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無限想歌  作者: blue birds
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keyB-2,3共通:連想歌:迷走する想い:名を呼ぶこと:東利也

94部の少しだけ先の未来に合流しました。



TiPs~真名励起


 真名は、マナとも表記される、命の源泉である。

 

 多くの場合、真名は不定形であることが多い。これは、その「呼び方」が一定でないという意味であり、つまるところ、「真名」とは、真の意味での、「存在の識別記号」なのである。


 マナを用いて世界に干渉する魔法及び魔術は、その施行が詠唱呪文と独立して成立する。裏を返せば、詠唱呪文を唱えたところで、それが「真名」でなければ、何ら意味はないのである。


 一般的な魔法や魔術は、真の理解がなくとも「真名」へと至ることが出来る。しかし、真の意味の奇跡たる「魔の法」を行使するには、真名へと。つまりは、その存在の根幹へと至らなければならない。


 ……昨今の魔法使いには、言葉自体がまるで魔法そのものであるかのように唱える者が多い。本当に、嘆かわしいことで————

 







TipS~原初の魔法:幸せの




 「かなえ、こっちだ!」と、

 七五三のつまらなさにブーたれている私に、父がカメラと笑顔を向ける。





 「かな、猫さんの手」と、

 小学校に上がったばかりの私に、母が炊事のイロハを教えてくれる。





 「木下、放課後職員室に来い」と、

 三日連続で遅刻した私を担任が呼び出した。中学校での、苦い思い出だ。




 「かなちゃん、一緒大学に行けるといいね」と、

 幼稚園来の親友が、ホッカイロをもふもふしつつ、参考書から目をそらしている。




 「かーな、おめでとう!」と、

 従兄弟の優香が生まれたばかりの息子を胸に抱き、祝福の言葉をかけてくれる。





 そして。





 「おい」と、

 相も変わらず無口で無愛想な夫が、そう私に呼びかけ、年老いて足が不自由になった私に、手を差し伸ばしている。

 そんな夫は、苦楽をともにすると誓ったあの日のままーーーだ。

 そして、そんな夫に、私は再び恋をする。


 






 ……いつからか、私の名は「おい」となった。

 それは多分、死に間際に私が聞くことになるーーー私の、最後の名だ。


 私の人生の中で、私にはいくつもの名があった。

 そしてそれらは、思い出とともに、いいことも悪いことも全部ひっくるめて、今も私の中に。






 だからこそ、想うことがある。






 

 名をーーー呼ぶということ。誰かの名を、呼ぶということ。

 それは、原初の魔法なのだと。それは、誰かを祝福する声なのだと。

 



 そう、想えるからこそ、私はーーー










 









汝の名を問う:答えー共鳴連鎖の真名励起:東利也





 俺は、夢を見ていた。

 さきほどまで、つらくて悲しい夢を。

 驚くほど暖かく深い、闇の中で。



 その夢では、俺にとって大切な二人がーーー二人とも、涙を流していた。

 一人は、憎悪という感情とともに。もう一人は、己の無力さを悔いながら。



 二人とも、お互いを大切に想っていたはずなのに。

 なぜ、そうなったのか。



 どうして、そんなことになってしまったのか。

 ーーーーどれほど問いかけても、そこに答えは無かった。もっともらしい答えはあるけれど、それは所詮、あとの理由付けだ。

 




 ーーーー世の中が悪かったーーー

       ーーーー人の業に呑まれたーーーー

          ーーーー時代が許さなかったーーー






 そんなもの、答えにはならない。 

 たとえ、それが真実だったとしても、そんなもの、答えにはならない。

 受け入れられない。納得できない。




 ーーーなぜ、こうなってしまったのか。

 もし、それに答えがあるとすれば、それは、「ただのすれ違い」ということに、他ならないだろう。ほんの少しの、すれ違いだけが、二人の間に……

 でも、そのすれ違いだって、輪廻なんて馬鹿げたものがなければ、こんな風にはならなかった。

 あるいは、輪廻がきちんと働いていて、二人をしかるべきカタチで合わせていれば。





 ぜったいに、こんなことにはならなかった。





 

 あの日の「すれ違い」は、輪廻という秩序のせいで、500年もの間、解かれることは無かった。その事実は、独り残された少女の孤独と憎悪を膨れあがらせた。そして、あげくのはてに、その憎悪に報復の機会まで。






