1
あの出来事から、私は大切な人達を失うことになったが、今は自分がどうなろうと守りたいと思える奴がいる。
初めてそいつと会ったのは国立図書館だった。そこは王の許可のない者は通ることが出来ない場所だった。私は調べたいものがあり、そこへ行くと、一人の少年が門番に何かを話していた。
『魔法の勉強がしたいんです。一冊だけでもいいんです。貸してもらえませんか?』
その少年は必死にそう懇願していたので、門番は困った表情を浮かべ、
『君の気持は分かるが、ここはライセンスを持った者か、王の許可がない限りは通すことはできないんだ。済まないな。そんなに、魔法の勉強がしたいなら、専門学校に入るか、何処かの師匠に師事することだ』
そう少年に言い聞かせていた。
『………そうですか』
その少年は落ち込んだ様子で、トボトボと歩いていた。もし貴族なら、魔法の勉強をしたいなど言わなくても、させられるし、専門学校に行くなり、魔法使いを雇うなりするだろう。
おそらく、その少年は貴族や資産家の生まれではなく、一般家庭なのだろう。その少年を見ると、昔の自分と重ねてしまう。
私の家は孤児の出だった。その為、自分の家族のことは全く知らない。だから、魔法と言うものとは無縁だったが、村はずれにある変人魔法使いの家があり、その屋敷がからくり屋敷と言うこともあり、あいつと二人で忍び込んだことがある。その時、その屋敷の魔法陣によって、危うく黒焦げになりそうになったところを屋敷の主人だった私の師匠に助けられた。彼は変人ではあったけど、彼の話はとても面白く、私達は毎日、その屋敷に通うことになった。
いつの間にか、私達は彼に魔法を教わっていた。普通なら、私達はお金を払わなければならなかったが、彼はすき好んでやっていることだからと言って、無償で私達に教えてくれた。
『お前、どうして、魔法を使いたいんだ?』
私は無意識的にその少年に話しかけていた。すると、少年はポカンとした表情を浮かべた後、恥ずかしそうにボソッとこう呟いた。
『………俺は年下の女の子に守られてばかりなんです。だから、俺は彼女が背中を預けてもいいと思われたいんです』
その瞬間、目の前の少年とあいつを重ねてしまう。
―俺な、 ちゃんを守れるように頑張るからな―
この子だけはあいつの二の舞にしてはいけない、と思った。あの時のあいつのように、痛々しい表情を見させてはいけない、と。
だから、私はこの少年を守ろうと思った。この少年に誰も手出しが出来ないように、十四歳と言う若さでライセンスを取らせたのもその為だ。ライセンスさえ持てば、国の庇護下に入れるから。あの時のあいつのような目に遭わせてはならない。そう心の中で思っていたのに、どうしてこうなってしまったのだろう?
『王が黒犬を宮廷魔法使いとして手元に置きたいとおっしゃっている』
査定の翌日、宮廷騎士だと思われる仮面の男が私のところへやってきて、そのようなことを告げた。宮廷魔法使いになれば、あの少年は安定した生活を得られる。それはあの少年や家族にとって、これ以上の待遇は無いだろう。
だが、私は知っている。宮廷魔法使いがどれだけ茨の道であるか、を。そして、あいつが壊れたのは宮廷魔法使いがらみであることを。あの心優しい少年があんなところに行って、壊れないはずがない。
そう分かっているのに、断ることが出来ない。私が断われば、間違いなく私は殺されるだろう。まだそれだけならいい。彼らの魔の手はあの少年の家族にも及ぶことになるだろう。
そんなことになったら、あの少年は生きていくことが出来なくなるだろう。
『………分かりました。ですが、一つだけ条件を出させてもらってもいいでしょうか?』
私がそう言うと、宮廷騎士が怪訝そうな表情をし、
『一つだけ条件?王が許可するかは別にして、一応伝えよう。その条件を言ってみろ』
彼はそんなことを言ってくる。
『はい、それは―――』
私にはそれくらいのことしかできない。
あの少年の傍に降り立ち、彼に居場所を与えた存在。あの少女なら、あの少年を守ってくれると託すしかない。
そう思うと、苦笑いが出る。私は師匠失格なのかもしれません、赤猫さん。
***
「―――俺が宮廷魔法使いになる?俺がそんな大層なものになっていいんですか?」
査定の日から一週間後、赤犬さんに呼び出された。赤犬さんから呼び出すことは珍しいので、何事かと思ったら、赤犬さんの口から、王直々に宮廷魔法使いの推薦を戴いたと言われたことには驚きしか出てこない。
「普通、宮廷魔法使いになるには試験を受けなくてはいけないんじゃありませんか?超難関だって聞きましたけど………、俺、試験も受けていないのに、なってもいいんですか?」
国王に仕える宮廷魔法使いや宮廷騎士はエリート中のエリートで、一握りしかなることができない。宮廷魔法使いになるには年に一度行われる試験に受からなければならない。この試験の難しさはライセンス試験の比ではなく、試験の合格者が数年に一度出ればいい方だ。
