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4話 アクアリウム④


 ゆらりゆられるまま水底で待つ事数十分。ふいに周りが白く輝きだした。ガラスを通して目が潰れるほど照りつける光に思わず手を顔の前にやる。一体何が起こっている?時間からみてそろそろ大精霊と会っていてもいい頃合いだが。


「アクアリウム、これは一体……」


「たった今、宣言が成された。風の精霊使いの誕生だ……凛とした良い顔をしているよ。きっとあの子はいい精霊使いになるだろうね」


 精霊使いになるための儀式か、ちょっと派手な成人式みたいなもんだな。日本じゃパレードは無いけれど、きっと引き締まった気持ちで式を受けるんだろうな、俺はもう受けられないけど。心の中で新しい風の精霊使いに拍手を送って、俺なりの祝福とさせてもらおう。

ガラスの壁の向こう側に視線をやって、やんわりと微笑んでいたアクアリウムの表情がふっと緊張感を帯びた。


「ありゃ、やっぱりわかっちゃうか。マスター、大精霊が精霊使い達に水差しを置いて退出するように言ってる。彼らは困惑してるみたいだけど、どうする?出てみるかい」


 水の精霊使いの動揺を表すように、揺れ始めた水差しの中で大きく息を吐く。


「よし、行こう。念のため、出たらすぐ防御体勢になってくれ」


『了解。さあ、出るよ!』


 アクアリウムが手を振り上げるのと同時にパシャン!と激しい水音が耳を叩き、視界がクリアになった。ほんの僅かな、瞬きをする間に甘いキンモクセイのような香りの中に放り出された。何とか両足と片手で立ち上がり、顔を上げると目の前でジュッと何かが蒸発する鈍い音がした。


「どこから沸いた!」


 右手にランプをぶら下げた赤い髪の男が、髪を逆立てて怒鳴っている。とっさに腰のナイフを抜き、精霊使いから距離を取る。目の前でアクアリウムが等身大まで伸び、ゆるやかに右手を上げた。


「何!?なんなの一体!」


 水の精霊使いが青い髪を振り乱してヒステリックに叫んでいる傍らで、風の精霊使いが地面を走るカマイタチを飛ばしてくる。回避行動を取る前に、巨大な水の塊にぶち当たって風が散る。地の精霊使いが鉢を脇に抱えたまま指差した足元の床がひび割れそうになるのを、薄く足元に広がった水が繋ぎ止めた。


「怪我させるな!」


『はいはい、分かってます』


 唸りをあげて次々に飛んでくる火とカマイタチを水の盾で消しながら、アクアリウムが苦笑う。ピンチではないが4対1じゃ流石に分が悪い。ちょっと外道だが、すでに曲者扱いされているんだから別に構わないだろう。

 手にしたナイフを握りしめて、呼吸を整える。相手に聞こえない程度まで音量を下げて、アクアリウムを呼ぶ。


「今から走る。攻撃してる精霊使いの動きを止めろ」


『了解』


 スタートダッシュと同時に攻撃をしていた精霊使いの全身がすっぽりと水に包まれる。うわ、なんだその凶悪な技。さらにもがいている四人に巨大な水の塊をぶつけて体勢を崩させた。もうやだこの鬼畜。

 いち早く立ち上がりかけた水の精霊使いを避けて、一直線に目標へと走り抜ける。思いがけない恐怖と困惑に体を震わせて立ち竦んでいる見習い精霊使いの腕を掴み引き寄せて、背後から首にナイフを向ける。小さく上がった悲鳴に、ごめんなと一言声をかける。


『うわー、マスターって意外と悪人』


 悪いがアクアリウムにだけは言われたくないっ!俺は非力で、力無しで、頭も良くないからっ、他にやり方思いつかないんだっ!何かを叫ぼうと息を吸った口許を手でしっかり押さえて蓋をする。確かクロノアは術を使う時に呪文を唱えていたはずだ。精霊使い達と、もう一人のヒトガタをした物体が視界に入るまで後ろに下がる。今までどこにいたのか、小さなコンテンツが肩に乗ってヒトガタを指差した。


