12
次の日、目が覚めてすぐにクローゼットの中にあった質素な感じだが肌触りのよい長袖の白いシャツと茶色のズボンに着替え、鍛練所で素振りをする。教会の中で動きが出てきた頃を見計らって食堂に行き、豆のスープとトウモロコシの味がするパンを食べる。抱えるようにして持つ野太刀が邪魔だ。部屋に置いて来れば良かった。ようやく他の人が入ってきた頃、慌てた様子で昨日と変わらない服装のアンとニコルがやってきた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
そう挨拶を返すと、アンは不機嫌そうに言った。
「どこかに行くときは部屋の前の守衛に言ってください」
「守衛? そんなのいなかったぞ」
思い出してみたが、それらしきやつは、部屋の前にも廊下にもいなかった。
「え?」
アンはキョトンとした後、「確認してきます」と言って食堂から走って出て行った。
「朝から騒がしくしてすみません」
ニコルはそう謝った。
「元気なのはいいことだ」
そう言いながらパンをちぎる。くせになりそうな味だ。
「そんなことより、食べなくて良いのか?」
そう聞くと、ニコルは思い出したという顔をした後、一礼して食事を取りに行く。御盆の上の量は少なかったが、妙に腹にたまる。ぬるい水を飲みながら待っていると、ニコルがアンと共に御盆を持ってやってきた。
「ずいぶん早くないか?」
アンにそう言う。確かさっき食堂を出て行ったばかりだ。
「足には自信があります」
アンは自慢げに答える。
「そうか」
二人が食べ終えるのを待った後、一旦自室に戻って野太刀を置き、二人に案内されて教会の外に出て、そこに止めてあった馬車に乗る。これに乗って演習場まで行くそうだ。別に徒歩でも構わないのだが、何でも昨日教会の前に来た時点で俺が勇者だと知らせたため、徒歩で行くと大勢の人に囲まれて握手やサインを求められることになるそうな。それを裏付けるように、教会の前に止まっているときに大勢の人に囲まれ、馬が怯えてしばらく出発できなかった。
なんとか、といった感じでその囲みを抜け、演習場に向かう間段差に僅かに揺られながらこの世界の常識について教わる。といっても元居た世界とあまり大差はなかったが、驚いたのはこの街とその周辺は技術神の教会か統治している、ということだ。他の勇者の世話をする教会も、それぞれひとつの街を統治しているとのこと。ルール通り勇者の世話を国や個人にさせないためには、こうするしかなかったとのこと。そして、そうやって統治されている街以外は基本的に王制の国々が統治し、ここしばらくは武力を交えた戦争は発生していないそうだ。その代わり、経済戦争は盛んで、それで滅んだ国も多いとか。どの世界の人間もそこら辺は変わらないようだ。
そうやって話しているうちに赤茶けた演習場に着き、その入り口で降りる。
「さて」
とアンが口を開く。
「勇者様は、自分のスキルをどこまで把握しておられますか?」
それに対して答えられることは少ない。
「ゲームのキャラクターを参考にしたから、その設定通りなら、かなり大きくなるだろうし、その周囲にいることは危険だと思う」
「な、なるほど。では、私たちはここで待っていますので、ここから十分ほど歩いた辺りで変身してください」
「ちょっとそれは離れすぎじゃない」
ニコルがアンの言葉に疑問をとなえるが、それは少し無用心な気がした。
「いや、念を入れて十五分ほど歩いた地点で変身することにしよう」
「え、勇者様はそれで良いの?」
「こういうのは少しでも用心したほうがいいんだ」
俺の言葉にニコルはしぶしぶといった感じで頷く。
「では、行ってくる」
そう言って速足で歩き、しばらく経つと、そもそも変身の仕方を知らないことに気がついた。
「これは困ったぞ」
つぶやきながら、ふと左腕を見る。確か、この翻訳の腕輪とやらを着けたとき、頭の中でそうなるよう念じた。なら、変身も同じではないか。
「よし」
十五分ほど歩き、二人が米粒ほどになったのち、軽く深呼吸してから念じる。が、何も起こらない。
「ならば」
今度は、どんな形に変身するのか強く思い浮かべる。そして、
「『変身』!」
昨夜のアンのように叫んだ。すると、自分を中心として風が巻き起こり、体が作り変えられていくのを感じる。
筋肉はワイヤーとモーターに変化し、皮膚が金属とプラスチックに置き換えられる。視線は高くなり、小さかった二人の姿がはっきりとカメラに映る。右手に槍にも見えるアサルトライフルを握り、左腕に小盾のような造詣のレーザーブレードをくっつけ、右の背に砲身が折りたたまれたレーザーキャノンを背負い、左肩に箱型のミサイルランチャーをかついだ。そして、そんな鋼鉄の頑強な体を何かが包む。
「これが……」
俺は、確かに愛機『ナイトレイヴン』に変身した。
「お?」
そして、風が収まると、右に転んだ。