4th
「――うわ、デカッ! え、本当に亮? 誰かと入れ替わったとかではなく?」
「ンなわけねーだろ、チービ」
「うっせ!」
金曜、夜。
何故か、亮と二人で飲むことになりました。
事の発端は数時間前だった。わたしが都内で遊んでいることを話したら、なんとなく流れで合流することになったのだ。
「いやいやいや、なんでだよ」
ほんと、なんでだよ。最近こんなのばっかりだ。腹が立つ。
「なんか言いましたー? チービ」
「引きずるね、君!」
言いながら、わたしは隣を歩く亮を見上げた。そう、見上げたのだ。わたしが、亮を!
わたしはそんなに身長の高い方ではないけれど、それでも中学時代からは何センチか成長している。だというのに、亮はわたしの予想を遥かに超えてにょきにょき伸びていた。
嘘だろ、中学時代はさんざチビ呼ばわりしてたのに、このわたしが逆にチビ呼ばわりされることになるなんて!
「ってか、中学の頃も俺とあんま身長変わらなかっただろ」
「でも男子の中ではチビだったろ」
「それを言うならお前だって女子の中でチビだっただろ!」
言い合ってふつりと会話が途切れ、わたしたちは同時に顔を逸らした。お互い、馬鹿らしさに気付いたのだ。
それでもわたしよりも背が高い亮に慣れることができなくて、ちらと横目で見上げる。
「え、それで何センチなん」
ここでは素直に返ってきた答えを頭の中で反芻して、こっそり驚愕する。わたしとはきっちり15センチ差だ。
そんなに身長に差が出るなんて思わなかった。
中学時代のわたしだって、聞いたらきっと笑い飛ばしただろう。
「……チービ」
なんだか悔しくて、認めるのが癪で、彼に聞こえないようにわたしは呟いた。
金曜の夜は浮かれたように、あちこちにこれから飲み会に繰り出すのだろう社会人やら、学生やらが歩いている。その姿が面白くて、わたしはきょときょとと周囲を見回した。
わたしの地元は田舎だし、働いている最寄りの駅も地元よりはちょっとマシくらいで似たようなものだ。わたしにとっては、そもそもひとがこんなにいるって状況が珍しい。都会すごい。
「完全にオノボリさんだな」
横を歩く亮は面白そうな顔をしてそう言った。うるさい。
仕事帰りだというからスーツ姿だと思っていたら、相手はカジュアルな私服姿をしている。その姿を上から下までしげしげと眺めて、わたしは言った。
「……無職なの?」
「失礼にもほどがありますね!?」
お互い様でしょ!
都会のひとたちはみんな早足だと友人が言っていたけれど、金曜日の夜でもそれは変わらないらしい。お店のディスプレイに気を取られてふらふら歩いていたら、後ろから追い越してきた男のひとにすれ違いざま肩をぶつけられたあげく舌打ちされた。
思わず肩を押さえて呟く。
「都会こわーい」
「お前がちんたらしてるのが悪いんだ、バカ! こっち来い」
ちょっとばっかし強引に腕を引かれて、あれよという間に歩道の中でもひとの少ない空間に連れて行かれる。慣れてるな、都会人。
「お前、そんなんで大丈夫だったのかよ? 変なアンケートとか答えてねーだろーな」
「いや、それはさすがに……。女の一人歩きがどうこうっていうほど治安悪くないでしょ?」
「そりゃそうだけどな、そうやって油断してるやつなんて傍から見りゃすぐ判るんだから――」
相手の声が説教がましくなってくる。それを聞いているうちになんだか面白くなってきて、ついに堪えきれずにわたしは噴き出した。
亮が! わたしを! 女扱いしてる!
言ってやろうかと思ったけれど、仮にもわたしを心配してくれている相手に対して失礼かなと思ってやめておいた。亮はわたしの心遣いに感謝して欲しい。
いきなり笑い出したわたしに対して、亮は心おきなくどん引きした顔をしていたけれど。君はとことん失礼だな。
「――っていうか、急に合流したけど、どこ行くとか決まってる? わたしこの辺詳しくないよ」
「観光客にそんなん求めてねーよ。適当なとこで良いだろ」
「観光客は……言い過ぎじゃないかな……」
言い返そうとして、思わず語尾が弱くなった。観光客って何だろう。
深遠な謎を前にしたわたしがうんうん唸っている間に、目的地に辿り着いたらしい。首根っこを掴まれて、わたしは仰け反るハメになった。
「ちょっと、何すんだよ……」
「この二階、前に来たとこ。ここで良いだろ」
「……まあ、何でも良いけどさ」
食の好みはあんまり聞いてないけれど、自分の部屋に幾つも酒瓶をストックしておく程度の酒好きらしいというのは知っている。わたしは飲めないというのは先に伝えておいたはずなのだけれど、たぶん向こうは忘れているか、気にしていないだろう。
大して期待もせず、わたしはお店に入った。内装はちょっとオシャレめの居酒屋という感じで、個室もあるようだ。というか当然のように個室に通されて、若干気まずい。
「ほれ、奥」
「ありがとー」
先を歩いていたのに当然のように奥を譲られて、面食らいながらもありがたく奥のソファ席に座る。
メニューを渡されて、わたしは思わず歓声を上げた。
「うわ、ノンアルのカクテルいっぱいある!」
「おー」
アルコール飲料と間違わないようにか、アルコールありとなしでメニューが分けられていた。亮はアルコール飲料のメニューを見ながら、気のない様子で頷く。
「お前、酒飲めないっつってたじゃん。どうせならこういうのが良いだろ」
「おぉ……」
ちょっと感動してしまう。
「いいね、気遣い系男子って感じだね! 褒めて遣わす!」
「ありがたき幸せ。ご褒美に奢ってください」
「いや奢らねーよ!? ってか東京出て働いてる方が良いお給料貰ってるでしょ」
「ひでーへんけんー」
棒読みで返す男の表情が読めなくて、わたしは注意深く亮を観察した。
そんなことを言いながら、たぶん亮は普通に折半で払うだろう。でも、わたしが出すといえばあっさり奢らせるだろうし、調子よく礼を言うはずだ。少なくともわたしの知る亮は、そういう性格だった。
この十年ろくに会っていなかったのだから、実際にはどうかなんて判らないけれど。
いつの間にか、飲めないわたしに配慮したお店を選べるようになっていたみたいに。
「何、俺って見惚れちゃうくらいイケメン?」
「いや、それは、……ないかな……」
「まさかのマジレス」
おどけた調子で問うてくる亮に返しながら、まじまじと元同級生を眺める。
よく知った、けれどあの頃よりも確かに大人びた顔。見飽きたと思うくらい見慣れていたはずで、こうして会っている今だって何も変わっていないような気がするのに、たまに知らないひとの顔をする。
よく知った、けれど知らないひと。
それがなんだか面白くなくて、わたしは亮の顔から視線を逸らした。
「決まったか?」
「あー、……ちょっと待って」
わたしが言うと、呼び鈴に伸ばそうとしていた手を引っ込める。昔の亮なら、構わずに店員を呼んで慌てるわたしをからかっていたかも知れない。
よく知った、けれど知らないひと。
「――ねえ、亮」
その瞬間のわたしの感情は、自分でもいまいちよく判らない。
気付けばわたしは、亮に問いかけていた。