『マスター、あちらが風の大精霊様です。自由と放浪を司る神に仕えてます。おおらかなですがちょっと気分屋なのが珠に傷ですね』


 そんな笑い混じりに軽く言うなよ……背中の冷や汗が止まらないんだが。周囲の非難の声と突き刺さる感情とは裏腹に、柔らかい視線をこちらに向けている幼い姿をした少女。髪も目もやはり精霊らしく深い緑色をしている。ああ、どうか人間と同じ思考回路をもった生物でありますように。


「やめろ!この野郎、ただじゃおかんぞ!!」


「自分が何をしてるか分かってるのか!?今すぐその手を離「新しい精霊使いをなくしたくないならそこに座ってじっとしているんだ!」


 怯えと憎しみのこもった四対の目が後ろに下がる。アクアリウムとコンテンツに見張りを頼んで、首筋にぴったりナイフをつけたまま大精霊と正面から向かい合う。


「神聖な儀式を汚し、真に申し訳ありません。後で命以外の方法で償います故、少しばかりお時間を頂いてもよろしいでしょうか」


「はい、どうぞ。やり方がストレートじゃないわねえ……その前にその子、離してあげてね」


「非常に臆病な質ですので、安全だと確認できるまではこのままで」


「あらま、マリオノール持ちが恐れるものなんて神様くらいでしょうに。まあいいわ、ハイ」


 マリオノール?後ろ手でカバンの中にある本を感触を確かめる。何故俺がマリオノールを使っているとわかったんだ。大精霊にはアクアリウムやコンテンツが見えているのか。


『マスター、もう離しても良さそうですよ。周囲からマナがなくなりました、私達以外は力が使えません』


「……ごめんな、悪かった」


 コンテンツの言葉に頷き、震えている体から手を離して、精霊使い達の方へと押しやる。緑の大きな目に一杯涙を溜めた新しい精霊使いは、こちらを振り向きもせず一目散にもう一人の風の精霊使いの所へと駆けていった。ああ、いよいよだ。ちゃんと聞かなければ、落ち着いて、落ち着け。


「あの、大精霊様、お聞きしたい事が、あります。神様をご存じですか、異世界に渡り異世界の人間をこの世界に落としている名前の忘れられた神様の事を」


 緑の目が空中をそろそろとさ迷う。数分視線を遊ばせた後で、少女は腕を組んだまま固まってしまった。


「知ってはいる……けど居場所は知らない。もうずっと会ってないから分かんないわ。多分そっちの方がよく知ってるんじゃないの。どう?あの人元気だった?」


「それが意識の無い内にこの世界に送られたみたいで、全然神様の記憶が無いんです」


「あーもう、また手抜きしたのね。生存率下がるからやめてって言ってるのに、本当大雑把なんだから」


 腕を組んで顔をしかめる少女に、苦笑いを向ける。


「まあおかげさまでなんとか生きています。それで、その神様と言うのは一体どんな人なんですか、今何をしているんですか」


「あの人はね、私達の神より誰より自由なの。それ故誰からも忘れ去られ誰からも認識されない。いつの間にか増えている異世界の人間が名声を得る度に、彼の神様が存在している事を朧気に思い出すの……本当はあの人がこの世界を一番大切に思っているはずなのに」


 この世界が一番大切だと。思わぬ言葉に考えないようにしていた感情が鎌首をもたげる。


「あなたは、あなたがたは、俺たちの都合など考えないのか。俺たちがどこでどんな生活をしていても、関係ないか。知らないままに違う世界に落とされ、幸せとは言い難いが普遍的だった安定した生活と切り離されて。俺だって俺の世界が一番大切だった……変わらない生活が一番大切だったんだ。この世界の人間がなんの苦労もなく得ている物が俺にはもう無いんだよ」


