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41.美少女騎士(中身はおっさん)とイカ


 オレは今、船の上にいる。


 まことに残念ながら、休暇の船旅ではない。そもそも客船ですらない。オレが乗っているのは沿岸警備隊の小さな警備艇だ。


 おええええ!


 一体これで何度目なのか。オレは甲板の手すり越し、朝食った飯と胃液がまじったものを海面に向けてばら撒いた。


「ウーィルちゃん先輩、船酔いっすか? いつも空中を飛んで剣をふるってるくせに、揺れに弱いのは意外っすね」


 今回の任務、オレとペアを組んでいるのはナティップちゃんだ。


 そんなこと言ったって、自分で制御する加速度と強制的に揺らされるのとでは違うんだよ。


「でも、花も恥じらう美少女乙女騎士なのに、ゲロ吐きまくりじゃ台なしっす」


 美少女乙女かどうかはさしおき、だいなしなのは自分でもわかってる。船に乗り込んだ直後は俺達女性騎士二人組をさんざんチヤホヤしてくれていた沿岸警備隊のみなさんも、ゲロばっかりはき続けるオレを見る目がすっかり冷たくなってしまったような気がする。


 でもな、こればっかりは仕方がないだろう。船がこんなに揺れるとは思わなかったんだよ。





 ここ数ヶ月、公都の沖の海域において、小型商船や漁船の遭難事件が相次いだ。運良く救出された生存者の証言はすべて一致している。巨大な生物により船が襲われたのだ。


 沿岸警備隊は総力を挙げて巨大生物を捜索した。だが、広大な海域で神出鬼没に現れる相手を、そう簡単に見つけられるものではない。その間にも被害は続く。そこで白羽の矢が立ったのが、魔導騎士だ。


 木製の小さな近海漁船ならともかく、遭難した船の中には鉄製の商船もある。いかに身体がでかくても、普通の生物がこれを沈めるのは不可能だろう。おそらく魔力をもった魔物だ。ならば、魔物の専門家、魔力を検知する力がある魔導騎士に頼ろうというのだ。






 そもそも魔物とは何なのか。


 一般的には、魔力をもつ生き物を魔物あるいはモンスターと呼ぶ。


 では、魔力とは何なのか。


 いまだ科学では解明されていない。人間の知る物理法則を超越した力だ。


 ならば、魔力を持った人間は魔物なのか? エルフや獣人は?


 中世時代から比べて激減したとはいえ、世界中の人類のうちいまだ数万人に一人は魔力をもつと言われる。公国ではもっと割合が多い。エルフではさらに多い。これを魔物扱いしないのはなぜなのか?


 逆に、ヴァンパイアやオーガなどヒト型の魔物は、なぜ人間扱い、いや『動物』扱いすらされずに『魔物』なのか。極めて魔力が強い人間の魔法使いとは、いったい何が違うのか?


 ……答えはない。この世界の誰も答えられない。あきらかなのは、人間とは人間と他の生き物と魔物との間の境界線を、自分勝手に引いてしまう身勝手な生き物だということだけだ。


 とにかく、数は減ったとはいえ、いまだに魔物は確かに存在する。特に公国周辺には、何故かたくさん出現する。大航海時代以来、列強国の脅威を排し公国が独立を保てたのはその魔物達のおかげとも言えるが、多くの場合やつらは人間に迷惑をかけている。


 だからこそオレ達魔導騎士は、魔物退治のお仕事に事欠かないのだ。今日のこの任務のように。






 てなわけで、本日のオレの任務は謎の海中モンスター退治である。


 では、なぜオレのペアの相手がナティップちゃんかというと、オレが推薦したのだ。


 あれは数日前の話。ナティップちゃんが、公都の下水道に住み着いたゴブリン退治の任務を無事終了して帰還した後のこと。


 いつになくイライラした様子のナティップちゃんを、オレは一杯のみに誘った。飯のついでに愚痴でも聞いてやろうかと思ったのだ。


 まったくもってオレの柄ではないのだが、今の魔導騎士小隊に女性はナティップちゃんの他にはオレとレイラしかいない。レイラは管理職だし、一番年齢が近いのはオレだ。彼女の愚痴を聞いてやれるのはオレしかいないだろう、たぶん。


