4話 アクアリウム③
道沿いに集まった色とりどりの人たちの歓声と声援を受けながら、半ば魔法隊に隠れるようにして進んでいく。もう一人のマジックアイテム使いも幾つかの淡い光を点滅させるという真昼には効果の無いような地味を極めた魔法を使っていて、何とも言えない気分になる。軽快な音楽に合わせて前方の魔法隊でネオンが輝き、水や火が舞い踊る景色の何と幻想的な事か。ドラゴンの形をした元素が体をくねらせて飛んでいる様の何ときらびやかな事か。感動に体を震わせて前方を見つめていると、いきなり周りを飛ぶシャボン玉の数が倍に増えた。しかも原色三色のオマケつきで。沸き立つ大衆の声にぎょっとして頭の上を見ると、渋い顔をして胸の前で腕を組んだアクアリウムが降りてきた。
「どうしたんだ」
『あのねえ、僕だってもっとスゴイのやれるんだよ。マスターがもっと感動するような噴噴水、作ってあげられるのに』
『まあまあ、アクア。目立たないようにとのお達しよ。また今度お見せすればいいんだから、そう拗ねないで』
のんびりとしたコンテンツの声が頭の上から降ってくる。
「ごめんな、アクアリウム」
未だ不満そうな顔をしているアクアリウムを頭の上に押しやり、額に滲んでいる汗をぬぐって顔を上げる。緩やかな坂を歩き続けているため鈍く痛む足を二三度軽く叩いて、晴れやかな日差しに照らされた役所を見上げた。
長い道のりをのらりくらりと歩いてきたが、もうそろそろ着く頃だ。音楽隊のラッパの音が一層辺りに響き渡り、太鼓が力強くリズムを刻む。次第に緩やかになる隊列の影と上から戻ってくるアイリスの影がゆらゆらと地面を揺らめいて重なる。
「あー疲れたあ。式典なんてかったるくて出てらんないわ」
汗だくの顔をパタパタと扇ぎながら、アイリスが小さな声でぼやく。いやまあその気持ちは分からないでもないけどね、位置的に不味いんじゃないか。山車を囲んでいる精霊使いと近くにいた配布隊の面々が尖った視線を投げかけてきているんだが。アイリスの言葉を苦笑いで誤魔化して正面へと向き直る。
「さて、メインイベントだな」
見習い精霊使いにとっても、自分にとっても。より強く鳴り響くファンファーレの音に、旗隊が複雑な紋様をした緑の旗を空に掲げる。役所前の広場についたパレードは隊ごとに左右に分かれて一纏まりになり、その中央の道を二人の男性が赤い布を転がして敷いていく。山車から飾り付けされた低めの台まできっちり敷き終えると、今度は四人の精霊使いがそれぞれ協力しあって山車から見習い精霊使いを降ろした。
緑の髪にオレンジ色の金銀のついた豪奢な軍隊服と淡い若草色のマントを身につけ、少し緊張した面持ちで絨毯を歩き出す。その後ろから精霊使いたちがそれぞれ山車に飾り付けてあった物を手に取り、ついて歩いている。地の精霊使いは鉢に植えられた小さな白い花、水の精霊使いは水で満たされたガラスの水差し、火は金でできたランプ、風はタペストリーのついた長い柄のかざぐるまを持っている。
「……コンテンツ、あれもマジックアイテムの一種か?」
『はい、と言っても儀式的な意味合いが強いのでその場のマナを強化する補助アイテムになります。』
「そういえば、マナを強化するとはどんな状態なんだ。確か精霊石もマナを強化するんだろう」
台の上に立ってマイク片手に長々と喋っている偉いさんを見ながら、周囲に聞かれないよう小さな声でコンテンツと言葉を交わす。アクアリウムは俺の肩に乗って、じっと水の精霊使いが持っている水差しを見つめていた。
『マナの形には諸説ありますが、一般的にマナとは空中を浮遊している見えない胞子ではないかと言われています。普段はしぼんで小さくなっていますが、ある一定の力を加えてやると大きく膨らんで力を増すのだそうです。その膨らんだ状態が【マナを強化している】状態です。そして精霊石などマジックアイテムによる強化は範囲が決まっています。これは規約がありまして、精霊石は半径10m、あの水差し等に至っては半径5kmまでマナを強化することができます』
