第一話 兄の服
冒頭注記
本作は、実在した海賊メアリー・リードを題材としたフィクションです。
メアリー・リードの生涯、とりわけ幼少期、軍隊時代、結婚生活については、1724年刊『A General History of the Pyrates』の記述に大きく依存しており、その史実性については現在も議論があります。
本作では、裁判記録などから確認できる歴史的事実と、同書に残された伝承を下敷きにしながら、人物の会話、心理、出来事の細部について創作を加えています。
母がメアリーの髪を切った。
鋏の音は、思っていたより静かだった。長い髪が一房ずつ、板張りの床に落ちていく。メアリーはそれをただ見ていた。自分のものが、自分から離れて床に落ちるのを、他人事のように眺めていた。
母は何も説明しなかった。
切り終えると、木箱から男児の服を出した。継ぎの当たったシャツと、丈の合わない半ズボン。誰かが着古したものだった。
「着なさい」
メアリーは服を受け取った。生地は硬く、襟のあたりが擦り切れていた。
「どうして?」
母はボタンを留めながら答えた。目は合わせなかった。
「食べていくためよ」
それだけだった。理由はそれ以上語られなかった。メアリーも、それ以上は聞かなかった。
その服は、何度も小さくなった。
そのたびに母は、別の男物をどこかから持ってきた。
*
メアリーはもう働いていた。荷を運び、怒鳴られ、時には殴られた。それでも週の終わりには、いくらかの銭が手に渡った。重さのある銭だった。
ある日、埠頭の前で一人の女が仕事を求めていた。監督はろくに顔も見ずに手を振った。
「女はいらん。帰れ」
女は何も言い返さず、来た道を戻っていった。
女を追い返したのは、メアリーに仕事をくれたのと同じ監督だった。
違ったのは、着ているものだけだった。
その日、家に帰る道で、メアリーは自分の袖に目を落とした。何かに気づいたが、それを言葉にはしなかった。
ただ、次の朝も、その次の朝も、同じ服に袖を通した。
第一話 完




