Ⅴ_救助
ep3の見た目ロリなヒロイン、登場です!
シニガミの顔がにっと歪んで、俺を見下ろした。
「あは♪ 何だ、よかったじゃん、スロス。お前のこと見捨ててない奴がいたよ♪」
「シニガミも。そこを退いて」
「嫌だね♪ スロスを助けるなら俺を倒してみろよ、モダ=イリス」
「お願いだから」
「い・や・だ♪」
「……全く。君も我儘だ」
しゅぱぱぱと、天井を見上げる俺の視界に、光る細いナイフが横切った。地を蹴って逃げる足音。シニガミを狙っていただろう刃物は、落ちる音もなく、何処かに消える。
「俺に勝とうとか百万年早いんじゃないの? 弟子に先を越されたモダ=イリス?」
あー、そういえば。ナイフの投げ方、モダに習ったんだよな、と。助けがきたという実感が薄いせいか、つい呑気なことを考えてしまった。
「ナイフ投げのこと? スロスに頼まれたから、ちょっと教えただけだよ。ボクは人を指導できるほどの腕はないのに」
と、モダは言う。
「シニガミ、武器を降ろして。戦わなくていいなら戦いたくない。ボクは君の敵じゃない」
「俺を殺せたら降ろすよ♪」
「もしスロスが死んだら、君も困るはずだよ?」
「困るって何? 俺が二度と復活できないとか、その辺の心配?」
「そうだよ。君はスロスに執心してるからね。二度と復活できないとしたら、二度とスロスに会えないかもしれない。離れている間も、寂しいと思わないの?」
「全然♪ スロスの考えていることは何処にいても頭の中に入って来るし、召喚されてない時は俺寝てる感じっぽいし? そんな気にならない♪」
「なら、スロスが死んだら君はどうなるの?」
「さあ? ずっと眠ってんじゃない?」
「楽観的だね」
「そりゃあ、俺何百回も死んでるし♪ 意識ない状態にも慣れてるってか♪」
モダのため息が聞こえた。
「シニガミ。ボクは別に、スロスから君を遠ざけようと思っているわけじゃない。少しの間そこを退いてくれるだけでいいんだ。君のやんちゃぶりは怪魔らしいけど、調子に乗りすぎだよ。いつも頑張っているスロスの邪魔をして、周りに迷惑をかけて。シニガミも、もう少し聞き分けを覚えて大人しくしてくれれば…………」
「うるせえくどくど説教すんな!! お前は俺のお母さんかよ!?」
………………。
うん。モダはそういう性格だから。
「お前、ホントに変な奴だな。何考えてんだかわかんない」
「それはお互い様。ボクもシニガミの考えていることはわからない」
「どうして俺を憎まない?」
「ボクは怪魔を全部が全部、悪いものだとは思っていないから。怪魔もまた、意思があり、自由がある。君はスロスの味方ではないけど、敵でもない」
「は。さすが精霊信仰の中毒者。あんなカルトにハマってるとか」
「人の信仰の悪口はだめだよ」
ナイフがまた飛んだ。今度は全てのナイフの尻から、光る糸が伸びて、あちこちの方向に線を引く。シニガミもまた、躱すためのステップを踏む。糸はくんとうねって、きらきらと塵のように消えた。
「シニガミ、お願いだから、人の話を聞いて。スロスを助けさせて」
「嫌だって言ってるだろ。『スロスは餓死する』ってことに、八ゼリカ賭けてんだから」
「賭け? お金は持っているの?」
「いや? 持ってないけど♪」
「それは賭けとは言わない。賭けをするなら、ちゃんとお金を用意しないと」
「っ、説教すんなつってんだろ、クソアマが!!」
声を荒げたシニガミが動こうとした。ぱあっと鞭のようにしなる糸が、何十本と広がり、宙で踊る。小さなナイフ型の光もいくつか飛んだ。
モダの無限ナイフと光の鞭は、持ち手も糸も全部が、切れ味の鋭い刃物みたいなものだ。下手に近づけば八つ裂きになる。
様々な形の光が空中を支配している時に、シニガミもその中を掻い潜るのは難しいだろう。何故って、俺が無理だから。
モダの光る凶器は能力の産物ってわけじゃないんだが、普通の武器じゃない。時には光を球状のボールにして、雪合戦の玉のようにぽいぽい投げることもある。それも掠めた場所が抉れるという、トンデモ技だ。
「本当に、君のことも見ていて心配だよ。スロスもそうなんだけど。二人ともなかなか周りの意見に耳を傾けようとしないから、もう少し寛容になるべきだ。シニガミも、いつまでボクの話に反抗するつもり?」