「ウーィルちゃん先輩、聞いてくださいよ。今日のゴブリン退治!」


 オレが彼女を連れて行ったのは、旧市街にある行きつけのパブだ。女の子ふたりであんな小汚い店に行くのにちょっと抵抗があったが、オレは他におしゃれな飲み屋など知らないのだから仕方がない。ナティップちゃんも喜んでくれたし。


 で、大ジョッキのビールを一気に飲み干した直後、彼女は愚痴りだしたのだ。もちろんオレはサイダーを飲んでいる。


「せっかく陸軍との共同作戦に抜擢されたっすから、意気揚々と臭っさい下水道の中に乗り込んでみたら、出てきたゴブリンは小さいのがたった五匹。しかも、兵隊さんの自動小銃と火炎放射器で簡単にケリがついちゃって。……わたし、イヤミいわれたっすよ。『美人騎士様といっしょにハイキングできて楽しかった。今度は弁当を忘れないでくれ』って」


 ああ、はいはい。それはご苦労様だったね。でも、被害もなしで、よかったじゃないか。


「まぁ確かにそうっすけどね。でも、ウーィルちゃん先輩ばっかりずるいっすよ!」


 へ? なにが?


「先輩が任務で出張る時って、相手はドラゴンとかヴァンパイアとかオーガとか大物ばかりじゃないっすか。私はゴブリンとかスライムとか小物ばっかりっす」


 そんなこと言われてもなぁ。任務を割り振るのはレイラの仕事だし、ナティップちゃんまだ魔導騎士になって半年くらいだし、しかたないんじゃないか?


「あああ、私もデカ物を相手にしたいっす。イヤがる相手を力任せに蹂躙したいっす!」


 おいおいおいナティップちゃん。大声で叫ぶのはやめて。周りの席のおっさん達がドン引きしているから。





 ……そんなナティップちゃんをたまには公都の外の任務に連れ出すのもいいかなぁと思ったオレが、今回の任務に推薦したわけだが。まさか自分が船酔いでノックアウトされるとは思わなかったぜ。


「どうですか、騎士様。魔物を感じますか?」


 沿岸警備艇の船長が、ダウンしているオレを差し置いてナティップちゃんに尋ねる。


「うーん、こっちから大きな魔力を感じるっす」


 船長がコンパスと海図を確認する。


「海軍が指定した立ち入り禁止海域まではまだ距離があるな。行ってみましょう。取り舵三十度、機関全速!」


 アイアイサー!


 船の方向がかわる。盛大に傾く。またしてもオレは気持ち悪くなる。ナティップちゃん、あとは任せた。






 ふむ。魔導騎士といえども船の上ではごくごく普通の女の子なのだな。


 ブリッジの中。警備艇の船長は自分の孫娘とほぼ同じ年齢の女性騎士を見て、眼を細める。


 ……他の多くの公国市民と同様、彼は魔導騎士を尊敬していた。眼に入れても痛くない自分の孫娘を嫁にやるなら公国魔道士がいい、などと勝手に思っていたりするほどだ。だから、彼の船に魔導騎士が乗り込むと聞いたときには、すなおに嬉しかった。魔導騎士といっしょにモンスター退治ができるなど、警備隊の船乗りとして本懐のようなものだ、と。


 だが、実際に船に乗り込んできた魔導騎士ふたりを目の前にしたとき、さすがに少々混乱した。


 その騎士は、騎士の制服でなければハイスクールの女子学生にしか見えない女の子だったのだ。スタイル抜群ではあるが、あまりにもすらりとしたその体躯。自分があと三十年若ければ間違いなく惚れていた魅力的な女性ではあるが、この身体でどうやって魔物を倒すというのか。


 さらにもうひとり。こちらの方がある意味ひどい。


 ハイスクールどころかどう見ても中学生、……いや小学生といっても世間では通るだろう。腕も脚も全身も何から何まで小さくて華奢な身体。ちょうど孫娘とおなじくらいの年齢にしかみえない。背中に背負った身長よりも長い剣は冗談なのか?


