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チカラ  作者: 長月ニーナ
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五 捜索

その頃、義貴はある場所にいた。

義貴の母親、間宮美子の経営する病院の系列研究所だった。

研究所は義貴の住む町の隣県にあり、周囲を森林に囲まれた、人里から孤立するような位置にあった。

研究所本体は、美子の祖父が創設していた。

表向きは遺伝子治療に関する研究を行う所だが、今では母親が実権を握り、上宮・間宮・下宮家に伝わる能力を研究するための場所であることを、義貴は知っていた。

義貴の能力でひーこの気配を労せずに感じられるのは、同じ町内の範囲だった。

二人の距離が離れすぎると、居場所の特定が難しい。

だからあの事件と家との関わりを調べに行けなかったのだが、ひーこが舞が一緒と知って、家に行くことにした。

義貴は研究所を見上げて思った。


——あいつはここにいる。


義貴は研究所の門をくぐると、付属養護園に向かった。

医学系の研究所にしてはセキュリティが厳重だった。

養護園に入るまでに身分証はおろか、声紋と瞳で認証を取られていた。

この研究所は母親の管轄下にあるので義貴は入所できたが、それでも入れる場所は限られていた。

養護園は表向きは難病の子供を受け入れる機関であったが、間宮やそれ意外で見いだされた能力者を病気療養と偽り、密かに育成していた。

偶発的に見つかる能力者は、一般社会では自分の能力を扱い切れずに精神的に不安定になり、あるいは能力を見た家族が能力者を病気だと思いこんで病院に来るケースも少なくなかった。

