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Over the memories  作者: 加藤イノリ
第1章 春
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1-始まりの春

 夏海があの少年と会ってから2週間ほど経ち、あの頃の寒さはどこへやら、街道には綺麗なピンク色の桜が咲いている。夏海はあの後も何度か同じ駅を使ったがあの時の少年とはあれ以来、会ってはいない。夏海自身、彼のことは忘れかけていた。


「おっはー!なっちゃん!」


 校門を跨いだ辺りで、夏海は突然後ろから声をかけられた。夏海が振り向くといつもの顔ぶれがそこにいた。


「おはよう、みっちゃん!!いとちゃんもおはよう!」


 夏海は自分に近づいてくる二人の女子に挨拶を返す。女子にしては短い髪でスポーティーな印象を与えるのが葵美葉子(あおいみよこ)。身長が高く、男子も顔負けの格好良さを持っている。先ほど夏海に声を掛けたのも美葉子だ。


「おはござです。いい天気なのです」


 そして遅れて返事を返したのが茜沢いとである。赤ぶちの眼鏡に綺麗に切りそろえられた前髪。リュックの肩紐をどちらも胸の辺りに引き寄せ、身を縮めるような格好になっている。半分、美葉子に隠れるような形で、小さな声で一言だけ返す。


「いやぁ、私らも高2か。もう歳かな?最近腰も痛いし」


 美葉子は腰のあたりをさすりながら、大きなあくびをする。


「もう、みっちゃんはすぐそういうこと言う!それにあくびする時は、口を手で隠さなきゃ」

 

 夏海はいつものようにお節介を焼く。美葉子はそれを少し面倒くさそうにはしているものの、毎度のことなので半分諦めているようだ。


「年齢というものは増えれば増えるほどに、その人間を渋く変えてくれるです。よって―――」


 いとはそんな二人のやり取りを気にする素振りも見せずに、一人でぶつぶつと語っている。それらの言葉を聞き逃した夏海がいとに問い返すが、いとは満足したように笑みを浮かべている。しかし、こんなことも日常茶飯事なので、誰一人不思議に思う者はいない。


「おはよう、女子の皆さん!新学期も元気そうだね。見てるこっちまで元気になってくるよ!」


 そんな彼女らのやり取りを見つけ声を掛けてきたのは、夜空怜季(よぞられき)。学校一のモテ男で、今も周りにいる登校中の女子から、悲鳴のような歓声やこそこそと話す声が聞こえてくる。その上、性格が良く優しい彼は、同性からも白い目で見られることはなく、むしろ尊敬されている。若干数名を除いて。


「出たよ、チャラ男。べーっ、しっしっ!」


 最初に反応したのは、美葉子だった。美葉子は怜季に対して舌を出し、その後右手を雑に振って、あっちに行けというような動きをする。


「美葉子ちゃん?!僕はチャラくなんかないよ!前から言っているように、皆と仲良くしたいだけなんだ」


 そう、美葉子は誰もが尊敬する怜季に厳しく接する数少ない人の一人だ。―――とは言っても、美葉子が怜季を嫌っているというわけではない。本当に美葉子に嫌われてしまった人間、特に男子はこんなものでは済まない。


「そういうのがチャラいって言ってんの。なっちゃん、こいつには気を付けなよ?普段は優しくしてくる奴に限って、豹変すると危なかったりするから。いとちゃんは...まあ心配ないか」


 美葉子は怜季と夏海の間に入って、そんな言葉を口にする。夏海を守ろうとする姿は、完全にボディーガードのそれであった。いとはまあ、あまり怜季のことなど気にしていない様子で、いつの間にか鞄から取り出した本を読んでいる。


「大丈夫だよ、みっちゃん!怜季っちはそんなことしないもんね?」


 そんな様子を見かねて、夏海は逆に美葉子と怜季の間に入って、場を収集しようとする。夏海に問いかけられた怜季は一瞬、真剣な面持ちに変わる。


「いいや、なっちゃん。もしかしたら僕は羊の皮を被った狼かもしれないよ?」


 突然距離を詰められ、耳元でそんなことを言われた夏海は何と返せばいいのか分からずに少し固まってしまった。


「.......冗談冗談!」


 数秒の間があって、怜季が笑いながらそう言った。一瞬見せた表情は何処へ消えたのか、今はいつも通りの優しい笑顔に戻っている。夏海も安心したように笑顔を見せ、「ほら、大丈夫でしょ?」などと美葉子に話している。夏海にはなかなか頭の上がらない美葉子は、しぶしぶ引き下がった。―――がその時だった。