ただ、噂によると、コネで、宮廷魔法使いや宮廷騎士になる人もいるそうだが、どう考えても、俺の家柄ではコネなんて使えそうにない。
「………お前の言う通り、普通なら試験を受けてなるものだ。だが、過去に、一度だけ王の推薦で、宮廷魔法使いになった者もいる。かなり稀なケースではあったがな」
彼女は仏頂面でそんなことを言う。
彼女は宮廷魔法使いだったと言うことなので、その稀なケースと言うのは実は……、
「………その推薦で入った人って、もしかして、赤犬さんですか?」
恐る恐る尋ねてみると、彼女は苦虫を噛んだような表情をし、
「………私ではない。知り合いではあるがな。それより、お前は私が宮廷魔法使いだったって、いつ知ったんだ?」
一度もその話をしていないと思うが、とこちらを見てくる。
「査定の時、小耳に挟んだんです」
居たたまれない気持ちになりながら、そう尋ねると、
「………そうか。てっきり、青い鳥が吹き込んだのかと思った」
彼女は複雑そうな表情を浮かべていた。すると、
「私は人が嫌がるような子に育ったつもりはありません」
当の本人である青い鳥さんはお盆一杯に並んだ料理を持って、机の上に乗せると、俺の隣に座って、料理をパクパクと食べていく。
人様の家で、勝手に料理をした挙句、自分の分しか作らない自分勝手な奴が良くそんなことを言えるものだ。これは嫌がらせとは言わないのかね、青い鳥?
「まあいい。青い鳥も宮廷騎士の方に置いてもらうように頼んだから、城の方に行っても寂しくはないだろう」
彼女は青い鳥のことなど気にせず、そんなことを言ってくる。あれ?何か爆弾発言が投下されたような気が………って。
「ちょっと待って下さい。青い鳥が宮廷騎士?そんなものがこいつに務まるわけがないじゃないですか!?」
宮廷騎士と言えば、エリート中のエリート集団だ。青い鳥の剣の腕前がいいとは言え、そんなところへ放りこんでいいわけがない。
「酷いです。一昨日、宮廷騎士の試験を受けに行って、合格をもらいました」
こいつはそんなことを言ってくる。一昨日、試験?確か、一昨日、赤犬さんとショッピングしに行くと言っていた。しかも、帰ってきた時は普通にピンピンとしていたものだから、気付かなかったが、まさか、その日に試験を受けていたとは思わなかった。
「青い鳥の言っていることは本当だ。名の知れた宮廷騎士をコテンパンにやっつけていたしな。そもそも、執行者と渡り合っていたのだから、それくらい朝飯前だろう」
彼女はそう言ってくる。
二か月前、青い鳥と俺は教会が誇る執行者と呼ばれる化け物集団の一人・断罪天使と戦った。俺がを助けに行っている際、断罪天使を一人で食い止めており、ほぼ互角に戦っていた。
話によると、執行者は宮廷騎士や宮廷魔法使いと同等、もしくはそれ以上の能力を持っているらしい。それなら、執行者達に惜しまれる存在であるの実力なら、宮廷騎士になっても何ら問題はないのかもしれない。
「こいつに集団行動とか、規律とか守れるようには見えないんですけど?」
こいつは良くて自由気まま、悪くて自分勝手な奴だから、規律にうるさい城での生活ができるとは思えない。
「ムウ。酷いことを言います。私だって、集団行動くらいできます」
こいつはそう反論する。
「………日曜学校の時、つまらないからと言って、教会から逃げ出したのは誰だったか?」
俺がそう言うと、青い鳥は不機嫌そうな様子を見せる。
そう、青い鳥が日曜学校から逃げ出したことは一度や二度の話ではない。勉強すること自体が嫌いと言うわけではないらしいが、何に対しても拘束されるのが嫌っている節が見られる。その為か、人と合わせて行動すると言うことを苦手としている。そんな奴が宮廷騎士なんて務まるとは思えない。
「………頑張って克服してみせます」
「そう簡単に克服できるんだったら、とっくのとうに克服してるだろうが」
俺は呆れた様子でこいつを見る。
赤犬さんがどんな意図で、あいつを宮廷騎士に押し込んだのかは分からないが、青い鳥に集団行動をさせるのは無理なことではないかと思う。
「まあどちらにしろ、明後日からだから、ちゃんと城の方へ行くようにな。これは宮廷魔法使いのローブだ」
彼女は黒のローブを渡し、
「そして、これは宮廷騎士のだ。」
赤と白の軍服を青い鳥に渡す。
俺はそれを貰ってもあまり喜ぶことが出来なかった。宮廷魔法使いの仕事だけではなく、青い鳥の後処理までやる羽目になりそうだからだ。
一体、俺は何処へ進もうとしているのだろうか?
誤字・脱字、感想などがありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は8月18日となります。