子がかすがい
私は
旦那のことが大好きでした
そう
私だけが大好きだったのだと思います
旦那はおそらく私のことを
一緒になりたいと思うほどは
好きではなかったのではないかと思います
私の愛情によって
欲望は満たされ
生活は安定し
なんなら借りたものまで返すことができた
『この娘は
結婚式ができなくても
新婚旅行に行けなくても
一緒に居られるだけでいいと言ってくれる
この娘の家族関係は面倒だし
年も離れているし
結婚したいとは思わなかったけれど
結果的に
ありがたいことにローンもなくなり
子供も産まれて
両親に孫を会わせることができた
これでよかった…かな』
そんなところでしょうか…
だから
旦那からはプロポーズはありませんでしたし
なかなか旦那は行動に移さないので
私から一緒になりたいと言って
子供を作ろうと思ったのです
そこまでして一緒になりたいと思えるほど
好きでした
私は籍を入れる前
旦那によく言っていました
『子供をプレゼントしたい』と
まるで子供が物のようで
不謹慎だし
いい言い方ではありませんよね
ただ
理由は覚えていないけれど
それが1番のプレゼントだと
当時は思っていたのでしょう
15年は共に過ごしたと思いますが
旦那が考えて選んで決めたことは
旦那自身のことだけでした
旦那は
子どものような自由人です
そこが好きだったのだと思います
でも
お金を稼ぐ能力はありますが
貯める・増やす能力はありません
能力がないと言うよりは
概念がないようです
あれば使う
いつも周りに助けられて守られて
のほほんと生きているように見えます
羨ましい限りです
不安がない
焦りがない
車も家も
お金のことも
病院、塾、習い事も…
決めてきたのはほぼ私でした
長女が産まれ
旦那の借金を返し
旦那にパチンコも煙草もやめてもらいました
私が社会人2年目で購入した新車のSUV
3年で完済して
まだまだ乗り続けたかったけれど
先々お金がかかるので
5年で
より子育てしやすくコスパがいい
中古の軽自動車に買い変えました
旦那の車の乗り換えも
中古車の中から厳選するのは
いつも私でした
2人目が産まれ
アパートが狭く感じるようになったので
小さいけれど過ごしやすそうな
建売の戸建てを探して購入しました
別れることなど考えていなかったので
全て旦那名義にしました
引っ越しも
大きいもの以外は
全部自分たちでやりました
子どもが産まれてからは子どもが最優先
大変なことも
悲しいことも
やりくりして
全てを尽くして
それが私の幸せでした
旦那に素敵なプレゼントが3つもできました
ふと気がつくと
10年が経ち
私の中での旦那への愛情が
少しずつ少しずつ
薄れていました
本当に少しずつ
理由は
『有言無実行』『他力本願』な
旦那のスタンスです
私とは別で
旦那名義の貯蓄口座を作って
自分のお金を貯めるようにとお願いしたら
『全部渡してるからそんな余裕もないし
口座を作る暇もない』
と言われました
50代半ばのある日
相談なしに転職を決めてきました
大黒柱の転職は
5人家族にとっては大きな出来事
少し揉めました
この人は
私に対する恩返しを
いつしてくれるのだろう
私の母は4回結婚して2回
私の姉は2回結婚して一度
式を挙げました
私は私の意思で式を挙げなかったわけですが
私がある時
式をしなかったことを後悔するようなことを言うと
旦那は
『海外旅行に行った時にでも
ドレス着て写真だけでも撮ればいいよ』
と言いました
パスポートもないのにそんなことを言われたので
悔しいから私は
子どもたちの分も含め
全員分10万くらいかけてパスポートを作りました
出来上がり
今年こそ海外旅行の計画を立てるぞ、と
意気込んでいた矢先
コロナがやってきたのです