 このふたり(便宜上、以降『おおきい方の女性騎士』と『ちっちゃい方の女性騎士』と呼称する。おおきい、ちいさいが、身体のどこを指すかはあえてふれない)、本当にこれが魔導騎士なのか? 時代はかわってしまったということなのか? あるいは、こんな者が送り込まれたということは、我が沿岸警備隊が騎士団に舐められているということなのか?


 警備艇のクルー達も、彼女達を前にして驚いたようだ。ちやほやする、というよりもヘラヘラと舐めきった態度があからさまだった。騎士への尊敬もモンスターへの気構えもあったものではない。無事に任務達成できるのか? 船長の心に不安がよぎる。


 だが、彼の憂いは杞憂だった。


 それは彼女達が船に乗り込む時のこと。クルーのひとりが、ちっちゃい方の女性騎士の手をとるふりをして、ヘラヘラしながら彼女の尻を撫でたのだ。


 動いたのは隣に居たおおきい方の女性騎士だった。彼女は、まばたきをする間もなくクルーの腕をねじ上げた。そして一切躊躇することなく海に投げ込んだ。


 その男の腕は、彼女の三倍は太い。体重も(推定値ではあるが)三倍はあるだろう。しかも彼はかつてボクシングのヘビー級国内学生チャンピオンだった男だ。そのうえ、男が投げ込まれた海面は、船からはるか五十メートル以上離れた彼方。


 そして、おおきな女性騎士は笑顔のまま啖呵を切ったのだ。『私はともかく、ウーィルちゃん先輩に舐めた態度とってると、お前達全員海に投げ込むっすよ』と。


 クルー達の態度は一変した。さらに話を聞いてみれば、ちっちゃい方の騎士は、なにもかもちっちゃいにもかかわらず、おおきい方に輪をかけて強いという。その長すぎる剣をもって、先日公都に襲来したドラゴンを撃退したという。


 ふむ。このちっちゃい少女騎士は、公都に住む孫の命の恩人と言ってもいいかもしれない。


 船長は、魔導騎士に対する尊敬の念を捨てずに済んだことに胸をなで下ろす。


 同時に安堵したのだ。


 どんなに強い魔導騎士でも、揺れる船の上ではただの船酔い娘にすぎない。騎士団に、われわれ海の男の矜持を見せてやる機会もあるだろう。






「船長! いました!!」


 見張りがさけぶ。


 ブリッジの中、全員が同じ方向を見る。船の前方、水面のわずか下を同じ方向に巨大な影が走る。


 なんだ? でかい!


 あきらかにただの生き物ではない。身体をくねらせることなく、まっすぐに進む巨大な影が見える。この船の全長は約三十メートルのはずだ。それと同じくらいあるんじゃないか?


「あ、あれっす。凄い魔力を感じるっす! ……船長、なんすかあれは?」


「わからん。わからんが、あんなのに襲われたら、小さな漁船ならひとたまりもなかろうな」


 大きいだけではない。速い。快速を誇る警備艇が徐々に引き離されていく。


「機関全速!」


「これでいっぱいです!!」


 くっ。


 エンジンが悲鳴をあげる。このままでは逃げられてしまう。


「前方機関砲、撃て!」


 海面に向けて機関砲が撃ち込まれる。しかし影はジグザグに走る。弾が当たった様子はない。そして潜る。海面から消える。見失ってしまう。


 船は減速、周辺を捜索する。


「まだ魔力を感じるっす。近くに居るっすね。船長さん、この船、爆雷とか積んでないっすか?」


「この船は駆逐艦じゃないからのぉ……」


 左舷!


 見張りが叫ぶ。全員が振り向く。とてつもなく巨大な魔物が、海面を破り空中に踊り出した。




 

 

2020.05.17 初出

2020.05.20 何カ所か表現を修正しました 


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