 どれほどの、時なのだろうか、500年という時間は。

 考えられないほどの、遠い時間だ。でも、その500年という途方も無い時間を、「あいつ」は独りで過ごした。

 たった、独りでだ。そんなの、俺だって無理だ。それなのに、幼い「あいつ」はそれを耐えることを、余儀なくされた。






 たぶん、「あいつ」は、寂しかったんだ。

 「あいつ」は、ぜったいに、寂しかったんだ。





 一人残されて、寂しくて。

 何も分からなくて、苦しくて。



 悔しくて。悲しくて、そして。

 だから、あいつはーーーー憎むしか。








「っつ! はぁ、はぁう!!」









 途切れる思考とともに、呼吸が苦しくなる。

 それでも、俺は思考を手放すことはできない。

 もう、夢は終わったのだ。




 「あいつ」が、鏡の中の「真実」を手にした瞬間に。

 「真実」が、あいつの心を砕いた瞬間に。




 夢は解け、俺は憎悪ーーーいや、悪意の渦に呑まれようとしていた。

 



 底なし沼のように、ずぶずぶと体が沈む。

 さりとて、あがいている限りは、沈まない。 

 苦しくて手と足を休めれば沈んでしまうが、息苦しさに足をばたつかせれば、体は浮上する。





 きっと、俺はあがき続ける限り、楽にはなれない。

 おれが、この苦しみを受け入れない限り、こいつらからは解放されない。


 でも、受け入れてしまえば。

 ただの一度、おれが心を許してしまえば。

 俺はもう、苦しまずにすむんだと、そんなふうに、想う。





「おまえには、役割がある。

それは然るべき”とき”、然るべき”者”に『世界』が与えるものだ」



声が、聞こえる。悪意が空気を引き裂く仲、静かで確かな、銀の声が。



声の主は、夢の少女だ。

おれの夢に。

先ほどまでの夢でなく、おれがまだ何も知らなかった頃に視た、夢に現れた、銀の少女。





吹き荒れる憎悪の中、銀髪の少女は語る。

ただ淡々と、俺を見下ろしながら。いつからそこにいたのか、まるで見当もつかないけれど。

それでも。



「……っつ!」




けれど、俺は自我を保つだけで精一杯だった。

俺を飲み込もうとウネル悪意の中、俺は少女を上に仰ぎ見ながら、歯を食いしばることしかできない。



「そう、お前には世界により求められる、「役割」が在る。そして、お前にそれを求める世界は貴様を包み込むこの世界に限らず、それよりも遥かに矮小で卑しい世界ーーー「人」という歪な世界も例外ではない」





黒煙を払う銀の光は、上空より俺を照らす。

けれど、助けれてはくれない。ただ語るのみで、救いの手を差し伸ばすことはーーーー



「なあ、東利也。おまえは、何者だ?

世界屈指の名門校に通う将来有望な学生ーーーそれが、お前か?

それとも、伊吹由香の恋人でありながら他の女を引っ掛ける色男ーーーそれが、お前か?

あるいは、世界を救う命題を課せられた、偉大なるヒーロの原石ーーーーそれが、お前の本質なのか?」







俺は、何者か?

そんなのこと、わかるわけがない。

こんな状況で、それがなんになる?今にも悪意に取り込まれそうな俺が、

そんな問いに、答えられるわけが……!




「お前とお前を取り囲む世界達は、お前に役割を与え、それを演じることを求める。

もちろん、与えられた<それ>を運命として受け入れることは、悪ではない。しかし、そこにお前の意思による介入がなければ、お前はただの道化でしかない。

……だからこそ、問い続けろ。何が在ろうと、どんなことがあろうと、お前はお前自身に問い続けろ。

「自身とは、何者なのか」と」




吹き荒れる黒煙が、俺を丸呑みにする。どっぷりと粘性の高い悪意に沈みながら、俺は上を見上げた。

そして、感じる。この、俺にまとわりつく怨念ーーーこれを抱えて沈みながら、あいつは五百年というときを孤独に過ごしたのだと。




「答えは、お前の中にある。

それは選ぶことは結局のところ運命の内でしかないのかもしれないが、しかし、それだけでは終わらない。その選択にお前の意思が在るのなら。『それ』は、『それ』のままでいられない。

運命はお前に意思により歪曲され、一つの可能性を生み出す。それこそが、魔法だ。

おまえが、おまえだけが。

   だが、誰でも使える、そんな魔法だ。

多くの者が忘れているだけの、原初の魔法。それをーーー」




少女が、微笑む。そして、視界を光が満たした。

銀の光が、はぜる。世界のすべてを、焼き尽くす。

それは俺を包み込んで離すはずのなかった悪意をなぎ払い、そして。














 ※











 雨が降っていると、感じた。

 頬に、ポタポタと落ちるしずくを感じたから。

 そのしずくは暖かくて、優しかった。一瞬俺は死んだのかと想ったけれど、そうでもないらしい。そして、

 でも、すぐに気づく。雨が、こんなに暖かいはずが無いと。






「やめて!!! これ以上は……小羽ちゃんが!」





 