「話に反抗って何だよ!? 俺とスロスは思春期のガキか!?」
「言ったはずだよ。過去にも、何回も。ボクは君の敵じゃない」
光のナイフが飛ぶ。シニガミの方からナイフを弾く音が鳴った。光の糸を振り払うようにぶんぶんと空気を掻き回す音もする。モダの意思で張り巡らされていく光の糸は、次々と新たな線を引き、蛾が繭を作るように、数を増やす。
シニガミが接近戦を諦めた。今度は石を拾って投げているようだ。モダの光の武器を対処するには、ナイフや弓矢が有効なのは確かだ。小さいから糸の隙間を通りやすい。
だが、突然、全ての光の糸がぱあっと消えた。とととと軽い足音が、俺の方に近づいてくる。シニガミが俺の頭の傍に立ち、大鎌を構える。モダは光る大きな盾を作り出し、キンと高い音を立てて、シニガミの攻撃を防いだ。
「ほら、退いて」
盾の向こうから声がする。
「退かねえよボケ」
シニガミが鎌で、ギンギンと盾を連続で叩く。モダが後退りしていく。シニガミの方が物理的な力は上だ。小さな体では力を受け流して踏ん張ることができない。
天使と不運はどんどん俺から遠ざかる。モダは盾を天井に届くくらいまでどんと巨大化させ、それをシニガミに向かってぐいっと押し倒した。
ごごごごと、俺にも迫り来る光の壁……下敷きになるよりも、触れたら体がミンチになるだろう。シニガミの壁に当たらないように逃げる音がした直後、俺の足にどすんと痛みが走った。
ふと、急に俺の視界がはっきりする。頭がすっきりして、体の中の痛みが消えていく。
首を動かして自分の太腿を見ると、光っていない、普通の刃物が突き刺さっていた。
「"復活の短剣"。スロスはこれで起きられる」
光の壁は地面に触れる前に、粒になって散り散りになった。俺はまた頭を傾ける。豆鉄砲を食らった顔をするシニガミと、短剣を投げ終えたポーズのモダ。二人と目があった。
「……モダ、てめえ……! 余計なことしやがって!」
「いい加減にしなよ。君はスロスに甘えすぎ。二人は同じ意識なのかもしれないけど、存在としては違う。依存しないで、"独立"しなよ」
「……っ」
ぼっ、と。俺の視界に、黒い火の粉が映った。
「何だよ。何なんだよ!! いつもいつもいつもいつもいつもいつも!! 腹立つんだよ、お前!! 死なす……っ、ぐ!?」
俺は立ち上がってシニガミの手を蹴り、黒い炎を灯した大鎌をはたき落とした。そのままそいつの後ろに回り込み、背中から抱きかかえる。
腹までがっちりホールドしたら、もう片方の腕で、ぐっと首を締め上げた。
「がっ! ……はっ……!」
シニガミは俺の腕に爪を立てて、暴れる。びきびきと、首の骨にヒビが入る音もした。
「……っ……ロ……ス……!」
モダも、俺も、何も答えない。
「……俺……っう…………だ……れ……は!!…………」
息苦しさにもがくシニガミは、やがて腕をだらりと垂らして、ふっと物理の抵抗をなくした。
黒い煙が霧散して、消える。
「……スロス」
「ありがとうモダちゃん。助かった」
「どういたしまして。短剣、まだ抜いちゃだめだよ」
「うん」
シニガミに殺意を向けられても、モダは何事もなかったかのように平然としていた。
さすが肝っ玉というか。モダは度胸がありすぎる。シニガミが即死の術を発動した時は、俺の方が肝を冷やした。
転がってるオークやサキュバスの死体を避けながら自分の剣を拾って鞘に納め、ぱんぱんと服の土埃を払い、帰り支度をする。
「……神界に戻っていないと聞いて、変だなと思ったんだ。スロスはいつも無理をするから。まだ懲りていないの?」
「んー? 何が?」
「遠回しに何度も忠告したのに。君を傷つけたくなかったから」
モダは表情のない目で、俺を見据えるように、じっと見る。
「……ねえ、スロス。もうやめなよ」
「……」
「君の信念は十分にわかった。でも、君のその力は、自分を苦しめるだけだ」
「……」
「決めるのは君だけど。ボクは心配なんだよ」
モダの瞳に、にっこりと視線を返す。
「もう少しだけ、頑張るよ♪」
「……。そう」
この度は更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。明日からまた定期更新しますので、よろしくお願いします。