義貴のような能力を持つ人間の全てが血縁者とは限らないのだが、しかし、義貴はひーこを襲った首謀者は自分と何らかの縁者だろうと予想していた。


——目的は恐らく、俺だろう。ひーこを襲う理由はない。


義貴は施設の廊下で「彼」の気配を探した。すると、

「ようこそ、おにいちゃん」

義貴の目の前に彼が立っていた——ひーこが襲われた場所で見た男だった。

初めて見たときには義貴の通う高校の制服を着ていたが、Tシャツにジーンズ姿の今の少年は、明らかに義貴より年下だった。

義貴は彼を睨んだ。

「誰だ、おまえは」

間宮亮まみやりょう

「うちの親戚にしては、知らない顔だな」

「あんたの兄弟だよ。おにいちゃん」

亮の声は明らかに義貴を挑発していた。

しかし、義貴の目は冷静だった。

「養子か」

「そう。だが俺を作ったのはあんたの母親だ。体外受精で、な」

亮は冷静を装ったが、義貴が自分をどちらかの実子ではなく、養子であることをあっさりと見破ったことに驚いていた。

「なぜ橋本姫呼を襲った?」

「ひーこ、じゃないの?おにいちゃんの恋人。かわいいねぇ。もう、やった?」

義貴は淡々とした表情で言った。

「・・・まだおまえにはしていなかったな」

義貴はその直後に亮の前に出て、彼を一発殴った。

亮はチカラに対する訓練は受けていたが、体術には慣れておらず、そのまま背面に倒れた。

「なにするんだよ」

亮がそう言って起きあがる前に、義貴は亮の胸ぐらを掴んだ。

義貴は低い声で亮に言った。

「なぜ彼女を襲った?」

「ここに来たなら、もう判っているだろう?あんたのチカラを試したかったんだよ」

「なんのために」

「さあな」

「俺のチカラを試してどうする。わざわざ人を襲わせて俺の能力を測る理由は何だ」

「自分の母親に聞いてみたらどうだ?俺はあんたの母親に頼まれたんだ。駒をやるから女を襲えとね」

義彦は思った。


——やはり。


義貴の母親である美子には、人を操れるチカラがあった。

美子には自身の意志だけでなく、特定の人間の命令に従わせることもできた。

自分の恋人を襲わせたのは自分の母親だと義貴は予想していたが、言葉にされると少なからずショックを受けていた。

しかし義貴は亮にそれを悟られることはなかった。

義貴は亮を放した。亮は義貴から離れて、勝ち誇ったように言った。

「能力は使わないの?使えないの?おにーちゃん」

義貴は暗い瞳で亮を睨みながら宣言した。

「ひーこに危害を加えたお前を、俺は容赦しない」

亮は吹き出して、さらに廊下中に響く声で笑った。

「それは楽しみだな。英才教育を受けて育った俺と、才能に甘んじていたあんたと戦えるのを」

義貴は亮の言葉に苛立っていた。


——才能に甘んじて?何も知らないくせに。


亮は義貴の身体に起こる「発作」を知らなかった。

現在、「発作」が起こるのは間宮家の中でも特に能力の高い、義貴と義貴の父親だけだった。

しかし義貴は、自分の身体の秘密をあえて亮に話をする気にならなかった。

義貴は亮を放ると、養護園の受付に向かった。

玄関の近くには男性職員がひとり、義貴らを見守っていた。

義貴は彼を見据えて言った。

「間宮義貴といいます。あの・・・」

園内の見学許可を、と言う直前に、義貴の携帯電話が鳴った。

「すいません。電話してから戻ります」

義貴はそう言うと、玄関から建物の外に出てから電話をとった。

「もしもし」

電話はひーこからだった。明るい声が耳に響いた。

「ああ」

「間宮くん、明日は空いている?」

明日は試験休みだったので、義貴はこのまま研究所にいて調べものをするつもりだった。

「今、ちょっと実家に戻っているけど。何?」

「デートしよう」

試験も終わった翌日なので自然な話ではあったが、義貴は少し驚いた。

登下校の時でも、ひーこから義貴と何かをしたいと言ったことがなかったからだ。

義貴は驚きつつも、即答した。

「いいよ。今日中にそっちに戻る」

「よかった」

ひーこの声は明るくなった。そのまま続けて言った。

「行きたいところとか、行きたくないところとか、ある?」

ひーこの声は義貴を、強大な能力を持つ人間から普通の高校生に変えた。

「人混みは苦手だな」

義貴が返すと、ひーこは言った。

「わかった。考えておくね」

「明日、家まで迎えに行く。何時がいい?」

「ありがとう。十時くらいでどう?早い?」

「大丈夫。それじゃ」

「うん。明日」

電話は切れたが、義貴はひーこと気持ちが繋がった気がしていた。


義貴が建物の中に戻ると、職員の方から声をかけた。

「義貴さん。今日は何のご用事ですか。お母様にご用が?本日はこちらへ来られる予定はございませんが」

五十代に見える男性職員は、義貴の名前を告げただけで母親との関係を知っていた。

一見地味だが、おそらく幹部だろう、と義貴は思っていた。

義貴は歯切れ悪く言った。

「いや。最近チカラのコントロールが悪いので、こちらの養護園にいる能力者に似たような症例があれば相談しようと思って・・・」

その職員は丁寧な口調で、しかし義貴を拒絶した。

「あなたほどの強大な能力を持つ方のお役に立てる情報はここにはありません」

義貴は彼の言葉を「資料は見せない」という意味に捕らえた。

義貴は質問を変えた。

「さっきの子供は母の養子とか」

「亮ですか。彼の母親は彼を生んですぐに亡くなりました。能力を持つ子供を産む場合、母子の死亡率は一般の出産に比べて高い傾向があるのです。現在は美子様が後見人になりましたが、あなたの兄弟ではございません。どうか彼の事はお忘れください。彼は念動力がありますが、うまく扱えなくて手を焼いたのです」

「最初に手を出したのはあいつだ」

義貴はなお食い下がった。しかし男はやんわりと返す。

「間宮家の直系であるあなたに、危害を加えられるはずはありません」

義貴は男の声にぞくっとした。

表面は穏やかだが、頭の中がざらざらする感覚を覚えた。

「あんた、誰だ」

「この園の管理人です。古くからおりますので能力者のことは知っていますが、ただの職員です」

義貴はしばらく黙っていたが、出直すことにした。

「判りました。今日は帰ります」

そう言って義貴は建物を出ると、管理人は研究所の門まで義貴を送った。

義貴は自分が出ていくのを確認するために見送っているのだと思ったが、門の外側で男は低い声で言った。

「お友達が外出の際にはお気を付けください」

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