「待った待ったー!!どりゃー!」


 後方から全速力で走って来る影あった。その人物は四人がいる場所で急ブレーキをかけると、息も絶え絶えの状態で話し始めた。


「ぜぇ.......怜季、お前.......はぁはぁ、なっちゃん&...みっちゃんに変なこと...しなかっただろうな!?」


 到着早々にそんなことを言い出し、怜季に対して敵意をむき出しにしている短髪の男子が朝比奈祐玖(あさひなたすく)である。今にも、怜季を引っ搔くか、齧るかしてしまいそうな様子だ。怜季のことを目の敵にする、希少の一人だ。


「あーあ、面倒くさいのが来たですよ」


 普段はほとんど表情を変えずに、先ほどまで三人のやり取りに無関心だったいとも、さすがに呆れたような表情をしている。やっと終着点が見えた時に、進行を阻まれたのだから無理もない。


「祐玖。僕は本当に何もしてないよ。久し振りに会ったなっちゃん達に軽く挨拶をしていただけなんだ」


 祐玖の質問に対し、怜季はあくまで冷静に答える。しかしその返答に祐玖は納得がいかないようで、腕を組んだまま仁王立ちしている。


「みっちゃん、本当に何もされてないのか?」


 痺れを切らせた祐玖が美葉子に問いかける。なぜ最初から美葉子や夏海に訊かず、わざわざ信用していない怜季に問うたのかは全くの謎である。


「あのさぁ、私がいつあんたにみっちゃんって呼んでいいって言ったの?既に2回も呼んでるけど」

 

美葉子は祐玖の質問に答えることはなく、それよりも先程から感じていた違和感について突っ込みをいれる。

 

 「え、いや、でも皆みっちゃん&なっちゃんって呼んで……」

 

 さっきまでの怜季に対しての威勢は完全に影を潜め、モゴモゴと言葉を発する祐玖。もちろん、その反論には全くもって力がない。

 

 「みんなが呼んでるからって、あんたが良いってことにはならないでしょ。ああ!さん付けで呼ぶならいいよ」

 

 美葉子は何か閃いたように手をポンと叩き、祐玖にそう言った。

 

 「気にするなよ、祐玖!僕も美葉子ちゃんって呼んでるし、僕達仲間だな」

 

 怜季はそう言って、祐玖に向かって右手を差し出す。その顔に一切悪気は感じられず、その優し気な姿は完璧なイケメン像そのものだった。

 

 「お、おう。そうだな―――じゃねぇー!!危ねぇ、騙されるところだった」

 

 祐玖は1度伸ばしかけた手をやっとのことで引っ込める。皆が感じたことを、祐玖も同じように感じていたようだ。頭を何度か横に振ると、また怜季に対して敵意を見せる。

 

 「あの、そろそろ時間になるです。遅刻は厳禁なのですよ」


 くだらないやり取りに終止符を打ったのはいとの一言だった。ある程度の余裕を持って登校していた夏海たちではあったが、さすがに茶番劇に時間を使いすぎてしまったようだ。辺りにはあまり人影もなくなっていた。


「くっ、今はこのくらいにしておいてやるよ、怜季!次は負けねーからな!!」


 祐玖はなぜか悔しそうに地団太を踏みながら、到着直後に投げた鞄を拾い上げ玄関の方に向かっていった。


「僕、祐玖と何か勝負してたっけなぁ。でも何となく負けるのは嫌だな!よーし、かかってこーい!」


 怜季も宣戦布告した祐玖に応戦の意思を示すが、両者にはかなりの温度差があるようだ。それは怜季の満面の笑顔を見れば一目瞭然だった。


 そうして、ポツンと取り残されていた夏海たちも、祐玖に続いて玄関へと向かった。

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