィルでも、一対一で勝てるとは思えません。私には、……いえ、この世界の人類にだって、転生者や守護者に対抗する策があります。なければおかしい。だから、ウーィルはあいつとは闘わないでください。おねがいです!」


 あの時、殿下はそう言ってオレの両手を握ったのだ。





 会議は続いている。


 要するに、今この島で作っているものこそ、青ドラゴンに対抗する策とやらなんだろう。


「信じます。信じますよ。だから殿下、いったん退席しましょう。どこかで横になった方がいい」


「それは、……だめです。わ、わたしには、責任があります。あんなものを作り始めた責任を、この世界の人々だけに負わせるわけにはいきません」


 責任? 責任だと? こんな少年のくせに、いったい何の責任を負うというのだ? この世界のおとな達が殿下になんの責任を負わせるというのだ?


 ……しかたがないなぁ。


 オレはそっと手を握り返してやる。オレがしてやれることは、これくらいしかない。


「じゃあ、その責任とやらを、オレにも半分わけてください。オレはあなたの騎士なんだから」


 殿下がオレを見つめる。大きなメガネの中、涙をこらえているのがわかる。


「あ、あ、ありがとう。ウーィル。ありがとう。ありがとう……」



 


 ごほんっ!


 国防大臣が咳払い。オレ達のコソコソ話が聞こえてしまったか?


 うるせいーよ、大臣のおっさん。若者にはいろいろと事情があるんだよ。ていうか、この場にいるおっさん達。よくもまぁこんなに長時間、集中力が続くものだな。そろそろ休憩いれろよ。


 オレの思いをよそに、会議はますます白熱していく。


『盗聴器』

『情報漏洩の疑い』

『妨害工作の可能性……』


 どうやら計画の保安体制について話が及んでいるようだ。


『計画も終盤にさしかかり、分散した各地の工場の労働者の数が多すぎて管理しきれない……』

『つい数日前、最高機密を持ち出される寸前で逮捕したスパイは海軍兵士だった』


 参加者全員の顔がくもる。さすがに全員の顔に疲労の色が浮かび始める。


「……一旦休憩にしましょう」


 議長のひとことで、参加者全員が一息ついた。


 国防大臣が吸いかけの葉巻を灰皿に押しつける。殿下がコップの水を一気に飲み干す。新しい水差しをもった若い水兵が、部屋の中央に向かう。連合王国海軍の水兵か。






「そこの水兵さん、……ちょっとまって」


 オレは、この会議室に入ってはじめて口を開いた。背中の剣は既におろしている。


 おっさんばかりの室内にいきなり響いた少女の声。ちょっと鼻にかかったロリボイス。その場の全員がこちらを向く。


 水兵の能面のような顔が持ち上がる。うつろな眼でこちらを見つめる。声をださずに笑う。そして、飛ぶ。






 本当の標的が誰だったのか、……大臣なのか、殿下なのか、あるいは科学者達だったのか。いまとなってはわからない。とにかく、水兵は飛んだ。部屋の入り口から会議の主要参加者が並ぶ机まで約五メートルの距離を、一気に飛んだのだ。


 信じられない速度。そもそもこの距離を飛ぶ人間などいない。一瞬の間。我を取り戻した保安部隊が拳銃を抜くが、間に合うはずがない。


 もともと軍人だった国防大臣は最後まで眼を閉じなかった。だから見えた。迫り来る水兵の青白い顔。赤く血走る目。口元の牙。突き出される鋭い爪。


 避けられない。


 ……影が走った。黒い影。影? それはまるで空間の裂け目。地面からそれが凄まじい勢いで吹き上がる。水兵の腕が飛ぶ。吹き飛ぶ。腕から血が噴き出す。そして目の前。いったいどこから現れたのか。剣を振り上げ、立ちはだかる少女。


 大臣は、崩れ落ちそうな腰を寸前で立て直す。必死に顔をあげる。こんな少女の目の前、紳士が尻もちなどつくわけにはいかない。


「……さすが騎士だな。ありがとう。あれはヴァンパイア、かね?」


「さすがですね、大臣。こいつはヴァンパイアの操り人形です」


 パンパンパンパン


 保安部隊の銃撃。水兵は、蜂の巣になった自分の身体を顔色ひとつかえないまま他人事のように眺める。そして、ふたたび顔をあげる。動く。まだある腕をのばす。今度は大臣の隣、少年に向けて。


 すぱっ


 水兵の首が飛んだ。ウーィルが剣を横に薙いだのだ。


 殿下を狙われて、一切の容赦などしない。


 胴体から噴水のように噴き出す鮮血が血柱となる。会議室の中、なにもかもが真っ赤にそまる。




 

 

2020.05.31 初出

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] マンハッタン計画じゃないか
[一言] カッコ良く決まったな( ˘ω˘ )!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