歪曲する因果3:迷走する想い6:竹山尚子
未来視の担い手、竹山さんのお話です。
おんぼろアパートの窓を開け広げ、私は夜風に身を任せていた。
少し肌寒いくらいの空気が、ほんのり心地いい。
そして、上空には立派な満月。地球の配偶者である彼女は、あからさまな引力を地上に降り注ぎながら、私たちを見下ろしていた。
黄金の瞳が、空に一つ。それは別に、あってはならぬ存在でもない。
けれど、今を映さないこの瞳に『それ』が映ることは、本来許されない。
―――黄金の魔法縁を覗き込んだ私は、妙な胸騒ぎを覚えた。
なんとなはなしに、霊視を行う。対象は、久遠の娘だ。
静かに意識を眉間に集め、そっと域を吐き出したーーー年老いて鈍麻した頭に、電撃が走る。
そして、いつものノイズの後に、現在という名の世界が、像を結んだ。
「……かなり辺境の世界へと流れ着いているわね。
どういうことなのかしら?」
今私が居るこの世界は、昨日未来視で想定した世界ではなかった。すくなくとも、あの時の未来視において、この世界の発生確率は10%にも満たなかったように思える。
「久遠の策が破られた?いったい、何が……ああ、そういうこと。
契約を歪曲させられたのね……けれど、それだけではこの世界はあり得ないわ」
私は久遠の縁を遡行視して、「精霊種との契約」が破談に持ち込まれたことを確認した。彼女は、精霊種から牢を手に入れるまでで終わり、肝心要の鍵に細工されてしまったらしい……
しかし、それ自体は想定内のことだった。仮に、東少年に「開門の鍵」が引き渡されたとしても、それだけでは、彼が扉を開き、「念を解放する」という事象には繋がらない。
鍵は、鍵孔に差し込まれなければ、意味をなさないのだ。そう、つまりは、東少年が「念の解放」を望まない限り、その事象は成立しない。
そして、その事象を潰すため、久遠と峰岸の二人は裏工作をしいていたはずなのに……?
「へぇ〜、なるほどねぇ。遠方の彼女が介入を……けれど、一体何が彼女をそこまで突き動かしているかしら?」
霊視の対象を東少年に切り替え、再び探索を開始した。彼は今、「友人の携帯」を介して、少女と繋がっていた。
二人の会話の中心には、「念」が居座っている。そして、摩訶不思議な夢の存在も、同様に。
「……霊視が不可能か。なるほどね。異階層の介入……神かしら?
それとも、技術士の介入?」
少年と少女が見たという夢を盗み見ようと、縁を引き寄せた時だ。
そのとき、私に瞳に映る世界はノイズで埋め尽くされ、響く音も不愉快なそれに変わった。
これは、閲覧不可な情景であることのシグナル。無理に見ようとすれば、脳髄が焼き切れて、廃人となる。
「いずれにせよ、「鍵と動機」がそろうわけだから、念は解放されることになるわね。
でも、そうなれば、どちらか片方が消え去る運命……」
霊視を遡行視から未来視に切り替え、彼らと念の未来を予測する。それらの結末は、大きく分けて3つのパターンに別れていた。しかし、いずれにせよ、非常にマズい事態が引き起こされる。
「少女に触れた念が原点に回帰し、学園のゲートをハッキング……東少年を含め、彼らを異世界へと拉致。
そこで念は、少女に粛正を加えるつもりなのだろうけれど、これはマズいわね」
はっきり言って、人一人の生き死になどに、大した意味はない。それこそ、彼らはヒーローの原石ではあっても、ヒーローではない。輝かないその辺の石ころと、変わらない存在なのだ。
「ゲートの接続先が、この世界の過去……に、近似される世界?どういうこと?」
私は、魂だけを異界に連れ去られたまま昏倒している二人の横で右往左往する久遠と峰岸に加え、同じアパートのシロさんを眺めていた。どうやら、二人に呼び出されたらしい。
シロさんーーー彼女は、異界の技術士だ。しかも、世界移動を先攻に学んだ学徒。その彼女が、ゲートの先に、この世界の過去があると慌てふためいている。
『情報流入のいかんに寄っては、世界の修復機構が働いて、現世界の過去が改竄される?それに伴って現世界が再構築され……これ、時空改変の危機じゃないのかしら?」
年老いてあまり汗をかくことのなくなった私だけれど、先ほどから冷や汗が止まらない。
これは、世界の滅亡が六年後とか言ってる場合ではない気がする。このままでは、その前に、この世界が……
次回は!
視点が、東君に移ります!