Tips~少し先の未来、可能性軸変異ーーー揺らぎの世界1
始まりを見失った少女に残されたのは、終焉のみ。
それは信念とよばれるものではなく、妄執とーーー呼ばれるものです。
Tips~可能性軸変異点ーーー揺らぎの世界1
『あアアあああアアアああああああアアアああああああdjafdjalkfa!!!!!!!!!!!!!!!』
獣の咆哮が、世界を震わせる。
それは他でもない、『念』の核である、「寿小羽」の崩壊を意味していた。
(いや、いや、こんなの、嘘!だって……)
どす黒い炎に身を焦がし、『念』は咆哮を上げ続ける。それは端から見れば、悪魔に取り憑かれた哀れな少女だ。
されども、実際は少女自身が悪魔である。
(だって、じゃあ、私は何の為に!?
私は、何の為に数百年という時を呪って過ごしたのか!!!)
『念』と伊吹由香の前に展開されているのは、焰の鏡。これは、伊吹由香として新たな生を謳歌する、かつての「智代姫」を断罪する為の神器にーーーなるはずだった。
鏡には、ここから数キロ先の事象が投影されている。正確には、桂藩が収めるーーー寿家が収める城下町の、数キロ先の山道。
……そこで、一人の少女が命を散らそうとしていた。それは、『念』となる前の「寿小羽」が「ねぇさま」と慕い、愛した者だ。
鏡の向こうで。
少女は落馬の衝撃を歯を食いしばって耐え抜き、ヨロヨロと立ち上がっていた。
骨の数本は、折れているはずである。
それでも、少女は歩みを止めない。
矢に射抜かれた足を引きずりながら、必死にどこかをーーー桂家の城を目指している。
『姫様、いい加減諦めたらどうです?
こればっかりは仕様がないんですよ。この戦国の世、きれいごとばかりじゃぁ、和平はもたらされません。
桂家を差し出さなければ、家が潰されるんです。そこんとこ、了承くださいよ』
へらへらと笑いながら、一人の男が少女に近づく。
少女を姫と呼ぶ男であったが、そこには一切の敬意は感じられない。それどころか、男は刀を抜くと、少女の無事であった方の足を斬りつけた。
溜まらず、少女は地面に身を放り出す。
それでも。
(いや、ねぇさま!ねぇさま、いやああああああああああ!!!!!)
それでも、少女は諦めない。
無様にも地面を這いずりながら、必死に……
……そんな少女の長髪を男は鷲掴み、力任せに引き上げた。
少女は、「うっ」と声を詰まらせながら、歯を食いしばる。
夜の世界に、少女の無防備な喉が晒された。そして、一線。
月光にきらめく刃が少女の喉を切り裂き、水鉄砲のように、断続的な血の噴出が起る。
『冥土の土産に、教えといてやりますわ、御姫さん。
今夜桂家が落ちれば、次はあんたんとこです。お父上が桂家との約定を破られたように、金剛家も、あんたんとことの約定を破るつもりなんですよ』
愛を囁くように、男は少女の耳に口を寄せている。しかし、そこから漏れ出るのは、愛の言葉などではない。
少女は、悔し気に唇を噛み締めると、コポッと血を吐き出した。
『ん? 恥を知れ? この、裏切り者? 武士の風上もおけない卑怯者?はは、俺は忍びですよ、姫様。武士道なんてもの、俺たちの管轄外です。
……お姫様。長いものには巻かれろっていうでしょう?最初から金剛家と組んでりゃ良かったものを、カビの生えた武士道でおじゃんにするからこうなる……って、もう、聞こえてないか』
男は、「さて、仕事に戻りますか」と呟くと、少女を束縛から解いた。
残された少女は、ぴくりとも動かない。気丈に耐えていた涙が、弛緩した瞳から流れ出るばかりだ。その開いた瞳孔の奥は、深淵を思わせる程の闇であった。
そして、その闇を鏡越しに覗き込んでいた『念』ーーーいや、寿小羽は。
(あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
頭を掻きむしりながら、咆哮を上げていた。
……それも、そのはずである。たった今、『念』は自身の根源を否定されたのだ。
自身の「始まり」が、単なるお門違いーーーであったと。そう、自身で証明してしまったのだ。
『もういい……関係ない……どうなろうと、もう、どうでもいい!!!』
幽鬼のように、ゆらりと『念』は頭を振った。
そして。
『おまえを、ころす。
ころして、私も死のう。こんどこそ、本当の意味で、私は『死』ねる』
焦点の合わない瞳で、少女は笑った。ケタケタと笑い、そしてーーー心の底から嗤える化け物へと、変異を遂げた。
何時だって、始められる。
そう、屁理屈をこねれば、何時だって。
けれど、それは言う程には簡単ではなく。