 握りしめた拳がギチギチと嫌な音をたててる。あまりにも、あまりにも身勝手じゃないか。自分のいた世界じゃなく他の世界の人間に奉仕しろとでも言うのか。


「貴方の世界じゃ体験できない事がたくさんあるわ」


「それに一体なんの意味がある」


 眉を寄せた困った表情で、なだめるような声色にさらに腸が煮えくり返った。プラスマイナスで勘定できる事じゃない、根本に違う。


『マスター、少し落ち着こう。聞きたいことはまだあるはずだよ


 アクアリウムの言葉に、はっと握りしめていた拳を弛める。ああ駄目だ、気を損ねさせたらお仕舞いだ、せっかくここまで来たのに。


「……申し訳、ありません。口がすぎました、どうかお許しを。」


 もやもやとした気持ちを全力で心の中に押し込めて、礼儀正しくきっちりと頭を下げる。


「言いたい事だけ言いまくって許して欲しいなんて良い性格してる。ま、今までの異世界の人間もおんなじような事言ってたし、皆そう思うのかもね。」


 腹を立てた様子もなく、肩を竦めて可愛らしく首をかしげた。


「今までの……ここ数日でこの世界に来た異世界の人間を知りませんか。俺と同じ黒髪黒目の」


「さあ、知らない。本当に管轄外なのよ、マリオノールに聞いた方がよく知ってるかもね」


 頬に手を当てて物憂げにため息をついている。本当は知っているけど知らない振りをしているという訳ではなさそうだ。


「旅に出ている者は」


「もしかして『放浪』の方で言ってるの?無い無い!余程変わり者でないと今時旅なんてしないよ、転移の魔方陣が開発されてるのに」


 なんだか……がっかりと言うかなんと言うか。ここまできたのに収穫が何一つ無いなんて……。ため息を一つついて、緊張していた体の力を抜く。まあしょうがない、少しくらい情報があるかもしれないと思ったんだが、無いなら無いで別をあたるしかない。


「はあ……、すみません、ありがとうございました。最後に一つだけ、どうして不審者でしかない俺と話をしてくれる気になったのですか」


「これでも大事に思ってるのよ。マリオノールの契約者で異世界の人間、しかもこちらに渡ってきたばかりの子だもん。歓迎するわ、とりあえず貸し一つね。用事の時は声をかけるからすぐ来てよね」


「はい、必ず」


 ふわりと笑う大精霊に微笑み返す。あまり無茶な依頼じゃなければいいんだが。


「そこの兄さんたちには私から説明しといてあげる。またケンカにならない内に帰りなさいな、送ってってあげる」


 後ろを振り向くと、未だに不審そうにこちらを見つめている五人が座りこんでいた。

「迷惑をかけて申し訳ない。またやり直すなり話をするなりしてくれ、騒がしくして悪かった」


 大精霊がいる手前、怒鳴りつけられる事はなかったが憎々しげな舌打ちが幾つかあがった。まあまた後ほどギルドを通して謝罪にいこう、嫌がられるかもしれんが。


『マスター、転移の準備整ったようです』


「じゃあまたね、連絡するわ」


 大精霊が笑顔でひらひらと手を振る。俺の足元で光が魔方陣を描いていく。えーと、体の力を抜いて転移するための魔力と喧嘩しないように、だったかな。


 魔方陣の中央に座り、手の平サイズまで縮んだコンテンツとアクアリウムを頭の上に乗せた時だった。五人のうちの一人、見習い精霊使いが鬼気迫る表情でこちらに走ってきた。


「許さない、お前は絶対許さないから」


 そりゃそうだろうな。消えていく相手の姿にぼんやりとそんな事を思う。一生一代の晴れ舞台を邪魔されて……本当殺されてもおかしくないよな。 殺されたくはないけどな。

「またいずれ」


 泣き出しそうに歪んだ顔が、光に包まれて消えた。





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