 耳を叱咤する声に、俺はほんの少しだけ目を開いた。

 まだ焦点があって無いせいか、はっきりとは見えない。

 けれど、誰かがーーーいや、この声は由香だ。由香が、泣いているんだ。


 それが分かった瞬間、俺は悔しくて。

 そのことが悔しくて、俺は。





「いや! かえして! かえせ! ※いεまを   かえ  せ!」




 悲痛な叫びが、聞こえる。「あいつ」の、悲しげな声が。必死の叫びが。

 そのことが悔しくて。

 悔しくて、悔しくて、心が疼いた。

 ずきずきと痛み、霞の底に沈んだ意識を浮かび上がらせる。




「目をつむってろ、女! あと少しで終わる! てめぇはそいつを抱えてりゃいいんだよ!」





 光が爆ぜるほどに、絶叫が木霊する。

 その光は銀ではなく、全てを焼き付くす、閃光のそれだった。

 光は断続的に展開し、声が上がる。

 『やめて』と。『かえして』と。『わたしの』『にい』『さま』をーーー





「わたし、何もできないんだ。

また、なにも。また、まもれなかった。わたしだけじゃ、なにも……

起きてよ……起きてよ、利也! わたしじゃ……わたしだけじゃ!!!」





 声が、痛みを呼び起こす。

 いたいいたいと、心が叫ぶ。




『にぃ、さま!』『--さ--ま!』




 叫びが、意識を引き上げる。

 誰かの叫びが、眠ることを、許してくれない。

 そして、浮かび上がった意識に、銀の光が差し込む。差し込み、問いかけるーーー「お前は、何者か」と。


 




(俺は、何者かーーー?そんなの、わからない。わかるわけがない。由香の恋人?学園の模範生?親に捨てられた、哀れな孤児?

 大穴で、世界を救うヒーローか?

 ……そんなわけ、ない。あるはずが無い。それに、だったら、何だって言うんだ。俺は、俺だ。何もできない、無力な高校生。だから、だから俺には「あいつ」を助ける術なんて……)





 そこまでだった。

 バシンと、今度は本当の痛みが走った。

 心の痛みではなく、頬をひりひりと走る痛み。



 突然のことに目玉がびっくりしたのか、突然焦点があう。

 像が、結ばれるーーーそこには、由香がいた。俺の顔を覗き込むようにして、泣いている。泣きながら、唇を噛み締めている。


 それは、見慣れた彼女の顔だった。

 恋人になってからは、羽目を外しすぎたときに。

 俺が小さい頃は、悪さしたときに。



 由香がみせる、見慣れた表情ーーーそれは、怒っているときの顔だった。

 俺に。あるいは、自分に。由香は、怒っていた。



 そして、その見慣れたいつもの表情で、由香は俺を睨みつけながら、こう、言った。

 はっきりと、あいつは言った。その前も何か口走っていた気もするけれど、それらは俺の中に残らなかった。響かなかった。響いたのは、たった一言だけ。



 それは、

 兄妹達と喧嘩したときに、よく兄さんたちから言われた言葉。

 年下の連中と取っ組み合ったときに、ねぇさんたちーーー特に、由香から言われた言葉。


 それは最強の切り札だった。

 無様だけど、いつもこれを出されると、俺が折れるしか無かった。あるいは、頑張るしか無かった。それは、俺を奮い立たせる、魔法の言葉。

 いつだって、俺はそう言われて生きてきた。そう言われて、頑張れと言われてきた。

 その言葉があったから、俺は、ここにる。俺をここまで導いてくれてた、しるべとなる、言の葉。


 それは。




「しっかりしてよ! 守らなきゃ!!!

私たちの妹なんだよ!? 他の誰でもない、私たちの……うう、いい加減目を覚まさせ!

お兄ちゃんでしょ!!!!」ーーーと。










 昔の癖が出たのか、懐かしい言葉が由香から飛び出す。



 「お兄ちゃんでしょ」ーーーか。

 由香もパニクってるのか、なんともまぁ、平和な言葉だ。

 というか、頭が悪すぎると言ってもいいかも。でも。それでも、おれはーーーーその言葉を、笑えなかった。



 全然全く、笑えなかった。笑えばよかったのに、笑えなかった。

 だから、俺はーーー

間抜けな言の葉が導く先は、何処へ。


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