『まあ解明されてない事の方が多いけどね。とりあえず講義はそこまでにしよう、そろそろ式が終わるから』
四人の精霊使いが一人ずつ見習い精霊使いの前に立ち、マジックアイテムを両手に持って何やら唱えている。それぞれの体から属性の力がまっすぐに空へ伸びていく。砂の柱、水の柱、火の柱、弱い竜巻、そのうち弱い竜巻が全ての属性を飲み込んで一つの柱になった。
「いざ、契約の地へ」
四人の声が重なり、見習い精霊使いの差し出した手の平に触れて竜巻が消滅する。周りの観衆やパレードからワッと拍手と歓声が沸き起こる。この辺りの人間は訓練でもされてるのか。晴れやかな笑顔で手を振る見習い精霊使いに答えて周りが浮き立っている。アイリスも楽しいそうでなによりだ。
『マスター、あれを使おう』
アクアリウムが指差す先にあるのは、水の精霊使いが持っている水差しだ。
『あの水に溶けて一緒に連れていってもらおうよ、でもマスタービビりだからなあ、声出さずにいられるかなあ』
「ビビり言うな。用心深いんだ、小心者なだけだ」
『じゃあそういう事にしておこう。それとね、息とめなくても大丈夫だからね』
アクアリウムが腕を広げて小さな水玉を作り出す。眩しい光が視界一杯に広がった瞬間、ざぶんと全身が水に浸かった。
思わず声をあげそうになったが、全力で目を閉じたまま唇を噛み締める。いきなりかよ!いきなりかよ!!せめて行くよーとかやるよーとかねえのかよ、本当唐突だなお前は!と、水の中でアクアリウムを叱るわけにもいかず、ギリギリと歯ぎしりするしかなかった。確かに息苦しさは感じないが……一体どういう原理なんだコレ。
ゆらゆらと揺れる水に身を任せ、頭の上にアクアリウムがいるのを確認してそっと体の力を抜く。ガラスの壁にぺったり両手をつけて外の景色を伺うが、想像以上にガラスが厚くて景色は見えない。
「アクア」
なあに?と言わんばかりにアクアリウムが顔を向ける。おいおい、水の中なのに声が出るぞ……、いやいやどうなんだ、誰より何より俺が一番怖いんだが、さっきビビりだの何だの言われたばかりだ。ここで狼狽えるのは男たるもの恥ずかしい。ひけていた腰にグッと力を入れて、腰に手を当てアクアリウムを見上げた。そういえばコンテンツの姿が見えないが、外にいるのか気配だけは感じる。
「ここにいればいいんだな」
『そうだよ。……なんだ、面白くないなあ。もっと大慌てするかと思ったけど、まあくちゃくちゃした顔を見れただけでも良しとしようか』
口許に手を当て、くふくふと笑うアクアリウムに淡い怒りがこみあげるが男であれと誓ったばかりだ。我慢我慢……。
『しばらくしたら大精霊の所につくよ。そのまま良い子にしておいで』
どういう原理なのか、どういう力なのか聞いてみたいがこのネジくれた性格じゃ聞いてもはぐらかされるか、からかわれるかのどちからだな。水差しの底に腰を下ろして、揺らめいている外の景色に目をこらす。
あと少しだ、あと少しで。目を閉じて記憶にある友人の姿を思い描く。ベストは生きている事、最悪の事態は火事が誰かの悪意によるもの。あの場所にいた客達やバンドメンバー全員が生きていて……いや、ヘタな希望を持つのはやめよう。忘れられた神というくらいだ、今から会う大精霊が知っているかどうか分からない。とにかく、冷静に話をしよう。
『そう緊張するもんじゃないよ……よしよし』
アクアリウムの慈しむような笑顔とそっと撫でていく手がひどく心に染みる。わかってるよ、大丈夫、大丈夫だ。
深く息を吐いて、しゃんと背筋を伸ばす。男たるもの強くあれ、だ。




